リール一人旅〜北の町―オル〜


 一階の酒場は、昼は食堂となっている。昼の修羅場の時間は過ぎたらしい。 誰もいない食堂の中、宿のおばさんはカウンターで一人葉巻を楽しんでいる。

「なんだい。今頃起きたのかい」
 宿のおばさんは、昨日遅くにやって来たリールをおぼえている。
「おなかすいた。安くて、量があって、おいしいもの」
「今はもうお昼の時間は終わったよ」
「………料理なし!!!?」
 昨日は夜遅かったので、食事にはありつけなかった。それを楽しみに下り てきたリールは固まった。
「冗談だよ。あまり物でいいかい?」
 葉巻の火を消し、おばさんは立ち上がる。


「いただきま〜す!!」
「……………」
 宿のおばさんは言葉を失った。
「ここは開いているのか?」
 外から宿に入ってきた男が言う。対応に行ったおばさんが、今日の料理は 終了した。正確には、あそこの彼女が食べているので最後だと、男に告げる。

「……………」
 入り口に背を向け、テーブルの上に並ばれた鍋に直接スプーンをつっこみ ながら、ちゃくちゃくと中身を平らげる女剣士を見て、男は何を思っただろ うか。




「ごちそうさまでした」
 何も余すことなく残り物を平らげたリールは、手をあわせる。

コトッ
 その目の前に、デザートとしての甘いものが置かれる。
「たのんでないわよ」
 持ってきたおばさんに言う。残り物でない事は確かだ。
「あそこのお客さんが出してくれって」
 おばさんは入り口近くのテーブルに視線を向ける。リールも振り返る。し かしそこには、お酒のグラスと支払いのコインのほかは、何もなかった。





「ん〜〜……」
 大通りは夕方ともなり、また人が増えていた。小さな露天が並び、あちこ ちから値切りの声がする。この時間帯は、馬や馬車を走らすのは禁止のよう だ。馬を連れる人は手綱を引き歩く。

 とりあえず一晩分しか宿代を払わなかったので、リールは宿を出るしかな い。歩く足は町の中心部に向かう。ここは、エルディスの西側から船を出し たとき、一番初めに着く島だ。コリーク島には山が一つあり、その南側と北 側に一つずつ町がある。{北の町―オル}にリールは入った。


 道の先の広場にリールは出た。その向こうにある山の中腹に{オル}の領 主の邸(やしき)がある。広場にいる人の分類はいろいろだが、ある種の集 まりが一つの看板に集中していた。
「なんだ?」
 特に剣士や傭兵など、戦う術(すべ)を持つ人がいる。看板に貼られた文 字はまだ新しい。

 リール風で簡単に書いてあることをまとめると、「今日これから、邸で腕 の立つものを集める」ようだ。


※ ※ ※


 集合は日が沈んでから少し立った、灯の光が必要な時間帯だ。邸の門をく ぐったリールは、すでに前庭に多くの人がいることに驚く。

 人々を見渡した後、リールは真っ直ぐ、古いマントを着た男に近づく。
「ごちそうさま」
 突然の声に振り返った男は、リールの言葉に驚き唖然としている。
「お前……」
 声を出したその時、
「静粛(せいしゅく)に、旦那様からお話がある」
 門を閉じる音がする。庭にいる人たちの視線は、バルコニーに現れた男に 集中する。

 現れた領主は周りの者を沈めるような行動の後、話しだした。
「お前たちを集めたのは他でもない。私が仕事の依頼をしたいのだ」
 ざわつきだした群集を一瞬にして黙らすつもりだろうか。
「しかし、私は使えるものしか雇うきはない。無駄に報酬を払う気もない。 そこでだ、今からお前たちの採用試験を行う」
 リールが黙って話を聞く中、抗議や非難の声が上がる。

「内容は簡単だ」
 自身に向けられた言葉を、いや、騒ぎ出す者たちは必要ないとでも言いた げに、声を荒げる者たちを相手にしない。開いた手を上げる。

「五人」
 何のことだかわからない者共は唖然としている。騒ぎの声はおさまり、静 まりかえった。

「今から、立っている者が五人になるまで戦ってもらう。殺しは禁止だ」
 集まったものは軽く三十人くらいになるだろうか。
「使う獲物は個人の物だ。ただし、邸を壊したら損害額を払ってもらう。時 間制限は私が見て決める。

