会議 〜叶えたい願い〜


 あっけに取られて、部屋の中は沈黙した。誰もが、何も言うはずがないと思っていた。こんな所までくる女。どうせ、エルディスの王子の遊び相手か何かかと思った。
 しかし、すぐに先日の会話での行動、発言について思い立ったことのあるのはニクロケイルの王。そして、一見の価値があるのかもしれないと思ったアストリッドの王。

「聞いてみたいな」
「言ってみろ」

「陛下!?」
「王!?」

 アストリッドとニクロケイルの親子はそれぞれに言葉を返す。カイルがゆっくりと、目だけを離さずにリールを見る。その場にいて、ほとんどいないような護衛たちも息を飲んだ。
 すべての視線を集めて、リールは口を開いた。

「かつて我らが共に時を過ごし、今四の大国に存在する聖魔獣。

海を裂く者――アクアオーラ、その王シーネリー。
地を割く者――オブシディアン、その王ヴォルケーノ。
地を駆ける者――ルチルクォーツ、その王セイファート。
最後に空を翔る者――レピドライト、その王ラビリンス。

彼らが再会する事の承諾を」

 よどみなく揺るぎなく、リールは一息に言い切った。

 そして、しばらく時が刻まれている事を人々は忘れた。
 誰もが、言葉を見失ってしまったように、何も言えなくなった。しかし部屋の中は沈黙した。まるで何もなくなってしまったように。生きるものも動くものもいないかのような静けさ。誰も、何も言わない。

 それでも、リールは前を見据えていた。まるで、ここに居ることですら、目の前にいる人物たちですら通過点であるかのように。ただ、先の未来に会いに。

 水を打ったような静けさに、突然、パシャン! と、水音が響いた。護衛の中でも特に警戒心の強い者達が構える。

「私からもお願いする。三国の代表」
 響かせるような声が響き、いつの間にか足下をぬらしていた水が盛り上がる。ゆれる水があっという間に人の形を取り、リールに腕をかける。

 首筋に絡むようだ。

「何者だ!」
 突きつけられた剣に怯えもしない。
「私はシーネリー、アクアオーラの王」
「どこから、入ってきた」
「入ってくるも何も、私を捉(とら)える水牢に入ってきたのはそちら」
「どういうことだ」
 ノルラド王はシャドナスタ王を睨んだ。
「ここのほうが、雰囲気が出るな。さすが、芸の余興より面白い」
「そういう問題か」
「そういう問題だ」
「それはお主だけだ」

(それにカイル、ね)
 険悪な雰囲気の流れる王たちの横で、涼しげに腕を組みなおしたカイルを見た。やはり、“同類”だ。はっきりと言葉に出さないで実行に移しているだけ、むしろカイルの方が性質悪い?

「とにかく、聖魔獣を再会させるなど許可できない」
「おいおい? なぜ勝手に決める?」
「どういうことだ、貴殿(きでん)は、賛成だとでも?」
「俺か? さてね。―――エルディスの代表は?」
 含むものを隠しても、隠し切れない。シャドナスタ王はこれまでおとなしくしていたカイルに声をかける。
「………」
「お前が連れてきたんだ、その娘の考えに賛成だと思われてもしょうがないだろう」
「“思われる”? まだ疑っておいでですか」
「………」
 どうやら、この男は賛成らしい。
「ふざけた事を、かつての悲劇を繰り返す気か?」
「そのような事は、ありません」
「なぜ、言い切れる?」
「それは――」
 一瞬、シーネリーは黙った。
「娘、お前は事の重大さを知っているのか。そして何が起こるのか」

「彼女はただラビリンスの望むままに手と足になっているだけ」

 口を開きかけたリールを遮って、シーネリーが歌った。そして、言葉の中の違和感を王たちは確信した。
 特に、シャドナスタ王は。本名は別にあると言っていたととってもおかしくない娘の言葉、ここに来て言った言葉。つまり―――

「まぁまあ、落ち着いて」
 ある結果を導いたシャドナスタ王は、それでも別の言葉をあえて口にする。
「どうやら賛成が一、反対が一、どちらでもないが一。どうするつもりだ? それに、四獣王たちを引き合わすには四国の王の承諾がいる。――残りのシャフィアラの王は、どうする?」
 カイルが、はっとシャドナスタ王を見た。
「―――シャフィアラ? そんな、あとでどうとでもなることなど気にしないで下さい」
 カイルの危惧(きぐ)もむなしく、リールはシャドナスタ王の求める答えを口にした。
「どうとでも? でも、申し上げる必要があるのでは?」
 この状況を嬉しく思ったシーネリーの言葉が、少し沈んだ。まだ、王はいるし、今だってうまくいっているわけでもない。

