最後の国 〜アクアオーラ〜


 玉座のうしろ、青のカーテンを開いて表れた道を進んでいる。今度の壁は黒くぬられ、人が二人並んで歩く事はできないぐらいの細さだ。
「間違って他の道に進んでも、助けてはやらないからな」
「「そんなへまはしない」」
 忠告を促した国王は、一瞬の否定の言葉にまたも苛立ちをつのらせて進んでいった。

 数十分、ほとんど暗闇の中を進んでいた。先に光が見えてくると、そこは、広い洞窟(どうくつ)。天井は近いが、幅のある道。リールはずんずんと進み、国王の横に立った。何事だとうっとうしそうにリールを見下ろす国王。剣を取る護衛。――リールの知る国王の中で一番、若い。おそらくアズラルと同じくらいの歳。たぶん、三十歳くらい。目を引く光を放つ金の髪。すべてを見透かすとでも言いたげに鋭いダークブルーの目。しかし、そう睨んでもリールには意味がない。

「返していただけますよね?」

 一瞬、またもその場の皆の行動が止まった。国王はピタリと足を止め、何のことだと言いたげに思案する。
「………あの石か」
 リールは、無言で手を突き出した。もちろん笑顔で。しかし、
「返す事はできない。あれは証拠の品だからな」
「……」
「行くぞ、手間を取らせるな」
 目が合ったカイルに、ため息をつかれた。
「むかつく」
 ぼそっといい。苛立ち紛れにカイルの袖を引っ張った。それすらも面白そうにカイルは受けていた。旗から見れば微笑ましいといえなくもない光景だった。不穏な空気を読み取ったレランだけが目をそらしていたのに。

 豪華な扉、壁に描かれた紋様(もんよう)がこの国の歴史を綴(つづ)る洞窟。だんだんと灯火の数が減り、闇が深まる。時折、光に写るのはこの国の王の金の髪。闇に混ざるのは人の気配。そして、行き止る道。石の並び。一角を国王が押し、扉が現れた。

「隠し通路――城にはつき物って?」
 からからとリールは笑っていた。
「他言でもしたら首をはねてやる」
 護衛の男が今できないことを残念そうに言った。
「そんな暇人じゃないし」
 この国の行く末は、リールに関係がない。
「口の減らない娘だな、お前。まるで大違いだ」
 面白そうに国王が言う。
「何と?」
「我が妻と」
「妻?」
「ここの王は側室が十二人いる」
「十二!?」
 つぶやいたカイルを振り返ってリールが驚く。
「子どもが九人もいるくせに正室がいない。さぞや、跡継ぎ問題で後宮は荒れ狂うだろうな」
 楽しそうにカイルが言う。人事だから。
「心配はいらない。そちらこそ、次代のエルディスに立つ者は外交にひびが入りそうな王だろうな」
「………」
「選択肢がないのも考え物だ」
「それには同感」
「おい……」
「何言ってんの。事実よ?」
 言い切ったリールをカイルは睨む。
「へぇ、よくわかっているではないか」
「馬鹿にしてる?」
「いや、その点においては話が合いそうだと思うだけだ」
 他の点においては?
「そんなもの言わずともわかろう」

 “理解できない”。

 またも、リールはカッチーンと怒りをつのらせた。
「この同類共――」
ガキィィン――!!
 リールの言葉が終わる前に、剣と剣がぶつかる耳障りな音が響いた。洞窟に反響し、うるさい。どこまでも続いてきた道を音が走るように進み、やがて消えた。一瞬、護衛に目を向けただけだったはずなのに、国王は。なのに、剣から手を放すことがなかった護衛はリールに切りかかった。それを受けたのはリールの腕を引き寄せたカイルではなく、渋面をさらに苦しくしたような顔のレランだ。
「―――お前の主ではなかろう?」
 レランの行動に驚いたように国王は言った。
「……」
 言葉を言う事が必ずしも得策ではないとよく知っているレランは、黙って剣を受け止めていた。もし、自分がそうしなくとも、おそらく、いや絶対に誰も傷つく事はない。だが、借りに放って置いた場合、のちに自信に降りかかる災難のほうが深刻だ。王子は、見た目よりも敏感だ。この小娘に関しては。

 降り立った沈黙はとても長いもので、流れてゆかない。どさくさ紛れにリールを腕に抱いたカイルと、剣が混ざり合ったまま動かない護衛の二人。そして、何事も起きていないかのように立つ、国王。

ガキィン!
 先に動いたのはレランだ、その手に持つ大剣で相手の剣を押し返し構えなおす。弾かれた護衛は国王を窺い、レランを見据える。レランの視界の端で、カイルの腕から抜け出したリールが見えた。
キン!
 そして小ぶりのナイフを国王に向けて投げつけたリール。護衛の剣に弾かれて、カラカラと床を滑っている。国王の、足下。拾い上げて、この国の印を見咎めた国王の顔が動く。
「借りたから、返す」
「……」
 いつの間にあの宿屋の食堂からかっぱらったのか。

