再会 〜当事者〜


「おなか痛い〜〜」
 ひとしきり笑ったリールが、こらえきれずに呟(つぶや)く。

ゴンッ

「殴るな!!!!!」
 怒るリールをカイルは相手にしない。


「もうよいか」
 二人が落ち着きを取り戻すまで、セイファートは待っていた。
「ああ! はいはい」
 まだ顔はにやけているが、リールはセイファートを見る。カイルはあさっ てを向いている。

「この森に自殺しに来たわけではあるまい。お主らのようにあえて急所をは ずして攻撃をしてきた人間もいた。我らを捕らえ、戦力として外に連れ出す のが目的だった。しかし、お主らはただ森の奥に進んで来ているだけだ。何 をしに来たのだ」

「クレイス湖に行きたい」
 カイルの視線が動いたことに、リールは気付かなかった。
「クレイス湖?」
 セイファートは何のことだかわかっていない。
「大きな湖があるでしょう?」
 リールは不審に思い、聞き返す。

「ああ、あそこか。――――我らはセレアと呼んでいる」

「セレア?」
「何をしに、と聞きたいが、我は礼を果たすだけだ。案内しよう」
 一瞬にして目の前に巨大な。周りに類を見ない白虎が現れる。他のルチル クォーツに緊張が走った。

(あれ? 今……)
 翠の目が金の光を帯びたように見えた。

「待ってください!!!!」
 タキストが叫ぶ。
「彼らをセレアに連れて行くのですか!?」
「お前に関係なかろう」
「しかし!!」
「クドイ」
 冷めた目でタキストを睨みつける。セイファートはタキストを歯牙にもか けず二人に言う。

「乗れ」

 巨大な白虎の背に、リールが前にカイルが後ろに乗る。二人が乗ってもま だ人が乗れそうだ。サラッとした毛は、リールの手のひらを滑る。

 不意にセイファートは、呆然としている仲間を残し走り出す。あっという 間に川べりを離れ、深い森を進む。不思議と何かに激突するという不安は起 こらない。木が、森が、セイファートに道を空ける。



 周りの景色を認識した時には違う景色が映る。どれくらいのスピードなの かもわからなかったが、手に伝わる獣の鼓動。二人は、のんびり風に吹かれ る。



「ねえ」
 背に乗るリールは前に抱いた疑問を口にする。
「なんであんなことになったの?」
 何のことだろう。考えをめぐらしたセイファートは答えを出した。

「キリング・タイムか」

 リールは頷いた。カイルは答えの見当はついていたので何も言わない。

「………我等(聖魔獣)は、元来獰猛(どうもう)な性質を持つ。 お主ら」
「リール。これがカイル」
 振り返らず、右手の親指だけ後ろに向ける。
 ふっとカイルは口元を緩ませる。いつ名乗るか楽しみにしていた。相手が 何であれ、こちらだけが名を知る状態は、リールが好む事ではなかったから。

「リールにカイルか。―――森を入ってからずっ と攻撃の対象とされたであろう。もともとはあれが本性だ。獲物を襲い、肉 を食らう。自分と同じ体格の者だろうが空腹を満たす餌(え)とする。仲間 と連れだって襲いはするが、同属の結束はないようなものだ。今だってそう ならんとはかぎらない。かろうじて王が押さえつけているだけだ。しかし、 あの時は違った」

 言葉にあるのはなつかしむ響きだ。

「すべての種族が個々の種族として独立し、他との関係を持たなかったのに。 ……あのころは皆同じこの地の上で、見えない境を作ることなく好き勝手に 走り、海を渡り、人との交流を持った。―――他の種族と交流を持 つ事ですら異例の事なのに、人間とまで」
 セイファートは自分をあざ笑った。

「もちろん、良い事もたくさんあったし、心地よい日が続いた。だが、人よ りも長い寿命を持つ我等(聖魔獣)には、あの時は一瞬の出来事にしかなら ない。――――そう思っていた。いつ我等(聖魔獣) の本性が現れるか。他を受け入れない我等(聖魔獣)だ。
―――しかし、いつしかそんな考えも忘れるほど、我は満 たされていた。

 知っているか。古来より聖魔獣は同じ大陸に生まれ住んでいた。そのため、 絶えず争いが起こった。他の種を滅ぼし、大陸の、世界の支配者となるため に。それが変わったのは、聖魔獣を受け入れた人の存在が合った。大陸に移 住した人の存在が、聖魔獣の仲裁の役目を果たした。我等(聖魔獣)人の言 葉を理解した。人も快く聖魔獣我等われらとの話しに応じた。川でアクアオー ラが人を運び、レピドライトはよく人を空の旅に連れて行った。地上ではル チルクォーツとオブシディアンが人を運んだ。皆同じだ。人も聖魔獣も同じ 森で、町で、村で暮らしていた。同じことで喜び、悲しみ、眠り、楽しみ… …。我の右にはいつもフェルカがいた」

(誰だよ!)
 リールのつっこみに答えることはない。

「――あれを、幸福と言うのであろう」

 今のセイファートは、長い年月を生きた年寄りに見えた。二人には親しみ よい父親のようだ。という感覚しかなかったので、初めてセイファートが長 い年月を生き抜いた獣なのだと気付かされる。




「崩壊は突然訪れた」
 沈黙の後(のち)、セイファートは言った。

「聖魔獣の本性を考えれば当たり前の事だ。幸福がいつまでも続くわけがな い。―――きっかけは本当に些細(ささい)な事だったが」




―――(「どっちが強いの?」)




「あの日、我はいつものようにフェルカと歩いていた。道の前からオブシディ アンの王。いや、ヴォルケーノが来ておった。背に人の幼子を乗せて。珍し い事だった。二つの種族の王がすれ違う事など。そのまますれ違う事はない。 四人で話し始めた。そこで、その幼子が行ったのだ。

