家族 〜戴冠式〜

 月日などあっという間で。悩み病んでいた事が嘘のように次々と変わる。
 だけどその時の一生をかけている。一瞬に一生がかかっていた。
 些細な事だと、思うかもしれない。言われるかもしれない。だけど、それは続く生の流れの途中。


 いらいらした。ひどく不安定で、そして体の不調も混じって奴当たった。
 相手も少なからず始めての試みに、気が立っていたのだろう。
 飛び出した。


「ぁあ、リール。何を突進しているんだ?」
「お父様?」
 それはどういう意味ですか? っていうか国王(あんた)のせいだけど? と、冷ややかな視線を送った。
 今日は、戴冠式だ。
「そんなにカリカリしないでもいいじゃないか……」
「します」
「やめなさい。妊婦がそんなにカリカリするのも止めなさい」
「は?」


「ご懐妊です」
「……」
 言葉に口を閉ざしたら、ライドが泣き出した。
 よいしょっと抱き上げる。
「どういうこと?」
 医師に鋭い視線を向けると、いいよどんだ。


 城のバルコニーに立つと、眼下に人が見える。
 あの日無駄にたっぷりと布地を用意していたから文句を言ったが、意思は変わらない。
 そして今言う事が、母親の、する事じゃないだろうと。それは腕に抱えた命だと思っていたのだが、もう一人いると思わなかった。
 そして、だからといって剣を手放した訳じゃない。だけどもしかしたら、役目は変わっていて。
 抱き上げたライドが軽く、重く。愛しいと。
「――」
 息を、飲んだ。
「リール?」
 いらだった事が嘘のように、全面的に謝罪する相手。私が、間違えても同じことがおきるはずだ。
 もう、溢れている。
 私という枠を超えて、満ち溢れている。
「そうね」
 愛しいのね。
 まだ布で仕切られた先、空気をふるわせる祝福の声。
 手を伸ばすライドを揺らして、あやす。先をいくカイルが待っている。
「なんでもない」
 なんでもなくない?

 バルコニーに立ってカイルが言うことを聞いていた。一段と大きくなる歓声に、驚いたライドをあやして、隣に聞こえるように言う。
 なんでもなく、ないのよ。
「は?」
「二度は言わないのよ。ねぇライド。あなた、お兄ちゃんになるのよ」
 ふふと、暖かいライドの頬に唇を寄せた。
 この小さな命は、まだ、生きるのに必死で。わからないだろうけど。
 でもいつか、支えてあげて、支え合って。
 ひとりじゃないから。一人じゃないと。
 あの島の、あの家の、みんなのように。そういえば……元気よね。絶対。心配するだけ無駄ね。
「って?」
 一瞬動いたような気がするまま、足が宙に浮く。響き渡る奇声。あわててライドを抱え直しながら見渡す。
 あわてたようなセナやユアやレランとかそのほか――が、近づいてくる。あれは医師もいる。
「王!?」
 そうだ、王なんだ。
 ライドを落としたらどーするのと厳しい視線を向けて、片手をその首に回す。
 引き寄せた。
 今までで一番、歓声が高くなったように思う。でももう、耳に入らない。
 あなたに祝福を。ふれるような軽いものでも。
 だけど、最初で最後よ?

 往来で、聴衆の前だと、思い出したあとで自己嫌悪に陥った。



「リール」
「うるさい」
「リール」
「うるさい」
「りー」
「うるさいわね! 着替える途中でさんざんアズラルにからかわれてるのよ!? ほかに何がいいたいのよ!」
 ばんとテーブルを叩く。あわあわと侍女が右往左往する。ぇえ? 妊婦に必要なのは穏やかな気持ちだと? 上等じゃない。
「自分から」
「あーもう!」
「照れるな」
「うるさーい!」
 あれから所構わずからかってくるので、家出した。
 しかし、失敗した。


「ぷー」
「えっと……ウィア?」
「ぷぷー」
「……」
 頬を膨らませてそっぽを向くアンダーニーファに、周囲は苦笑いを返す。
 当事者らしいリールは、うーんと頭を抱えた。
「ウィア?」
「ぷー!」
「なんなの」
 さっぱり意味がわからないとリールがローゼリアリマを振り返った。
「それはーたぶんー」
 かくかく、しかじか。
「つまり、」
 あの大歓声の中、人混みに埋もれないようにリンザインの頭によじ登ったウィアを、見つけろと?
「ぺー」
「ウィ、ア」
 怒るわよ?
「手ぇふったもんー!」
 怒りを感じ取ったのか、ぴーと、泣き出した。
「リディのばかぁ〜」
「だからどーしろと」
 リールはアリマを振り返り、シャスに目を向け、ザインの胸ぐらをつかんだ。
「……何が言いたい」
「察して」
「妊婦は妊婦らしくおとなしくしろだっ!?」
「なんだって?」
 リールの拳と、リンザインの頭の上に湯気が見える。
「……赤ちゃん?」
 と、ウィアが反応を示した。
「ここにいるわよ」
 その手を取って、リールがおなかに当てた。まだ、それとわかりそうなものは
 何も、なかったけれど。
「赤ちゃん!」
「ぇえ、そうよ」
「だっこ!」
「ライドは……」
 と、首を回すとさらに部屋の中に入ってくる姿。
「あー!」
 しかも泣いている。
「何してんの」
「………すまん」
 昼間王になったカイルが、うなだれた。
「あかちゃんー!」
「ここもって、そっちもってゆらして」
「ねんねこなのー!」
 ライドレンドを腕に抱いたウィアはご機嫌だ。
「私も」
 次に予約と、アリマが笑う。
「へーでかくなった?」
 珍しげにのぞき込むシャス。
「……」
 リンザインは疲れたように息を漏らした。

