聖魔獣 〜迎える〜


「はじめてきたな」
 止まった馬車から降りて、向こうの見えない森を見渡す国王。
「そうですか」
 さっさと、置いていこうと言わんばかりに森の中に進むカイル。
「………」
 息を一つついて、国王はリヴァロを振り返る。そして当然のように追っていった王子の護衛二人を、目を細めて眺める。
少しだけ口の端をあげて、カルバード王も森に入った。


 相変わらず生い茂る蔦(つた)と草を剣で掻っ切りながら進む。ただ明るいだけの静けさ。生きるものは逃げてしまったように。

ざぁぁぁあああ―――
 風が吹きつけて、音が止んだ。

がざっ
「―――?」
 レランが剣をぬいてカイルの前に立った。
 のっそりと現れたのは一匹のルチルクォーツ。
「タキスト」
「……王がお待ちだ」
 不本意ながら案内するといわんばかりに、獣の姿のタキストが道を先導した。

「なんだあれは?」
「王のお付ですよ」
「ほぉ」
「本人は不本意でしょうが」
「お前の護衛と同じで、か?」
「………」

 またも、セイジュが逃げ出そうとするのをレランに阻止されていた。
「襟首をつかむな! 死ぬ?!」
「………」


 タキストが案内したのは森の入り口からとても近い場所だった。大木の下に寝そべっていた白虎が起き上がった。こちらを見つめる、翠の目。
「―――よくきたな」
「お久しぶりです」
 カイルが礼を取ると、後ろにいたカルバード王が姿を現した。
「はじめましてというべきかエルディスの国王よ。我はセイファート、ルチルクォーツの王」
「カルバード・ビオレドラル・エルディスと言う。その節は、息子が世話になったようで」
「いや。非はこちらにある」
「この森から、獣が一匹抜け出していた事か?」
「………」
 ひくりと体を引きつらせたのは他(ほか)でもないタキスト。
「そうだな」
 変わらぬ翠の目が金色を帯びて、そして消える。次の瞬間には腰まではある白っぽい銀髪に、翠の目を持つ男が立っていた。
「迷惑をかけた。申し訳ない」
「死んだ民が戻ってくるわけではない」
「―――そうだ」
「父上」
「なんだ」
「関係のない話はあとにして下さい」
「……」
 父親を黙らせて、カイルはセイファート王に向き直る。
「迎えに、きました」
 セイファートは沈黙した。よもや、その言葉の意味がわからないわけではない。ようやく、やっと。―――だが。
「あの娘――リールと言ったか。どこにいる?」
「ラビリンス王を迎えに行きましたが?」
「そうだろうな」
「――?」
 話がかみ合わない。
「まだ、時間はあるか」
 何かを悲しむように、セイファートは空を見上げていた。




ざばぁぁぁああ―――
 三ヶ月など、あっという間だった。シャドナスタ王の乗る船に横付けるように、水龍の姿となったシーネリーが姿を現す。水の色の鱗。額の中心から伸びる一角の角。泡が守るように取り囲む。
隣に並ぶ船がとても小さく見える。アクアオーラの姿をはじめて見た兵士達が唖然(あぜん)と口をあける。
 鋭い目が細められて、甲板にいたシャドナスタ王を見た。
「あまり喜ばしくないようだな」
「そう見えるのか」
「せっかくの門出だろう?」
「“門出”か」
 ピリピリと、水を伝って同志達の言葉が届く。王の再来を喜んでいる。これまでの700年以来、水牢を出たこともない。
「門出、か……」


『あなたのような方がいて、本当によかった』

「――本当か?」
「?」
 ふと口にされた言葉は、ここにはいないものに伝わらない。
「誰でもよかったのだ――」
 そう、例えば、この王でも。
「なぜだ、ラビリンス……」
 なぜそうやって、性(さが)を背負う?
「幾年、王と呼ばれようとも。できることは限られている」
「――そうだな」
 自分は、これほどまでに何もできないものだっただろうか?




「――時間だわ」
「ああ」
 風が変わった。ラビリンスに寄りかかって眠っていたリールが目覚める。
「あの場所へ」
「行くか」
 ラビリンスが飛び立とうと姿勢を正す。飛び上がる瞬間、シーンに目を向けた。彼はいつものように、頭を垂れただけだった。
 いつもの、ように。

「どこに行こうか?」
「まずはギミックの船に!」

 空から人が降って来て、さぞや船の乗組員は狼狽(ろうばい)した事だろう。いや、それもリールだからあっさりと受け入れられるか?




