聖魔獣 〜流れ〜


「昔、はるか昔。人がこの世に住むより前。この場所に四匹の聖魔獣が現れた彼らがどこから、なぜ来たのか知るものはない」
 リールが、神殿まで導くように光る文字を追う。それは、聖魔獣たちがかつて人と一緒に使っていた文字。リールはラビリンスにみっちり教えてもらっている。
 導き手となるために。
 それでなくとも、エアリアス家では古い言語を習わされる。正規の文字とは違う読み方をすることもある。――暗号。
「ここに王の世代交代を行なう――って文章長いわね!! そこっ踏むな!」
「!?」
 リールは目まぐるしく地を流れていく文字を追う。
 白く光をはなつ文字が一つセイジュに踏まれていた。

「獣王を……意思?」
 ぶつぶつと呟きながら、リールは神殿までの道を進む。リールが読み上げて言葉を発するごとに輝き、放つ文字。どこを追っているのか、どこを見ているのかわかる。波打つ文字。
「……だから、別に雄や雌の区別もいらない――いらない?」
 ふと、シーネリーがよぎったリール。
「まさか、ねぇ」

 まさかねぇ……



「ヒトは、非力なものだな」
「は? 陛下?」
「あの王が嘆くわけだ」
 あの、アクアオーラの王が。むしろ、王であることを呪うように。
「こんなことになるっているとはなぁ」
「……?」
「ここにきて正解だったか」
 シャドナスタ王は、ゆっくりと神殿に向かった。



「寿命」
「王?」
「命尽きる時、共にあらん、か」
 黒龍の姿となって、一瞬、こちらを見つめたヴォルケーノに。



「すべてのはじまり、――“エルディス”の名」
「……」
「あの白虎が、名づけたと言われている」
「それは……」
「キリング王の日記だ」
「そんなものが、」
「あった」
 ――もう一度、読み返してみるのも一興かもしれない。あの王にはもう、会えないのだとしても。



「そして、役目を終えれば――……!?」
 神殿の目の前まで進んできたリールが立ち止まる。それは、読んでいた文字のせいか、それとも再び光を放った神殿のせいか。

 神殿は王を飲み込んで静かになっていた。それがまた、王を迎えた時。いや、それ以上に輝きを放つ。
 あふれ出した光は力強く、心地よかった。光が一瞬にして、島を覆い、海を渡り、息吹を与える。
 急速に大地に伸びだした草の芽、木々。その姿は見る見る空に届くかと言うほどで、美しい。灰色の神殿は白く塗られる。
 島を覆っていた雲も吹き飛ばす。

「――終わった……?」
 リールが、呆然と呟いた先。上から、空から、四つの光が下りてくる。
 青い海と同じ色の青い空。どこまでも続く空と海の境界線が曖昧で見えない。
 静かに、リールに寄り添ったカイルと、その護衛。各国の王が前に進み出て前を見る。全獣王のお付もみな、いる。

 四種の色を帯びた光が、輝いてその姿を現す。

「「「「「!!!?」」」」」
 眩く輝いた光が、はじけた先。
 風が、呼んだ。言葉を運んだ。

「「「「はじめまして」」」」

 そこに、四人の子どもがいた。
 並んで、まるで無邪気に笑っている。でもどこか豪胆で、強い。でも幼い子ども。不思議だった。
 四人は、呆けた人間達を面白そうに見ている。そして膝をついたお付も。

 そして、言った。

「ループ。治める種族はルチルクォーツ」
 と、翠の目に銀の短髪をなびかせた少年が言う。
「私はドリーム、オブシディアンの長」
 朱の目に黒く腰まで長く髪を伸ばした少女も。
「俺はアクアオーラを、名はゲート」
 深い海と同じ青い目に水色の髪を肩口まで伸ばした少年も。
「僕はタイム」
 そして、ブロンドの髪に、銀の目をした少年が言う。
「レピドライトの王」

 四人の王が一歩進み出る。いつ位置を図ったのか、各国の王とリールの前に。
 にこりと笑ったタイム。対照的に暗い影を落としていたリールは、うつむいたまま言った。

「――あなたが、ラーリ様を殺したの?」

――パァン!

