故郷編 〜始まりの分岐点〜


 風の声が、うるさくて耳に痛い。しっかりとシーンにしがみ付きながら、リールは思った。
「ラーリ様!?」
「こっちだ。」
 焦った声が先を急がす。転げ落ちるように地面に足をついて、走る。

 ―――湖の端に、今年成体となった一体のレピドライトが倒れていた。

「?」
 なんで―――?
「この島を出て、いくつかの島を放浪してきたそうなのですが。」
 怪訝そうに眺めながら、治療を始めるリールにシーンは言った。

「レピドライトは、変化に敏感だから――」
「影響が出たのは、今に始まったことではないか――」

 この時の二人が思っていることにずれがあると、知っていたのはラーリだけだ。



「――――助かった。」
「いいえ」
 礼を述べる言葉にリールは首をふった。私にできることといえば、不本意ながらも薬師としての術を披露(ひろう)する事だけだ。

「すぐに、帰るか?」
「―――」
 一瞬、できたばかりの種が頭をよぎった。でも、
「もう少し、ここにいてもいいですか?」
「好きなようにするといい。誰も拒んだりはしない。―――そう、いつも言っておろう?」
 最後は、何を今更と言わんばかりの口調だった。
「………。」
 王の場に戻ったラーリの背にもたれかかって、いつものように眠りに落ちた。

 夕暮れが近づいてきて、空が色を変える。いくつもの色が重なり合って混ざったように見える。昼間のなごりと、夜が空を色取る。

「……いやな夕焼けだ。」

 ―――それこそ、始まりの分岐点。




「―――フォトス王子?」
「王子様!」
「どちらに行かれていたのですか?」
「―――?なんで聞くの?ここにいるよ。」
「そういう問題ではありません!」
「みな心配しておりました。」

 ―――心にもないことじゃないか。
 どうせ、いてもいなくても同じだ。期待と羨望(せんぼう)の対象は、兄に向けられる。だからこそ、自由にできるのだが。

「………?」
 走ってきたわけでもなかったのに、さっきから心臓の鼓動が早い。だんだんと息が上がる、苦しい。
「―――王子?」
 ぼんやりと、焦点の合わない視線に気がついた者が声をかける。まるでそれが合図のように、第二王子フォトスは倒れた。
「王子!!?」
「王子様!?」
「フォトス王子?」

 ―――その名は、嫌いだ……
 ただ単に過去の功績(こうせき)が高い王子の名をとって、名づけられた名は好きじゃなかった。だけど、なんであの時にその名をなのったのかは、いまだによくわからない。

「早く!リアス家の者を!!」
 焦りが広がる。また、その淵に、引きずられるのか―――?




「フォトス!?―――ぇえい!どうにかしろ!!」
 今度は、息子まで死なれては困る。倒れたと聞き部屋にやってくれば、ベッドに横たわったままである。高い熱にうなされて、時々局所的に痙攣(けいれん)まで起こる。意識はあるのか定かではないし。戻ってくるようにも思えない。
「……っわかっております…」
「………親父?」
「………」
 隣で補助をしている息子が心配そうにしている。わかっている、何かが違う。原因もわからず下手に治療しても、悪化するだけだ。―――殺すわけにはいかない。さすがに、今度は……
「…今日はどちらに行かれておりましたか?」
「は?」
 国王は、何を言い出すのかと顔をしかめた。どこに行こうと、興味はない。
「いえ、先日検診をいたした時は何事もなかったので。……何か変わったことはおきていないでしょうか?」
「最近は何をしてるのだ?」
「王子様は、勉強が終えると決まって外に出かけてしまうので……」
「………」
 誰も就けていない。狭い島の中では、誰もが息子の事を知っている。外からの侵略もなく平穏になれた島人は、微笑ましく眺める事はあっても無理やり城に帰そうとはしない。

「ぅわぁあああ!!!」

「フォトス!!?」
「王子?」
 唐突に叫び声を上げて、第二王子は気絶した。




「ただいまーー」
 シーンに送ってもらう帰りに、出来上がった種の一つを植えてきた。“出口”に。あそこなら、近いし。

しーーん
「……?…………ばかみたいじゃん」
 いつも、誰かが待っているわけない。声が返ってくると期待している。
「あーーあ」
 それでも、少しショックだった。ぼんやりと階段をあがり、いつもの部屋に。広げておいた種は、風にあおられた紙にかぶさってよく見えない。

 ショックだったのは、その塔に誰もいないことか、自分が誰かいることを期待しているというという事実か。


 最初に開いた分のさらに半分開いていた窓を閉めようと、近づく。―――瞬間。
ゴォッ!!!
「――――っ!!?」
 突然突風が吹きつけてきて、髪をなびかせる。カーテンが引き裂かれそうな勢いではためく。空の瓶が落ちて、割れる―――
「なっ何な――」
ガジャンっ!!!
「きゃ!」
 顔を向ければ、ジオラスが持ってきた、満開に咲いた黄色の花の鉢植えが落ちる――――
「……!!!?」
 一瞬で振り返って、テーブルの上の種の数を数えた。―――十七。
「うそ………」
 青ざめたまま、後ずさる。手に当たった液体の入った瓶がさらに落ちて割れる。その音にわれに返って、もう一度鉢植えを見た。
「なん、で……?―――っ!」
 走り出したい気持ちを抑えて、速やかに種を瓶に入れた。迷わず下の棚、大きめの瓶に入れた果物のお酒付けのさらに後ろ、隠し棚になっている所に瓶をしまった。
「だって、まさか―――」
 どくん、ドクンと、心臓が早鐘を打つ。震えないように叱咤(しった)した手で、最悪を考えないようにした頭で、道具と薬草と毒草を持って、走った。


