最後の国 〜国王の動き〜


「あの男は嫌いだ」
「………」
 めずらしかった。カイルがここまで逆上するのも。
「何? どしたわけ?」
 うっとうしそうにこちらを見るレランを捕まえて、問い詰める。
「いえ、シャドナスタ国王陛下が……」
「この国の王様?」
 そういえば、結局会ってない。情報は――カイルの様子を見る限り聞き出せたとは思えない。
「自分も数年以上放浪生活、いや、継承権すらなかったくせに、今王位に居るからとあしらいやがって」
「何? ここの王様ってそうなの?」
「今のシャドナスタ王は、前王であり父親であったレイグル様から政権を奪い取ったので有名だ。第四王子であり、継承権はなかったにもかかわらず」
 っと、漕ぎ手が少し前に説明していたが。聞いてないな、お前は。
「殺して?」
 父親と兄弟全員。
 茶化(ちゃか)すようにリールは言った。
「………」
 無言の肯定だ。
「母親の身分は低く、結婚は認められても王位は認められなかった」
「それが原因で奪い取ったわけじゃないでしょ?」
「知るか」
 ぼそっと、これ以上説明は面倒だと漏(も)らすレラン。
「………ま、いいわ。で、なんなの?」
 カイルを指差す。
「王子に負けず、癖のある方ですから」
 そう言い切ったレラン。単純にカイルは、嫌味と皮肉を聞くだけ聞かされて追い出されたらしかった。
「どちらにせよ前王の評判は悪かった」
 そして、この国に来て聞く言葉は、王の賛辞が多い。あれほどまでに国民に賛辞される王など、リールの知る限り知らない。シャフィアラの王とは大違いだ。
 憎らしげなカイルの呻(うめ)き。
「気にしなくていいわよ」
「……」
 いまだに愚痴を言っているカイルに、リールは声をかける。
「大丈夫だから」
 確信を持って有り余るほどの声に、カイルは黙った。――結局、何もできなかった。
「私一人じゃあそこに行けなかったもの」
 そう言って、リールは宿の自分の寝室に向かった。この国では旅人は優遇されるらしく、真ん中に談話室を挟んで左右に二部屋の寝室とつながっている部屋が借りられた。割安で。
「おやすみ」
「………」
 もう寝るのかと呆れたレランを無視してパタンとリールは扉を閉じる。乱暴にテーブルに足を乗っけていたカイルは窓の外を見た。夕日が沈みはじめる時間。窓に入る光が色を帯びていた。




「………」
 もう、夕飯の時間は通り越していた。しかし部屋の外はとても明るく、夜だと言うのに眠りを忘れたように騒ぎ立てる炎。特に下は酒場となっているので騒がしい。リールを部屋に見送ってから微動だにせずに本を読むカイル。壁際に立っているレラン。
「………あの小娘は……」
「?」
 ふと、口にするのも嫌そうにレランが言う。
「まだ、寝ているのか?」
 ゆうに数時間は経過した。夜の食事を取るなら、酔っ払いが往来(おうらい)する時間ではなくしかるべく時間にとってほしい。――主には。あの小娘はどうでもいいが。しかしあれが来ないと主が動かないのもわかっている。

「―――あの国(シャフィアラ)では、眠れないようだからな」

 幸福な夢に、囚われる。今でも、意味を量りかねる。

「どういう意味だと思う?」
「私には理解できません。あの島での出来事も、あの一族も。あの小娘の行動で――!」
 ざわりと、気配を感じて、レランは剣をぬき扉に近づいた。下の様子がおかしい。あれほどまでに騒いでいた酒場の盛り上がりが急に静まった。カイルも立ち上がった。下からここ二階に向かって階段を上がる五人の足音を聞きながら。

