故郷編 〜そして今へ〜


「フォトス!?」
「王子!!」
 気絶した王子を前に、人々は最悪を考え出していた。

(―――冗談ではない。)
 せっかく、昔の失敗を肩代わりさせて、今再びゆるぎない信頼を得だしていたというのに、なんだこの状況は。
 息が止まった王子を、必死にゆさぶる王を見て、自分の息子に視線を向けた。息子は、わからないというように首をふる。
(―――どうする)
 気付け薬をたき上げながらも、焦りが浮かぶ。早急な対処が必要だった。

「ジオラス!!!」
 開いていた扉から、高い声が聞こえた。
「……リロディル…お前か!!」
 そうだ、あの塔の鍵を王子は持っている。

(………なっ)
 部屋の中にいる人など、リールには見えもしない。ベッドに横たわり息をしているか定かではないジオラスの身体は、途切れ途切れに痙攣していた。肌の色が白くなっている。ジオラスの肌は自黒。―――いや、シャフィアラの民は毒素の影響で肌の色が本来より黒くなってしまう。それを考えれば、すぐにわかる。何が、起こっているか。
(あの種……)
 まさか、口にしていたなんて……。リールは唇を噛んだ。―――よりによって、だ。
 大地の毒を中和するための種は、人の身体であっても同じ働きをする。体温の高いひとでは、その効果はすぐに現れてもおかしくない。
「………あれは…」
 今のシャフィアラの民に必要な毒が、中和されているのである。――だったら。
(いくつかを戻さないと。)
 広い大地を範囲にする種に逆らう必要がある。

 頭の中で考えながらも、リールはベッドに近づいた。
「何か言え!リロディル!」
「……この娘…」
 部屋に入って驚いたのは、ベッドで痙攣を繰り返す弟、声を荒げて叫ぶエアリアス家当主に、考えている父親。―――知り合いなのか?セイネルはエアリアス家のものだろうと思った少女を見た。迷わず歩き出したあたり、もう何か対処法がわかっているように思う。

「ジオ―――っだ!!」
「何をしている!お前のせいだろう!王子はあの塔に出入りできるのだから!」
「言っておきますが、私が望んだわけじゃありません」
 近づこうとして、殴られた。
「――――邪魔をしないで小父上。」
「なっ!?何様だと思って…」
「今はしゃべってる暇はないの!何もできないならでかい図体(ずうたい)さらさないで!」」
「このっ!――ひっ」
 短く悲鳴を上げた小父上。なぜ悲鳴を上げたのか、見てもいなかった。

「……あの時の小うるさい娘か。セイネル、何をしておる?」
「足止めですが?」
 思い出して納得している国王は、自分のもうひとりの息子に、すべての期待をかけている息子の不可解な行動を問い詰めた。
「なぜだ」
「こちらの方には、どうにもならないようなので」
「………」
「父上、様子を見るのもひとつの対処法かと。」
「何かあったらどうする」
「すでに、こちらの当主様では何もできていなかったようですが?」
「そうだが、しかし、あのような小娘に任す必要も…」

がっしゃん!
 リールは、たかれていた気付け薬を投げ捨てた。

 その代わりに、ジオラスの枕元に皿を置き、いくつかの薬を混ぜ合わせながら入れた。さらに葉をくわえて、火をつけた。まわりがその行動に驚き、言葉を失う中。
 燃え上がりながらもきつい香りが部屋に漂う。
「………かほっ!けほっ!!」
 少したつと、一度びくっと大きく震えたあとジオラスがむせこんだ。―――どうやら、直接煙を吸い込ませたようだ。
「フォトス!?」
「―――陛下」
 駆け寄ろうとする国王を、エアリアス家当主の首もとに剣を突きつけたままのセイネルが声をかける。