 彼は今まで、何もしていない、何にもさわっていない。見ていただけ。だからこそ、余計に恐ろしいのだ。私は何も言っていない、さわるなとも、口を挟むなとも。薬に関しては。
 だって、何もしないのだ。何を言えというのだろうか。何かすれば、さわれば、はっきりという事ができる。でもしていない。

 小さないたずらですらしなかったジオラスが、もし、何かの拍子で魔が差したとき―――何をしでかすのか恐ろしくてならなかった。……それこそ、取り返しがつかないような行動に出るのではないか―――?




 森を突っ切って、城の中に入る。いつになくあわただしく、騒々しい城の中。最短距離でジオラスの部屋に向かう――――それが、まずかった。

「――――きゃぁ!!?」
「わ!!?」
 角の向こうから走ってきた侍女にぶつかってしまい、弾き飛ばされた。
「……な、なんなの?」
「―――っごめんなさい!」
 それでも立ち上がって、走り出した。――――でも、顔を見られた。
「………っきゃーー!!!誰か!捕まえて!!」
「え?」
 走りながら首をかしげる。同じように向こうからやって来ている兵士も首をかしげていた。

「―――“死を運ぶ女”よ!!!」
 はじめて、その言葉を呪った。

「な、に!?」
 一瞬にして事態を理解した兵士に、正面から捕まった。
「はっ放してぇ!!」
「ふざけるな!!」
「――――な、なんでその子がここに!!?よりによってフォトス様が……」

 ―――フォトス!?
「放して!!放してったら!!!」
 こんな所で時間をかける場合じゃない!
「黙れ!」
 兵士に殴りつけられて、道具を取り上げられる。
「返して!」
「お前なんかがいったら……」
 兵士は、先の言葉を続けられないようだった。
「なんでよりによってお前がここにるんだ!!」
 侍女が取り乱し、狂ったように叫ぶ。
「こいつの所為よ!!」
「殺してやる……」
「放して!返して!!―――私はっ」
 再び頭を強く殴られて、意識が遠のく。それが嫌で、叫んだ。

「私はジオラスに会いにきたの!!放してぇ!!」
 かすれ声が、出た。

「まだ言うか!!?」
「いやぁあああ!!誰かーーー!!ここに原因がいるわ!」

「―――何をしている!」
「「っ!!?」」
 水を打ったように静かで、低く響くようでいて怒気を含んだ声は、取り乱した侍女と怒り狂った兵士を黙らせた。
「せ、セイネル様」
「放して!!」
 現れたシャフィアラの第一王子に、言葉を失った侍女と兵士。何事かとリールは振り返ったが、すぐに叫んだ。
「黙れ!この女――」
 再び兵士がこぶしを振り上げた。
「放してやれ」
「し、しかし王子っ」
「早く」
「………」
 振り上げたこぶしを下ろして、兵士はしぶしぶリールを下ろした。でも、つかんだ腕を放さなかった。
「放して!」
「…………」
「放して!!」
 つかまれたままの腕を必死にふって、リールは叫んだ。
「――――お前。」
「放しっ!――――何?」
 相手は視察から帰ってきた第一王子らしい。言葉を返さないからか腕にかかる力が強められて、痛くて痛くてしかたなかったが声を返した。
「………力を弱めろ」
「………」
 涙目で振り返ったリールをみて、第一王子―セイネル・グラウジラル・シャフィアラは兵士に言った。
「―――さっき、なんと言った。」
「?………ジオラスに会わせて」
 一瞬考えたリールは、用件を言った。完結に。いくら兵士に言おうと侍女に言おうと堂々巡りの言葉は、彼に言えば伝わる気がした。
「それを返してやれ」
「は?なぜです?」
 怪訝そうにリールの持っていた道具をつかんでいた兵士が問い返す。
「………。」
 何かを決心したらしいセイネルは、転がっている薬草と毒草の包みを広い、道具の包みを兵士から取り上げた。
「「「王子?」」」
 二人の兵士と、侍女が言う。

「つかまっていろ」
 三人の言葉を無視して、リールに包みを持たせた。リール自身も驚いている暇もなく、いきなり抱き上げられた。
「はっ?あのっ」
 言葉を聞かず、セイネルは走り出した。

「おっ王子ーーー!!?」
 叫び声は風に消えた。



「いいんですか?」
 さすがに、びっくりしたらしくリールは少し黙っていた。が、気になったので聞いてみた。
「“ジオラス”の知り合いなんだろう」
「?」
「それだけで十分だ」
 弟のことを、母親にも父親にも呼ばれなくなった名で、今はもう兄である自分しか呼ばなくなった名で呼んでいる。それだけで。
「それに、あのわからずや共を説得するのは面倒だ」
「………同感。」


 なんとなく、破天荒な感じがとても似ていた。


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