聖魔獣 〜各国の行動〜


「で、どうする?」
「まず何をする?」
 カイルとシャドナスタ王の声が重なってリールに届く。ぁあとリールが口を開く前に、二人は相変わらず嫌そうに顔を背けた。
「帰って。そしてセイファート王とヴォルケーノ王を迎えに行ってもらわないと」
「セファとヴォルを? なぜだ?」
「シーネリー様。あなた様とラーリ様はともかく、二人の獣王に海を泳いでこいと?」
「……ヴォルは沈みそうだ」
 身も蓋(ふた)もない。
「まぁ、絶対に見たくない光景が広がるわね」
 あの巨体で海の上をもがき、やがて沈んでいく……。
「別に獣の姿で来る必要はないだろう?」
「ないわね」
「なら、船を一隻――……」
 ふと、カイルは言いよどんだ。
「どしたの?」
「いや、よもや父上が面白がってこなければいいが」
「カルバード王が?」
「そうか、黙ってセイファート王だけ連れてくればいいか」
「無理ではないかと」
「無理じゃないの?」
 あっさりと、レランに引き続きリールにまで駄目だしを食らうカイル。
「……」
「まあそこら辺はどうでもいいからどうにかして頂戴。私が行くわけじゃないし」
「なんだと?」
「私はラーリ様の所に行くから、エルディスまで行かないわよ」
 当然でしょう?
「………どうやってシャフィアラまで行く気だ?」
「大丈夫、迎えをよこすから」




「ウィディア様。あなたくらいのものですよ」
「何よ?」
「私の船を送り迎えに使うなど……」
 ギミックが目を覆って嘆(なげ)く。うしろでは船員達が皆苦笑いだ。
 どうやら、ここでも、誰もリールには逆らえないらしい。
「はいはい、早く」
 あっさりと嘆きは無視。下ろされたロープを昇って、リールは早々に船に乗り込む。

「――三ヵ月後に!」
「――ぁあ」

 再び会おう。あの海の上で。
 振り返って前を向いたリールのうしろで、カイルは三人の護衛を振り返った。




『行って帰ってくるまで、どのくらいかかる?』
『早馬車と一番早い船を使ったとしても……』
『半年は見てもらおうか』
『ノルラド王』
『何を呆けている? ――どうせ、何を言っても聞く気はないだろう。ならば、仕方あるまい。見させてもらおうではないか。ただし、何か起これば遠慮なく切る。その首、果たして半年後につながっているかな?』
『半年も待てないわ。三ヶ月で帰って来て下さい』
『なっ』
『場所はあの海の上、正確にはここ』
 ばんっと、広げた海図の一点をリールは指した。
『時間は日の出と太陽が真上に来る時間の間。遅れたら置いていくわよ』




「……」
 当然、ノルラド王の機嫌は悪いままだった。
「父上、本当にオブシディアンに会うおつもりですか?」
 沈黙が守られている。
「あの女、一ヶ所に四獣王を集めて何をする気か」
「帰ったら部隊に出立の準備をさせておけ。それと神殿の最高術師を七人」
「はっ――では、父上自ら」
「ヴォルケーノというらしいな」
「オブシディアンの王ですか?」
「やつには、儂(わし)が会う」
 自国の船に乗り込むまでのアストリッドの親子の会話は、ここで打ち切られた。




「俺達は暇だなーー」
 船や旅立つ人を見送って、シャドナスタ王がシーネリーに声をかける。シーネリーは広大な海を前に、ただ正面を見つめていた。
「浮かない顔だな。――何を、思い悩む?」
「いや、人とは、変わらぬものだな」
「そうか?」
「もしかしたら、長い年月の間に変わってしまったのは聖魔獣(私達)かもしれない」
 シーネリーが空を仰いだ。鳥が、一羽飛び去る。
 海の先には船が見える。それは、シャフィアラに向かうといった船。
「――どうか」
 目を閉じて、立ち尽くした。

 計画は順調なのだから、もっと喜んでもいいはずだった。




「ラーリ様!」
「リール」
 巨体の獣に飛びついて、その温かさにいつしか眠りに誘われる。ここではいつも、あの頃と変わらない時間が流れていた。誰かの私欲が渦巻くこの島は、ただ憎しみしか感じないから。
「おやすみなさい」
 自身にもたれかかって眠る少女。寒くはないのかと問いかける前に、シーンが一枚の布をかけて去っていく。誰も、この少女との時間を邪魔しなかった。いつも、いつも――
「……もう、時間なのか……」


『こんにちは!』
『……またか』
『今日は波の読み方をおしえてくれるって言ったわ!』
『そうだったな』
『だめ……?』
『―――いや、博識なのはいいことだ。知識を持つ事も、な』
『じゃぁ!』
『だが、』
『……?』
 小さな体にその大きな瞳がびくびくと揺れている。喜んだり、悲しんだり、忙しい娘だ。
『知識だけ持っていても意味がない。行くぞ』
『どこに? わきゃっ!?』
『おちるなよ、拾ってはやらんぞ』
『すごーーいいっ! すごい!』
 初めて背に乗せて空を飛んだ時は、そうだ。はしゃぐだけはしゃがれたので教えるどころではなかった。何度、手を滑らせておちてくれたものか。

