* 娘の決意と犠牲者 *





「お父様! 私カクウと結婚するの!!」
 三人の子供が旅から帰ってきた次の日、会議室に殴りこんできた娘はそう言った。
 大臣がむせたり、目を向いたり、吹いたりしている。オークルが楽しそうに笑っている。
「そうか。まずそういうことは本人に承諾を取れ」
「わかったわお父様!」
 荒々しく扉を開け放ったまま、ティレイヤは文字通り飛び出していった。
「……さすがですね」
 何事もなかったかのようにオークルが声をかけてくる。大臣などまだ固まったままだ。しばらく中断かと思い。お茶を運ばせようと……
「お父様!」
「なんだ」
「違いますわ!」
 ぜーぜーと息を切らせて戻ってきた娘の顔が赤い。何をそんなに恥じ入るようなことがあったのだ?
「何が違う?」
 息を整えた娘はきっと前を見据えていった。
「お父様。私は娘ですわ」
「そうだな」
 間違いようがないな。
「古来より、王族の娘は政治的には駒として動かされるものですわ!」
「国が傾いたらライドレンドのせいだから気にするな」
 ぽん、と手を叩く音がした。同時にがだたっと椅子が傾く耳障りな音がしたような気がする。
「お兄様を調教すればいいのね」
 はじめて娘の教育を間違ったような気がした。
「行ってきますお父様!」
「ああ、扉は閉め――」
 待っていなさいよカクウーーー! と、遠ざかる意気込み。開け放ったままの扉。
「まぁ期待はしていなかったが」
「王、お茶です」
「ああ」
 オークルがお茶を差し出してきた。



 娘が会議室を混乱に陥れてから数分。いっそお開きにするかと思った頃、再び、廊下から聞こえてくるあの、音。
「王! 今ティクス嬢から意味不明な言葉が!!!?」
「許可した」
 またまた開かれる扉。一応入室禁止なのだが。兵士を叱っても仕方ないか。
 呼び名は“嬢”に落ち着いたのかと思い。そして、というよりもこれが息子かと考える。
「そう許可……何をしているんですか!!」
「……」
 怒鳴られるいわれがないが。
「こっちの台詞だ。いつの間にうちの娘を陥落させたんだ」
「王、王がお義父さんだなんて笑い話にもなりませんが」
「俺の台詞だ」
 何を言い出すんだこいつは。
「止めてくださいよ!」
「そんな無駄な事に時間を割く意味がわからん」
「……リールさんの娘ですからね……」
「リールの娘だからな」
「そこに王が加われば最凶ですよね」
「なにか含んだな」
「大量に」



「あのですねティクス嬢」
「つーん」
「話を聞いてますか?」
「“はい”しか聞かない」
「どんな恐怖政治ですか」
「つーん」
 ティクレイヤのために作られた椅子に座って、正面から少し外れたところにカクウが膝をついていた。
「あなたは王女なんですよ」
「……」
 ふいっと、ティクスは首をあさってに向けた。
「はぁ……そんなに若くてきれいなのですから、もっと他にあるでしょう」
「なによ! カクウはお母様がいいって言うの!!?」
 話がぶっとんだ。
「――は?」
「私が子供だからいやなんでしょう!! お母様が好きだったんでしょう!!?」
「確かに騒ぎ立てる子供は嫌いですが……ぁああお願いですから泣かないで下さい王に給料を差っ引かれるので」
「お金のほうが大事なの!?」
 勝手に頭の中で話を繋げたティクス嬢は表向き泣いているのに怒鳴りつけてくる。相変わらず忙しい人だ。
 大きな声で怒鳴りつけているのに私が言った“子供は嫌い”という言葉にそうとう落ち込んでいる。
 ため息をついた。
 私はその場の空気に合わせて適度に笑顔で返して情報を集める事が得意なので、すぐ顔に出てなおかつ突飛な行動に出るこの王女にどれだけ苦労したか……
「確かにリールさんは好きでしたけど」
「ぅわわわぁぁーーーん」
 見事な平手打ちを食らって、自分の担当は体力勝負ではないため一瞬頭の中が白く光った。
 見事に混ざり合った脳内に目眩を起こしている間に、ティクス嬢はまた走り去った。
「……面倒な」
 っち、本音が。



