故郷編 〜平穏と暗転〜


「………。」
「おはよう」
「―――あ、ラーリ様。おはようございます。」
 ゆっくりと眠りについて朝。久しぶりに眠った頭はおききれない。
「もう少し眠っておけ」
「大丈夫です」
 ―――大丈夫。
 一瞬、辛そうに表情を動かしたラビリンスは、黙った。
「食事にしよう」
「は〜い」

 わかっている、知っている。力を与えたのはこちら。手を離れたのは向こう。近づいたようで、遠い距離。

「今日は、どうした?」
「………」
 会いたかっただけ―――
 ここには、王都島にあるものは何もないけど――…待っていてくれる。いてくれる。だから―――
「あのね、」
「ん?」
 リール(持ってきた)とシーン(用意させた)の菓子をぱくつきながらラーリは答え
る。
「手伝ってほしいの」
 しっかり息をすって、リールは一息でいう。
「……誰も断るものか。なんなら、一族をみなつけようか?」
 こっそりとシーンはため息をついていた。


「―――あなたくらいのものですよ」
「なーに?」
 風の音に声は拐われる。シーンのぼやきに、背に乗るリールは聞き取れなかったと言う。
「なんでもありません。それより、着きますよ。」
「わっ!?」
 急降下するレピドライトの背に、リールは必死につかまった。

「びっくりした!ありがとう」
「いいえ」
 まだあるのでしょうから――
「何?」
 小柄な少女が見せる。歳柄らしくない顔でにらみつける。……まずい。機嫌を損ねれば、王に何を言われたものかわからない!
「何をすればいいでしょうか?」
「…いいもん。こっち。」
 なんだかすねたようなリール様。ぁあ王が不機嫌になる―――
「早くして」
「…………」




「―――本当に」
 むちゃばかりする。何も、………何もそう焦らずとも。

「だって、誰も言いなりにはさせられないの。今は。結果はあとにしか出てこないもの。」
―――だから、今一人何者にもその姿。隠し潜めて生き行くことを望んで―――

「悲しいのか?」
 寂しいのか?それとも、そうじゃない。
「なつかしい」
 少し前のあの笑顔がなつかしい。―――何が、あった?
 わからない、伝わらない。伝わっているのに、伝えているのに。
「どうした?」





「これで最後。」
「………」
「何よ。」
「いつも、こんなに?」
 働いているのですか?
「いつもは寝ないから一日。」
「でも、今日は寝る。」
「早く戻りましょう。王が心配します。」
「………ねぇ」
「なんですか?」
「夕飯何?」
「………何が食べたいんですか?」

 魚が食べたいと言うので、仕留めた。


す――――

「………。」
「ご苦労だったな。」
「いえ」
 王と共にいる時と、さほど変わらない。
「なんだと?」
「いえなにも。」
 こちらの身が危うい気がする。いつもより数倍。
「困ったものだ。」
「そうですね。」
 王と同じくらい。
「…なっ何も!?」
 にらみつける視線が、昼間の少女と同じだ。焦るのと同じくらい、笑いだしそうだった。




「ん〜」
「おはよう!」
「わっ!」
 少年に飛び付かれて、少女は驚いた。
「今日はどーする?」
「ラ、ラーリ様…」
 にこやかな笑顔につられて、リールも笑った。
「今、シーンに朝食を用意させてるから。」
「わかった!顔洗ってくる!」
 ―――ちょっと待てよ……お二人さん……

「……食べないの?」
「ねぇ。」
「…。」
 サンドウィッチ(どこから持ってきたのか謎だ)。なものをリールとラーリはほおばっている。幸せそうに。振り返ると、少女と少年に目を向けられた事に気がついていても盛大に嘆息(たんそく)するするシーン。
「遠慮(えんりょ)しておきます。」
「ふーん。」
「あっそぅ」
「つまんないのー」
「付き合い悪いわね。」
「………」
 この二人に付き合えと?
「「「………」」」
 からの箱が投げつけられた。



「それじゃラーリ様。」
「送る?送らせる?」
 誰にだ誰。
「…大丈夫です。―――また来ます。」

 そう言って、次が最後。


 ―――さようなら――




「…………。」
「リーディ!おかえりー」
「ただいま」
 少しだけ、嬉しかった
 ―――そう、思った。


 理想を外された小父上は、もう私を公(おおやけ)に使うのを控えた。それでも、これまで治療していた島人の治療もあるし、何より、島の中毒に忙しい。
 手にいれた本は多くを語る。だけど、動くのは自分。