「……余興には十分すぎるな」

 そう言って一歩進む国王。怯えて端に隠れていた神官に声をかけ、開いた扉に手をかける。
ガジャーーン!!
「「「!!!?」」」
 上を震わせるように轟音が響き、今進んできた道への通路が塞がれる。
「なっ!?」
 そのまま、至極(しごく)当然とした顔をして、ニクロケイルの国王と神官と護衛であり重臣は別に開かれた扉を進む。帰路を閉ざされた来訪者は、濃くなる闇に向かい進むしかなかった。

「………結局、何がしたかったわけ?」
「それだけ、この先に国家機密があるってことだろ」

「なんでこんな所まで」
 先を進むカイルとリールに聞こえてはいても、そのレランの嘆きを聞きとがめる者は誰もいない。ましてあの二人は、気に止めもしなかった。



ぼっぼぼっ
 つながった火口を通って、回廊に灯(ひ)が灯(とも)る。石畳で埋め尽くされた空間。丸い天井を持つ洞窟は消え去った。直線が曲線を消し去って、整然と並んだ場所。いくつもの曲がり角、まるで迷路。現れた階段を下りる。垂直に降りていかないことが不思議なくらい、ほぼ真っ直ぐ降りていく。幾段か降り、曲がる。また降りる。下へ、下へ。ここはもう、海の中なのだろうか? ふとそんな疑問がリールをよぎる。
「王様」
 先を行く国王が、上を見上げた。
「ここは、城の真下?」
「そう思うなら、そうなのだろう」
「………」
カツ――ン
 はじめて、靴音が床に反響する。ここが、一番下。水に浮いた城の地下に、洞窟があって回廊があるなんて、誰が想像しようか。水面に浮かんでいるよりも、海の深い所に沈んでいる面積のほうが広いのではないだろうか。かつて、この城は大地の上に作られた。その時、これだけの地下建造物を作ったのだから、さぞや立派な建築士がいたのだろう。しかし今、これだけの城が水に浮いているなど、とうてい信じられない話だ。なぜ――?

「この部屋だ」
 人が出入りするには巨大すぎる石扉。丸く何かを封印するような印が象られている。もう何百年と動かした形跡のない扉。硬く閉まり、沈黙を守る。見下ろすように立つ、存在感。歴史を、見ることない扉。ここにあり、すべてを閉ざした扉。ここが、最終地点――

 国王が鍵を取り出した。よく目を凝らせば、小さく人が一人通れるだけの幅をした扉が見える。

「え? これ開けるんじゃないの?」
「無理だ」
「なんだ」
 残念そうにリールは言う。こんなにでかい扉、よほどの事でもない限り開けないだろう。これだけ大きな扉を開けて、通る必要があるものと言えば――

 鈴やかな音を立てて扉が開く。今までで一番重苦しい扉は、今までで一番静かに、よどみなく開いた。
―――!!!
 青い光が視界を奪う。水の音がする。水面に向かう泡たちがはじける音。目を見開けばその先は海。海とこの部屋との間に、ガラスで仕切られた空間が合った。そこは広く、そして狭い。周りを石で埋め尽くされた部屋。厚い二枚目のガラスの先には深い海。光も届かない。では、先ほどの青の光は――

 立ち尽くす三人、自然、視界は上に向かう。

「―――なんっ!!」
 言葉を失ったリールの視線の先。胸の前で手を組み祈るような格好で、足に枷をかけられた人影が見える。まるで水と見間違えるほどの水色の髪が、一定の水のゆれに漂う。その髪は長く、光と泡が髪を取り巻く。頭の上、右目よりには、一角の角が。下ろされた長い前髪に隠された左ほほは、少し落ち着いた青の鱗(うろこ)が覆う。美しい、青につつまれた……女性――?

