故郷編 〜レピドライト〜


 呆然と立つ俺たちを見てから、リールはまた視線を戻した。

 と、思いきやまた振り返った。

「……………食べないの?」
「………お前なぁ」
「……。」
 勝手に食うなといっただろ!
「あ! そっか。この島は平気。」
―――水も、果実も、草でさえも。

 遠慮なく、割り込んで食料を口にした。

「知り合い?」
 少年らしき王が問う。
「ええ。―――――仲間?」
「何で疑問なんだ。」
 刺々しい声に、リールは笑った。
「ラーリ様。エルディスのカイルと、レランです。」
 また、指差した。
「僕はラビリンス!」
「王。もう少しまともに。」
「こいつはシーン。うるさいんだよねーー」
「王…………」
 がっくりとシーンは肩を下ろした。
―――――しばらく、続いた笑い声。日も暮れかかり、夜となった――――




「聖魔獣がひとつレピドライト。四獣王ラビリンス様。」
 温泉に案内されたカイルとレランは、戻ってきてもう一度レピドライト王に会いに行った。
 さっきまでは、ずっとリールとラビリンス二人でしゃべっていたから。

「何か?」
 声がして、シーンがやって来た。しずかにするという約束で、王の休む場所へと足を踏み入れた。



「……………」
 正直に驚いた。
 大きな森の中で、一際(ひときわ)大きな木の下。土を恋しがるように地中深くに潜ろうとしている根。葉は青く生い茂り、だが月の光を隙間から落としている。反対にある小さな池。その畔(ほとり)にいる大きな獅子。ラビリンス王は羽を下ろして何かを包むように、草の絨毯に寝そべっていた。

すーーーーー

 安定した、しずかな、穏やかな寝息が聞こえる。寝そべる獅子の横側に、うずくまるようにリールが眠っていた。その体に羽がかかる。やわらかいブロンドの毛に手を当てて、ぴったりと寄り添うように。

「…………」
 中途半端に近づいたまま止まっていると、声をかけられた。
「――――いつから、寝ていなの?」
「この島に上陸してからだ。」
 ―――自分が見たままを。
「――――――――悪夢でも見ているのか?」
 先日、飛び上がるように起き上がったのを、よく覚えている。

「……………違うよ。」
 言葉を切って、王は風を待った。
「見るのは、幸福。夢に見るのは、一番、幸福であったころの夢だから。」
「?」
 どういう意味だ?
「それならば何の問題はないじゃないか。」

「本当にそう思うか。」

「っ!!」
 昼間とはまるで違う口調に、戸惑いを隠せなかった。
「幸せがもたらすのは、時に、あまりに残酷だ。幸福だったころの夢。―――――もう、帰ってくることはない夢。そして、いつまででも見ていたと思うような、甘美な、誘惑――――」

「ふ………」
「「!!!」」
 突然動いたリールに、二人は驚き言葉を止めた。
「…………。」
 むっくりと、リールは起き上がった。
「王都の様子は?」
 こちらは目に映らないのか、まっすぐ王を見てリールは問いかけた。
「最悪だ」
 一瞬にして、消えたさっきまで聞いていた笑い声。
「使えない?」
「もう、地が死んでいる―――――」
「失敗した………」
「第十三の島は、大丈夫だ。だが、」
 目が覚めたリールと、王が交わす不思議な会話―――――

「………そう。」
 それだけ言って、リールはまた眠りの淵に下りた。――――ふかく、深く。



「「…………」」
 じっくりと、リールが眠ったのを確認して、カイルとラビリンスは視線を合わせた。
「……エルディスの王子よ。自分の力が及ばぬところには、手を入れなければ火傷(やけど)はしない。」
「…………」
「話は終わりだ。貴重な休息を邪魔してはいけない。」
―――――――まだ、何か起こるというのか。

「まさか、ここで終わりだとは思っておるまい。」





「ん………。」
 久しぶりに眠ったといってもいい。―――――長時間の睡眠を必要とするのは、浅い眠りを繰り返しているからに他ならない。…………眠りの底に落ちたのは、本当に久しぶりだ。夢も、何も、見ない―――
 まだ、日は昇っていなかった。暖かい羽を、動いた自分をなお包み込む羽を、ゆっくりとなでた。

