三人目


「きゃーぁーーっぁ!!」
「お! お待ち下さいっ!」
 ……もう、日常茶飯事とも呼べる侍女の声が響いた。
「だ〜れが……」
 廊下をパタパタと走る音から後に、明るい男の子の声がする。
「待つもん……」
 角を曲がった。
「か!」
「ですか!」
 聞こえていた二つ目の足音の女の子の声も混じる。さらに、速度を上げたように思う。
「ティクス、ライド」
 ゆっくりと、安定した声。しっかりとした声がした。二人が曲がった二つ目の角の後ろから。
 ピタッっと、時が止まったように立ち止まった二人は、ぎしぎしと音がなりそうな勢いでゆっくりゆっくり振り返った。
 追ってきた侍女が安堵するのがわかる。後ろで、ほっと息をついている。
「ちょっといらっしゃい」



「父上!」
「お父様!」
 バアンッッと、派手に扉が開かれた。
「執務中は入ってくるなと言ってあるだろう」
 奥の席に座っていた国王はしずかに言った。
 入ってきた二人は、まったく聞く耳を持たずに走りよってきて、言った。
「ねぇお父様!」
「父上!」
「「どうやって」」
「母上」
「お母様」
「「を陥落(かんらく)させたの!?」」
 ピタっと、それまでよどみなく動いていた国王の手が止まった。その言葉を教えた奴を後で問いだす必要があるが、その前に。
「……お前達。また、リールに怒られたのか?」
「だからどうやったらお母様に勝てるの?」
「どうしたらぎゃふんと言わせられるか!!」
 肯定であろう沈黙の後、またも二人は言い出した。
「俺にそんなこと言っている時点ですでに負けているよ。――なぁ」
 国王(エルカベイル)は、窓のほうを見た。
「「?」」
 レランは、エルカベイルの横にいる。不思議に思った二人が顔を上げると、絶句した。
「――さぁ?」
 窓の外を眺めていた王妃(リール)は、ゆっくりと振り返った。
 国王の執務中に執務室に入れるのは、六人。王妃(リール)と、護衛人(苦労性(レラン)と、サボリ魔(セイジュ)と、酒好き(ナクテス)と、元影武者(オークル)と、毒舌童顔(カクウ))で、ある。
「失礼いたします」
 絶句して言葉も出ない二人とは、別の存在が現れた。――もちろん。国王の執務中に入れるものだが。
「ライドレンド様。ティクレリア様」
 国王の執務机にかじりつくような格好の二人の名を呼ぶ。
「手間を取らせるな」
 エルカベイルは言った。
「陛下の影武者をしていたころよりは、楽なものですよ」
「……」
「ふ〜ん」
 含みを含んでリールは笑う。
「………」
 レランは、こめかみを押さえた。
 さっきから、書類の処理が進まない。まぁ、心配する必要もないが。ただこれからはじまるであろう王とあの小娘の会話を思うと……。
「参りますよ。まだ、歴史に入ったばかりではありませんか」
 オークルは、二人を連れて行った。
 にやりとリールが笑う。王は手を動かした。
 閉じられた扉の先で、ダダをこねる声がする。
「えー」
「やーだぁー」
 今年で六歳になるライドレンドと、五歳のティクレリア。
 剣はレランが、一般的な講義はオークルが、カクウが他国語を、ナクテスが弓を。セイジュが普通教えないが知っていて損はないであろう知識を教え込む。もちろん悪戯(いたずら)も。
 被害を受けるのはレランだから、国王夫妻は目をつぶる。――むしろ公認?
 他にも、立ち振る舞いや、まとめて帝王学と呼ばれるものも学ばされている。
 余談だが剣や弓も、王女ティクレリアは学んでいる。ほら、王妃が王妃だし。




 とぼとぼと廊下を歩く幼い王子と王女を先導するオークルは、二人のボヤキを受け流していた。
 しかし、あまりの語彙の多さに頭を抱える。
「いじめるー」
「辛らつー」
「どこでそんな言葉を覚えたのですか……ああ」
 途中までいさめようとしていたオークルは、元凶に思い当たったのか頭を抱えた。
「まぁいいです。さぁ、勉学の続きですよ」
「「えー」」


