故郷編 〜部屋の中〜


「あそこが、シャフィアラの城―――マーリンディア城」
 南の少し先、五分も歩けば着くだろう。
「で、こっちが……」
―――――エアリアス家
「……………家」
「……。」
 認めたか。
 塔のように造られた屋敷。と、いうより、目の前にあるのが塔だ。向こうに、屋敷がある。高さにして三階分。
「まぁ、私の私室と化してるけど。」
「これが?」
 塔だろ。
「と、薬草置き場。その他。」
 きょろきょろとあたりを見回して、
「この時間は……ここにまでやってくる人はそういないわね。」
 なにか、別の事を言いかけただろ。
「さて、行きますか。」
 そういって、隠れていたらしい木の背後から姿を現した。


すたすたすた……
 迷わず、裏口らしきぼろい扉へ。が、ほかに入り口はどうやらないらしい。

「ん〜〜と?」
 ぱたぱたと、手を壁の隙間。はたから見れば到底隙間の開いてなさそうなところに手を差し入れて。何かを探しているらしいが、身長がぎりぎりである。
「く………この……」
 手が届ききらないことに苦々しく言葉を吐いた。
「……………壊したほうが早い?」
「おいおい」
「何を探す。」
「鍵をね〜〜ここに入れといてあるんだけど、台がない。」
「「……………」」
―――――置いてあったのか?
「まぁ、なくても………」
がっ!!!
 中からカーテンのかかる窓枠に足をかけた。
「よ! っ………」
 紐のついた鍵を抜き出し、地に足をつく。

「いんだけどね。」
 紐の端をつかんで、くるくると回す。
ひゅっ!
 空高く飛び上がった鍵は、
ぱしっ!!
 しっかりと手に落ちた。

 向き直って、前に。

がちゃ
 迷わず鍵穴に刺さった鍵が音を立てる。扉は、簡単に開いた―――――
きぃ
 古い扉は、なんて事無くあっさりと開く。
「……………」
 何か、思い当たるように、リールの目が細められる。
こつ
 中は、目の前に螺旋(らせん)階段。右には暖炉と、テーブルとソファがある。締め切られたカーテンのせいで、光は扉から入るのみだ。
「閉めて」
 言われるままに扉を閉めると、ソファの横に置かれたランプにリールが火を灯した。

(―――――やっぱり………)
 なんとなく、入った瞬間。違和感がないことに違和感を感じた。
 何年も人が入っているはずもない部屋。でも、ランプには油が入り、床に埃(ほこり)はたまっているものの、机の上には水拭きのあとがあるし、ソファにかけられた布は真新しい。
―――――少なくとも、ここ最近。一年ほど前に掃除されている。…………誰が?
「あの暇人」
 何一つ変わらない。家具。位置。中。そう、五年前と変わらない。


「―――お前の名を剥奪(はくだつ)する―――」


「おい!」
「っ! ――――あ、何?」
「“何”じゃないだろ。」
「ああ、どうしようかなと思って。」
 一気に回想から浮上した。
「上に行く―――?」
「何がある?」
「……何も…私の部屋と、」
 言うか速いかカイルは階段を上っていった。


(ここは…………)
 言ってしまえば、倉庫のようだとレランは思った。―――人が、住むような所ではない。
 入り口は、今入ってきた扉しかないようだ。上る階段の後ろに、下る階段もあるのが、もう上に上っていき始めている小娘の灯りから見て取れた。小さめの窓は厚いカーテンで覆われ、中から外も、外から中もうかがえない。
 それに、屋敷から離れた塔。まるで、―――――まるで、牢獄のようではないか―――?

 なぜか、そう感じた。


がちゃバタン
 目に付く扉を開けては閉めて。カイルはもくもくと階段を上がる。階段下の火を灯せば、つながる紐を伝わって階段の途中にある灯にも火がつく。真っ昼間だというのに、灯りをつける階段。一筋の光も入らない窓。
がちゃ
 三階に上がって、最奥の部屋。抵抗なくあいた扉。ふと、リールの目が厳しくなる。
きぃぃぃぃ――――
 今までで一番しずかに扉が開いた。