「どっちが強いの?」

と」

「……………」
「……………は?」

「きっかけはそんな物だ。ただ、あのころの我等(聖魔獣)の本性を浮かび 上がらせるには十分な言葉だった。―――いや、何でもよかった のだ。我等(聖魔獣)が安穏に暮らせる。理性を保てる限界が来ていたのだ ろうな。

我とヴォルケーノはすぐに「それは我・儂だ」と答えた。―――まだ あのころは若かったのでな。
それからだ、互いに互いを傷つけあう事となったのは。
止めに来た一族。人間。―――――いつからか、周りは血の 海だった。違う種族同士が争う。

小さな火種はすぐに火をつけ、飛び火した。大陸すべての聖魔獣が争う事と なった。他の大陸にいた者まで海を越えやってきた。波を荒らし、地を揺( ゆ)らし、空を濁(にご)らせ。大地を、天を、海を、引き離した。

―――惨状は知っておろう。

そんな時だ。キギロンが現れたのは。彼等は我等(聖魔獣)を止めた。そし てこの場に我はいる。我とキギロンは友だった。いや、なったと言うべきか。

――――友はよく一人で我を訪ねてきた。いつもそうだ、森の中 で我を呼びながら歩き回るのだからな」
 セイファートは苦々しそうに笑いながら言った。

「何事かと行ってみれば、この国の名を考えろと言われた。友なりに我をき づかったのだろう。ルチルクォーツは孤立していたからな。それを元に首都 の名を考えるからと。

「早くしろよ! 俺の即位の日までにな」

………次の日だったのだがな」
 軽くお怒り気味。

「その後も、たびたびやって来ては、やれ「妻を連れてきたいがそれは叶わ ん」だの「大臣が小うるさい!」だの、ぼやいていた。 ―――そのうち、娘を連れてきた」



あの場所(セレア)で友は言ったのだ。

「いつか俺は死ぬだろう。だから、お前に頼んでおく」

天気の良い日だった。

「おとうさま〜」
そう、シェイレンは我らの周りを回っていた。

「この子の未来を。これからを。この国を見ていてくれないか」

「我はそんな大それた事は出来ん」

「お前に見ていて欲しい。俺の理想の国を作るからお前に見てもらいたい。 俺の夢が叶うところを!」

「ユメ?」

「そうだ! 俺の夢は……」


友は長く王の座にいなければならなかった。人の期待と、尊敬の中で。人々 はいつまでも英雄(友)の統治を望んだ。だからであろう、日が経つにつれ 友はなかなか来なくなった。友がやってくる事、それはいつからか我の楽し みとなっていた。そのうち、友が来た時に我は違和感に気付いた。最後にあっ たのはほんの少し前のはずなのに、来るとき来るとき、友は年をとっていた。 それから、たまに来るシェイレンが、夫を連れてきたと思えば、赤子を抱い てやって来た。

――――最後に来たときは、シェイレンと一緒だった。もう一人 では動けなくなっていた。あのころの友と話しぶりは少しも変わらず、我に 言った。


「約束を覚えているか」

「ああ」

「どうやら、俺が叶えられそうにない」

友は自分の手を眺めていた。

「年を取ったようだ。体も、周りも、思うようにならん」
「…………」

我は何を言えばよいかわからなかった。

「もう一度、セイファート、お前と、ルチルクォーツと、聖魔獣と同じ時を 過ごしたかった」

あの時の、我に話をした時と同じ目で我を見て言った。我が息を呑(の)ん だ事に、友はわかっているという風に笑った。

「でも、俺では力不足だったようだ」


(「今話したらつまらないだろ、叶った時だ。セイファート、お前に俺の夢 をおしえる!」)


あの時の続きをあんな形で聞く事になろうとはな。


それから、しばらくは誰も来なかった。

そして、シェイレンの息子がやってきたとき、我は友の死を知った。ロウラ ルセイは、我らをここに一生閉じ込めるつもりであった。でも。シェイレン がそれに反対した。


「何を考えているのよ! 彼らは、ロウセイお前の部下じゃない。彼らが出て 行けないのはこの国の外。この森の外じゃない!!!」
「お言葉ですが、母上」
「彼らが出てはいけないのはこの国よ」
「シェイレン。もうよい」
「本人がよいと言っているのですから、母上は下がっていてください」
「ロウセイ。お前がいくら不可侵条約を結ぼうとも、ルチルクォーツはこの 国中を歩ける。エルディス国キギロン王が長子、シェイレイン・ビオレラル ド・エルディスが定める」

シェイレンは我を見て言った、
「貴方を縛るのは、森ではない」

それから先は、シェイレンが来ていた。しかし、日増しに足が遠くなり、つ いには、一通の手紙だけとなった。

――――我は森の外へは行けるが、この国を出る事はならなかった。

それからの我は他に関心を持たなくなった。今回の事も。タキストが森の外 に出た事も知ってはいた。だが、何をしていようがまるで気にしなかった。

ただ、
…………ただ一度だけ、森を、エルディスを 出た事がある」

リールは目を見開き、カイルは咎(とが)めるような反応をした。
―――二人とも、声には出さなかったが。

「フェルカに、あのときの幼子に会いに行ったのだ。あの道のある場所へ。 あの時いた村に。

――――行ってみれば、そこは海だった。我がフェルカと歩いた道、

あの村の在る場所。

そこは、

そこは聖魔獣聖魔獣われらがキリング・タイムでキリング・タイムであのと き沈めた、エルン大陸の上だった」


「「…………」」


「年寄りの長話はここまでにするとしよう」

ザァッ
 視界が開けた。


「セレアだ」

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