再会 〜過去と今と〜


 そこは、深翠の湖だった。湖畔に降り立った二人は、しばらくそこに立ち 尽くした。
 風もないのに水面は揺れている。何かが沸き立つような、そんな感じだっ た。波紋が現れたと思えば、風に吹かれたように右から左へ、左から右へ水 が揺れる。どうかしたら、揺れた水が左右からぶつかり合う。

 どこからか流れが生まれ、そして、止まった。

 水面は、もう揺れていない。

「ここにクォーツが」
 言葉を失っていたカイルは、我に返り湖の端に移動する。あと一歩で水の 中だ。リールはこの場の美しさに呑(の)まれていたが、水を前に止まって いるカイルの後ろに回り、マントを引っぺがす。

バサッ  ゲシッッ   バシャーン!!!!
 そして背中を蹴り飛ばす。

「お前なあぁ!!」
 水面に顔を出したカイルは叫ぶ。
「うるっさいわね! 用事があるならさっさとしなさいよ! 固まってないで!! この中なんでしょうが!?」
「……………」
 黙っていたカイルは、無言で水の中に沈んでいった。


「…………っっっっったくっ」

パシャッ
 両の足の履物を脱ぎ、膝下までを水につける。

「恋人か」

ガクゥッッ!!!!
 リールはこけた。

 いつの間にか人型になり、リールの後ろにやってきたセイファートは、こ けたリールを見て不思議そうだ。

「違う違う」
 頭と頭の前で手を振りながらリールは否定する。
「お相手がいるし」
 訝(いぶか)しく思ったセイファートだが、その事にはもうふれず別の話 題を振る。
「なぜ彼はセレアのみならず、クォーツの存在をも知っているのだ。この事 は一握りの人物しか知らないはずだが」
「一握りってのは〜?」
「キギロンだ」
「じゃぁ知っていても不思議はないわ」
「?」
「カイルの本名はエルカベイル・ビオレドラル・エルディス。第83代カル バード王が一子。そして、次代の国王なんだから」
「なんと!! 彼はキギロンの子供か!」
「……………正確には子孫ね」

 昔の資料か、カルバード王の日誌(あるのか?)にでも記述があったのだ ろう。城の書籍室には、それこそ何万と本があるはずだ。
(まぁ、閲覧禁止でも無理やり奪っただろうけど。―――――それか盗んで)
 そして、カイルの部屋カイルのに散乱する本を元に戻すのは、絶対レランだ。

「では、リール。お前は?」

「…………昔の、旅仲間よ……」


 声にはっきりと現してみると、心に消していた引っかかりを思い出した。




 水の中は深く、暗い。下へ泳ぎ進むカイルは、まるで行き着く先がないよ うな錯覚に囚(とら)われた。

だが、進むうちにカイルは、下が明るくなっている事に気付いた。下から、 泡が上へと浮かんでいく。波紋の正体はこの泡にあったのかも知れない。と カイルは考える。濃い水の中、一瞬目をつむり開いたカイルの周りに、外か ら見た水の濃さが嘘のように、透明感のある薄翠色の水があった。

(息が………)
 見上げてみると、濃い色の水と薄い色の水の境が見える。カイルの上、底 から一定の高さから深い翠の水だ。
(ここは湖の底?)
 周りの景色が揺らいでいる。水の中にいることは確かだ。

「なんで息できるんだ?」
 答えはすぐに見つかった。

「これ……か」
 カイルの探し物。クォーツがそこにはあった。

 まるで、幻のような場所だった。上は何かで仕切られるように、深翠の水 が揺れる。その下では、カイルの足元に七角形で先の尖った水晶(クォーツ) が、底の白い砂から生(しょう)ずる。同じところから何本も生じるすがた は、遠くから見ればただの針山にしか見えないだろう。そのクォーツから、 まるで呼吸するかのように泡が生まれ昇っていく。それが、上に境目を作っ ているとカイルは判断する。一定の量が地上に上がるように調節されている のであろう。もちろん、水の中であることに変わりはない。カイルの髪が、 服が、水によって揺れる。
 しかし、底に足をついて歩き回っている事も事実だ。カイルの周りの水は 透明感ある薄翠なので、遠くまで見渡せそうな気がする。実際には水の揺ら ぎのせいで、距離が遠いか近いかは簡単にわかりそうもない。

「見える?」

 ここは光の届かない湖の底。――――クォーツの 光に照らされる。

 周囲の状況を整理したカイルは、近くのクォーツに手を伸ばす。

…………ピタ
 伸ばした手が、あと少しでクォーツに届くというところ。本当にすぐそこ だ。あと5cmもない。

「………これが見つからなければ……」
 カイルは自分の口から出た言葉に息を呑んだ。

「………諦めが悪いな。俺も―――」
 カイルは、自嘲気味に笑った。


―――(「貴方と一緒に行ってしまえば、私の願いは叶わない」)―――




「俺と来ないか?」

――――――伸ばした手は掴(つか)まれなかった。

 ずっと続いてきた街道は、無惨にも道を二つに分ける。

「じゃあね」
「ああ」


 一人となり、別々の街道へと進む。


 二人は振り返ることなく、自分の道へと進んだ。




「なんで、今になって………」

(「あんた一年あったんじゃないの?」)
 リールの言葉だ。

「だからだよ……」

 別れて帰って来た。そして、一人で帰ってきた事を見て、母親はティアイ エル(婚約者)を連れてきた。彼女(ティアイエル)と話をしていないのも 事実だ。いや、話したくないと言ったほうがいいだろう。だが、いつまでも この状態を続けるわけにも行かない。
 一年。諦(あきらめ)をつけるのにちょうど良かった。

