変化 〜呼び声〜

 がたがたと、山道を馬車が走る。空は曇っていて、どことなく道も森も薄暗い。
 従者は二人で、一人は薄暗さに怯えている。一人は気にした様子もなく、鼻歌交じりに馬を操っている。
 どこかで、動物の鳴き声が――やんだ。


 黒い影が、森の中を音もなく進んでいた。足早に進む影の先に走る馬車があった。
 そして影が止まった。山の斜面を覆い尽くすのは、黒い、黒いマントに身を包んだもの達だった。暗闇にまぎれながらも、しかし、体格の良さは隠しきれない。
 男ばかり――数は三十。一番高い所で馬車の様子をうかがっていた男が手をあげた。
 それが、合図だった。


 がたんと、馬車が大きく揺れた。中にいた二人の女性が目をむく。何事かと一人が動いて、もう一人に止められた。
 正しくは、紺色のたっぷりとしたドレスを翻した女性に、その侍女らしき質素なエプロンドレスを着た女性が懇願していた。
 外では、懇願と抵抗と怯えと脅しが入り混じっていた。
 だけど、抵抗もむなしい。脅すように金属がぶつかり合って耳障りな音がする。
 囲まれてしまい、馬は落ち着きを失う。
 馬車を囲む山賊たちが去った後、残されたのは馬のなくなった馬車と、馬を操っていた男二人と、一人の侍女。



 夕焼けが、城壁を赤く染めている。夕食の食材を求める婦人と、岐路につく人でごった返すエルディスの城下町。
 それもまた、日常の光景だった。


「王子妃様がさらわれたーーー!!!!」
 唯一日常を逸脱して騒がしい場所といえば、ここ、エルディス城内だけだ。
「……なんだいったい」
 意味不明なことをいう兵士に呼び出しをくらい、意味がわからないままやってきたカイルは心底あきれていた。
「王子様! わたくしの首をおとりください!!」
「いえ私を!!」
「わたしが!」
 目の前に転がり込むようにひざまずく三人の男女。カイルは静かに眉根を寄せた。
「だから、なんなんだ」
「王子様。それが、王子妃様が山賊にさらわれまして……今のところ身代金の……王子様?」
 その場にいた侍女と従者達が青ざめる中、カイルの表情の変化に誰もが言葉を失った。
 ……笑っている……
 かすかに口元を上げているだけであったはずの王子の笑い声が、だんだん大きくなる。
 ひとしきり笑って、カイルはレランを振り返った。
「どう思う?」
「山賊が哀れでなりませんが」
 国一番の哀れなレランに同情される山賊たち。
「王子様!!」
 あの時、王子妃のすぐ傍にいた侍女が体を震わせている。本気で怒っている。
「いや、お前を侮辱しているのではないし、心配していないわけでもない」
「そういうことを言っている場合ではありません! 王子妃様に何かあったら!!」
 食い下がる侍女を手で制して、カイルは問いかける。
「何か言っていなかったか?」
「……ぇ?」
 突然の言葉に、侍女は言葉を失う。しばらくして、思い出してはいけないものを思い出したかのように、小さくなって小さい声で言う。
「“最近運動不足だったし、ちょうどいいわ”と」
 満足のいく答えをもらったかのように、カイルが笑う。再び、後ろに向かって問いかける。
「どう思う?」
「山賊が哀れでなりません」
 おそらく、訓練に混じって剣を振るう王子妃の姿を見たことのある兵士達も、同じ意見だろう。
 それこそ、山賊が哀れだと。
「まぁ明日当たり帰ってくるだろう」
 逆に返り討ちにして。
「王子様!?」
「馬の準備だけしておけ、だが、余計な世話だと思うがな」
「隊を編制しなくてもしないのですか!!?」
「そこまでしなくても、あれの剣の腕を知っているだろう? 山賊を相手にしたからといって、そう簡単にやられはしない」
「身ごもっておいででもですか」
 突然乱入した声の主のいる場所を、誰もが振り返った。しかし、その言葉を誰よりも重く理解したのは一人だけだった。
「侍女長……?」
 一人の侍女が、ほうけたように呼ぶもの。カイルがくぐって来た扉をくぐって、エルディス城の侍女長が現れる。
 すっと足を運んで、誰よりも王子の近く、正面に立った侍女長は、静かに礼を取って、次の言葉を言う。
「最近体調が優れないようでしたので、医師に診察を……結果はこれからお伝えするところでした」
 そこで言葉を切って、侍女長は息を吐く。そして――
「三ヶ月目に入る頃です」
 三ヶ月前と言えば、シャフィアラから連れ帰った頃と重なる。
「………」
 カイルは沈黙した。その場にいた誰もが、何も言えない。
 そして、沈黙は短かった。マントが翻る。
「馬をまわせ」
 動き出したカイルの行動は、早かった。