「……………」
 正面に、この塔の中で一番大きな窓がある。ここのカーテンは少し薄く、日の光が刺し込んでいる。出窓のように造られた窓の前には、いくつもの植物が。植木鉢に植えられた植物たちが日に浴びている。
「…………」
こつこつ
 取っ手に手をかけたままのカイルを通り超えて窓に向かう。枯れた葉は、それでもここ最近のものだ。まだ少しだけ青いものも残っている。一枚だけ。手にふれて、むしり取った。
ブチィ―――
「…………どうした。」
 はっと振り返ったリールは、視線をはずした。

 からからに、乾いた土。でも。
 枯れた葉、だけど。
 窓辺に移された植木鉢。
「…………」

 空になっている水瓶(みずがめ)。
 青い一枚の葉。

「――――どうして、」
「………?」
「バカは治らないのかしら。」
「治す気がないんだろ。」
 あっさりと言うので、笑ってしまった――――



ぎぃぃぃ――――
 慎重に、目の前の扉を開けた。…………なぜか鍵のささったままの扉は、軋(きし)んだ。

「ここは…………」
 下る階段を下った先にあったランプに火をつけて、目の前を照らす。

 正面には、四角いテーブル。そして―――――
 周りを埋め尽くす棚。カラス張りの開き戸がついた棚には、小瓶やビーカーや秤や皿や液体やらが置いてある。
 黒い、赤い、青い、緑、紫、透明。いくつにも彩られた液体。
 植物が、液の中に沈むビン。
 数の多い天秤。
 混ぜ合わせるための道具。
 炎で燃やすための器。
 重なった紙。
 名も知らぬ器具。

 何かの研究室。調合所であるらしい。――――誰のかは、もちろん。


「何やってんのあんた。」
―――――この娘。
「エアリアスか、」
「…………」
 つぶやくと、不服そうにこちらを睨みつける。
「あながち嘘ではないのだろうな。」
「信じるも信じないも勝手だけど、」
 部屋に一歩踏み入り言う。
「その棚は劇薬よ。」
「―――!」
 さすがに、棚の扉を開きかけた手を止めた。

「気をつけてよ。落ちて割れたら後が面倒なの。」
 テーブルを挟んで反対側に、しゃがみ込んで何かを探す小娘。
「ど〜こ〜かし〜ら〜〜」
「楽しそうだな。」
 続いて現れた主がこちらを見て、…………ゆっくりと目配せをした後一言。

「帰れ」
「………………」
 下手に歩き回ったのは失敗だ。
「いいけど渦に飲まれて死ぬわよ。」
「それもいい」
「いいのそんな簡単で?」
 あっさりと殺人予告(?)をはじめる二人。レランはため息を飲み込んだ。

「あったあった〜」
と、小娘が大きめの瓶を取り出した。
「なんだ?」
「果物のお酒付け」
「…………その隣の瓶は?」
 同じ棚の。
「睡眠薬」
「後ろは?」
「毒」
「「…………」」
 なんだその統一感のなさは。
「それは、食べるんだろうが。」
「まぁ、そうね。」
「なんで薬と同じところに………」
「ここのほうが保存には向いてるのよ。」
 室温とか、気温とか、湿度とか。直射日光が当たらないとか。とかとか。
「あのなぁ」
 だからって、薬と同じところに入れるな。
「言わなきゃ気づかないって。」
「…………」
 そういう問題か?
「大丈夫よ、焼くから。」
…………加熱殺菌?

「このラベルには、何が書いてある。」
 ひとつ、瓶を取り出したレランは問う。
「薬の名前と、調合した人物名・日付。中に入れたもの。使用方法。」
 ぐるっと瓶を一周するように張られた紙。細かい字でびっしりと文字が書かれていた。
「まぁ、何を書くかは自由だけどね。」
 見る人が見たときにわかるようにしておかないと。
「これも、睡眠薬か?」
「それは、咳止め。」
「隣が、毒草から使える効果を取り出したもの。少し、使い方を変えれば眠ったまま人が起きなくなる。」
「どういう事だ。」
「どれも同じ。症状に合わない薬を使えば、悪化するのは当たり前。――――例え、何(なん)てことない薬でも。」
「お前に処方される奴の顔が見てみたいな。」
 ははは、と、乾いたようにリールは笑った。―――そんなの、こっちの台詞(せりふ)だと―――

「ま、それ(ラベル)を信じちゃいけないんだけどね。」

 ―――――どういう意味だ?


Back   Menu   Next