 数時間後、机を前にしてぐったりした王子と王女に、そろそろ休憩を挟もうとオークルが顔を上げる。
コンコン
「はい?」
「はかどってる?」
「王妃様」
「おかあさんー」
「かあ様ー」
「どうかしましたか?」
「ちょっと、ね。借りてもいいかしら」
「珍しいですね。構いません」
「ありがと。行こう、ライド、ティクス」
「はい!」
「うん!」
 迷わずまっすぐに走りこむティクスに、ぱたぱたと机の上を片付けて駆けるライド。すでにティクレリアが両手を握って、母親を独占してくるくる回っている。
 伸ばした手を、下ろした。
パシッ
 重力に逆らわないはずだったのに、それを取られた。暖かいぬくもりに、ゆっくりとした微笑。
「お母さん」
「行きましょ。ライド」
「うん!」



「かあ様、どこ行くの?」
 ぶらぶらと、楽しそうに手を揺らすティクレリアが、問いかける。
 廊下に差し込む日は暖かく、やわらかい風が吹き抜ける。
「そうね。暖かいし木の下がいいわね」
「本!」
 間髪いれず、ティクスがあれもこれもと口を挟む。隣で手を独占して、足元にしがみついて。
 一歩、ライドが遅れる。手を伸ばして、つかんだ。
「ならティクスは本ね。ライドは?」
 伸ばされた手がつながれた事に満足したのか、ライドは静かに首をふった。





 中庭の一角、大木の下に腰を下ろした。日は暖かく、芝が青い。
 じかに座ったからといって文句を言う被服師ではない事を、よく知っている。


 ティクスが選んだ本を読み終わり、静かに視線を二人に向けた。周りをごろごろしていた二人が、近づいてくる。
「いらっしゃい」
 ゆっくりと二人を抱き寄せた。ちょうど、おなかの辺りに顔をうずめる二人。
「おかあさん。音がするよ」
 しばらくして、ライドは言った。周りからは“母上”と呼ぶことを強制されても、まだ、“おかあさん”と呼ぶときは、王子というものを被らない、ただの息子だった。
「うん」
 ティクスにも、聞こえたようだ。
「ふふ。わかる?」
 二人を抱いていた手をはなし、ゆっくりとお腹をさすった。
「内緒よ――?」
 唇に人差し指を当てながら、言ってみた。






「大丈夫そうだな」
 読んでいた本から顔を上げると、カイルが近づいてくるところだった。
「……まぁね」
 木の下で私は木に背を預けていた。伸ばした足をそれぞれ、ライドとティクスが枕にしている。暖かい風に、寝息がまじる。
 そんな光景を眺めながら近づいてきたカイルの手があごに触れたと思ったら、口づけされた。
 ――まぁ、レランしかいないし……
 視線を向けると、当人はあきらめたように視線をはずしている。
「三人の子供は」
 離れた唇は耳に近づき、次の言葉をつむいだ。
「……気づいたの?」
 正直驚いた。
「……そうだな……三回目だからな」
 きまずそうにカイルは言った。――先の二人が二人だし。
「おとなしくしてろよ」
「何を心配してるのよ?」
 だって三回目よ?
「頼むからハラハラさせないでくれ」
「あんたがハラハラすることなんてほかにないんだからいいじゃない」
 容赦なく言ってやった。―――だって事実だし。
「………」
 じろりと睨むあたりは本当に心配しているんだろう。
「もう冷えるから、行くぞ」
 突然私を抱き起こした。………当然。息子(ライド)と娘(ティクス)は私のひざから落ちる。
ゴゴンッッ!!
 派手な音がした。
「ちょっと」
「俺より先に聞いた罰だ」
「なんで嫉妬してるのよ?」
「ん〜ぅう?」
「おかあさん?」
 まだ覚醒しきっていない二人を置いて、カイルは歩き出した。当然、レランも付いてくる。
「えぇ?」
 さすがにあわてている。
「おとうさん!?」
「お父様ぁ?」
 非難がましい声を上げて、二人が追ってくる。

 やわらかな、風の吹く日だった――


2010.01.03
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