最後の国 〜最後の国〜


 結局のところ、シャフィアラが他との交流を避けているという事など、表向きにしかすぎない。でなければ、なぜこの船に世界地図と航海図があるのだろうか。最新の。

「儲(もう)かっていたの」
「……それは、当主様のお力を考えれば自(おの)ずと……」
「あれで?」
「口にされたのですか!?」
「不本意だけどね」
 でなければ、身体の不調は取れなかった。どうあがいたところで、私がシャフィアラの民でその地の毒を体内に持っているのは事実だった。例え、一般の島人とは違い、いくつかの治療と中和を施(ほどこ)されてはいても。実験者は、被験者には回らない。常に高みに、―――そして、安全であった。と、しても。

「でしたら、向こうの物より売れることはお解かりでしょう。まして、エアリアスの名であれば」
 それはそうでしょうよ。同じ薬草でも毒草でも、シャフィアラに生息(せいそく)しているのはあっちの大陸では生息しない。まったく違う治療法になっていたようなものだ。それに、広く大衆に配るため効果を弱くして、長くその薬を必要とするようにしてあったし。

「どうするつもり?」
「どうも。簡単なことです、あちらからこちらに来る事はできないのですから」
「………」
 そうやって、小父上がばら撒(ま)いた薬で生きながらえている人間(ひと)は死んでいくのね。



「………」
 甲板の上で風に吹かれる。後ろでは世話しなくばたつく船員や、鳥達。
「いい天気だな」
「そうね」
 消えるように現れた気配。二人分。
「珍しいわね」
「どういう意味だ?」
「そのままじゃない――ねぇ?」
「………」
 護衛は、あえて真実を黙認した。
「ほら」
「………帰れ」
「先にエルディスに寄ってもらえば?」
「それもいい」
「………」
 それでも、護衛は黙っていた。何か言えば悪化するとよく知っている。

 手すりに腕をのせあごをのせるリールと、手すりに寄りかかるカイル。それに、立ち尽くすレラン。………再び、三人。


 海はおとなしかった。わけでもない。リールが、身体が鈍(なま)るとぼやかなくていい程度に。


「はぁ!」
「……!」
「――」
 船を襲う怪物――まるで、ただの肉塊。うごめく腐敗した部分と、浮き出た青白い血管。この船と同じ大きさはあろうかと言うほどの巨体。

 これで、二度目。

「グゲギャァァア!!」
 波を青く汚しながら。暴れる怪物。
「よく似た怪物に襲われた事あるわ」
「――エルディスで?」
「そう」
「報告書を読んだ事はあるが……」
 と、カイルが振った剣が、そこに心臓があると伝えるように波打つ肉の一部に突き刺さった。
「こんなのばかりなら、少し深刻になっていくな」
「少し?」
 またもなんだかよくわからない悲鳴を上げて海の藻くずとなる肉塊を見送りながら、リールは問いかけた。

「ウィディア様!」
「なーによ」
 問の答えをもらうことなく、どうやら別の用事に借り出されるようだった。



「元気そうだな」
「そうですね」
「ニクロケイルだと」
「……」
「丁度いい。参考になりそうでならない報告の現状を知るにはいい機会だ」
「連絡を取りましょうか?」
「必要ない。――どうせ、お前達の中で連絡の取り合いは行なっているだろう」
「………」
 核心のある言葉。事実だけにレランは黙った。




 かつて、バーミリオン大陸は一つだった。キリングタイムで沈んだエルン大陸の影響で荒れ狂った海流に影響されるまでは。今では真ん中に亀裂が入り、二つの大陸となっていると言っても過言ではない。東は、各国をまとめ上げるエルディス。そして西は、水の終結地ニクロケイル。亀裂が入った影響は特に西にひどく、所々陥没した地面は水を呼び、あふれさせた。今をつなぐように浮いた城。発達した海路。人は誰しも船を漕(こ)ぎ、今日も、一日がはじまる。


「うわ……」
 まるで、海から海に移動したような感覚。港から見える景色ですら。
「ここがニクロケイル」
 そして、最後の獣王。しらず、リールはネックレスを握り締めた。
「ここが南地区だ」
「南?」
「ニクロケイルは四つの地区に分かれていて、人々は唯一残った地表と海の上に居住している。そして四地区に囲まれるように真ん中に浮いているのがこの国の城さ」
 名をウィルディア城。各地区から伸びた橋が、その城までの道を作る。しかし、城から橋が下りる時間は定められていて、いつでも、誰でも城に向かえるわけではない。怪しい船は近づけば攻撃され、沈む。長い橋はそこにあるだけで、移動は船である。家庭では少なくとも二つの小船を持っている。
「ふぅん(ま、私は城にようないし)」
 あるとしたら、そう“エルディスの王子”――


「お気をつけて」
「ありがとう」
「また、いつかお会いできますか?」
「そうまでして、どうして私に会いたいと思うのよ」
 セナも、ユナも、そしてあのジオラスでさえ―――
「………わかりません」
「は?」
「なぜでしょうか、あなたを、引き止めなければならないような気がするのは……」
「………」
 あの島の人々、狭い中で生まれた同属意識。
「だから嫌なのよ」
「ウィディア様?」
「だから……」
「話は終わったのか?」
「……そうね」
 甲板に上がってきたカイルが声をかけてくる。頷(うなず)いて振り返り、梯子(はしご)に近づく。

「ありがとう」
 振り返って皆に伝える言葉――そのまま船から下りた。

 誰も、私のことなんて、気にかけなければよかったのに―――




「で?」
「で?」
 同じように繰り返す。前者は問いかけ、後者は疑問。しばし沈黙してカイルは、また言う。
「ここに着たからには、用事がないと言わないだろ」
「図書館が北地区にあるって話だから、行く」
「そうか。なんのために」
「この国の聖魔獣の事情を調べるために」
「もっと手っ取り早くすむが」
「なんでよ?」

 国によって変わる聖魔獣の在住所。共通する意識。畏怖、恐れ。疎遠(そえん)の対象。森に縛られたルチルクォーツ。地下に閉じ込められたオブシディアン。島に追いやられたレピドライト。では、ここニクロケイル、アクアオーラは?