 ただ日々は過ぎる。表向きは、平穏だった。



「…きゃ!」
 パンッ!と二つの液体が混ざらずにガラスの入れ物を壊した。
「〜〜〜〜」
 理論も、原理も、材料も手順もすべて書かれたとおり。でも、成功しない。
 本には書かれないことが違う。今の土は質が違う。その時当たり前であったことが、今はわからない。

「―――の?」
 開けていた扉から、邪魔をしないつもりらしく静かに入って繰る人影。集中している時は、気づかなかったりする。
「いつ?」
 いつ来たの?
「さっき」
 悪びれることなく二つ目の合鍵を使い、ジオラスが入ってくる。そんなの、わかってる。
 この塔の中にいる時ですら、すべての部屋の鍵をかけていた時は遥か昔―――
「おなかすいた!」
「……。」
 殴ろうかと思う。


「いっただきまーす!」
 夕暮れ時、そういえば朝食べただけで昼も何もない。思い出して作った―――二人分。
「いただきます。」

「うまい〜〜」
「それは、よかった……?」
 普段、これよりももっといいものを食べいるんじゃないの?
「へへへ〜〜」
「………まずいでしょう?」
「なんで?」
「なんでって……」
「長いテーブルの端と端で、誰かと話もできなくて、まわりには人がたくさん立っているだけの場所で食べるのよりおいしいよ!」
「………」
 ふと、思う。この塔で私がひとりで食事をするのと、ジオラスが城の中で食事をとることは、もしかしたら同じ事なのかもしれない。
 ――――ただの、栄養摂取。
「おかわり!」
「うそ!?」
「え?だめ?」
「えっと。いいけど…」
 鍋(なべ)の残りを注ぐよりは、テーブルに鍋を持ってきたほうが早そうだ。

 誰かと食べたほうがおいしい。いくらおいしくても味気ない食事をすごすよりは、ずっといい。

「ごちそうさまでしたーー!」
「ごちそう様」
 ぱんっと小気味よい音がする。皿を持って炊事場に向かうのを見たジオラスも、運ぼうと……
「―――ちょっと待って、ひとつずつでいいから!!」
「はーい…」
 割らないでよね……。
 また、家から運んでくるのはごめんだ。

ガッシャーーン!!

「…………」
 心配する必要はなかったみたい。―――無意味だから。


 明日新しい物を持ってくると、すまなそうにしおれたジオラスは帰った。もう日も暮れて暗くなっている。大丈夫なのかと思い、心配はないと思い直す。ここはシャフィアラだ。彼の知名度がどれくらいのものかわからないが。
 この島で人を殺す事が許されるのは、王族かエアリアス家の者だけだろう。小さな島だけに、島の人たちの間の結束は強い。

 表面に見えなくても、深く根深い同属意識。過去、孤立した島での生活。救いを見出したエアリアス家―――


「………急ごう」
 時間がない。――そう、思う。確実に何かが動いている。―――何かが、壊れていくように。


 よく行く十三の島と、いくつかの島は中和を始めていた。実験の段階だが、いい出だしだと思う。一部の森は枯れはて、一部は緑の深さを増した。土の中の成分を調べて、どこを一番重視しなければならないのか。源泉と流れの先を考慮して水も調節しなければならない。

「……ぁ」
 ふと顔を上げる。一晩中本を読んでいたら日が差してきた。栞が挟まったほうを向こうに、読んでいた本を机に置く。
「………大変!!」
 思い出した事に、危機感を感じて走り出す。―――今日は、この一冊の本を小父上がそこにあるか確認しに下りる日だった。

 ばたばたと走る中、窓際に置かれた黄色の花が花開きだしていた。


 一冊の本は、読むように言われた時にすべて書き写してあった。だけど、リールはなるべく原本を読むようにしていた。だからこそ、機会を狙って小父上の執務室に入り、かっぱらう。もとい借りてくる。しかし、当たり前だが小父上が見る時だけは返しておかなければならなかった。

「大変大変!!」
 焦って走り出す姿。―――それはとても、十六歳に近づいていた少女らしい姿だった。





 何日も何日も種を作っていた。使い切ってしまった植物を採りに行き、水に始めた中和が進んでいるか見てきた。そっちは順調。問題は、あの種を完成させられるか、どうか。

 鍵を開け、塔に入る。
「なんでうまくいかないのかなぁ……」
「何が?」
「ぅわぁ!」
 不覚にも、驚いた。
「ジ、ジオラス……」
 それもそのはず、……と、思いでもしないと格好がつかない。カーテンの裏の棚と壁の隙間に……挟まってる?
「……じゃ!」
「たーすけてぇーー!!」
 存在を無視して階段に向かうと、半泣きで訴えてきた。
「あーーもう。」
 むりやり、引っ張る。
「いーたぃー」
「少しお黙り。」
「ううう〜〜」

すぽんっ!