「いざとなったら薬で一ヶ月間くらい眠らせます」

「誰だ、貴様」

 軽く問いかけていたシャドナスタ王の声が鋭い。今度はリールがはっとさせられる番だった。きりっと唇を噛む。どうやら、ここまで来てはぐらかすわけには行かなくなっていた。さすが、一国の王と言うだけあると思う。シャフィアラの王と同じだと思っていた、どこかで。それが大間違いであった。
 はっきりと真実を求めてくる視線。―――何を気にするの? 私は、ラーリ様のために――

「………私は、エアリアス・リーグラレル・リロディルク」

 リールの言葉が部屋中に響き渡った。視界の端で、カイルがひじをついた手の上に頭を置いた。


「―――へ?」
 カイルのうしろで暇を持て余していたセイジュはまぬけにも問いかけた。他の王の護衛たちが驚愕に声を失っている間に。
「………」
 レランは、そんなセイジュの足先を踏みつけた。
(――でぎゃ!? 何すんだよ!!)
(うるさい、少し静かにしろ)
(ふざけんなよ! お前だって聞いただろう? あのシャフィアラのエアリアスだぞ! もし本物なら――)
(……)
(“本物”、なのか―――!!?)
 遅れてセイジュが驚愕する中、ノルラド王がきつく言った。

「ふざけた事を言う必要があるか」
「しかし、本当にレピドライトと交流があるのなら、シャフィアラの民」
「知っている」
 ノルラド王はシャドナスタ王を睨む。
「冗談は慎(つつし)む事だな」
「で、その証拠は?」
 またもノルラド王はシャドナスタ王を睨む。涼しい顔をしてシャドナスタ王はリールに問いかけた。
「―――証拠?」
 さて、どうしたものかとリールは思う。
「その“奇跡”を見せろ」

「人を不死にできるものなら、すでにエアリアス家の者達がなります」

「――?」
「いまだかつて誰も不死になった者はいない。それは、代償と失うものの重さを知った初代エアリアスの意思。彼もまた、その身を長く生きながらえる事ができただけ、誰しもが、不死になってはいけないと知っているからこそ私達は生きる―――人は、死にます」
 いつか、いつか必ず。でも、だけど、だけど――
「つまり、誰かを不死にすることはない、と?」
「ええ」
「とんだ茶番だ。おい、この女を追い返せ」
「それは困ります」
「何?」
 ノルラド王の命によって動いた護衛が、レランの剣に制される。そして、カイルの言葉。
「お主は、事の重大さをわかっていない。この娘がエアリアスの者であるなど」
「事実です」
「は―――ずいぶんと感化されたものだな、エルディスの王子という者が」
「お前、本当にエアリアス家の人間なのか?」
「はい」
 相変わらずノルラド王などいないかのようにシャドナスタ王はリールに問いかける。ぴしりと、ノルラド王の額に青筋がたつ。
「ならば―――最近海賊が暴れまわっている。残された少ないエアリアス家の薬を奪い高く売りつけるためにな。この国ではそれで命を持っている奴が何人かいるらしい。元々高いものに手をつけられるのは貴族達だが。―――なぜ、来ない」

「当主は死にました」

「はっ?」
「これから、薬が出回ることはなくなるでしょう」
「まだ生きながらえている者達もいる」
「それで、」
「生きながらえている、見過ごせと!?」
 シャドナスタ王が声を荒げたのは初めてだった。
「―――勘違いしないで下さい。ない知識で彼らを生かさせたのはそちらです」
「なっ」
「私達が、あの国で誰かの病を治すのに、通常どれほど時間がかかるか知っておられますか? 日々走り回る姿を。昼も夜もない生活を」
 ローゼも、シャスも、ウィアだって、もう仕事をしなければならない。人が死んでいくのを見つめて。
「お前達が特別だとでも?」
「いいえ。境遇はいろいろです」
「だが、まさか勝手に薬が出てきたわけではないだろう」
「それは、当主の、」
 あの救いようもないくらい、自身の利益だけを追求した小父の所為。
「ならば、エアリアス家の行動だ」
 リールはぎりぎりと歯を噛んだ。所在無(しょざいな)い怒りをどこにも、ぶつけられない。なんで、なんでここまで来て、邪魔をするの? 勝手に不死を求めて、かき回して。その存在のあとだけ残して死んだなんて――
「………どなたか、その薬をお使いなのですね。ニクロケイル国王」
 あれでも、小父だってその知識を持つ者。
 はっとして、部屋中の人々がシャドナスタ王を見た。

「―――娘が、一人――」

 それは、一度は正妃にと歌われた女性の残した形見。


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