「いい馬だったが、どこの馬だ?」
「さぁ?」
「で、この娘は……ずいぶん静かだな。名は?」
「誘拐するなら、住んでいる場所と家系の名前くらい調べておかないと、身代金の要求に困るんじゃないの?」
 暗に、それを知っていれば自分がここにいることはないと言っている。幸か不幸か、カイルの名はなぜか巷に広がっている。
「ずいぶん、生意気な娘だな」
「どっからきたの? この国じゃ山賊もはやってないけど」
 盗賊とか海賊とかもね。
 さて、山賊に攫われたエルディスの王子妃――リールは現在山賊の頭に喧嘩を売っていた。
 エルディスではカルバート王が街道、町の警備の強化を図っているので、エルディスから山賊だの盗賊だのなんだのは生まれにくい。
 が、他の国は別だ。いろんなものが流れてきていると、対処にまわされていたカイルが心底嘆いていた。
 どうせ暇なんだから働けば? と一言で済ました。
「っていうか、絶滅寸前よね」
 はっきりいうと、なぜか怒りだした。なんか、これでも名が通るものだったらしい。何か言っているが、聞き流した。
「まぁいい。小娘。自分の立場を身をもってわからせてやらないと、理解できないのか?」
 リールの視線をあわせようと、男があごを掴んで持ち上げる。だが、リールは睨み返しただけで恐れもしなかった。
「安い挑発に乗るのね」
「このっ」
 いらだちを募らせているのは、何も頭だけではない。
「何が目的なのか知らないけど、」
 そう言ったリールはドレスのスカートの下から短剣を引き抜く。おとなしい娘だと思われたのか、腕を拘束されることはなかった。ざわりと、周りの空気が揺れた。
「言ったでしょう? 最近運動不足なんだって」
 リールの手を離れた短剣が、頭のほおをかすめた。
 山賊はリールによっていらだたせられたが、その原因のリールも自身の体調不良にいらだっていた。


「で、」
「はい」
「どこにいる」
「報告があったのは、南と東の山でした」
 盗賊団を盗伐したと思えば、今度は山賊だという。リャン国が不安定であり、流れものが多く来ているという話は聞いている。
 それが、単純に移住ならまだいい。だが、それだけとは限らない。
「あの日、通っていたのは北の山だろう」
「はい」
 リャンと並んで、不安要素をあげるとすればセンシレイド国だ。だいたい、この二つは仲が悪い。
 仲が悪いなら悪いで、その国どうして争ってほしい。


「隊長!!!?」
 夜も更けたエルディス場内で、のそのそ起き上がって岐路に着こうとしていたセイジュは、かなりいらだった声に何事かと振り返る、ひまがなかった。
「どぎゃぁ!? なんだよ?」
 ばっしゃーんと容赦なくひっかけられた、大量の水。花壇にまくには足りない。しかも夜だ。意味がない。
「なんだよではありません!!」
 というか眼は覚めましたか!!?
「しっしぬっ!!?」
 セイジュの隊の副隊長も、この時ばかりは自分の上官に容赦なかった。胸倉を掴んで揺さぶっている。そして、ぴたりと止めた。
「ぇえ一度死んできてください。ぜひ王子に首を切ってもらうといいです」
 パッと手を離すと、セイジュは落ちた。
「げほっいったいなんだよ。突然」
「まったく、今度という今度は無視する場合じゃないです!!」
「なんなんだよ。仕事してるだろう!?」
「どの口が言いますか!!?」
「た、隊長、副隊長」
 話がちっとも本題に入らない上に脱線していることを、隊員たちは知らせようと頑張っていた。
 しばらくして、ようやくセイジュは自分の隊の副隊長の怒りの意味を知った。
「は? 王子妃がさらわれた? 災難だね〜」
 王子妃が、ではない。災難なのは、王子妃、ではない。
「いや、災難というより、自殺行為か。あっはっはっは〜」
「死んできてください」
「ギャー!?」
「副隊長……」
 ここまでしますかと、兵士が引いている。
「笑っている場合ではないのですよ!!?」
 しかし、彼の思う本題はそこではなかった。