「「………」」
 ゆっくりと、小さな足音もたたずに近づいてくる気配。この部屋の前で止まる。

コンコン

「……」
 ゆっくりと剣を鞘に戻し、しかし柄から手を放さないで、レランは扉を少し開ける。廊下には四人の兵士と、使者らしき男が書状を掲げていた。
「お前達、本日国王陛下に謁見をしたものだな」
「―――そうだが」
 この国の印を押された書状を前に、レランは答えた。
「今一度陛下がお会いしたいそうだ。城へ参上しろ」
「今から? さすが覇王と呼ばれるだけあって。ずいぶんと横暴なのですね」
 扉を開いて、カイルが言う。
「黙って、従え。エルディスの王子」
 互いが互いを気に入らないと言うように、二人はにらみ合う。
「早かったわね」
「!?」
「………」
 背後からかかった声、現れたリールに使者が驚く。“早い”? また、何をしたのか。無言で振り返ってみると、口の端が笑っていた。―――何か、したらしい。
「何をしでかした小娘」
「ちょっとね」
 あっけらかんとはぐらかす。言うわけがないと知っているだけに、聞くことはしなかった。どうせ、今から幕が開けるようだから。下に下りると酒場は静まり返っていた。いったい幾人兵士を連れてくれば気がすむのか。剣を持ってはびこる兵士。例の使者が現れると、全員が嫌そうに顔を向けてきた。どうやら、この男は嫌われているらしい。
「協力感謝する」
「いいえ。できれば今度は、いきなり剣を持って押し入るのはやめてもらいたいものですね」
「うっわ。迷惑」
 同感である。声をあげたリールを男は睨みつけて酒場の外に向かって手を振った。すぐさま兵士は酒場から出て行き、残った男と三人も外へ出た。青く装飾された船に乗り込むと、舵取りが船を漕ぎ出した。



 いくつか小船を乗り継ぎ、細い道を歩く。歩くと言うよりは走りたいと言いたいばかりに急ぐ男のうしろを、まったく急ごうともしない二人が歩いていた。さらに、うしろにレラン。時々、男が振り返ってイライラとこちらがやってくるのを待っている。そして、男を待たすのももう何度目かわからなくなった頃。
「いい加減にしろ!! 何をのろのろと進んでいる!!」
「のろのろ?」
「普通だ」
「………」
「だいたい、夕食もまだだったのよ?」
「そうだな」
「………」
 やっぱり食べる気か。貴様。
「こんな夜中に来いだなんて非常識だし」
 お前が言うか?
「それに、」
 一度、わざわざ言葉を切る。
「あんた誰?」
「誰だお前?」
 そして、一緒に言う。
「――このっ!」
 やって来た使者が逆上したくなるのもわかる気がする。機嫌の悪い主と空腹の小娘の相手をしているのだから。こっそりとため息をつくレラン。
「お前達はただ従っていればいい!」
「いやね〜〜最低」
「非常識にもほどがあるな」
「エルディスの王子。……お前性格変わっていないか?」
「お前に礼をつくす必要性がないからな」
「………」
「相変わらずね」
 常識のある人間がここに居るとは思えない。密かに、レランは思った。
「何か言った?」
 こちらを睨む主と、振り返って問いかける小娘。今日も、明日も、騒がしいようだ。




 再び、アクアオーラの姿を映した扉が開く。入るのは二度目のカイル達と違って、リールは目の前を睨んでいた。
「………大丈夫か?」
「? 何をいきなり」
 問いかければ呆れたようにこちらを見上げる。何もないわけでもないだろうに。
「平気よ」
 少し、早くなるだけ。
 開かれた青の扉をくぐって、次の扉へ。

ぎぎぃぃいい―――
 重苦しく、古めかしい音と共に開いた二つ目の扉。ここは、謁見の間。歩き出した使者のうしろカイルの横を、一歩も遅れることなく進んだ。
 何を、恐れよと?
 深い青の色に染め上げられたマントを翻(ひるがえ)して国王が座っている。玉座に。白で統一された白に強調する、赤い絨毯(じゅうたん)。おそらく、あわてて召集されたらしき兵士達が周りに並ぶ。剣をあずけ、服装を厳しく制限されたこの場所。普通、これくらいの事をするのだろう。入り口から玉座の下までは遠く、高く、近くまで来ても顔がわからない。見上げようにも下を向き、ひざをついているのだから無理だ。

「陛下、彼らで最後です」
 使者が国王に意味のわからない言葉をかける。……意味がわからない?
「……顔を上げろ。お前達」
 いきなり本題らしい。見上げると目があった国王がすぐさま話をはじめる。リールは、一瞬ぱちくりと目を向いた。国王がその表情に言葉を止め、カイルが何事かと首を向ける。
「どうした」
「……もっと、歳食ってんのかと思ってた」
「…………」
 小さな声は以外にも響いたらしい。周りは、さらに静まり返った。うしろでレランが額(がく)に手を当てている。ついていけないと言うように。
「言っておくが性格悪いぞ」
「あんたと同じで?」
「「一緒にするな」」
「同類ね」
 すぐさま、リールは言い切った。沈黙した謁見の間。思いがけず言葉が重なりあった国王とカイルは睨み合った。
「娘、言っておくが私(国王)に礼を欠けば首がはねられても文句は言えないぞ」
「用がすんでもいないのに首をはねる趣味がおありならどうぞ、私以外の物好きにお試し下さい。そして、その場合私にそのような趣味はありませんので全力で逃げさせていただきます」
「………名は?」
「エアリー・リールと申します」
「それは本名か?」
「この場で申し上げなければならない理由はいかに?」
 またまわりがざわめく、剣に手をかける者、鋭い目で睨む者。どれもこれも、リールは気にとめもしない。

