聖魔獣 〜作戦会議〜


「―――リーディ!!」
「何よ」
「なんなんだ!」
「うるさいわね」
 海から引き上げられて、タオルを一枚かぶっただけのフォトスが叫ぶ。
 そりゃ、怒るだろう。朝一番にレピドライト(しかも王)に拉致されて、またたく間に海の上で、しかもいきなり落とされて。
 さらに顔面を海面にぶつけたのか、心なしか顔が赤い。
「――ぁあ、大丈夫?」
「棒読みかよ!」
「悪い? ちょっとうるさいから黙って」
 うっとうしいというように、リールは手を振った。


「おい、小娘」
「何か?」
 ノルラド王は、珍しく待っていた。黙って、見ていた。時折、引きつっていた頬がさすがに限界に来たらしい。
「いい加減にしろ!」
「こっちはシャフィアラの王子です、承認に」
「は?」
 まぬけな声をフォトスがあげた。
「おい待てっ」
「黙れ」
 フォトスはあっさりと潰された。
「ウィディア様」
 ギミックがたしなめる。
「黙らせておくべきでしょう?」
「それなりに順序だてて説明するべきでは?」
「……ちょっと、ジオラス」
「だからなんだよ!」
 苛立ち紛れに、フォトスが叫ぶ。
「これからエルン大陸に行くから」
「エルン?」
「そう。それから、四の獣王を引き合わせるから。いいわね」
 命令だ命令。説明にもならない。省きすぎだ。
「なんの話だよ!?」
「あーーうるさい。いい、邪魔しないでよ」
 だからなんなんだーーというフォトスの声は黙認された。
「とにかく、なんでもいいわ」
「よくないだろ」
「こっちの話」
「そうか」
「そのオープまではどうやっていく気だ?」
 シャドナスタ王が、ゆっくりと声をかける。
 ふと、そのリールに声をかけた人物の服に刺繍(ししゅう)された紋章。それが何かわからないフォトスじゃなかった。
「おいっ!?」
 リールに声をかけようとして、足下に短剣が刺さっているフォトス。
「………」
 何をしでかしたんだよ……。
 激しくカイルが笑い出しそうな一言は、ついに口にされなかった。
「あの海流が連れて行ってくれます」
 リールが指差した先には、シャフィアラと同じ。すべてを拒む渦。遠くに黒い雲も見える。――嵐だ。
 荒れ狂う海は、地平線の手前から続いている。
「殺す気か、貴様」
 ノルラド王の声が鋭い。
「死にたいなら、止めませんけど? かつて、エルン大陸は五つに分けられていたそうです」
 リールの言葉を、神妙にラビリンスが聞き入っていた。まるで、なつかしむように。
「中心がオープ、周りを囲むように四種族の領土。もっとも、これら種族の境界は曖昧(あいまい)であった。そうでしょう?」
 シャフィアラの船にはレピドライト、各船には各種族が。この場にいる聖魔獣はラビリンスだけ。
「そうだ」
「貴様は?」
「我はラビリンス」
「シャフィアラの、レピドライトの王です。そのかつての領域から上陸してもらいます」
 ばんと、リールが手をついた海図。中心にある島。その周りを点線で囲まれた、昔のエルン大陸の地。
「今から言う場所から海流に乗れば、海が連れて行ってくれるわ」
「何を愚かな」
「――それがわからないから、シャフィアラに来る船は沈むんです」
 海路は、絶たれていない。だけど、毒は拒まれる。人にも、自然にも、すべてにも。
「入り口まで迷わないことですね。死にたくなかったら」
 渦と渦の間を直進する、間違えば藻くずに変わる。
「だから! なんでまた私の船を危機にさらすのですか!!」
 ギミックが悲鳴を上げた。
「丁度いいから」
「ウィディア様!」
 悲鳴は無視された。
「まぁこっちはまだ安全な道でしょう。それに、道案内には困らないでしょうから」
「――?」
「獣王に聞けばいいわ。とにかく、ルチルクォーツがここ、アクアオーラがこっち、オブシディアンは……ここね」
 リールは、海流の一点を指した。
「この波に乗れば、勝手に目的地に連れて行ってくれるから」
 リールは言い切った。
「壮絶な話だな。何か? 渦の間を波が通っていくと」
「ええ」
「しかし、間違って渦に飲み込まれたら死ぬ、と。なんだ、これまでシャフィアに向かわせた船が帰ってこなかったのはそのせいか」
「そうでしょうね」
「この船はうまく姿をくらましていたしな」
「それは――ウィディア様のおかげと言いますか、迷惑だったと言いますか……」
「……」
「脅すのは得意だったな」
 おかしそうにカイルが笑った。
「さっさと行けば?」
 リールは言い切った。
「相変わらずだな、エルディスの王子」
 そのやり取りをさらに楽しそうに見ていたシャドナスタ王。
「エルディスの王子!!?」
 素っ頓狂な声に、甲板にいた人々の視線が集まった。
「誰が……?」
「これ」
 リールはカイルを指差した。
 絶句したフォトス。回りにいた二人の王は、その紋章からなんとなく身分は推測していた。しかし、あのリーディが、連れていたのは……
「……本当かよ」
「だから言ったでしょ?」
 “敵”に回さないほう無難ですよ? ってね。
「場所の確認はいいかしら?」
「島に入ったら王が案内してくれるんだろう?」
「たぶんね。どうなっているのか私も知らないし」
 どことなく、不安がよぎるのは気のせいだろうか。
 各国の人々は船に戻って行く。ぎゃぁぎゃぁと騒ぎ出したフォトスをあしらうリール。


