最後の国 〜船〜


 その後、食事を用意させると王が言ったが、「眠い」とリールの一言で客間が用意された。朝が少し近い時間だが、皆眠りについた。

 と、言う事で。

「いただきまーす」
 朝食をウィルディア城でいただく面々。まぁ、レランはカイルの後ろにいて食べていなかったが。国王は興味深そうにしていた。カイルは、むしろ相変わらず不機嫌。
「別にここでなくとも……」
 つぶやきは聞かせたかったらしく、大きめに言っていた。しかし、リールが気に留めるはずもない。ちゃくちゃくちゃくと皿を空にしながら、朝も終わりを告げようとする時間にお酒を……
「飲むな」
「……ちっ」
 さすがに、まだ昼前だ。

 料理を賛辞する以外は無言で食事を続けるリール。腹の探りあい、からかいあいをはじめだした国王とカイルなど、目に入ってもいなかった。そして、この場で一番影が薄かったのはレラン。

「もういいな」
 ここの王に貸付を付けるのは嫌がったカイルは、食事が済むと早々に席を立った。
「ま、だ」
「………」
「国王陛下」
「……なんだいったい」
「そろそろ、お返し下さい」
 “いい加減で返せ。”
 リールの心情を正確に読み取って今の言葉を言うならば、こんな感じだ。
「そうだな」
 いったい、何を掛け渡したのか――

 まだ何か聞き足りなそうな国王に礼を言い、三人は城をあとにした。



「ん〜やっぱり外がいいわ!」
「そうだな」
 なぜか、脱力したようにカイルが言う。
「………これでいいのか?」
「いいわ」
「そうか」
 あと、何をする?
「……」
 リールは石を握り締めていた。ぼんやりと進む足。宿屋に向かい、三人は歩いていた。そこに行くまでには渡し舟に乗り、橋を渡る必要がある。最初の渡し場に来たときですら、リールは少しぼぉっとしていた。
 ねぇ、ラーリ様。これで――
 それでも、カイルは三人分の船賃を支払っている。案内の言葉に任せ、リールが渡し船の中に片足を乗り込ませたとき、それは起こった。

「今だぁ!!」
「!!?」
 申し合わせたように、別の船から二人の男が渡し船に乗り込んだ。

「なんだ!?」
「――っ」
 一瞬の気の緩みが、あったと、自覚しても足りない。
「!!!」
 レランが入る隙も、カイルが入る隙もなかった。乗り込んだ二人の男が、前方の船から伸ばされた鎖をくくり付けて渡し船が持っていかれる。

「のっとられたぁ!!!?」

 船渡し場の案内人の男があわてふためく間に、カイルとレランは走り出していた。



 渡しの船の中には、櫂(かい)を漕ぐ人も案内人もまだ乗り込んでいなかった。ただ乗客だけがいた。うろたえ、あわて、騒ぐ人。ざわめきだす渡し船の中に怒鳴り声が響いた。
「うるっせぇ!! もっと黙っていられないのか!!」
「………は?」
 ようやくリールは、ここは海の上で、乗り込んでいた渡し船がすでに動き出していると理解した。どうやら、新手かどうかはわからないが海賊の類(たぐい)? しかし、こんなに小さい船をのっとってどうするつもりなのだろうか。
 小さい船ではあるが、それでもしっかりとしている。乗り込んで船尾にある階段。開けた船と言うわけではなく、少しだけ盛り上がって樽(たる)のような蓋(ふた)をされている場所が座る場所。きっと波が荒れていても、乗客がぬれないようにしているのだろう。そこに下りると椅子は左右にあり、片方に六人くらいは座れる。小さな窓は頭の上くらいにある。櫂を漕ぐ場所と手すりがめぐらされた甲板は上。