「―――まぁいいだろう」
 まぁ、しょうがないわねと思い、ぺこりと、リールは頭を下げ――
「どうせその者(エルディスの王子)と一緒にいるような女だ。“多少”のことは目をつぶろう」
 ――ようとしてやめた。

「お前達、これに見覚えは?」
「私のですが?」
 即答したリール。
「………」
 そう言って国王が隣にいた神官の持つ盆から取り出したネックレス。もうずいぶん前の事のようで、つい最近。セレアでセイファートに出会ったこと。もう、逢うなんて思わないし再び。旅をしているなんて。それに、ラーリ様……
 一瞬自分の見た物が信じられないと言うように顔に罅(ひび)の入ったカイル。じろっと、リールを睨みつける。
「なんであそこにある」
「あとで」
「………」
 どうやら、カイルはお怒り気味だ。当たり前だった、かしら?
「…………お前の物であると言う証拠は?」
 ぴし。その言葉にカイルがひどく反応した。何をふざけた事を、と。
「それは昨日まではなかった物。そして今日現れた物。この城で。ですから、今日謁見に来た来訪者を全員調べていらっしゃるのでしょう? そしてその来訪者は、私達で最後」
 怒鳴りつけそうなカイルを遮って、リールは言った。
「これは、なんだ」
「……私の言葉には肯定していただいたと思っても?」
「質問するのはこちらだ」
「答えていればいいと」
「これまで来た来訪者でさえ、自分のものだと偽っていたが」
「それは、騙(だま)せると思われているのですか」
「……簡素だがよいものだ、高く売れるだろう」
「そうでしょうね」
「誰も、俺の質問に満足に答えられていない。どこで手にしたのか、いつ、どうやって手にしたのか」
「そのために私に質問に答え続けろと。そんなことをなさらずとも私のものです。それなのに、こんな夜中に呼び出しておいて非常識ね――だっ!」
 いきなり痛みを訴えるリールに、国王ですら驚いていた。
「何すんのよ!!」
「時間の無駄ははぶけ」
 どうせ、何かしたんだろ。こんなのをいつまで相手にしている気だ? と目で訴えつつも、早くも帰りたいらしい。
「………」
 にやりとリールは笑った。少しだけ頭を下げて、まるで、そこに裾の長いドレスを広げるようなしぐさをする。そして言った。

「お初お目にかかりますニクロケイル国国王陛下。エアリー・リールと申します。ぶしつけではございますが、この度は私、とある方々からシーネリー様に預かり物を届けに参りました。―――すでに、届いてはいるようですので、確認の意味をこめて、私(わたくし)彼の方にお会いしたいと存じ上げますが。いかに」

 ころっと一変した態度。うしろでレランが一人寒々しさを感じている。あの小娘の態度が――まぁ、まとも? いや、これ以前の態度を見ればそんなものまやかしでしかない。そうか、だが、確かにエアリアスの名を持つものとしての教育は受けていると考えていいのか。それが普段の態度に直結していない事だけが明らかで。

「………お前達は去(さ)れ」
「陛下!!?」
 すぐさま、周りの兵士達に命令を下した国王。あわてたのは神官。
「もう、夜も更けた。明日のために休め」

(それ、私に言えることよ?)
(……白々しい)
 リールもカイルも、二人して批判的な態度だ。

「ですが陛下!! このような怪しい娘を信用なさりますのか!」
 神官の言葉を遮って、兵士を全員謁見の間から去らせた。変わりに、玉座のうしろ、カーテンの陰に隠れていた男が現れる。レランのように、常に自分の主を守護する護衛であろう。部屋には、六人のみ。隠れて窺(うかが)う気配も、こちらを警戒し続ける気配もない。警戒されていないといえば、それは嘘だが。

「―――ついて来い」
「なんで?」
「…………お前、今会わせろと言わなかったか」
「言ったわよ」
「だから案内すると言っているが?」
 国王の言葉が刺々しい。
「急に態度が変わると、信用ならないわね」
「………」
 それはお前の事だと、その場にいた者達は思った。


Back   Menu   Next