最後の国 〜少年〜


「なっ」
 ぎゃーと、悲鳴が聞こえる。この上に登った女は大丈夫なのだろうか。
「助ける気でもおきたの? まっさかね、さっきまで自分の身が大事だって言ってたし」
 少年が、にこにこと出てくる。
「何……?」
「ほら早く行った。彼女の足手まといは早々に去るべきでしょうね」
 そう言って、少年も今だ下ろされたままの梯子に足をかける。
「お前も行くつもりなのか?」
 驚愕しておじさんが言う。それには答えず、少年は渡し船を蹴り飛ばし、横付けされていた状態を少し引き離す。
「何をぼーっとしているんですか? まさか、赤子でも覚える船の操縦ができないとでも?」
「まさか……」
「彼女は囮(おとり)を買って出たんですよ」
 気がついていなかったのかとでも言いたげな少年。

「役立たずは、早く帰ってくださいね」

 にこやかに少年が言い切って、渡し船をあとにした。呆然と立ち尽くした老人を置いて。
 すぐさま呆然と立ち尽くす老人を残し、おじさんと老婆は渡し船を漕ぎ出した。
 そう、小さな赤子の乗る船を――



 息を切って、カイルとレランは走り出した渡し船を追っている。海に飛びこめと言われれば飛び込まないこともないが、追いつくまでに体力が奪われる。どうも海賊らしい。何が目的で――
 そうこうするうちに渡し船は町の海路を離れ、海に出てしまった。
「――ちっ」
 舌打ちをして見送る。と、うしろから警吏と渡し場の案内人があわててやってきた。
「おい、お前」
 そこには警吏の上官もいるのに、皆(みな)道の終わりに立つ男(カイル)の威圧感に恐ろしさを感じた。容赦(ようしゃ)なく案内人を睨みつけて、カイルは言う。

「いったい、あの船に何を乗せている――?」



「十四!」
 その言葉の通り十四人の海賊を切り捨てて、リールは剣を構えなおした。
「まだ来ないの?」
 余裕を見せ付けるかのように笑う。
「この女……」
 逆上して手でも足でもすべらせてくれればリールの狙い通りだ。
 二振りの剣を構えることにはなれないリールでも、この人数には両手に剣を持たざるを得ない。
(もう、平気かしら?)
 泣いていた赤子は安全な場所に、怯えていた双子は親のもとに。
(大丈夫、よね)
「どこを見ている!?」
「………」
 大柄な身体を俊敏に動かして襲い来る男。少しだけ海に向けていた視線を戻して剣を振るう。
「――っ」
「はーーはっはぁ!」
 思いがけず肩に痛みが走る。―――どうやら、男の武器は目の前の大剣だけではないようだ。
「やってくれるわね」
 片方の剣を鞘に戻して、リールは男を睨みつけた。



「何、と申されますと?」
 冷や汗を流しながら、案内人が問いかける。
「俺の質問に答えろ。あれは、人を乗せる以外の目的に使用しているなと聞いている」
 はっきりと震えだした案内人は、かすれるように言う。
「それは、もちろん。例えば積荷や、」
「中身は?」
「………」
 いつになく、カイルは機嫌が悪い。誤魔化(ごまか)そうとそうとする者から切り捨ててもおかしくないくらいだ。実際、何か起こればレランに切り捨てられる。例えば、逆上して襲い掛かれば。
 しかし、そんな命知らずはいないようだった。ただならぬ気迫に押し黙る。それもまずい。
「……毒薬か?」
「そんなばかな! ―――っ!?」
 即座に否定した男。―――もう、逃げられない。
「では?」
 一段と笑みが濃くなったように、まるでカイルは尋問するようだ。

「あの、船には……」

 答えを聞いたカイルとレランは、驚愕に目を見開いた。



「おっと、鈍くなったなぁ」
「………」
 事実だ。確かに、最初に比べればリールの動きは鈍い。

「おい!? あれはまさか!!?」
「あんだよ! 邪魔をするな―――なにっ!」
 にやりと、リールの口元が笑う。渡し船が、町の水路に向かっているのがわかる。今の今まで気がつかなかったとは。
「まぬけね」
 小ばかにするようにリールはつぶやいた。
「お前……まぁいい。お前を憂さ晴らしに切り刻んでやる」
「無理よ」
「何」

「そんなに、とろくないわ」

 リールの言葉が終わらないうちに、甲板に立っていることが許された三人の男達は同時に襲い掛かった。



「おい!! あれを見ろ!!」
「船が帰ってきた!!」
 警吏と案内人が指差した先に、渡し場の船が見える。よく見れば、その向こうに海賊船。今では水路を滑走した面影はなく、海賊旗がはためいていた。

 近づいてくる船。出てきた男が碇(いかり)を下ろし、縄をこちらに投げてよこす。嬉々として案内人が港に到着を促す間に、カイルは問いかけた。
「中にいるのは全員か」
 その、ほぼそうであるだろとでも言いたげな言葉に、男は苦(にが)いものでもあるかのごとく答えた。
「いや、オレンジの髪色をした旅の女剣士と、赤茶色をした髪色の少年が、あの船に残った」
 そう言って指された海賊船。カイルは頭をかかえ呻いた。
「リール」
「なんと!! まだ人があそこに!?」
「ああ、囮となってくれた。――誰か、手を貸してくれ。婦人方は怯えきってしまっている」
「おい! 何人か中に!」
「それより前に船を出せ」
 低い声でカイルは警吏を脅した。
「なななっ! なぜに……?」
「聞いていなかったのか? 連れがまだあそこにいる」

 カイルが警吏の上官を脅迫しているのを横目で見ながら、レランには渡し船を操縦しここまでやって来た男の言葉が引っかかっている。
(赤茶色の髪をした、“少年”?)