「ふぎゃーー」
「黙らせろ!!」
 泣き出した赤ん坊に怒鳴りつける男達。ぎろりと、リールは視線を巡らした。中に降りろと言われるうちにもう町の水路を出て海にいるらしい。と言っても、リールにここの地理はわからない。乗り込んでいた乗客はリールが最後、赤子を連れた女性と、老齢の婦人。双子男の子、おじさん。それに、老人に少年。
 対して剣を持って突きつける男。もう一人は座席外で、他の仲間と連絡を取っているようだ。
「女! 何を突っ立っている! 座れ!」
「………」
 黙って、リールは腰をおとす。
「その武器を渡せ!」
 目に見える二つの剣を、引き抜いて渡す。
「いいもんもってんじゃん」
 その言葉に不快感をあらわにすると怒鳴りつけてくる。取り合わないように視線を外すと、怯えている女性と目が合う。
「おとなしくするんだな。言っておくがお前の一言でここにいる誰かが海におちる事もありえるぜ!?」
 叫ぶようにそれだけ言って、男は甲板に上がった。唯一ある入り口を外から閉じられるのだけは避けたい。
「あの……」
「あんだ!?」
 十六歳くらいに見える少年が去ろうとする男に声をかける。一瞬の違和感。まるで偶然のようで、計算されたような行動。
「僕達は、いつ帰してもらえるんですか?」
「帰れると思っているのか?」
 不吉な一言を言い残し、男は今度こそ出て行った。
バァン!!
「……困りましたね。僕にも用事はありますし」
 独り言のようにつぶやかれた言葉。今の状況にあわない。その違和感を傍目にみてはいても、リールは自分が行動を行なう事を優先した。
「……この船を、操縦できる人は?」
「何をする気だい?」
 問いかけたリールに、警戒心をあらわに老人が問う。
「静かに」
 リールは、じゃがれた声の高さを下げるように言う。
「黙っておとなしくしておれば命までは取らんよ。お前さん、何かして殺されでもしたらどうしてくれる」
「生きて帰すはずないでしょう?」
 はっきりとリールは言い切った。
「勝手な事をして殺されてはかなわん」
「………」
「俺は操縦できる」
 険悪な雰囲気がリールと老人の間で流れる。それを遮るようにおじさんが言う。
「お前、この国の外の人間だな。観光客か? まぁそれはいいが、この国で船の操縦ができないのは赤子だけだよ」
「――水の終結地――」
「その通り。それに心配しなくていい、誰だって大事なのは自分の身だ」
「ねぇ! 近づいてくるよ!」
 所在無(しょざいな)く窓の外を見ていた双子の片割れが言う。
「………船?」
 合流するらしい。最初、早い速度でこの船を引っ張っていた船との距離がどんどんと縮まっている。二人の男はこちらを見向きもせずに手を振り、縄を用意している。
「何をするつもりか知らないが、」
「ここからもとの場所に帰るのは簡単なのね」
「―――? ああ」
 老人の忠告を遮(さえぎ)って、リールはおじさんに問いかける。
「なら、お願いするわ」
「お前、何を――」

 男の言葉を最後まで聞かない。リールはきっと、入り口を睨みつける。

すうっ
「っきゃーーーー!!!?」
 ある意味でわざとらしい悲鳴が響いた。乗っていた人たちが何事かと目を丸くする。
「なななっなんだ――ぐぇ!?」
 叫び声に驚いた男があわてて入り口を開ける。覗き込んできたところを狙(ねら)って中に引きずり込ませ、首を絞める。そのままみぞおちに一発。
「おい――? どうした?」
 もう一人がいぶかしんで入り口に少しだけよる――――次の瞬間!

「――」
 しゅっと、風を切ってリールが甲板に上がり出た。

「おまっ!?」
 すかさず長めのブーツに隠してあったナイフを投げつける。
「ぎゃ!?」
 男が驚いた瞬間。突き飛ばして手すりに叩きつけた。
「おーーい?」
 大きな船の上から声がかかる。下ろしていた梯子を上ってこないことを不思議に思ったようだ。甲板に上がってきたおじさんと老人が驚く間もなく、リールは甲板に置かれていた剣を拾い、梯子を上がり始めた。すばやく。
「おい? ―――なんだおまっ」
 おそらく下っ端らしい男が言葉を続ける事はない。甲板に上がりあがりながらばっさりと切りつける。さほど、深くはない。
「何者だ!?」
 うめき声とただならない空気に、船に乗っていた乗組員。いや、海賊の仲間達はリールを睨みつけた。
「ただの旅人よ。ただし、」
 切っ先を突きつけ、前を見据える。

「私が乗っていた船をのっとった事を後悔させてあげるだけ」

 それからあとは、海賊達の悲鳴だけが聞こえていた。


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