 明らかにからかってやろうと楽しんでいる侍女に嫌々王女の場所を問えば、なんのことはなかった。
「カクウは子供が嫌いなのよーーー!」
「それで、ティクス。いったいなんで僕の所に転がり込むんだね」
「お兄様までいじめるのね! お兄様も私よりお母様が好きなのね!」
「ティクス、そういう自虐的な発想はよくないよ」
「うるわいわよーーー!! ぅわあーーーん!!」
 ティクス嬢は、ライドレンド王子の机に突っ伏して泣いている。ぁあ……
 扉の隙間から伺っていると、ライドレンド王子と目があった。目が据わっている……執務が滞るからとっとと追い返せと言っている。
 そうですよねーー……はぁ。
「ティクス、それで返事はもらったのかい?」
 って、ここで優しげに話しかけますか。そうですか、王子。
「ないからいるんじゃない」
「ティクス、先に確かめておきたいんだが。あんな父上を煎じて薄めたような男のどこがいいんだ?」
 ライドレンド王子、あなた結構失礼ですよね。年上に対して。
「――」
「いででっいで!? 髪を引っ張るのはやめな……だっ!」
「お兄様は知らなくていいの!」
 立ち上がったティクス嬢が向かってくる……。
バン!
 静かににらみ合った。いや、話しかけるのも変ですから。
「……いやぁーーーー!」
 意味がわからない。
 扉の外に人がいたことにティクス嬢が驚いて、それからしばらくしてそれが私だとわかったら赤くなって、次に真っ青になって奇声を上げて走り去っていった。
「……」
「追いかけろ」
 部屋の中から無慈悲な言葉。王子、あなた王にそっくりですよね。でも、やっぱり王に比べれば爪が甘いですね。
「……そうですね。お義兄様」
 辞書が飛んできた。



 再び含み笑いをする侍女に行方を聞きながらあとを追いかける。ぁあ、明日には城中。いや国中の噂か……
 そしてまた、ティクス嬢はわかりやすい所にいた。
「カクウに結婚してって言ったの」
「それ、父上はなんて?」
「許可するって」
「カクウはなんて?」
「返事をもらってないから来たんでしょう! それくらい察しなさいよバカ!!」
「いでっ!?」
 ぁあ、理不尽にリィンティト王子が殴られている……しかも結構な力で。
「いってーでも姉上。カクウが好きだったんだ。意外〜うぎゃぁ!」
 ぁあ、またか……
「そんなこと言ったってカクウ……ごめんなさい姉上俺が悪かったです! 謝ります! 謝りますから薬瓶を端から割っていかないで下さいーー!」
 哀れ……
「私が子供だからいけないのかしら」
「知りません」
 若干、リィンティト王子の声が疲れている。
「もっと、大人の魅力に溢れてないと駄目なのかしら」
「そりゃぁ、ないよりあったほうが……すみませんごめんなさい申し訳ありません窓から捨てないでーーー!!」
 ……。
 好みの問題で言えば、どちらかといえばティクス嬢は痩せ型に分類される。仕事上豊満と称するしかない女性を騙した事もありますが……
 いやいやいや、なにを考えているんだ。そうじゃないだろ。
「ティクス嬢」
 台風のように注目される王女に何を言わせているのだと、さらに明日の噂がひどいことになりそうだ。
 ぁあ、王に刺される……
「! ……カクウ……」
 なんで私の話なのにそんなに逃げ腰なんですか。
「み」
「聞こえない!」
「さ」
「聞こえない!!」
 耳を塞ぎますか、そうですか……
 ぁあ、すみませんリィンティト王子、薬の調合中にお邪魔して。
 すたすたと歩いて、椅子の上で足を抱えて耳を塞ぐティクス嬢を抱き上げた。
「ちょっおろして!」
「とりあえず落ち着きましょう」
「いやーー! 人攫いーー!」
 人聞きの悪い。
「お邪魔してすみません」
「ぁあ。うん」
 あっけに取られたリィンティト王子の顔が面白い。そう思って部屋をあとにして、あっけに取られたままの王子が呟いた言葉なんて聞いてはいなかった。
「……あれが義兄上になるのか……」と。