 まさか、な―――



 形も大きさも違う剣が三本、リールの身体を引き裂こうと襲い掛かる。
ガキン! ガキーン!! ざしゅう!
(一人、二人、―――三人!!?)
 一人目の剣を受け流し、男を床に倒れこませる。二人目の剣を受け止める。しかし、三人目の剣がリールを襲う――前に三人目は倒れた。背中に、突き刺さった槍。
「おい!? どうした!」
 リールと剣を交える男が声をかける。倒れた大男のうしろに、見える人影。
「誰だ!」
「こんにちはーーお邪魔してます」
 あっけらかんと、少年の声が響いた。
「誰?」
「なんだ貴様!!?」
「ひどいなーー僕はあの船にいましたよ。なのに、誰だなんて」
 ぷりぷりと怒るように、ほおを膨らませている少年。そして、その顔は海賊に向けられる。
「まさか、なぜ僕が海賊に名乗らないといけないのですか?」
「な………」
「………」
 そういえば、いたわね。
 絶句する海賊を余所(よそ)に、リールは頷く。
「思い出していただけて光栄です」
「はぁ……」
「どっちにしろ殺してやる!」
 われに返った男が剣を突きつける。しかし、その剣は少年に届く前に手から落ちた。
「あらま、おしい」
 ちっともおしくない。槍と剣では、届く範囲が違いすぎる。
「もうちょっと長い剣を持っているといいですよ」
 声は、聞こえない。
 どおと倒れた男の腹に穴が開いている。引き抜かれた槍から血が舞う。
「とっ! 飛んでいませんか?」
「いいえ」
「そうですか。―――それでは、申し訳ないのですがこの船を動かすのを手伝っていただけませんか?」
「いいわ」
 いきなり現れた少年の実力に驚きながらも、快くリールは頷いた。



「お前、あの女の知り合いなのか」
「そう言っている」
 強引に警吏に船を用意させるカイルに、おじさんが声をかける。
「そう、か」
「………何をしたんだ?」
 何かしたのか? ではなく、何をしたか。
「……よくわかっているんだな」
 あの女の事を。
「………」
 少しだけカイルは沈黙し、言った。
「何もしないとは考えられない」
「そうだろうな。――どうも、赤子を無事に逃がしたかったようだな。それと、子どもを」
「……」
 カイルの視線の先に、陸地に出てきた母子と双子の子どもが目に入る。
「本当なら俺達がする役目だ。しかし、俺はこの船を無事に港に戻す必要がある」
「………ならば」
「おい!! あれを見ろ!!」
「――?」
 うっとうしそうにカイルが視線を向けた先。海賊船が港に近づいてくる。
「整列! 攻撃準っ」
 攻撃を始めようと支持する警吏の上官を剣の柄で昏倒させる。あわてふためく警吏を無視して、カイルはリールの無事を知った。




「もう、いいですよーーあとは風に任せて」
「そう」
「あ、でも僕が合図をしたら碇を下ろして下さいね」
「………」
 どっちなのよ。
 いわゆる命の恩人? になりきらない少年をリールは睨む。話を聞くとリールがはじめ甲板に上がったあとすぐ梯子を上ってきたらしい。なんですぐ出てこないのかと問い詰めると、だって怖いじゃないですかとはぐらかされた。
「何よ、あいつ」
 なんだか、よく似ている気が、
「――しないわね」
 もう、港は目の前。気づかうような視線が向けられている事に気がついていた。



「おーらい!」
 掛け声と言いたげなつぶやきと共に、少年が港に船を横付ける。梯子を下ろしてリールが船を下りる。
「大丈夫か?」
「ええ、それに、彼が助け」
「女!」
 言葉が終わらないうちに、声をかけられた。途端に不機嫌になったカイルが、うしろを振り返ると、ひっと息をのむ音がする。リールが肩越しに視線をむけると、老人やおじさんがいた。声をかけたのは老人らしい。息を飲んだのは背中を支えられて起き上がっている警吏? あ、そうだ。
「あの船、海賊達が伸びていますから」
「は?」
 汗を拭きながら、警吏の上官が問い返す。
「捕まえるなら今。逃がすなら放置」
「お前たち! 全員縛って来い!」
「「「「「は!」」」」」
 ばたばたと警吏たちが梯子を上る。
「他の方々は無事で?」
「ああ、今さっき迎えが来た」
「お前さんに、礼を、と」
 老人が一歩踏みでて言う。
「私だけではなくて、彼にも」
 リールは遮って上を仰ぎ見た。そこには、警吏に邪魔されて梯子を下りられなくなった少年がようやく下りてくる。
「こんにちは」
 一瞬、ほんの一瞬。少年とカイル、レランの視線が合わさった。
「―――誰だ?」
 カイルは、リールに聞いた。
「途中から、助けてくれたわ」
「………」
 ひくりと、少年の顔が引きつった。
「―――そうか、連れを助けてくれて礼を言う。そうだな、礼をしたいんだが俺達はここニクロケイル(ここ)に詳しくない。どこか、落ち着いて食事ができる場所を知っているか?」
「……ぇえっと。そうですね。では案内します」
「そうか。行くぞ」
「はいはい」
 何か言いたげな警吏を二人して無視し、すまなそうな老人と感謝するおじさんに声をかけ、四人は歩き出した。


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