「………」
 リールは、この場にぴったりの言葉を捜していた。
「……職権乱用?」
「仰々(ぎょうぎょう)しい立場に縛られるんだ。最大限に利用しなくてどうする」
「がんばれば?」
「………」
 どこまでも続く海の道。水路。乗り合いの船と細々とした道を歩いて。水上で交わされる商売、露店が並ぶ。小さな渡し船は三人を乗せるのがやっとで、それでも進む。観光客と勘違(かんちが)いしたのか漕ぎ手が、いろいろな説明をしたがった。一番多かったのは王への賛辞。覇王(はおう)と称される王の王位獲得話など、リールには興味がない。受け答えをあっさりレランに押し付け、リールは水をすくい、カイルはその様子を眺めていた。そうしてやって来た城。まるで見計らったように下りる唯一の掛け渡し。四方に伸びる橋の一つ南橋が下りてきていた。右から抜けるように会話を流していると、なぜか、通行許可が下りた。何もいきなりこの国の王から聞きださなくてもいいような気がするが、確かに早いことは事実だ。聞き出せればの話だが。




コツコツコツ
 床を鳴らす靴音がとても綺麗に響く。白い床と、城の中ですら流れる水。いたるところに橋がかかり、この城が水の上に浮いていると実感させられる。青をたたえた水は深く、底が見えない。謁見の間に続く道は天井も高く、天窓から光が入る。無言で歩く中、ふと隣を見ると目が合う。再びたった水音に視線を向けると、開けた場所に噴水が沸き立った。

「……すごっ」
「これはこの城で一番の噴水です」
 案内をしていた初老の男性が深く親しみを持って言う。嬉しそうに、誇(ほこ)らしげに。
「「………」」
 一歩進み出たリールのうしろで男二人も静かに眺めていた。

 四方から伸びた水が、部屋を流れる。足下までぬらす勢いで流れ、さざ波のように去りゆく水。高い天井を追い越そうと伸ばされた水の流れ。いくつかの場所から、同時に違う動き。取りを飾る中央の水柱。調和するように、引き立てるように。互いが互いを侵略しない心地よさで、行く筋もの流れを見せる。……まるで音楽団――水が、音を奏でる。

「………」
 静かな波音を残して、噴水は止まった。後に残ったのは、床をぬらす水が流れ引いてゆくのと、霧雨のかかった四人の人物。
「さぁ、参りましょうか」

 また、靴音だけが響く。ふと、カイルの袖を引くとこちらに注意を向けてきた。「なんだ?」と。私も謁見するわけ? と問いかけると、「嫌か?」と言われる。――どうせなら、いや、“今”は、王族と縁を持ちたいとは思わない。

「……」
 増していく兵士、そして威圧感。
「――っ!?」
「……?」
 今度こそはっきりと驚いたリール。何事かとカイルが足を止め、レランも止まる。その少し前を歩く案内の老人がここだと言わんばかりに立ち止まる。巨大な扉。白と金の装飾。そして、青い波模様。その中心に描かれていたのは、青い衣、壮大であり尊大な一角の水龍“アクアオーラ”。こちらを睨むその目は、さながら、本物のよう――?
「もっと、迫力があるわよ」
 それが、聖魔獣ならば。
「………お嬢様?」
 小さな呟きを聞きとがめた老人が声をかける。ごまかす様に、話をそらしたのはカイルだ。
「これはまた、見事なものだ」
「そうでしょう」
 カイルの賞賛に、老人は気をよくした。自国の守りであり象徴である聖魔獣。どうやら、この国ではアクアオーラをそう遠ざけてはいないようだ。
「では中へ、ここは、入り口にしか過ぎません」
「……そうだな」
「私は、こちらにいても?」
「……」
 突然、入出を拒否したリールにカイルは視線を向けた。そして、こっそりとため息をつく。どうせ何を言っても聞くはずもないから。
「それはかまいませんが、椅子をお持ちしますか?」
「いえ、――これを、眺めていたいので」
「それは、どうぞごゆっくり」
 偉大さを思い知ったかと言いたげに、老人は笑顔で扉を開けるように命令をした。開く扉の先にまた扉が見えたが、気にしない。目が合ったリールは、現金にもよろしくと言っていた。

ぎぎぃぃい――
 ぱたんと閉じた扉。残されたのは扉を守る兵士と、私。
「ぜんぜん」
 こんなものきっと、本物には適(かな)いもしない。だって、例え聖魔獣であっても、もっと……
 こつりと、靴音を響かせて部屋の中を歩く。今通ってきた道の入り口から開けたこの場所。丸い空間。淵に来れば、すぐそこには水が。特別波打つわけでもない水。まるで、湖の半分を足場で多い、そこから反対まで橋をかけたようだ。丸い天井から伸び、水面に反射した光が天井で動く。扉の横に居る兵士には背を向けて、水に自信を映す。しゃがみ込み首もとに手を当てる。まるで、髪をかき上げるかのように。服の下から取り出した瞬間、ぷつりとネックレスの金具が切れる。
 まるでこの場所から離れる事を拒むようにリールの首の上で重くなった石は、そのまま静かに水の中に沈んでいった……


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