聖魔獣 〜同じ時を生きるもの〜


 もう、駄目だった。ここで何が行なわれるか、これからどうなるか、知らないわけじゃなかったから。


「――何?」
 ノルラド王の言葉はもっともだった。進み出たレピドライトを、あの娘がしがみ付いて引き止めている。いったい、何が起こるというのか。


 ラビリンスを除いて、三匹の獣王は黙っていた。何も言えなかった。こうなると予想できただけに。


「……リール」
 転がるように走ってきたリールにつかまれていて、動けない。静かに、離れるようにラビリンスは諭(さと)した。
「嫌!」
「リール、我らはもう駄目なのだ。――見ただろう?」
 仲間を食い殺す児龍を、聖魔獣として生まれなかった水龍を、倒れ病に伏せる獣を。そして何より、一向に新しい命の生まれない獅子を。
「〜〜〜」
 知っていた、見てきた。わかっていた。だけど、

「絶対にイヤ!」

 行ってしまう。
 ここがどんな場所で、なぜ王達が集まったのか、知っている。
 その昔に、話を聞いた。

『ねぇねぇ! ほかにも王様はいるんでしょう?』
『そうだ』
『どんな人?』
『人って言うのもねぇ……』
 苦笑しながら、お茶のお供にラビリンスは話してくれた。それぞれの獣王のことを。
『仲悪いの?』
 小さいリールの純粋な感想だった。
『どうだろうね、でも……僕達は同じように同じ時間を生きてきた』
『??』
 はて? 意味がよくわからないリールは首をかしげた。
『王は同じ時に生まれるんだ』
 はじまりの場所で。

 新しく生まれる――なら、これまでの命は?

「私達は長く生きすぎた。種族の理性をまとめ上げる事もできなくなるくらい」
 つかんで離さないというように、リールは手を離さない。
「……だからだった。新しく生まれたアクアオーラがただの肉の塊に、ただ本能だけを備えた怪物であったこと。オブシディアンの子どもが親や仲間を食い殺していた事。ルチルクォーツの子が病に倒れた事。――何より、レピドライトはここ数十年、新しい命も生まれない」
 なぜ、知っているのだろうか。
 リールはふと顔を上げた。

 ――意思の運びて――

 国を出ることをしない獣王達には、人間の協力者が必要だった。
 四の獣王に時を教え、四大大国の王達の許しを得られる者が。

 いっそ、このまま滅んでしまったほうが、よかったのだろうか。
 そう思ったこともある。
 だが我は“王”だった。世界と引き換えならまだしも、自分の種族は道連れにはできない。
 王でなければならない限り。


「まさか……」
 二人のやり取りを聞いて、シャドナスタ王を含めその場の人間には驚愕が走った。
 海に出る怪物の正体を知って。


 本当に長く生きすぎてしまった。王の寿命は普通の聖魔獣の三倍あるといえども。
 みな同じだけの時間を生きるということは、狂うときも同じと言うこと。それに、もう戻せない。力を保つ事ができない。
 今しかない。

「ラーリさま?」

 嘆きたいのは、こちらも同じだった。人の命など儚く、一瞬にしてすぎる。誰しもが自分より先に命尽きる――
 それを、まさか。自分が死ぬための手伝いをさせて、ここにきて最愛の娘を一人残す事になろうとは。
 それは“約束”。しかし、
「離しなさい」
「いや……やだ!」
 巨体にしがみ付いて離れないリール。――彼女にとって、ラビリンスがどのような存在かを、言葉で言い表す事はできない。
 こんなにわがままを言ったのは初めてかもしれない。
「わかって、いるだろう?」
 もう、そうするしかない。新しい時代へ。
 もうこれ以上、仲間が狂っていくのを見ているわけにはいかない。
 それでも、ずいぶん後回しにしてきた。
「死んでしまうのは、イヤ……」
 零れる涙を、ぬぐう事ができない。
 ぱたぱたと涙を流すリールを見つめて、ふと思った。
 あの時、あの日から。誰よりも大人びていた少女は、今、あの時よりも幼い子どものようだ。