 船の甲板に降り立ったラビリンスは沈黙した。その銀色の目は、ずっとリールを見つめていた。




 海流は、まるで迎い入れるように船を誘(いざな)った。
 時に嵐の中を通り、時に渦が現れ消える。一時も止まらない海の中を、四隻の船が進んでいく。
 そして、一瞬にして晴れ渡った視界、穏やかな波の音。このまま帰ってこられなくなるのではないかと、人々が不安に思ったその時。
 小さな島が見えた。周りを、まるで守るかのように黒い雲が覆い尽くしていた。そこを通って、今目の前。
 エルン大陸で一番重要視される地が現れていた。

 島の広さはそうなく、おそらく丘の上であった場所だけが海の上にあるだけだった。
 すぐ傍まで船で近づいてくる事ができず、各国は小さい船を出して進んでくる。

 島の中心には、かつて神殿であったものの面影が見える。そこに集まってくる人影。

ざっ!
 砂はない。地を踏みしめて上がってくる人影。
「ネリー!」
「ラリス!!」
 傍目(はため)には、まるで従姉と従弟が再会しているように見える。人型の、シーネリーとラビリンスの姿。
 ざわざわと、たくさんの人々が島を見渡す。小高い丘の上からは、この島の広さが各国の城の敷地面積もないことがよくわかった。
 ほぼむき出しの大地、小さな孤島。波が押し寄せては帰っていく。おそらくこの場所を浮上させるために波が引いているのだろう。そのため、余った水が他の場所で溢れかえり渦を作り気象を狂わせる。

 その島の上に、幾人もの聖魔獣と人間が立っている。
 エルディスの王とリヴァロ。王子とレランとセイジュ。
 リールとフォトス。
 シャドナスタ王と、護衛たち。そしてあの部屋にシーネリーを閉じ込めた結界の術師。
 ノルラド王と、神殿でヴォルケーノを監視する術師。
 そして、四の獣王とそのお付が一匹ずつ。

 かつてアストリッドの者は、その術で聖魔獣を取り抑えた。ニクロケイルの者は結界を張った。そう、あのキリング・タイムの時と同じ。
 予断なく、王達を監視する。
 人や、走り出した王に比べて、ひときわゆっくりと歩いてくる気配がある。
 一歩一歩踏みしめるように。かつての、自分達の地を懐かしむ。同時に、過ちを悔やむような――