「……本当に、なんで今になって」
 カイルはクォーツを折った。




「で、この中何があるのよ?」
 翠の水を、湖を指差す。
 カイルが沈んでからリールに何か言いたそうなセイファートは、リールの 問いに少なからず驚いたようだ。
「リール、お前知らずについてきたのか?」
「話さないんだから仕方ないでしょ」
 両手を広げて御手上げだ。

「この湖の下で、クォーツが生じている」
「ふ〜〜ん。で、それ何?」
「水晶だ」
「この国の特産物〜〜」

「聖魔獣それぞれに自然に与える影響がある。その力が集中した所に何かの 産物が生まれる。それがここでは、いや、我等(ルチルクォーツ)では水晶 (クォーツ)だった。そして、その力はエルディスの土地に影響したようだ。 そして、一番力が強いのはここだ」
「あんたら(ルチルクォーツ)の名前に由来でもするわけ? この森の水がお いしいのもそのせえ?」
「この湖全体が、力を持っている」
「ふ〜〜〜ん」

 また揺れ出した湖を眺める。

「生きてるみたいね」


―――ザバァッッ
 リールからさほど離れていない所に、カイルが顔を出した。

「おかえり〜〜!」
 ひらひらと手を振るリールのほうに、カイルは泳ぐ。

「よっっ!!」
 岸に上がったカイルは服を絞(しぼ)る。

「見つかったん?」
「ん」
 カイルは手に握っていた物を渡す。
「へ〜〜〜〜〜」
 頭の上に持ち上げ、光に透かしながらリールは水晶(クォーツ)を見る。 太さは親指と人差し指で輪を作ったくらい。長さは10cmくらいの物が二本。 リールの手の中にある。





「行くか」
「いってらっしゃい」
 服を絞り終わった後。着替えたほうが早いと思ったのか(そりゃそうだろ !!)。どっかで着替えてきたカイルは戻ってきた。(帰る用意までしてき た。)ここにいる用のないカイルは、リールの返事に驚いてリールを見る。

「私は残るわ」

 カイルを見ながら言う。そして振り返って、セイファートに言う。
「メルトネンシスの使い方を知りたいでしょう?」
「おしえてくれるのか?」
 セイファートは驚き、そしてほっとしたようだ。できる事なら、これ以上 同族を失うわけにいかない。そのために、リールの子獣を助けた治療法が知 りたいと思っていた。
「もちろん。できたら子獣の倒れる原因も突き止めたいし。私の教えは厳し いわよ〜〜」

「そう……か………」
 カイルはリールをずっと見ていた。わかってはいた。もう、あのころに戻 る事はないだろうと。だから、ここに来て採ったクォーツを加工して、ティ アイエルに渡す予定だった。別れて一年目、区切りをつけるつもりで。

「これを加工する時は、最後にこの水をかけるように」
 いつ持ってきたのか。いきなりセイファートがリールの投げ捨てた皮袋を 湖の水でいっぱいにして カイルに渡す。

 その袋をカイルに押し付けた後。手を二人の前に出す。
「何?」
 さらに何か出てくるのだろうか。リールはわくわくしている。
(なんでお前がそれを持ってるんだ!)
 カイルは突っ込みたくてしょうがない。

 二人の目の前でセイファートの目が金色を帯(お)びる。差し出した手の 上に手のひら大の球体が生まれる。中にはカイルが湖の底で見た水と同じ色 の炎が燃え、揺れる。

「あとはこの火を使え」
「キレ〜」
 水を見ていないリールは、ひょいっとそれを手に持つ。
「お前のじゃないだろ」
 さらに上からカイルが奪う。
「え〜〜〜〜〜」
 リール不満そう。


 クォーツと球体をしまったカイルはリールに言う。

「じゃあな」
「…………うん」
 声はいつもと違いかすれるようだった。なぜ違うか、リールは知りたいと も思いたくなかった。

「タキスト。森の外まで送ってやれ」

………ガザッ
 恐る恐る現れたのは、タキストに他のルチルクォーツ。さっきの親子だ。 話している間に追いついたのだろう。

「…………ぅ〜〜〜〜乗れ」

(さっきまでの勢いは?)
 リールはタキストの勢いのなさに驚く。王の言う事は絶対のようだ。

「この場所を離れたらお願いする」
 カイルはセイファートに向き直る。
「助かった。ありがとう」
「我はカイル。お主のためでなく、リールに礼をしただけだ」
 素っ気無いというか。

 ふっと笑ったカイルは、リールを見る。

 パチッと視線の合った二人だが、カイルはもう何も言わずリールに背を向 けて歩き出す。タキストはセイファートに一礼し、後ろに続く。



「………ぁ……」
 小さくリールが声をあげた事は、気付いていたかもしれない。


(……当分は森での生活……か……)

 どんどん森の木々の間に消えて行くカイルの姿を見つめながら、リールは ぼんやり、そんな事を考えていた。




 数ヵ月後に行われたエルディス国第一王子の婚約の儀。そこでの民の喜び の声は、深い森の奥の奥まで、響いてきた。


〜再会編〜 終了

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