――――質問は。……………ハジメ」

キィンッ
ガンッ
 あっけにとられている場合ではないようだ。周りではすでに行動を起こし たものばかりだ。皆一様に得意技を使い、近くの者同士斬りあい,打ち合い をする。中には、飛び道具使用者がいたようで、リールの横を一本の矢がか すめ通る。

「オリャァ!」
 なぜだか複数人の的(まと)になった(お前ら初対面だろうが!)リール は、とりあえず襲ってきたものをたたき倒す。



ゴッ スッ ドガッ
 自分に向かい攻撃してきた者を昏倒させ、飛んでくる矢をかわし。男はあ せりながら振り返った。

(さっきの娘は?)
 複数の人物に襲われていたようだったが。

チャキ

「……………」
 何の心配もいらなかったようだ。さらに襲われてもいいように構えている。 一箇所(いっかしょ)に積んである人の山は、リールが叩きのめした者共だ。



パン。パンパン。
「すばらしい」
 旦那様と呼ばれた領主は、終了の合図と言いたげに拍手をする。
「君たちで五人だ」
「あ?」
 リールは振り返った。
 広い庭に立つもの。剣士が二人、弓使い、チャクラム使い、そして槍使い。 計五人。ただ、槍使いはチャクラム使いを今にも倒しそうだが、つまらなそ うに手を引いた。

ガクッ……ドサッ


「入りたまえ。合格者達よ」
 バルコニーの下の正面口が、中から開かれた。




「呼び名だけ聞いておこう」
 案内された先は食堂。丸いテーブルに椅子が六つ。領主の前で食事会となっ た。
「つまり、明日お嬢さんを[南の町―ネイ]につれて行けと」
 静かに食事をしていた弓使い・センが言う。
「そうだ。ここ数ヶ月の間、山を越え[ネイ]に向った者から狼に襲われた という報告を多々受けたのでな」

(護衛しろと〜)
「馬車で行ってもらうので、一日で行けとは言わない。だが、二日あれば十 分だろう。もちろんお前たちを雇うのだから報酬は払うが、私が払うのは前 金だ。残りの報酬は[ネイ]の領主に同じだけもらえる」

(ふ〜〜ん)
ぱく。
 黙って出された食事を食べながら、リールは耳を傾ける。そして隣に座る 剣士のおじさんは、自分の見ている光景が信じられない。さっき宿屋であん なに食べていなかっただろうか?

 剣士・ラバリエは、リールと名のった少女をあらためて見る。あの時、宿 屋で彼女は自分の事を見なかったはずなのに、自分に礼(?)を言ってきた。 そして、あの試験にも実力で受かった。周りに積んでいた者共は、剣で斬り つけずに叩きのめしていた。

(おもしろい娘だ)
 のんびりと気の進むままに食事をする。

ぱくぱくぱく。
 話は聞いているが見られていることは全くきにせず、リールは食事を平ら げ続ける。

「海路を使えば早いのではないでしょうか」
 震える手でグラスをテーブル上に置くのみ。隣の男の顔色を窺(うかが) いながら、チャクラム使い・レステッドが恐る恐る提案する。

「今、海流は年の内で一番荒れる時期だ。島の周りに九つの渦が生まれ、通 れる海路は二つしかない。島の周りを回る事は、渦に呑まれる危険がある。 それに、向こうの海域には怪物が出るのでな」
「えぇ!?? そうなんですか………」


 レステッドが沈黙すると同時に、食事をする音、ナイフとフォークの重な る音しかしなくなった。イスには、入り口の正面に領主。そこから時計回り に、セン、レステッド、ガドル、リール、ラバリエの順に座っている。

「部屋の準備はしてある」
 領主は、質問のない事は当たり前のように話を打ち切り、部屋を出た。

 槍使い・ガドルは、食べもせず、飲みもせず、ずっと領主を睨んでいた。


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