家族 〜家族〜

 過ぎてしまえば月日などあっという間で、振り返るにはあまりにあっけない時間だ。
 もっと長生きする聖魔獣と比べれば一瞬でも、その中で生きる自分達にとっては大切な時間だ。
 ただひたすら、復讐という目的を失くして、少しは計画的に生きてみようかと思った矢先に振り回されて。
 王妃だの、子供だの。なんだの。
 家族を持つことが信じられなくて産んだ息子、母親になった事になれないまま産んだ娘。
 そして、それになれたてきた時に気がついた。三人目の命に。青銀と金の瞳を受け継いだ息子、金の髪に青い目の娘。
 祈るように願ったのに、生まれた二人目の息子はオレンジ色の髪に金の目をしていた。
 誰よりもそれを恐れていたのに、その子につけた名前は――




 てててと、駆ける姿を視界にとらえた。無視するでもなく、近づくでもなく目的地に向かう。
 どうやら、近づいてくる。
 なんだ、くるのかと思った、その時。
ずべっ がん!
「……」
 何もすっころんで顔面をぶつけなくてもいいだろうと、思う。しかも何もない所で。
 しばらく、沈黙。背後にいたもろもろが、息を飲んだ。
「……うー」
「立て」
 そっちは、地面。こっちは石の廊下。見上げた視線。赤く火照った額。
 そんなに、辛辣に見えたのだろうか。泣きそうだ。
「泣くな」
 少しだけ焦って、長く重苦しいマントを、払いのけた。
 小さい手、姿。必死に走ったかと思えば、こうやって転んだり。
 すがりつくような視線に、しかし手は出さない。
「立て」
 静かにそう言った。思っていたより意識を集中させていたのか、気がつかなかった。
「ライド? どうしたの?」
 ひょいと抱え上げる、その姿。
「……リール」
 ん? とこちらを振り返る。その腕に抱かれたライドレンドが、すがりつくように泣き始める。
 その背を叩きながら、不思議そうにこちらを見る。そして、
「あんた?」
「違う。転んだんだ」
「そうなの?」
 あー! と、まだ泣きながら、それでも必死に頷いている。
 その手が、肩口の服を握りしめていた。
「甘やかしすぎじゃないか」
 そういうと、かなり驚いたのか、目を丸くしてぽかんとしていた。一瞬、その腕のライドを取り落としそうになるくらい。
「何を驚いている」
「驚くわよ」
 リールはライドを抱えなおした。
「甘やかしすぎ、ねぇ……」
 思い当たるのか、語尾が弱い。そうだと、頷くとさまよわせていた瞳がこっちを見た。
「いいじゃない」
「おい」
 ふっと笑って、その身が先に進んでいく。追いかけるように隣につくと、こっちを見上げた。
「なんでついてくるのよ」
「こっちが執務室だ」


 王が大臣と視察に行って戻ったというので、その姿を探す。執務室に戻ってくるだろうが――ん?
「どうされ」
 立ち尽くす大臣を見つけて声をかけようと――いた。
「大臣、王は……」
 ぁあ、いた。また何か言い合っている。たいていは小娘がいいように言って、王はあきれたように、いさめるように。あきらめたように、楽しそうに同意する。
 今回は、あきらめたらしい。
 遠目に、小娘にしがみつくライドレンド王子。時々、あの二人は教育方針がずれる。
 どちらかといえば厳しいようで厳しいのが王で、厳しいようで甘いのが小娘だ。
 あれだけ甘いのには、驚いた。
 前王の甘やかしに、負けていないのだから。
 と、そんな場合ではない。足を進めて追いつくよりも早く、もう一つ、影が近づいていた。


「おちついた? ライド」
「……うん」
 ぽんぽんと背をあやして、足を進める。カイルはあきらめたのか、何も言わない。
 ため息をついていたが。無視した。
「王妃様」
 と、廊下の角から別の影が近づく。すでに気がついていた。鳴き声。
「リィン」
 まったくと、いうか。
 ライドを渡そうにも、嫌々と首を振る。しがみつく手を離すのが心苦しくとも。言って聞かせるしかない。
「ライド」
「………」
 泣き声がいよいよ大きくなるリィンティドに、ライドレンドの視線が向かう。
 握りしめていた手が、ぱっと離れた。
「ありがとう」
 ゆっくりとおろして、リィンを受け取る。また何が気にいらないのか。一生懸命泣くその姿。
 ゆっくりとあやしていると、カイルがのぞき込んできた。親子の視線が赤子に向かう。残されたライドレンドは、リールの服の端を握って、その目に涙をためてうつむいていた。と、


 どんどんどん増えていく。あれは一家がそろうのではないかと思い。すると、その背後から近づく影に目を向ける。
「あれは」


「おかーさま!」
 ずがんと、突進した。
「ティクス?」
 にっこりと、微笑んだのになぜか悲しげだ。誰の笑顔が黒いって? でもめげない。
「だっこ!」
「……」
 そう来たか。
 いつの間にか、リィンも泣きやんだ。
「だっこぉ!」
 利発な長女は、兄を差し置いて自分の主張を通すのが得意だ。え? 誰に似たって?
「だっふぇ!?」
 驚いたような声に、驚く前に、驚いた。
 一瞬にして視線が変わった娘は、嬉しそうにはしゃぐ。
「……あなた」
「いくぞ」
 その、ものともせずに、その身を方に担ぎ上げて進む。後ろ姿。ふっと笑って、手を伸ばした。
「ライド」
 呼ぶと嬉しそうに、顔を上げる。遠巻きに見つめて、うらやむことが多くなった長男は、だけど、物わかりとあきらめはよくて。
 左手にリィンを抱えて、右手をつないだ。
 先を歩くカイルが、足を止めて振り返っている。その頭の上でティクスが「はやくぅー!」と呼んでいる。
 追いついた。
 体を正面に向けたカイルの手が、ライドの右手に触れた。――つながれて、一瞬、暖かさにライドが顔を上げて。カイルはそっぽを向いたままで。
 つないだライドの両手に、力が入って。ここにいるよと、握り替えした。
「おやつー!」
 楽しげに笑うティクレイヤの声が、よく響きわたる。
 ふと視線を向けて、視線を交わした。


「あれは……」
 いつもと同じように、後ろをついて行く途中だった。気がついたのは、偶然だったのだろうか。
 その時が、来たのだろうか。
 いつも、後ろにいた。その、あの空間の空き。違和感。違和感であり、定位置のような。あの距離。
 間をつなぐ手は、つながっている。
 その距離を、埋めるように。

 騒がしく、明るい声に城中の人々がその姿を追う。微笑ましいと言うように。祝福するように。

 その、そう、幾年も幾年も縮まる事のなかった。あの距離。
 ――そうだったのか。
 レランは、はじめて二人の後姿を、安心して見守った。
 思考は同じなのに、行動がどこかかみ合わない二人。
 間のあく距離。

「ねぇお母さま!」
「なぁに? ティクス」
「お父さん!」
「……ライド」
「静かに、リィンが起きるわ」
「「しー」」
 小さな二人が、唇に手を当てながら呟く。
 それを見た夫婦が視線を交わす。
 国王一家が外に向かって足を進めていた。後ろで、長年空いていた間の意味を解き明かして、口元が笑う護衛と共に。


 そう、祝福されていた。だから気がつかなかった。思いつきもしなかった。
 それが、最後の姿だと――

2010.09.21
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