三人 〜別行動〜


「なにやってんの」
 店を出て、歩き始めた矢先。リールはカイルに言った。
「俺がしたいことを。」
 あっさり返事を返された。
「だから!」
「おい」
 口調に力の入ったリールに向かって、レランが声を出した。
「なによ! ――は?」
 目の前に突き出された手紙を、リールは意味もわからず受け取った。
「なにこれ――――……」
 ひっくり返して、誰も何も言わない。まっさらな封筒には、何も書かれて いない。
「?」

ぴり
 中身を傷つけないように、慎重に開ける。

ぺら
 出てきた一枚の紙。カイルはもとより、レランも興味がないようで、二人 の視線は夕暮れの通りに向かっている。

「…………あのバカップル」

ガグシャ!
 破りながら握りつぶした紙を、燃える松明に放り込む。

「あの男もずいぶん燃えていたな。」
「心配しなくても、裏表ならあんたの方がたち悪いから。」
「あそこが首都への入り口か。」
「…………自覚なし?」
 容赦なく言い放つ。しかし、聞いてない。

「………なにやってんの」
「わかっていてやったんじゃないのか。」
 あれが解決すれば、どうなるか―――
「……………。」

―――――それ以上の質問に、疑問に答えられることはないように思えた。


 いらだちとあきらめと不安と――……なんだかよくわからない気持ちが混 ざり合ってたリールは気づいていただろうか?

 夕暮れに人通りの多くなった道通りを歩く三人。
 けして近いわけでもない。並んでいるわけでもない。カイルに一歩遅れて 横にリールが、二人の間の真後ろにレランが。声が聞こえる範囲。それでも、 通りの誰も、三人の間を通る事はなかった。

――――まるで、近づいてはいけないように、三人の事を避けていた事に。



 日の暮れた夜の闇を、砂を照らす光が空高くどこまでも照らしていた。

 城壁と城壁の間を登り、下り、二つの門をくぐる。ここばかりは人々が、 あちらこちらと行きかうようで出るは入るは流れるは。人と人が混ざり合い。 物と物とが行き、渡る。

「で、お前は何をするんだ。」
「…………。」
 話しかけられた声を無視して。道の途中にある図書館へと足を運ぶ。入り 口の階段を二段上がったところだろうか。
「行くぞ。」
 カイルはレランに声をかけてさらに先へと歩き出した。歩いていく先には 城壁に守られた低く広い城が見える。

(逃げたところでまた追ってくるわね………。)
 己の足で行ける所まで――――どれだけ行っても無駄な気がした。
(絶対追って来る)

 カイルとレランの姿が人ごみに混じり消えると、リールは裏路地へと身を 潜(ひそ)めた――――




「どうするか。」
「何を悩んでおいでで。」
「あそこに行くべきか。」

 アスリッドの城。――――サンディア城
 道の先に見える城壁。砂嵐から守るため。強固な石で積まれている。もち ろん、町の城壁も同じ造りだ。

「行きたくないのですか。」
「と、いうか……」
 エルディス王子として、行きたくないのである。―――――今は、カイル と名乗るのだから。

「ただ、後でばれたときがな。あの化け狸はどこで情報を仕入れるかわから ん。」
「そうお思いなら口を慎んだほうがよろしいのでは。」



 あまり高い建物を好まず。それでも影を多く作るように造られた町並み。 ふっと横道に入り、さらに奥へ―――

 月明かりと、空を照らす松明の明かりを通さない。濃い影の道を、細く入 り組む道を歩く。明るい町の活気ある声は、もう、届かない。
 一定のリズムの足音は、…………止まらない。


