故郷編 〜上陸〜


 風をひろって、舵を取って。左に見えてきた島へ向かう。近づいてくる島を、目にしてはいない。波に乗って、前へ。進んでいた。


ザァァァァァ―――――
 波の音が、砂浜へ寄せる音になっていた。
ザァァァ―――――ン………
 目の前にある島の木々が、何の木だか判別がつくぐらい近づくと、ふと、手を止めた。
ばしゃ!!!
 もう足がつくくらい、ひざ下がぬれるくらいしか水がない。フォトスが降りて船を押していた。
ザッ!!!
 砂をかく音がして、船は止まった。

「…………………。」
 帆を張る縄をつかんだまま、私は停まっていた。―――――目の前の島を見ながら。

――――なんでここに? どうして、私がこんなところ。また。なぜ? いやだ! もう一度。これから。なんでなんでなんで!!!

 頭の中がぐちゃぐちゃで、つかまれた手に気づかなかった。
ぐっ
 ゆっくりと引かれた手に引き寄せられて、なかば落ちるようにカイルに船から落とされた。
すと
 砂に、自分の足が降り立った。


(………? 何を?)
 上陸して振り返れば、リールが停まっていた。―――――いや、何か考えている―――混乱している。
(葛藤か?)
 それとも、
(ここまで来て怖気づいたのか?)
 どちらも、あっているようで、まったく違うような。
 先に進んでいたフォトスが、何事かと振り返りやって来る。レランは周囲が安全かどうか、神経を尖らせている。

(………………。)
 フォトス(あれ)は邪魔だ。
 島を見つめたまま動かないリール。俺が腕をつかんでも何も反応しない――――気づいていない。ゆっくりと引きおろした。
「―――――っ!!」
 突然砂に足をついたことに、驚いている。すぐに見上げた茶色い眼がこっちを睨んだ。
「どうした。」
「…………。」
 ―――――ああ、そうか、もう――――
「大丈夫。」
―――――大丈夫。できるから。やらなければ。

「案内してくれ。ここはどこだ?」
「ここはシャフィアラ。第十三番、二番目に面積の広い島。でも、すんでいる人口は最低数。」
 リールは、迷わず森の中に足を運んだ。――――戻ってきたフォトスを無視して。




 森は深く広かった。木々が生い茂っているせいで、砂浜で見えた山々はまったく見えない。先頭を歩くリールは、さっきから葉をむしったり口にしたり忙しそうだ。また止まった。

「シャフィアラは大小さまざまな大きさの島の集まり。数は十九。」
 説明を求めたからだろうか、リールが話し出した。
「十八」
 フォトスが割り込んだ。
「は?」
「一つは沈んだ。」
「――――いつ?」
「去年。いや、一年半になるか。」
「何で」
「知るか、朝になったら消えていた。跡形もなく。エアリアス家当主は取り合いもしなかった。リザインは一応調べるとは言ったが、それっきりだ。」
「ほかに何か変わったことは?」
 リールは詰め寄った。
「言えと? 見たほうが早い。」
「…………」
「変化が激しいのは王都島だから。」
「…………」

 ぼそっとリールの口が動いた。島が消えるのは、“まだ”のはずだ――――と。
 変なことばかりだ、周りが。自分は失敗ばかりだ。見つかって、ここにいる。

がっ!!!
 木の幹にナイフを突きつけて、皮を少しむいて中を見た。
「…………。」
 どうやら、“中和”はうまくいっているようだ。―――――この島では。

「島々の中心に、王都がある島がる。それから周りに人が住む島が二つ。それから、ここ。あとの島に人はいない。あるのは、森。山……」
バキィ!
 足元の枝が鳴(な)る。
 はっとして、行き過ぎたことに気づいた。それまでまっすぐに進んできた道を右にそれる。水を探して“川”に向かった。




さらさらさら………
 穏やかに流れる湧き水。まだ、川と呼ぶには小さな流れだけれど、昔から、“川”と呼ぶことは変わっていなかった。―――また、“川”と呼んでここにきたことに、笑えてしまった。
 いきなり笑い出したことに、後ろの三人は不思議そうだけど。
ぱしゃ
 手首までつかると、変わらない冷たさが指先を冷やす。―――――しばらく、水の中を遊ばせて、引き抜いた。
 そのまま口に持っていって手の甲をなめると、“水”の味がした―――――






「これからの予定は?」
 お昼にしようと、開けた場所で湯を沸かしているときだった。カイルは切り株に座っていった。
「とりあえずもう少し先まで行くと、休める場所があるから。そこで休んだら、明日はこの島を出るわ。」

 ―――――どこに行く?

「そうか。」
 誰も聞かないし、言わない。


 また、歩き出した。


「見たことない木ばかりです。」
 草も、花も。
「そうだな。」
 気候の違いか?
「だいぶいじったからね。」
 いろいろ。
「いろいろ?」
「いろいろ。」
「だから、あっちは枯れているのにこっちは青いのか?」
「まあ、そうね。」
 森は、ある一点を境に枯れている場所がある。
「あそこは、どうなる?」
「あのままよ。」
「なぜ何も生き物がいないのだ。」
「いるじゃない」
――――――私たち。
「そうではない。」
「知ってる。―――――そうね。やっぱり、“まだ”なのかも―――――」
「なにが。」
「言ったでしょ。この国の土地は毒に侵されているって。」
「あの到底信じられない話か?」
 レランはあざけるように言った。リールは笑った。
「そうでしょうね。」
ぱきっ
 一本。枝を折った。
「小動物は、環境の変化に敏感だから。」