 同時に相手の気配を感じて、ただ一点を見つめていた二人の王。

『どっちが強いの?』
 あの幼子は、最初の犠牲者だった。
 あれから700年。死んでいった仲間のほうが多い。

 再び、ここで、会えたなら――



 ふっと、やわらかい空気が硬くなった。
 はっと、シーネリーとラビンリンスが一点を振り返る。
 その先で、ヴォルケーノとセイファートが立ち尽くしていた。

 島に上陸して、喜ぶわけでもなく、悲しむわけでもない。ただかつてを思い出す。
「「………」」
 銀の目と、朱の目が交差する。
 ようやく、お互いの着ている服の装飾品が確認できる位置。
 すべてが止まってしまったように痛いくらいの沈黙。それはあの頃と、過ぎ去った時間の長さを物語る。
 セイファートとヴォルケーノが再びであった。あの殺しあった時はすぎ。あれ以来はじめて。

 どちらも、どうしたらいいのか悩んでいるようにも見える。


「ヴォル」
 ヴォルケーのにはシーネリーが。
「セファ!」
 セイファートにはラビリンスが近づく。

 ただ静かに見つめられて、二人は少し息をついた。まるでそれぞれ背中を押されるように、一歩進みでる。

「「久しぶり――だな」」
 結局、どうしてか。ありきたりな挨拶しか出てこないのだろうか?
 ふっと苦笑して、二人はさらに近づく。伸ばされたお互いの手を取る。
 もう、過ちは繰り返さない。
「ヴォル、セファ」
「「ネリー……」」
 そこへ、シーネリーとラビリンスが来る。人型の獣王が集まって、沈黙した。
 まるでお互いを確かめるように、少しだけ喜びを。そして――

 王達の目が金の色を帯びた。それを確認できた人間は数人で、他はみな眩い光に目を細めた。影が変わっていく様子は、光の中で見えない。
 光が収まり、人々の目に光が戻った時、誰もが驚愕(きょうがく)した。
 目の前にいるのは、まさか――

 銀の白虎。漆黒の龍。青の水龍。そして、金の獅子。

 ここに、四の獣王がそろった。




「――ほぉ」
 そんな感嘆の声が聞こえる。獣の姿の四の獣王を見ることができるなど、キリング・タイム以来だ。
 圧倒されて、たじろいだり、しり込みしたりする者はいない。さすが王の直轄(ちょっかつ)で仕えるものと言うべきか。
 それでも、強い力と畏敬を感じずにはいられない。
「すごいな」
「………」
「なんだ、何が言いたい?」
「いえ、父上にも人並みの驚きを感じる事はできたんですね」
「まったく、お前はそんなんだからみすみす逃げられるんだろう?」
「――誰が、逃がしたと?」
 カイルの視線の先に、フォトスと言い争うリールが見えた。



「おまっ何してんだよ!?」
「どういう意味よ?」
 一点を見つめていた視線をはずして、うっとうしそうにリールはフォトスを振り返る。
「あれは――」
「見たままよ」
「そのためにエアゾールを殺したのか?」
「……違う」
 それには、ラーリ様は関係ない。ただ――



「陛下」
「………」
 息子が驚き、そして畏怖するような声をあげる。
 四の獣王。はじめて、その姿を見たといってもいい。顔に傷のある男はほとんど何も言わなかった。
 まさか、その真の姿を直で見ることができるなど。


 一瞬、獣王たちの視線が外に向けられる。自国の王を見て、――この世界を見て。


 そして本来の姿となった獣王の視線が、崩れた神殿に向けられる。すべての聖魔獣の力が、この世界で一番終結する場所。そして、すべてのはじまり。

 その巨体を動かす事に、苦労も感じない。風に乗るように一歩、王達が神殿に近づく。

「待って!!」
 それを遮るような悲痛な叫びが、空に響いた。


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