「ラーリ様、知っていらしたのでしょう。そして、」
 あなたの差し金でしょう?
―――――でなければ、私がここにいるはずもない。あれがあの場に出てきたはずもない。

 朝靄の中、しずかに、声が響いた。

「……………」
 王は、何も言わない。



 日が昇って、また、時間が過ぎた。――――――行かなくては。
 王と挨拶を交わして、振り返らずに進んだ。森を出た先、船のある場所で、カイルとレランが待っていた。



 白い帆をはためかせて、王都に向かう。もちろん、警戒は怠らずに。漁船の数が減っているのは、予想していたことだった。――――さすがに、王都の警備はそこまで、落ちぶれてはいないはずだから――――




「時間はなかった。だが、フォトスの行動の素早さまでは、予測しえなかった。」
 そう言って、ラビリンスは空に向かった。―――――大切な少女が、事を成功させることを思って。






 船の進みは、思っていたより速かった。今までで、一番早く目的地に着いたような気がする。



 見えてきた島は、大きくもなく、はたから見てとても王都があるとは考えにくかった。少なくとも、エルディスやアストリッドの常識では。
 見えるのは木々ばかり。町を囲む城壁すらない。

「ほら、海が要塞みたいなものだし。」
 海軍は優れていたはず、だけど。

 さぁ、どうなってるかしら――――?


 ―――――よく、わからないが。城の反対に回ってきたらしい。


「あれが―――城。」
「どれだ。」
「あの、……天辺。」
 木々の間に、塔の先が見える。
「…………城壁は。」
「ない」
「ないのか…………」
「ないね。いらないから。」
 島だし。
「基本として、侵略者はこの島に上がる前に海に沈めてきたから。」
―――――遠い、昔の話。
「今は海流が荒れているから、外の人が島に入ることはない。」
――――それは、キリング・タイム終了後から?
「軽く700年は前の話か。」
「初代エアリアスが流れ着いたぐらいだから、漂流者はいたでしょうね。」

 道なき道を、王都に向かう。


「で」
「………で?」
「何をしている。」
 城壁はない、が、“塀(へい)”はある。そして、右のほう少し先に、道が見えるのにもかかわらず、なぜか。
 なぜか、その塀を乗り越えようと足をかける小娘。
 はっきり言って、道があるにも、見えるにもかかわらず、通った試(ため)しがない。
 なぜか、木々の間を通り抜け、今度は塀を乗り越え―――

「よっっ!!」
ガッッッッシィ!!!
 地を蹴ろうとした瞬間に、片手でつかんだ。
「………なに」
 中途半端に宙に浮いたように、片足を塀にかけたまま小娘は振り返る。
「だから、何をしている。」
「超えるの」
「あそこに道があるだろう。」
「…………………!」
 不思議そうにたっぷり道を眺めた後、何か言い案でも思いついたように言う。
「使ったことあったっけーーーー?」

「そこまで行くのか?」
 さすがの主も、組んでいた腕をほどいた。

「あの道嫌いなのよね。」
―――――道が!!?
ひゅっ
 言葉にあきれた瞬間に、小娘は風を切って反対に降り立った。草を踏む音が軽く響く。
「……………」
から……
 さらに呆然としてる間に、主も無言で乗り越えた。

―――――だから、道を通れ!!
 ………その道にも、誰も人はいなかった。誰も通ることはなかった。







 いったい、幾人が消えたのだろう。幾人が、倒れ病んでいるのだろう。後悔しても、悔やんでも、変わらない。でも、いったい私に何ができたのか? ――――――何もしなかった自分を慰(なぐさ)めようと、そんなことを考えていた。私に、できたことは何もないと―――――

…………違う、そんな善人じゃない。――――誰かを、“助ける”気なんて、なかったじゃない。ただ、
ただ、叶えるべく“願い”の前に死なれたら困るだけ――――

 だから、別に彼らを助けようと動いたわけでも、助けなければならなかったわけでもない。

 知っていたじゃないか、どうなるか、先は。だから、“残して”きたんじゃない。

―――――確認を取らなきゃ。

 もう一度。


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