 しかし日常は、ただなんでもないことのように淡々と話す。よくあることだった。むしろ、空に連れて行った時にはしゃいだ姿は、ほとんど見ることができなかった。

『王……』
『あ、シーンだ』
『茶』
『“茶”じゃありません……』
『問題あるか?』
『ありません……』
いつしか、二人でお茶会をしていた。


「……ラーリ様……」
「なんだ?」
す―――
「……」
 寝言、か。
 さわさわと、木々が揺れる。まるで何かを運ぶように草花がなぎ倒される。寒さを吹き飛ばして、暖かさを運んでくる。
「―――」
 暖かい。それはきっと、そばにいる少女のおかげで。とても、嬉しい。

 だが――

「なぜ、人よりもはるか長く生きる我らが、」

 歯車は動いている。本当は動いているのではなくて、外れてしまったのだ。ただ倒れる寸前まで転がり続ける。

「――リール」




「暇そうですねぇーー王子」
「……そうだな。お前をこの馬車から落としてうしろを走らせてみれば目の保養にでもなるか」
「いやいやいや王子!? お気遣いなく!! 頼みますから!!?」
「そんなもの見ても気持ちが悪くなるだけだ」
「………じゃっじゃぁ俺は外に行きますね……」
 レランと二人っきりで馬を引くのは嫌だなぁと思ったセイジュは、自分の主と一緒に馬車に乗り込んでいた。
 が、しかし。それでは身が危ない。
「よっと」
 動いている馬車の扉を器用に開けて、セイジュは業者台に上った。一瞬そこでレランはセイジュを蹴り落とそうかと考えていた。
「――なんだよ?」
「いや」
 レランは前を向いて紐を引いた。


「行ってしまいましたねぇ」
 相変わらず置いてきぼりカクウ。と言うか、ニクロケイルの密偵。
「自分の仕事については自負しておりますが、こうもあっさりと自分よりも劣った物(セイジュ)を見る機会が終わってしまったかと思うと……」


 さて馬車の中に残されたカイルは、ごそごそと本を手に取った。しかし、手に取った本はお気に召さなかったらしい。不満そうにその本を投げすてて不貞寝(ふてね)していた。

 本当に不満を感じている事は、本ではなかったが。

 馬車と船を乗りついでエルディスに帰る。一度港に出て、それからデンスネスに向かう予定だった。―――しかし、

「あら? 網に大きな物がかかったのね」
 自分直属の密偵が連れてきた三人の人影を見て、エルディス国王妃――フレアイラは声をかけた。
「母上……」
 なぜ、港に密偵など置いて自分の見張り代わりに使っているのですか……?
 そのつかまった息子はうめくように声をあげた。ちなみにレランとセイジュは沈黙していた。
「もちろん、あなたがいつ帰ってきてもいいように」
「逃げないように、でしょう?」
「賢いわねぇ。可愛くない事」
「父上は」
「まぁ。何。久しぶりに会ったというのに、息子は母親に会うくらいならまだ父親に会うほうがましだと母を追いやるなんて」
「……」
「で、あなた。なんで一人なの?」
 護衛の二人は数に入らないらしい。
「なぜ、と申されましても……」
「私(わたくし)の玩具(おもちゃ)は!?」
「……父上は謁見室ですね」
「待ちなさいエルカベイル!」


「まさか、また手ぶらで帰ってくると思わなかったが」
「……」
「言いたいことがあるのだろう?」
「四の獣王を引き合わせます」
「―――なんのために?」
 さすがの父上も、動揺していた。
「さぁ?」
「……お前の行動一つで、私の立場が悪くなるのだぞ?」
「知りません。自分がその地位に就いた時に困らない限りは」
「今日の謁見はあといくつ残っている?」
 国王はリヴァロを振り返った。
「四つです陛下」
「すぐに終わらせる。執務室にいろ」
 話を、聞かせてもらおうか。
 さっさと一礼して、カイルは執務室に向かった。


「……つまり、ルチルクォーツの王を連れて行くと?」
「では」
「待て」
 さっさとうしろを向いた息子を国王は引き止める。
「俺も行く」
「……」
 うしろでリヴァロが視線を落とした。また始まったと言わんばかりに。
 しかし、息子の返事は完結だった。
「嫌です」
「何?」
「あなた! エルカベイル!」
「「―――」」
 部屋の鍵をかけ忘れた――!!
 父親と息子は、かろうじて何かが潰れたようなうめき声を飲み込んだ。
「私も行くわ!」
「フレア、お前は留守を預かってくれ」
「あなた! 何をおっしゃいますの!」
 王妃の目が輝いている。
「母上、母上はやはり」
「お黙り、エルカベイル」
「そんっなにつまらないんですね」
「ええ! これなら人形を捨てなければよかったわ」
「「………」」

 その日の夜。王と王子は王妃に黙って城を抜け出した。

「帰ったら怒られるかもな」
「父上だけですが」
 カイルは嫌そうに低い声で言い切る。カイル一人だけでは、城を抜け出せなかったと知っているから。だからと言っても、ついてきた父親を歓迎したいとも思わない。
「魚を逃がした息子に何を言われようとも」
「……」
 馬車の中の親子は、険悪な雰囲気だ。どちらかと言えば、カイルが遊ばれている?
「……王子? 陛下?」
「「なんだ」」
「俺、出てもいいっすか?」
「「なぜだ?」」
 怖い、怖すぎる。なぜに息ぴったりで睨まれなければならないのか?
 答えは簡単。国王はこれでも息子が好きで、カイルはこれでも父親を尊敬しているから?
 しかし、国王と王子の乗る馬車に性懲(しょうこ)りもなく乗り込んでいたセイジュは、さすがに後悔した。
 外では、リヴァロとレランが無言の会話をしていた。馬を引きながら。

 日の昇るデンスネスに向かう馬車が、一台。


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