「助かった!」
「ああぁあ、よかったわね。」
 投げやりに返事を返した。

とんとんとんっ!

「まってよ〜」
「いや。」




「「………」」
 相変わらず、私が薬を作っているところを、見ているだけ。―――不気味。

「わっ……」
 溢れかかるのをどうにか止める。これを失敗したらもう後がない。また、位置からすべての薬草を集めに走り回らなければならない。この前は、あと一歩の所で小父上に邪魔された。……ふざけてる。

 薬品に浸した種の組織を切り出して、組み替えて、戻す。必要な能力を上げて。足して。――普通ではない。自然のものをいじって、都合のいいように作り変えている。そのための下準備はほぼ終えた。あとは、これを成功させるのと、時間。順番。
 風も雨も天気も、木も植物も土も水も空気ですら。波の流れだって知らないといけない。この島のすべてを知って、利用しないと……

「――――できた。」

 ひとつずつ、種の中に薬品を注射した。すべて。あとはこの島の空気に慣らすだけ。
 乾いた布の上におき、窓を半分開けた。

 その時、
「リール様」
「シーン?」
 羽根の羽ばたきとともに、窓の外に現れたレピドライト―――
「すぐに、来てください。王がお呼びで――」
「急患?」
「ええ」
「わかっ……」
 そう言って振り返って、ほうけたように窓の外を見るジオラスを見てしまった。
「……ジオラス!!」
「――っ!?」
「わかっているわね?」
 何も、言わない―――
 ジオラスには、私がどこに行ったか聞かれても、誰にも言わないでほしいとだけ言ってある。彼もここに来ている事は秘密だったらしいので、それはよかった。お互いに。

 勢いかわかってかコクコクと頷くジオラスをそこに残して、私は道具とできたばかりの種の一つを持ってシーンの背に乗った。―――瞬間、視界はひらけ青と白しか見えない―――




「…………行っちゃった。」
 あわただしく、早かった。
「………」
 テーブルの上にある薬――(リールにしてみれば種である。)を見た。
「……なんで」

『知っているか?あの女を』
『“死を運ぶ女”か?』
『私のところの倅(せがれ)なんて、殺されるところだったわ。』
『それは災難だったな。』
『また、何か薬草を集めているらしい。』
『前に、井戸を覗き込んでいるのを見たぞ。』
『何かしてなければいいが。』
『本当かい?なんだか最近水の具合が悪いのはその所為かなのか。』
『かもしれない。なんたって、毒草を使って治療をするという話じゃないか。』
『なんだって!?』
『知らないのか?少し前にほら、角の所の息子の薬に、毒草を混ぜていて追い出されたんだ。』
『当たり前だろう。』
『海の魚も奇形が増えている。』
『海にも行っていたよ!薬を持ってた!!』
『野菜だって出来が悪いんだよ。』
『森の中を歩き回っているらしいじゃねぇか。』
『何より、あの女が立ち入った家は確実に葬式があったぞ。』
『そうよ!!』
『子どもも見ていたらしいが、ありゃもう駄目だろうな。』
『しっ!あそこの奥さんよ、聞こえたらまずいわ。』
『わかりゃしねぇって。』
『それに、他のリアス家の人を送らせてもらうのを拒まれたらしいしな。』
『まさしく、“死”しかねぇってか?』
『そのとりじゃねぇか』


「………違う」
 頭を振って、城下の奥で交わされる会話を消し去った。
「絶対に」
 リーディは、そんなことしない。人を殺すなんて―――
 森だって水だって、よりよくしようとしていると、思う。
「……。」
 正直、実は悪くしてま〜す。なんて話でも、シャレにもならない。
 ふるふると頭を振って、それは違うと思う。
「これだって……」
 薬だってなんだっていつだって、町に出て愛敬(あいきょう)を振りまくエアリアス家の大人よりよほどまともだ。
 ただ、本人がしようとしていることは、違っている気がする。―――誰かを治療すのも、この地に何か働きかけている事ですら。

『―――王子、貴方は、もう少し、もう少し裏をお読みになる訓練をしなければなりませんね。』
 教育係はそう言った。

「なんで、そうやって。」
 ―――切り離そうとしているんだろう。
「違うのに。」
 人々は、死を運ぶなどというのだろう。そうじゃないのに。
「絶対、違うのに―――」

 手を伸ばして、種をひとつ握り締めた。


Back   Menu   Next