「小娘!」
 変わって、ここは盗賊のねぐら。粗末な小屋に押し込められたのは、盗賊はもちろん、リールも同じだった。
 取り出した二本目の短剣は、横にいた男の肩に突き刺す。崩れ落ちた瞬間に腰元の剣を拾って、男を蹴り飛ばす。
 そこまで、盗賊たちは何が起こったのかわからずぽかんとしていた。
 彼らが動き出したのは、剣を構えたリールが笑った。次の瞬間だった。
 呆然とほほを押さえていた頭の表情が変わる。リールをにらむ目が、獰猛に変わる。
 磨かれた剣が銀の光を帯びて跳ね返る。剣と剣の合わさる音が耳に響く。近く、遠い距離を詰めようと男たちが動く。
 狭い地形を生かそうとリールは男たちを追い払う。
「せまいわっ!?」
 が、限度がある。
「調子にのるなよ!!?」
 頭が突進してくる。それを見てとったリールはげっとうめいた。その次の瞬間、人影が窓を突き破って空に踊った。
 それからが、長かった。


「で?」
 主のいらだちが徐々にましていくことを、レランはひしひしと感じていた。隠す気がないのだろうが。
「はい」
「まだ見つからないのか?」
「………」
 例え脳がないと思われようと何をしようと、黙っていたほうが賢明な時もある。
「まぁいい。そうそう、何かあるわけじゃないだろう。本人はいたって元気なのだから」
 そう言い聞かせるように、王子はため息をついた。今までになく、長く深い。
 城を出てから走らせたままの馬を休めるように足を止めて、木の下に座り込んでしまった。
 そして、溜息をつく。思案する時間が、長いように思えた。


 月明かり照らす中、振りかざす剣が光る。その光は地を伝い、黒くなった剣を使うなというように光をもたらす。
 使えなくなった剣は捨てて、新しい武器を男から奪う。足を切って、腹部を狙って、あとは後部に衝撃を与えて、男たちを次々に切り捨てる。
 大変な状況にあるというのに、リールの口元は笑っていた。とても楽しそうに。
「――はっ!」
 またひとり、鈍い音と共に男が倒れた。鮮血が舞う。月明かりが、その色を暗く光らせる。
 腕、腹、足、同じように自身も傷つかないと言う保障は、ない。赤い、赤い血が大地を染め上げて、血のにおいが立ち込める。
「やっ!」
 血にぬれた剣を捨てて、次の剣を拾った。そして、突き刺す。ぴぴっと、頬に飛び散ったものをぬぐう暇は、ない。

 ――さん

「次!」
「調子にのるなぁ!!?」
 剣を振りかざす男から逃げるように位置を変える。背後から襲ってくるものに剣を突き刺してから正面の男に向き直る。
 振り下ろされた剣が振り上げられる前に、動いた。

 ――あ、さん

「このアマっ」
「遅いわよ!」
 血が滴る剣を投げ矢のように使って、次の武器を奪う。その繰り返し。数ばかり多いけど、その程度? と、挑発するように笑う。
 さらに、男たちは怒り狂う。
 ちょこまかと、頭の剣からは逃げて、下っ端を昏倒させる。
 囲むように左右から、二人の男が剣を振るってきた。
キン!!
 瞬間中に体を浮かせたリールは、着地する前にその二人を蹴り飛ばした。
 すたんと、地に足をついた瞬間に、再び剣をふった。

 ――おかあさん

「!!?」
 呼ばれたような気がして、突然リールの動きが止まった。その間も、男たちは襲い掛かり続けている。
 止まっていたのは一瞬で、おそらく、誰も不審に思わなかっただろう。
 振り上げた足で男を攻撃して、真横にきた男の横っ面を思いっきり叩く。
 剣を振り払って、血を舞わせて。しばらく、リールの動きは止まらない。
 そして、唐突に止まった。あれだけいた男たちが、今は地面に転がっている。時折、ひくひくと痙攣している。死んではいないようだ。
「うらぁっ!」
 隣から向かってきた男の剣をはじき返して、足を振り上げる。吹っ飛んだ男は、後ろの男にぶつかり、何人か一緒に坂を転がり落ちていく。
 足もとに転がる、うめいた男たちには目もくれず、リールは立ち尽くした。その手が、そっと、腹部に触れる。
 剣が手から離れて落ちる。月の光を反射して、輝く。
「まさか――」
 腹部に当てた手が、重なった。

2009.03.21
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