「リー…ディ?」
 首だけを回して、自分の周りに人垣ができていることの半分も理解しきれないうち。ジオラスが声をかけてきた。
「―――あとで殴るから」
「……僕は…」
「言い訳は聞かない」
「……。」
 話しながらも手は動いているリール。鉢に薬草を入れ叩き潰し、次に、
「―――!?」
 何してんだ、リロディク?そしてその鉢に入った毒草にリンザインは青ざめた。
「何を入れている!」
「小父上、私が何をしているかご存知でしょう?それに、小父上だって使っているでしょう?」
 何を今更。
「そうではない!それは普通使わない!」
「誰のせいで私がこっちの道に詳しいと思っているのですか!!!」
 悠長に会話している場合ではないリールは、奥深くにあった思いを言った。後悔はしてなくとも、誰かのせいにしたいという思いは強い。
「ななな…」
 あまりの言いように、小父上は黙り込んだ。それ以上言葉をつむぐのを、阻止されたとも言う。

(ぁあもう!)
 どうして、自分の手はこんなにももどかしく動くのだろう。もっと早く、手早く。
「―――間違った!」
 盛大に独り言を言うように、リールはあわてた。

「おちつけ」
「わかっ……」
 もっともな言葉にいらだって振り返ってみれば、小父上の首もとに剣を突きつけた第一王子?らしき人。
「………ふぅ」
 息を吸って、吐いて。頭に上っていた自分と小父上のいざこざは、今は必要ない。

 集中して―――

 大丈夫だよ。




 長く時間がたっても、夜は明け切れなかった。ゆっくりと寝息をもらすフォトスを前に、リールは息をついた。

「……これで、あとは……こっちが、朝で。夜。」
 薄緑色の液体の瓶と、桃色の液体。
「スプーン一杯を水で薄めて―――って、誰か聞いてる?」
「ああ。」
「よろしく」
 そう言って、リールは立ち上がった。

「王子?」
「フォトス様。」
 人々が安堵の息をついている隣を、歩き塔に帰ることは、できない。

がっ!!

「―――何?」
 両腕を左右からつかまれて、身動きが取れない。

「来てもらおうか、エアリアス家の娘よ」
「………」
 選択し、あったの?






 謁見の間で玉座に座り、国王はひざをつくように座らされた私に怒鳴りつけた。
「―――娘。いったい息子に何をした!」
「何も」
「ふざけるな!あの塔でお前は何をした!」
「――――だから、私は申し上げました。」
 怒り狂う国王に、呼び出されたリロディルクははっきりと言った。
「何?」
「何かあってからでは遅いのです陛下。なのに、あの塔の鍵を渡すと言われました。」
 思い当たる節があるのか、一瞬考え込んだ国王は、次に驚く事を言った。
「その娘を――――殺せ!!」
「お言葉ですが、私は反対いたしました。しかし、お作りになったのは陛下です。」
 塔の、合鍵。
「黙れ!!!息子を死の淵に追いやったその罪、死を持って償え!」
「陛下」
 セイネルが声をかける。しかし、国王は聞きもしなかった。
「――――私を、処刑なさいますか?」
「っ」
 淡々とした言葉に、国王は息をのんだ。自分が死ぬ方法を問いかける少女の目が、あの処刑台で殺された夫婦に似ていた。
「……………“エアリアス・リーグラレル・リロディルク”―――お前の名を剥奪する―――二度と、名乗ることは許さない、許されない。消え去れ。二度とこの国に帰ることは無い。お前の、存在はこの国にない。」
「それは……陛下!!」
 後ろで、横で、それだけはおやめくださいと声がする。島を囲む、荒れ狂う波と渦。――――沈んだ船は、数え切れない。