 止まった。

きぃ
 ともすれば通り過ぎる小さな店。いや、看板もないこの店は、はたから見 ればただのぼろ家。

「――――いらっしゃい。」
 正面のカウンターの向こうに座る店の主は、自分の店に似つかない客に一 瞬かまえるが客は客だ。

こつ、こつ
 不規則に、靴音が響いた。カウンターの後ろに並ばれた小瓶が、ここが何 の店か物語る。
 店の亭主は静かに、入ってきた客をにらむ。

「………――――ここに、ある。」

「(―――!)……お客さん。ここはしがない薬屋ですよ。」
「…………。」
 無言で、小さな小瓶を取り出した。

「………どうやらあなたはお客のようだ。」  店の主人はしわのある不機嫌そうな顔を、口調は柔らかく硬い表情で言っ た。

「失礼。最近うわさを聞きつけた奴が効果に酔いしれて買い占めることが起 こっているので。」
「そう―――――」
「ですが、あなたが?」
 どうするのですか?そう聞きたそう。

「最近の売れ行きはどうなの?」
「………よく売れておりますよ。ただ、力は薄くなったように思いますね。」
 頻繁に買い求めるようになった客が多い。と……

「お客さん。本当に買うのかい?」
 買えるのかい?
 ふっと笑って、リールは重い皮袋を机に落とした。



かさ
 小さな紙の袋を開ける。濃い緑の、いや、黒といったほうが早い瓶の中身 を眺める。人気のない井戸のそばで、ふたを開けた。
 静かに口に含めば、強烈な苦味がおそう。ともすれば麻痺しそうな味の液 体を、ゆっくり味わう。

そして――――――

がほっゲホゲホッッ!!
 小さな井戸の枠に手をかけ、飲み込んだものを吐き出すまいと口を押さえ つつも、こみ上げる吐き気に、気管に入りむせ返り咳が止まらない。

ゲホゲホッッ!
 井戸のふちについた手で、崩れる体を支える。

……っはぁはぁ…
 体が拒絶する異物を、無理やり飲み干した。吐き出せずに飲み干した。
「う……く……」
 口に含んだ瞬間の感覚。飲み込んで起こった異変。………体が受け付けよ うとしない。

ゴクゴク
 汲んだ井戸水を飲み干して、無理に沈めた息を吐く。

「へたくそ……」
 中身の残る瓶をにらんで、重い体を持ち上げた。




 歩く二人は適当に、門番をあしらって城の中へ。国王に謁見を求める者の 集まる部屋へと向かう。
「国王陛下に謁見を………」
 入れ違いに出て行った人を見送って、レランは受付を行った。
「三日待ちになります。」
 受付を行っている女性は無表情に言った。あれのために三日も待てるか。

 身を乗り出してカイルが言う。
「名前だけでも取次ぎを。エルカベイル・ビオレドラル・エルディスと。」
 女性の顔色が変わって、ああ表情もあったのかとカイルはぼんやり思った。


 その場で出されたお茶を飲んでいると、見たことのある顔が扉の向こうか らやって来た。
「突然のお越しで何も対処できず申し訳ありません。しかし、先んじて何か ご連絡くだされば迎えをよこしましたのに。」
「いや、今は私用で来ている。」
「…………さようで。」

(疑ってるな〜〜)
 無表情だがあきらかに不信感のよめる男は、ノルラド王の護衛だ。

「王に挨拶を。」
 あまり深く問いただされる前に。カイルは用件を切り出した。



「突然の訪問の非礼をお詫びします。アストリッド王ノルラド陛下におきま しては、息災でなにより。」
「たてまえは終わりにしろ。エルディス王子。お前がわざわざやって来るな ど、この国がつぶれようとありえない事をしている目的はなんだ。」
 玉座で見下ろすアストリッド王は、面白そうにカイルを見ている。
「………………。」
「なんでも、連れがいるそうだが、」
「おりますが。」
 ‘連れ’は、いる。
(どこまで知っているか。どちらにしても、長引くとこちらが不利だな。)
 簡単には済まされそうもないこの謁見をいかに早く終わらせるか。不敵に 笑う玉座の王に、カイルはゆっくり目を向ける。







「…………あの化け狸。」
「ですから、声に出してよろしいので?」
「今更(いまさら)取り繕(つくろ)っても同じだ。」
 もう明け方の近い時間だった。
「仕事しろ。」
 ずっと自分をからかって遊んでいた王に。


 来た道を早足で進む。―――――図書館まで。

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