 その真横で、新国王夫妻が肩を並べる。
「………」
「疲れた」
「ああそう」
 後ろから羽交い締めされたリールが気のない返事に冷たく言葉を返した。
「………」
「………」
 しばらく、動かない。
「疲れたぞ」
「だから、な――」
 言葉が、途絶えた。
「!?」
 衝撃に固まったのはリンザインと、ローゼリアロマか。
「みえないー!」
 シャジャスティはすかさず、アンダーニーファの視界を奪う。
「だっ」
 そして、鈍いうめき声がもれた。
 所構わず重なった唇が触れ合った時間は、しかし一瞬で。
 にっこりと笑顔の背景が怖い王妃と、待て、話せばわかるとあわてる王の会話
 を、遠目に護衛が耳にしていても。……見てもいなかった。
「王!?」
 そこへ兵士が走り込んでくる。
「なんだ」
 いったいなんだ。言っておくが問題らしきものはすべてもみ消して……もとい押し付けてきたぞ。オークルに。
「前王様と前王妃様が!」
「……どうした」
 いやな予感がするとカイルが言う。その通りじゃないのとリールは返した。
「蒸発しました!」
「おい」
 誰だ、夜に晩餐をして周辺領主をもてなそうとか言ったのは!?
「蒸発?」
 単語を拾ったのかウィアが首を傾げる。
「それをまた集めて冷やして水にもどすとどうなる?」
 シャジャスティが問いかける。
「蒸留水!」
「よくできました。違うけど」
 ばっさりとリールが言う。がーんと、アンダーニーファがショックを受けた。
「うわわーん!」
 大声に驚いたライドレンドも一緒に、泣いた。
 だから幼児が二人か!?




「ここまで見事だと、何も言えないな」
「あなたっ……ちょっと、早すぎ……ますわ!」
「そうか?」
 ひとりでひとしきり緑を楽しんでいたカルハードは、息も切れ切れなフレアイラの声に答えた。
 互いに軽装に身を包んで。二人が進む先は。
「こ、こんにちは」
「きゃーーー!」
 きーんと、高い声にループがダメージを食らう。それを見たカルバードがやれやれと首を振る。
「フレア、叫ぶのは止めなさい。迷惑だから」
「かわいいわこの子!」
「いくら自分の息子がかわいげがないからといって窒息させそうな勢いで抱きしめるのは止めなさい。相手に迷惑だから。それにその方は」
「ぷはっこんにちは! ループです!」
 その名を聞いたフレアイラがループの両肩をつかんでがばりと引きはがしてしばし固まる。
「獣王?」
「まぁ、そうですね」
 獣王と呼ぶのは人だから。と、ループは言葉を飲み込んだ。
「かわいいわ!」
「だからすぐそばで大声で叫ぶのは止めなさいフレア」




「王妃様!」
「――っと、」
 呼び声に足を止めた。ぁあ私かと思うまでの間が、微妙だ。そんなことよりも――
「誰が王妃よ」
「王妃様?」
 つぶやきは小さく、聞かせなかった。
「何?」
「はい、」
 話を聞きながら、どこか、人事だった。
 用件がすんだ侍女が一礼して離れていく。それをぼんやりと見送って考える。
「誰が王妃よ」
「不満か?」
 言葉が返された。振り返らずに、言う。
「不満ね」
 もう、驚きもしない。……だから往来でひっつくな。
「探したぞ」
「今度は何よ」
 振り返れば、なんとも言いたげな、言いたくなさげな。
「……いや」
「中途半端ね」
 閉じた口のはし、頬を引っ張った。
「痛いだろう」
 やんわりと手を離すように捕まれて――
「放して」
 ぐぐぐと、捕まれたままの腕に力を入れた。
「リール」
「なに」
 顔を上げると、伸びた髪をすくわれた。片手は捕まれたまま、片側の髪に口づけが落ちる。
「愛してる」
「………」





「なんで殴るんだ」
 すたすたと早足で進む王妃の後ろから、頬を押さえた王が続く。夕食の晩餐に、その顔で出るのかと侍女が悲鳴を上げそうだ。
「時と場所を考えて」
 もっともな意見を、リールは持ち出した。
 一瞬考えたらしい王は、不気味に笑った。しかしその表情を、王妃が見ることなく。
 二人は、空いた客室に消えた。

2010.01.03
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