「運がよければ、あの波を越えられようよ」

 この場で殺さないだけで、何も変わりやしないではないか。
 黙って、部屋を後にした少女の背。玉座に座る王の回りの人々は、見送るしかなかった。






 与えられたのは、小さな一人乗りの舟に、二つの櫂(かい)がついていた。持ち物はジオラスを治療したときに持っていた荷物すべて。

「―――乗れ」
 どこか辛そうに命令する兵士に押されて、舟に乗り込んだ。暗いながらも、東の地平線は明るく、日が昇る気配がする。

 ぼんやりとした頭で、櫂を漕(こ)いで進む。ちゃぷちゃぷと水の音がして、静かだった。聞こえるのは波が打ち寄せ、離れる音。人の声もしない。
 無心で櫂を漕ぎ続け、そして、陸地を離れようやく顔を上げたとき、リールはそのまま眠りに落ちた。







『これは………これ?あれ、違う……む?』
 目の前に広がった薬草と毒草をいくつもいくつも仕分けする。レピドライトが住む島には、他の島ではできにくくなったものがよく自生している。エアリアス家の書庫からかっぱらった本と草を見比べて、これから必要なものを選りすぐる。

 ここはとても静かで、流れるものが違った。だから、堪えきれなくなった時はよく、ここに来ていた。レピドライトとはあまり親しくなく、話をすることもほとんどなかった。――だけど、少年の姿をした王とだけは話をする。

 今は、不在らしい。いつも同じ場所にいるので、そこに行くのが当然になっていた。

『休憩…』
 持参した菓子を取り出した。果物を入れたケーキ作りは、リールの得意分野だった。
『おいしー……?』
 羽根の音がして、振り仰いだ空。何もない。
『あれ?』
『何食べてるの?』
『ぎゃ!』
 背後から声をかけないでほしい……。
『………食べる?』
『…うん。』
 考え込んだ少年の姿をした王は、答えた。

 それから、毎日毎日通ったこの島―――いつしか、お付のシーンが頭を抱えて悩みながら菓子を買うはめに―――

―――がばぁ!!!

「はっはっはぁっ……」
 水の音は規則正しく、陸地は遠のいた。思わずわらってしまえるあの日を、振り払い思い直す。

 もう、帰れない。

「………リール」
「ラーリ様?」
「お前に、“仕事”をしてもらう」

『お主に、力を与えよう。その代わり―――……その時が来たら、我の手足となって働け―――』

 ―――“その時”を故意に遅らせていたのは、ラーリ様であったように思う―――




 遠い思いは過去の事。過去があって今がいる。今私がここにいる。―――そうよね。
 あの時が、一番いいとも言わない。だけど、だけど―――





 そして、もう五年経つ頃なのだろうか。


 森の中に声が響く。そう、すべては過程の推測の話。だけど、もしかしたら、
「もしかしたら、今のこの結末もすべて、リインガルドのシナリオの中なのかも」
 失敗も、成功も。子孫が権力におぼれ堕落する事も、私のように真実を知って行動に移せる者がいることも。

「踊らされているわね」
 本当に本当は、この本の通りに、なってほしかったか。それとも、どこかで止めてほしかったのか。その時がくれば、誰もそんな事はできないと思っていたのか。

 ―――今となってはわからない。すべて。だけど、そう。

「だけど、今目の前がすべて」

 他に、何を誤魔化そうか?

 日の出が見える空に背を向けて、リールは歩き出した。





「………朝か」
 貸し与えられた部屋で、カイルは眠れなかったらしく不機嫌だった。
 昨日、リールがなぜこの島から追い出されたか聞いたのはいい。だが、こちらが疑問を口にする間もなくあの男は仕事があるからと席をたった。何の仕事だと聞けば、リーディールに服を作ると言った。

「………」
「―――王子?」
「おきている」
「………」
 部屋に入ったレランは、黙った。―――朝の王子は機嫌がいいことなどほとんどなかった。少なくともエルディスでは。

カココン!
「……出ろ」
「……。」
がちゃ
 部屋の扉を開けて、身体を廊下に出す。閉じた扉の先で、王子がベッドを降りるのが見えた。
「おはようございます!」
「おはよう」
 こちらは、たぶんセナだったと思いながらレランは答えた。
「朝食もまた皆様で、用意はあと半刻もすればできますので。」
「伝えておく」
「いやですわね。貴方も同じお客様ですのに。」
「………。」