「――っ!?」

 時が、止まってしまったようだった。その二人の間だけ。
 憎しみのこもったリールの言葉に、何より凍りついたのは、レピドライトの新王。

「……そういうことを、言ってなんになる!?」
 いつになく、いやむしろはじめてかもしれない。カイルの憤りはリールの頬を打っただけでは収まりきれなかった。
「……ぁ……」
 暗い雲のかかった心には、目に映ったものがなんなのかわかりきれない。
 ただ今、自分が言葉を突きつけた相手は誰だったのか?
「ごめ……なさっ……」
 少年は、顔を歪めていた。どうしたらいいのか、本人にもわからない。次代の王は、前王の“持つ記憶すべてを引き継いで”生まれてくる。
 彼にとって、リールの存在はラビリンスのそれと同じ――
 そして、それだけ、自分の誕生がそう喜ばれるとは思えなかった。けれど、だけど――
「僕は……生まれてこないほうがよかったですか?」
 すべての聖魔獣が狂いこの世界から消えることと、引き換えに――
「ちがっ……」
 言葉に涙が混じって、うまく伝えられない。
「――僕の中にあるラビリンス王の記憶は、あなたのことが一番強いのです。いつもいつも最後まで、あなたを心配する王の心が」
「――!? ……ラーリさま……」
「セイファート王も」
 確信があるように、ループが口を挟んだ。
「王シーネリーも」
 静かに、ゲートも言った。
「ヴォルケーノ王も、……たぶん」
 恐る恐る、ドリームが言う。
「何が“たぶん”だ!!」
 ゲートが叫んだ。どうして、そう事を曖昧にするんだ!?
「え!?? ぁ、あの、……うん」
 ドリームにはわからなかった。あのヴォルケーノ王の心配は、ラビリンス王に対してがとても強くて。まるで、数百年ぶりに人を受け入れたことをおかしく笑うようで。
「だから、なんだ!」
 黙りこんだ所に怒鳴りつけるゲート。
「ふぇっゲートがこわっ怖いよぉっ」
「なんだと!?」
「助けてリール! 怒っているの?!」
 何をどさくさに紛れたのか、ドリームはリールにしがみ付いた。
「おい! どうしてそっちを味方につける!?」
「ぅわぁあん! 怒ったーー!」
「……そうね」
 リールは呆れていた。
「とりあえず、私は怒ってないわ」
 泣き出したオブシディアンの王をあやす。
「……本当?」
「本当よ」

 誰に、怒ればいいのだろうか?

 その言葉に、ドリームは顔をほころばせた。
「あのね! あのね! ヴォルケーノ王もね! ………」
 沈黙は、長かった。
「……いいわよ、無理しなくて」
「ぅわぁあああん!!」
「わーーだから泣かなくていいってばーー!?」
 おたおたとリールはあわてた。なんと、扱いにくいものか。まるでウィアだ。

ひょいっ
「!!?」
 リールがしゃがみ込んでドリームをあやすより、カイルが抱き上げた。そしてそのままレランに渡した。
「………」
 レランは悩んだ末にノルラド王に引き渡した。
「……」
「こっこんにちは……?」
 ノルラド王と、その手に首根っこをつかまれたドリームという、奇妙な構図が出来上がった。

 それぞれの獣王が、人の国の王に会う瞬間。

 新しい獣王。

 三国の王と獣王が同じく出会って、どうしたものかと悩んだり、すでに打ち解けたりしていた。

「ごめんなさい」
 そんな光景は見えていない。けれど。
 そっとリールはタイムを抱きしめた。
 その腕の中で、ゆっくりとタイムは首を振った。
「……僕は、ラビリンス王のようにはなれないけれど、――頑張るから!」
「――!」
 リールが、空を仰いだ時にはもう遅かった。

『いってきます!』
 四人の、声が聞こえたような気がする。

 再び光の塊となった王達が、空に上って一度集まり、そして散っていく。

「消えた?」
 “女性は大切に扱え”と、自前の理論を持ち出してゲートの頭を抑えていたシャドナスタ王。その押さえつけた顔がこちらに向かって舌を出してきた所で、光に解けて輝いた。
 まるで消えたみたいに。

「四人の獣達は、生まれて一年間は肉体を持ちません。その意識に受け継がれた前王の記憶を持って、世界を巡る――そして一年後、各国で種族の力が一番強い所で肉体を持ち、王となって種族を治める」
 エルディスならセレア、シャフィアラならあの島で。
 晴れ晴れとした顔でリールはその島の人々と、前王に引き続き新王のお付を勤める聖魔獣を振り返った。
 その顔はさっき泣いていたのが、嘘のようだった。だがそれも、心からの笑顔とはいない表情だったが。

「もう一度、四人の王は御前に姿を現すと、思います」
「ちょっと待て、今あの王にふれることができたぞ?」
 あの姿が意志の作り出した幻想なら、いったい。
「確かに、あれは王たちの“心”。彼らにとって人型は本来の姿でもないし。でも触れることができるようにすることぐらい、造作もないわ」
 だから王でありえる。