「愛しているよ――我が娘」
 リールがはっとした時には、もう遅かった。
「ラーリ様!」
 一瞬にして、手の中の温もりはすり抜けた。もう一度、今度こそ離さないから――つかもうと腕を伸ばす――
「いけません!」
「離して!!」
 リールを、シーンが捉えた。
 振り返って、リールはシーンを睨みつけた。
「なんでよ! あなたには新しい王のほうがいいの!?」
「リロディルク様」
「――っ!」
 リールの腕をつかむシーンの手に力が加わった。
 シーンだって、何も自分から望んだ事じゃない。だが、それを受け入れるようにできている。
 でも、リールには納得できない。

 何をするつもりなのか、なんの手伝いをしているのか。少しずつだけれど、わかっていたつもりだった。けれど、それが約束だから。
 それが、“約束”だから――

 だから……

「……いや」
 絶望的だった。
「絶対にイヤ!!!」
 叫ぶと同時だった。
 廃墟の神殿に向かっていった四の獣王たちは。神殿の中に迎い入れられた。

 存在が消える――

 ふっと、リールの足の力が抜けた。地面に座り込んでしまう。
 うつむいて顔を上げない。どうしたらいいのかわからないシーンは、途方に暮れる。

「あの王達は何をしているんだ?」
 静かに、カイルが話しかける。一度、びくりと震えたリールはそれでも言った。

「四の獣王はみな同い年だって知っている?」
「――あれで?」
「そうよ、あれでもラーリ様だって同い年だわ」
 カイルの驚きが何を指しているのか、リールはすぐにわかった。誰だってそう思い、いつもラビリンスが気にしている事を指摘されて、悲しそうにリールは笑った。
「獣王は普通に聖魔獣の中からは生まれない。このオープで、王となるべく生まれてくるものが王になる」
「それはまた」
「獣王は普通の聖魔獣の三倍は生きるわ。そして、代替わりをする。その時は、四の獣王が集まって、ここで。これが条件」
「彼らは?」
「――彼らが死んで、次の王が生まれる」
「……まさか」
「四の王がそろわないと、始まらない」
 神殿の回りが、光に包まれた。揺れていた先も見えない。
 眩い光があたりを包み込み、王の姿を空へ、かなたへ消し去った。


「「「!!!?」」」
 光の柱が立ち上る。天に向かって伸びていく。神殿の時が急速に戻る。崩れる前の神殿の姿へと。
 白い柱が何本も何本も立って、開かれたままの扉が振動する。円形の土台。祭壇。

 白い光が球状になって浮かび上がり、収縮して弾けた。神殿から伸ばされたように、何重にも文字が綴(つづ)られる。
「これは……」
 象形文字のようだった。一字一字が光り輝く。神殿までの道を導くように、まるで白い絨毯(じゅうたん)。
「リール様」
「……わかっているわ」
 ゆっくりと、リールは足下の文字を追った。

『王達が生まれる時、そのお付と幾人かの人間が付き添うのだ』
『なんで?』
『ヒトが付き添う事になったのは最近だが――そうだな』
 その“最近”が、百年単位の話であるなど、リールにはわかりもしない。
『なぁに?』
『それだけ、みなにとっても喜びであった』
『――どうして?』
『……?』
『だって、……だって、前の王様は死んでしまうんでしょう?』
『リール』
『そんなのいや……やだよぅ……』
『……』
『死なないでよぉ……』
『……なぜヒトが付き添うか言っていなかったな』
『――?』

「はっきり言えばよかったんだわ。王と言って特に恐れられる対象から外れるためだって」
「何を?」
「こっちの話よ」
 苦々しい呟きに、シーンが不安そうにリールを見ていた。
 その昔のヒトも聖魔獣も、決して仲が悪いわけではなかった。そして、種族の違いからか、決して中がいいと言う事もなかった。
 喜びの影に、恐れが付き纏う。
 受け入れる物があれば、拒む物がある。そうやって保ってきた。はるか昔――

『だから、ヒトが付き添うのだ』

 同じ時間を、住むもの達として。


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