「―――?」
 いつもなら自分じゃ開けもしないカーテン。律儀にいつも開けていくレラン。
 開かれてゆれる窓の外――青空。

 一羽の鳥が飛び去った。




「リーディール」
「何よ」
「こっちはどうだ?」
「もうどっちでもよくない?」
「何を言うか!色合いは問題だぞ!」
「どーでもいいから。」
 青と水色で悩まなくてもいいと思うし。
「何を言う。青は嫌いじゃないだろうに」
「………。」
 何、今の言い方。





 館の主と一緒に現れた、リールは盛大に不機嫌だった。
「………。」
 どうやら、本当に新しい服を作り上げたらしい。
 前の服より単純で、動きやすさを考えたようだった。


 会話の少ない食堂の中では、ただ皿が空になる。当然のごとく、数あって尽きない料理。




 入り口は、広く、雨の泥濘(ぬかるみ)は微塵も残っていない。纏(まとわ)わりつくものもない風。
 出発の朝。

「……リーディール様」
「何ユア?」
「また、いらっしゃいますよね?」
「ユア!!」
 セナが声を荒げた。
「そうなるとも、そうならないとも言えるわね」
「「え?」」
「また、ね。ユア、セナ。―――アズラルによろしく。」
 にっこりと、最後の言葉を強調した。
「「任せてください」」
 二人の声も、負けないくらい怪しかった。

 見上げた館の部屋の窓。カーテンの端に人影が見える。

「………」
 そして、歩き出した。





「で、どうやって行く気だ?」
「………ぁあ!?さっき鳥を見なかった?」
「見たな」
「今頃は大慌てで準備しているかもしれないし、」
「すでに、終えているかもしれない。」
「そういう事。」
「………」
 何がだ何が。

「―――ぁあそうそう。」
「?」
 膨れ上がっていた荷物が邪魔なのか、歩きながらリールは包みを取り出した。
「なんでも、久しぶりに男ものの服の創作意欲がわいたんだと」
「………」
 渡された包み。中身は……
「二人分」
 交互に指差して。
「………」
「いらなきゃ、捨ててかまわないわよ。」
「……」
 さらに無言で、レランに押し付けた。






「――――ウィディア様?」
 “リアス”と呼ばれるのも、あの長い名前で呼ばれるのも好きじゃない。だから言ったんだけど……律儀よね。いちいち。
「早かったわね」
「それはもう!あれからずっと、いつでも出港できるようにしておりました!!」
「……」
 律儀よね。
「俺の勝ちか」
「いつあんたと賭けをしたわけ?」
「さっきだろ」
「……」
 確かに、“すでに終えている”とか言ってたけどね。

 三人は船に乗り込んで、また同じ部屋に入った。さっそく読み終わった本をレランが棚に戻し、読んでいなかった本をカイルは取った。

 今度は、のんびりギミックと話をしてこようかな―――


「行き先は?」
「ニクロケイル」


 海の先の陸地を眺めて。





〜故郷編〜 終了



終わりました…故郷編。長かった…長いよ、過去。
書いてると思ったより長くって長くって…
だいぶ、リールの話なので謎が解けたり、浮かんだりしてると嬉しいですね。

途中でたまたま読み返したらねぇ、ホンキで話矛盾するところでしたよ…しかも、2つも。
ひとつはもうしょうがないので、後半の文を修正して、もうひとつは修正。
だめだよ、故郷編。読み返したら…(そして気がつく矛盾点)。
いやぁ、ホント。大変。

やっと現代に帰ってきました☆やったよ、これでレランがいじめられるよ★(怒られそうだなぁ…)

やっぱり気になるんですけど、1p分って長くないですかね?文章の量?
ご意見ございましたらお聞かせ下さい。

ではまた。「聖魔獣編」にて♪
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