「おいむすめ――」
 ノルラド王がリールを呼んだ時、島の端から鈍い音がした。何かが爆発するような、壊れるような。
 大地が、揺れる。
「地震?」
「ぁあ、違う違う」
「何?」
「……」
 ふと、レランは嫌な予感に駈られた。
「娘! いったい……」
「見世物(みせもの)はこれで終わりよ! あとは一年後に国ごとに体を得るんだから」
「まさか――」
「そうよ! 四人の王がここにそろわないと代替わりができないから集まってもらうしかなかったのよ!」
 だから、四の王を引き合わす許可を求めた。獣王たちは、かつての言葉を無視しなかったから。
「“役目を終えた島は再び沈む、次に必要とされる時まで。”――この島が完全に沈むまで、約七分ね」

 早すぎるだろうと、早く言えとか、言う暇もくれないらしい。

「はい退却。沈みたいの?」

 誰か、何か言ってやれ。



 あっさりと退却宣言したリールに、しばらく、その場のみながついていけなかった。
 “なんだ? この娘。”
 わかりやすく、その場の心のほとんどを代弁している。

 だが次の瞬間に起きた揺れと、視線が下がって行く事に危機感を覚えたようだった。
 一斉に、船に向かって走り出した。

 輝いていた神殿が、振動に耐え切れない。柱は折れ、地に沈む。
 人々が進む大地は揺れて、走り辛い。

 その場から人々が撤退(てったい)するも、リールは動かなかった。崩れる神殿、ラビリンスの消えた空を、見つめる。
 その視線も大地と一緒に揺らいで、消えてしまうよう。

 ……このエルン大陸(島)が沈んで、シャフィアラ(島)の中和が終わる――そうしたら。

「リール?」
 ふっと、カイルは違和感に足を止めた。振り返れば、まださっきの位置を動いていない。
 てっきり、あのギミックの船に乗るのかと思った。
「おいっ」
「王子?!」
 一歩戻ったカイルに、レランがあわてる。
「行け、エルディスの王子」
 目の前に、リールを見る視界を遮るように下りてきたレピドライト。
「……シーン?」
「私が、お連れします。――シャフィアラまで」
「――っ」
 わかって、いたことだろう?
「どう、されますか?」
 その言葉は、本当は違う意味を持っていた。
 本当は、止めてほしかったから。だけど、それを言うわけにはいかなかったから。
「王子!」
 レランと、セイジュの声が重なった。
「――頼んだ」
 どうあっても、シーンの背に自分は乗れない。
 それは、あきらめる言い訳にしか過ぎないと、知っていた。

 これ以上、どうやって引き止める?



 海の中に沈みゆく島。

 各国の代表は自分達の船から、その様子を見ていた。
 そのうち、四国の船が合流した。それは、島が沈んで起こった波の偶然か、それですら計算していたのか。
 ひとまずはニクロケイルに戻ろうと、王の意見は一致した。長く城を空けるわけにはいかない。
 しかし、今回の事をどう考えるか、どう記録するか、考える必要があった。
 再び現れた黒い嵐雲を超えれば、空は真っ黒だった。明日の朝ニクロケイルに向かう事にして、船ともども眠りについた。




「――王子?」
 カイルは寝ていなかった。一人で甲板に立ち尽くして、今来た海路を見つめている。
 カルバード王はほうって置けと言った。しかし、自分が主としているのは王子だ。
 ……もう一人は、あとでたたき起こす事にした。
 カイルは何も言わなかった。近づいてくるレランに、近づくなとも、何も。もう囁いた声でも、主はわかってくれることだろう。
「何か、“忘れ物”ですか」
 こんな事をいうこと事態が、どうかしている。
「いや……――!!?」
 輝く月が、隠れた。その代わり、現れたのは“羽根を持つ獅子(レピドライト)”。
「ラビリンス王……?」
 その姿は、まるで光。黄金に輝き、羽根を羽ばたかせる。

 ――帰るのか?――
「どういう、意味ですか?」
 ――お主なら、と思ったのだが――
「……ですから」
 ――あの娘が本当に、エアリアス家を救いにきたとでも? ………――
 最後の言葉は、聞こえなかった。そのまま光となって消えた王。空には、元のように月が輝いている。

 だが、カイルにはわかった。

 ――止めて――

「っ!!!?」
 次の瞬間、船の針路を変えるように指示を出した。
 突然の変更に驚いた船長を黙らせて、何かを含んで笑う父親を睨んで。


 ――急がないと、いけない気がした。


 まに、あわない――?


Back   Menu   Next