「ティクス嬢」
 再び王女を椅子に戻して、楽しそうに覗いている侍女を追い払って、再び椅子の正面からそれた所に膝をついた。
「と」
「聞こえない! 聞こえない! 聞こえない!!」
 強情ですね。
「話を」
「聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない!!」
「怒りますよティクス」
 ……なんで、目を涙でいっぱいにするんですか……
「今、ティクスって」
「そうですね」
「……カクウなんか大っ嫌い!!!」
「いきなりですね」
 なれたような、なれないような。しかし、少し傷ついた。
「なんでよ! なんでよ!」
「何がですか?」
 叫びすぎてむせこんだ王女の背を撫でながら問いかける。
「いつもそのまま呼んでって言ったのに! いつも呼んでくれなかったのに」
「あ〜そうですねティクス嬢」
「いつかきっと呼ばせて見せると思っていたのに!!」
 どうやら、何かその瞬間に得意の夢を見ていたのかと推測する。
「すみません。あなたの望んだ状況じゃなくて」
 涙目で睨まないで下さい。一応、あなた女性ですよ?
「あなたは王女で、私は密偵ですよ」
「お父様はいいって行ったもん」
「そりゃぁ。あの人は前科がありますから」
「なんでよ!」
「ティクス嬢。あなたは若いんです」
 まだまだ花盛(はなざか)りだろうに。人生これからだ。
「きっと、あなたはこれからもっと美しくなって、恋をして、舞踏会の主役になるんですよ」
「……うれしい」
 のけぞった。
「あのですね……まぁいいです。だから、こんな老いぼれに人生をかけるのは早すぎます」
「ならもっともっときれいになる。そしたら結婚して」
「話を聞いてますか……もっと恋をして、いろんな人と知り合って、愛した人と結婚して下さい」
「じゃぁ約束よ」
「いきなりですね」
「私、三年後にカクウと結婚するの!」
 それは適齢期をすぎているのではないだろうか……
「……はぁ。まぁいいでしょう。きっとそんな事はないでしょうから」
「どうしてそんなこと言うのよ」
「言ったでしょう。あなたは若いし、美しいのです。もっと他に素敵な男性に恋をすべきですよ」



 いろいろと疲れ果てた一日が終わったと思ったら、王に呼ばれた。その前にティクス嬢が来ていたらしく、花が咲いたような笑みですれ違って去っていった。
 ……不気味だ……
「問題を先送りにしたんだな」
 不気味なティクス嬢の姿を追っていた所、王にそう声をかけられた。ずっこけた。
「何をこけている。面白くないぞ」
「王……いったい何を聞いたのですか?」
「……よくわからんが。三年後にカクウを虜にして見せるとか意気込んでいたぞ」
「………」
 この家族は。
「ティクス嬢は若いのですから、もっと他に相手を探すべきだと言ったのですが」
「あきらめろ。全員捨てられて終わりだ」
「いったい私のどこが気に入ったのですか?」
「俺に聞くな」



 女性というのは見る見る変わっていくもので、一度もとどまっていなかった。
 日の下で腕を組んで歩く姿、夜会で視線を集める姿、巧妙に包囲網を抜け出して町で遊ぶ姿など、いろいろ。
 月日などあっという間で、美しく成長した彼女の目に再び、自分しか映らなくなる日がくると思うと――今度は断れるかどうか、日に日に自信がなくなっていくのだった。



おしまい。
2011.01.06
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