 言葉を失った人間を前に、海よりも青く多くの色を帯びた目が開かれる。

「……あなたが?」
 視線はまっすぐに、リールに向けられている。



「感謝する。シャドナスタ国王」
 水の中を泳いで、いや、水が彼女を運ぶように人の近くまで降りてきて彼女は言った。
「いや」
 ガラスの向こうで、水中に浮かぶ女性。淡々とつむがれる言葉。冷酷とは言わないが無表情で。
「アクアオーラ……」
 はっきりと、リールはつぶやいた。彼女のいる世界を阻むガラスに手をついて。その手を向こうから重ねるように手を突いた女性。左手は腰に当てられている。見ようによっては眠そうに見える目が、リールを見据えた。
「私はシーネリー。四獣王の一人、アクアオーラの王」
 不思議な感覚だった。向こうの声はこちらに聞こえ、こちらの声は向こうに聞こえている。伝わる声に、振動されて水が波打つ。
「シーネリー……様」
「ラビリンスの使い」
 “ラビリンス”その言葉にリールは見てわかるほど震えた。
「ヴォルも、セファもラリスも元気だな。皆(みな)の意思は受け取とった。またラリスへ………あの石は?」
「どっかの国王様が返してくれません」
「シャドナスタ国王? それは、彼女に返して下さい」
「俺の気がすんだらな」
「……」
 そんなこと思いもしないと、シーネリーは口元に手を当てる。思案するように。
「まずは、質問に答えろ」
「これ以上私に、答える言葉がおありだとでも?」
 国王の言葉に答える気がないとシーネリーは笑う。
「それはそこの娘にも言えることだ」
「………」
 こちらを不審そうに眺める国王に向き直った。カイルとレランは、こちらに注意を向けていながらも、我かんせずと言ったように何も言わない。
「まず一つ、いつこれをシーネリーに渡した」
「渡してはいないわ」
「………ならばいつ手に渡った!」
「あの、本物には到底叶うほどないあの絵の扉の、前の池」
「………」
「ここに、つながっている?」
「あの小さな天窓から入る水は、そこから来る」
 シーネリーが挿した天井。いくつかの穴がそこにあり、水が流れてきていた。
「あの場所から、私は水の中に水晶を落とした。それが、絶対にシーネリー様に渡ると思って」
「よくまぁ、そのように確信できたものだ」
「それは、私の意志じゃないもの。その水晶にこめられた獣王達の意思」
 それが、私の役目。あの扉の先に進む事を拒むように重くなった水晶。まったく、首が折れるかと思った。それにこめられた思いの分だけ、別のもののように重くなった。まして、水面に腰を下ろせばひとりでに切れた鎖。ヴォルケーノ王が術をかけて、私が勝手に外す事がないようにしてあったのに。切れて、水に吸い込まれた水晶。――大丈夫だと思った。
「………で、寝たのか」
「案の定、押しかけてくるし。それに今だって眠いわ。おなか空いたし。いったい何時だと思っているの? 本当に非常識な人が多いんだから」
「………」
 だから、お前が言うなと言い切りたい。
「……しかたない。あとで食事でも用意させよう」
「言っておくが貸付は受けない」
「ならば、一人で帰るのだな」
 なんだってこんなにも仲が悪いのか、そうね、むしろコイツと仲がいいことのほうが異常なのかしら?
「おい……」
「なによ、何も言ってないわ」
 国王と睨みあっていたカイルがリールに声をかけた。
「久しぶりだ。こんなに騒がしいのも」
「……シーネリー様」
「なんだ」
「お聞きしても?」
「どうぞ」
「あなたが、この城を支えているのですか?」
 一瞬、傍目(はため)にわからなくとも、誰よりも国王の表情が強張った。シーネリーは腰に当てていた手を下ろして言う。
「そうだ」
 何よりも気高く美しい水龍。その力で、この城を支えろ――
「なぜ、このような所に幽閉(ゆうへい)されているのですか?」
「私の意志ではない」
「美しいものは、愛でるものだろう?」
 至極当然と言ったように国王が言う。ちなみにこの国王、趣味は希少なものの収集と、世界でも名高い美術品の鑑賞。それは、彼の言う美しいものすべて。
「この場所ではじめて彼(か)の王を見た時、俺は確信した」
「誰も何も聴いてないから」
「この城の特殊な状態と、過去700年前から歌われていた伝承の真実を」
 厳しいリールの突っ込みに、まったく何事もないかのような国王。
(つまり、この国の水事情は見た目より深刻って事か)
 年々増え続ける水の浸食。大地は飲まれ、水に浮いている地区も多い。仮に、地震。いや、津波が一太刀起これば、どうなるか想像できる。今だ安定しない海流。むしろここ数十年が一番ひどいと言ってもいい。
(なんで? 過去の記録から見ても、今年の海流の荒れ方は変だもの。いい加減落ち着いてもいいはずなのに)
 おかしいことと言えば、それだけではない。
「お前、名は?」
 唐突に、シーネリーが問う。
「エアリー・リール」
「そうリール。ありがとう」
「え?」
 まぶたを半分閉じたようにしていて、常に無表情だったシーネリーの顔が一瞬笑った。口元だけの笑みがとても美しかった。
「もう終わりだな」
 丁度時間だと言いたげに王が退出を促す。彼もまたシーネリーの表情の変化を読み取ったらしい。ずいぶんと高揚していた。
「やはりそこにいてもらう」
 彼は王となった時このガラスの向こうにいくつもの石や岩や宝石など、シーネリーの背景を飾るすべてのものを中に入れているのである。美しいものを美しいままで飾るのがとても好きな王である。このガラスも、日々磨かせているとか、いないとか。

「さようなら」
 一礼をして出て行くリール。振り返りもしないカイル。それにレランも続いた。最後に王が部屋を出て、扉は閉じられた。再び暗闇につつまれた部屋の中、一人、シーネリーの声が響いた。

「あなたのような方がいて、本当によかった」


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