 エルディス国の船の上では、まだ兵士達のざわめきが止まない。国王がやってきたかと思えば、いきなり船を出せ(密かに連絡があった)だし、なぜか王子もいるし。
 何より不思議なのは、その後ろから現れた腰まで長く白っぽい銀髪に、翠の目を持つ男だ。ただ海の先、進む先の一点を見つめている。王も王子もほとんど関心を示さない。
 まるでその場にいないかのような錯覚を起こしそうなる。
 操縦室に海図を広げて、船の船長たちが集まっている。もうエルディスは遠く、目的地が近い。
「で、どこだったか」
「こちらです」
 海図の一点を指すカイル。エルディスからここまで、船旅。ニクロケイルと違って、エルディスでは船に乗ることはほとんどない。長旅だった。
 同じ事はアストリッドにも言える。
 しかしそれでも、四大大国は海術にも優れている。はずだ。
「――海の上か」
「そこに集まれ、と」
「その、オープと言うのはどこにあると?」
「さぁ? エルン大陸上らしいですが」
「だから、それはどこだ」
「知りません」
「まったく、とんだ者を引っ掛けたな」
「さぁ?」


 見渡す限りの水の先に、一隻の船が見えた。


 あわただしく兵士が部屋に入ってくる。
「陛下! 左右を!」
「あれは……」
 大きな帆に紋章がはためく、ニクロケイルの船。
 左にはアストリッド。
「まさか……」
 水龍を引き連れた船は、優雅で壮絶だった。さすが、水の都。
「……ヴォルケーノ」
 気配を感じ取ったのか、遅れてセイファートがつぶやいた。


 四隻の船は付かず離れず、一定の距離を取って止まった。それ以上、近づけなかったとも言う。それぞれ小さな小船を出して、急ぎ集合場所に向かう。――王か、息子か。



 見張り台の者が気づいて、縄梯子(なわばしご)を下ろす。かち合ったのは、エルディスの王子とニクロケイルの王だった。
「「………」」
「ずいぶんと待たせてくれる」
「それはそれは、暇な時間に鈍っていない事を祈るだけですね」

 険悪な雰囲気の中、二人の王と世継ぎの王子、その他護衛たちが甲板に上がると、おそらく会議に夢中でこちらに気がついてない集団を見つけた。
 そう、風が時折鋭く吹き付ける。碇を下ろして、海の上。相変わらず船員達は頭を抱える事になっていた。
「だーからっ! こっちから行ってよ!」
「ウィディア様! だいぶ前にそうしたら危うく船が大破するところだったんですよ!」
「嵐にあって!」
「岩があって!」
「いいじゃない。大破しなかったんでしょ? それに、修理費だったらザインが出したでしょ?」
「ぇえ、あの前当主様から払ってもらえるはずもなく、どこからか苦労して運び出した金塊で払ってくれましたが」
「問題ないわね」
「「「あります!!」」」
「うるさいわね」
「あなたがですねぇ!」
 船に上がってきたまではいいものの、肝心のリールはギミックと言い争っている。こちらに気がつく様子もない。
 さすがに、王達も護衛も目の前で繰り広げられる言い争いに呆然としていた。
「――おい」
「何?」
 後ろから、呆れきった声が聞こえる。――カイルの。
 船の船員は、この状況のウィディア様を黙らせられるなら誰だって救世主のように思えてくるのだから、どうしたものか。
「何をしている……?」
 振り返ったリールの顔は、それはそれは迷惑そうにしていたが、カイルだと思うと少しだけ変わった。
「もうきたの」
「もう時間だ」
「え? 本当っ」
 周りを、二人の王とその護衛に囲まれていて、船の乗組員は居心地が悪そうだった。
「―――遅刻ね」
「なに?」
「あんたじゃないわ」
 すると、空から声が聞こえてきた。まるで、断末魔のような悲鳴。
『ぎゃーーーぁぁあああ』
ばっしゃーーん!
「誰か、拾ってきて」
 無慈悲なリールの声。
「まったく、暴れるから落としてやった」
「ラーリ様」
「問題でもあったか?」
「何が?」
 ばさりと羽根を羽ばたかせて、ラビリンスが甲板に下りてくる。
 海に落ちた人を拾おうと海に下りた人の、驚きの声が聞こえた。
「第二王子様!?」


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