聖魔獣 〜復讐〜


 カタンと、小さく物音を立てた。
「――」
 笑ってしまう――
 この家の誰にも見つからず、この家で誰よりも静かに、廊下を歩き、史書室を物色したあの頃。
 禁忌とされた本を読んだ机。
 一冊の本。

 真実を知って、すべてを知って。今。

 無力さを嘆いて、嘆いて、嘆いて、手に入れた力。

 ただ、泣く事しかできなかった十年前(あの頃)とは違う。

 ――絶対に許さない――


 もうシーンはあの島に着いたはずだ。新い王を迎える準備をしていることだろう。
 “新しい王”。

「……」
 ぎりっと、歯を噛んだ。
 でも、これで終わる。


 服の下から、小さな小瓶を取り出す。色はない。ただの液体。あえて、名前はつけなかった。
 これより先、この世界に存在する事が許されない薬。


 静かに、ゆっくりと時間をかけて蓋を開ける。
 この後の状況を考えて、口の端が上がる。

 右手に持った小瓶を、傾ける。

 それは、エアリアス家で最も多く使われる。飲料用の井戸の中へ――

「何をしている!!」
ガシャン!!

 腕をつかまれて、小瓶が落ちる。
 無理やりこちらを向けとかけられる力に逆らう。

 床に落ちた液体から、異臭がする。
 じゅくじゅくと、床が解けていくような。焦がされていくような音。
 灰色の煙が立ち込める。

「――てっ――放しっ」

 目の前で見た物が信じられなくて、知らず腕に力がこもっていた事も、リールはもがいて離れようとしていた事も、頭に入らなかった。

 これは、毒――

「何をしている!」
 さっきとはまた違う声で、カイルは怒鳴りつけた。
 一瞬、言葉も、表情も失ったリール。

「―――復讐」

 カイルは、息を飲んだ。

「消してしまうの、エアリアスと言う名を持つものを、その存在を」
 あの日誓った。
 薄れていく意識の中で、殺してやると誓った。
 皆消してやると誓った。

 ――十年、待った。

 真実と力と知識を身につけて、リアス家を滅ぼす算段を。

「――お前も、そうだろう」

「……死ぬわ」

バン!
 大きな音と共に、回りにあった桶が蹴り飛ばされた。
「ふざけるな! 何が残った! ――何も、種のない所に水を注いでも何もない!」
「――!?」
「ラビリンス王がお前を生かしたのは復讐のためじゃない!」
 かつては、はじめは、そうであったとしても。
「っ!?」
「殺すな―――生きろ」
「………」

 長い、長い沈黙だった。

「………ふ……っ」
「……」
「ひっ……く……ぅわぁああ!!」
 ラーリ様、ラーリ様ぁ!

 一段と、泣き声が高くなる。

 なぜ? どうして?

 お母さん、――行かないで。
 お父さん、――死なないで。

 ラーリ様、消えないで!

 ―――置いて行かないで!


 泣き崩れそうになるリールを、カイルは抱きとめた。
 カイルは知らない、その昔、何があったのか、ラビリンスとリールの約束も。

 ただ、自分を呼び止めたあの存在は確かだったし、そのあとやってきたシーンにしてもそうだ。

 だが、それはきっかけに過ぎない。

 泣きたいだけ、気の済むまで泣けばいい、そう思う。

 その姿が、再会してからこれまでで、一番小さく見える。まるで、幼い子どものような。
 泣く事をしなかった子どものような。

「……大丈夫」
 耳元に囁いた。

「傍に、――傍に、いるから――」


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