 進むにつれて、高くなる木々。もう、光が指す方向を見つけるのは困難だ。変わっているとは思えない景色の中。リールは迷うことなく進んでいた。足取りが、しっかりしているともいえた。それでも、どこか、影を落としていた―――――







「お母さん!!! お母さんてばぁ!!!」
「どうしたのリール?そんなに顔をふくらませて?」
「む〜〜〜………」
 ぷくーと、顔がまたふくらんだ。
「どうしたの?」
 つんつんと、ほおをつついた。
「どうしてみんな私を“リール”って呼ばないの!!?」
「え?」
「だっておじ様はリロディルだし、ザインはリディロルなのよ!! ほかにも!! どうしてぇ!」
「リール………」
 母親は、悲しいような、困ったような顔をした。
「それが嫌なの?」
「だって私は“リール”なんでしょう?」
「―――ッッッっ」

 そう、ではないけど…………あなたは……あなたの名は―――――

「?お母さん?」
 抱きしめられた腕に力がこもって、リールは不思議そうに見上げた。ひざを突く母親は、リールには見えなかったが、今にも泣きそうになっていた。
「リール。いいじゃない誰がどう呼んでも、大切なのは、あなたが生きていることなんだから。お母さんと、お父さんがそう呼んでいるのが嫌なの?」
「違うもん!! お母さんとお父さんがそう呼ぶからみんなに呼んでほしいんだもん!」
「まぁ!!」
 リールを話した母親は笑った。

「そうなのリール!」
「そう言ってるもん!!!」
 またもリールはふくれた。
「かわいい顔がだいなしよ!」
 そういって母親は、またほおをつつきだした。

「もうすぐ、お父さんが―――」





ガバァァァァァ!!!
「っ!!」
 目を見開いて、急にリールは起き上がった。口が何かしゃべる前に、左の親指を噛んだ。

―――――――いけない。“夢”に囚われては。

 見たのは、幸福な時。あのまま、平穏に過ぎてほしかった時。―――――帰りたい。帰れるものなら。
 あのまま、見続けていたい。――――――――許されるなら。

 そんな事となれば、一生、眠り続けてしまう―――――

「はぁ………。」
 止めていたに等しい息を、ため息と共に吐き出した。
 歩きたい気分だけど、そうすると―――――たとえ荷物がそのままでも、確実に“二人”はついてくるから――――
 ひざを抱えて、丸くなった。目の前の焚き火に薪を足す。……………もう、眠れない。

 “夢”に、囚われないために―――――






 音を立てないで、気配を殺して起き上がったフォトス。首を回して見たリールは、立てたひざに顔をうずめて眠っている。―――――あとのよくわからない二人は、反対で眠っていた。
 もうすぐ、日の出だ。まだうす暗い中、しずかに、この場を離れなければ―――――


ぱち
 フォトスが、こちらの声も姿も見えないところまで離れて言ったのを確認して、カイルは目を開けた。―――――逃げたか。…………レランが見ている。いつでも、動けるというように。俺はそれを制して、リールの所に行った。ひざを抱えて下を見ている姿は、途中からずっと変わらなかった。

「忘れていいわ。あれがいくらあがこうと、相手にされないのが落ちだから。」
 それだけ言って、起き上がった。
「ちょうどよかった。この場にいたんじゃ、行けるところも行けないから。」
 簡単に食事を済ませて、すぐに、歩き出した――――――


 次の島に行くのに、船がいるんじゃないかというと、この島まで来た船はフォトスに使われているという。――――まぁ、確かにそうかもしれない。

 どうする気だろうか?




 朝靄が、風と共に晴れた。周りを確認するためか、肩の荷が下りたのか―――――まぁ、後者だ。リールは上陸したときよりも落ち着いていた。のんびりと周りを眺め、また葉を取って。土にふれて風を仰いで。

「―――――人が住んでいると言ったな。」
「ん?」
「どこだ」
「……………あの山の向こう。」
 木々の隙間から、かろうじて山が見える。
「王都はあっち。」
「……………」
 方向だけ指されても………。
 仕方なく、次の話題を振った。
「エアリアス家といえば、不死の術を扱うことで有名だが?」
 ぴた。っと、リールが止まった。振り返って、ずんずんとカイルに近づく。―――――正面に来て、手を伸ばした。長い髪をつかんで、肩の前に出す。口の前で毛先を指先で擦(こす)る。

「自身の持つ“すべて”と引き換えに―――貴方に不死を授けよう―――」

 後半の言葉が紡(つむ)がれるのと、カイルを見上げるのは同時だった。

「――――っ!」
 寒気がして、髪を後ろに払った。

「リアス家の謳(うた)い文句よ。」
 そう笑って言ったリールは歩き出した。

「すべてを失うわ。何もかも。二度と取り戻すことはできない。取り返すこともない。不死となった、今でも―――――」
 頭だけ振り返った。
「そういう言い伝え。」
 前を向いた。表情がわからない。
「ただ、不死の術を作り出した初代エアリアスは不死だった。そう伝わってるわ。」
「だが、死んだ。」
「違うわ。――――厭(あ)きたのよ。…………生きることに。」
 だから、生きることをやめた。
「贅沢(ぜいたく)な悩みだ。」
「誰にも迷惑をかけない分ましかと。」
「どういう意味だ?」
「ぁはははは!!! ――――そおかもね。」
―――――何も、残したりしなきゃね。



「あそこよ。」
 海岸沿いに、小さな家が建っていた。

「知り合いの家。」


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