家族 〜結んだ約束〜

 数日後、王は一人で帰ってきた。
 そしてすぐさま、中身のない棺の葬儀が行われた。突然ことに城中騒然となり、そして誰も、何も言えなかった。
 まるで何もかも知っているとシャフィアラの被服師は姿を消し。その侍女と共にしばらく帰ってはこなかった。
 葬列に王子と王女は参加しなかった。王がさせなかった。
 その代わりか、見知った姿を見つけた。あれは、あの四人の姿は――そう思った時、まるで幻のように獣王の姿が掻き消えた。目を凝らしても、再び、その姿は見ることができなかった。

 王は始終無表情で、残念に思った自分を呪った。

 ――前にも、同じことを思わなかったか?



 必要な前置きを終えて、城の廊下を歩いていた。本当に必要な事だったのか、と問われれば、そいつの首をはねそうだ。
 どれほど、無力なのだろうか。
 いっそ、共に。と、叫びたかった。しかし、違うのだ。生きる場所も、時間も、存在する理由も、すべて。
 すべて捨てて、共に生きようとしたはずだったのに。道は、違ってしまったのか。

 閉じ込めるように押し込めた部屋に入ると、気遣うような侍女長の視線とぶつかった。そんなに、ひどいか?
 笑い飛ばして、続きの部屋に進んだ。
「お父様! お母様は?」
 ぱっと、立ち上がった娘が問いかけてくる。このすばやさ。どこか、似ているな。
「そろっているな」
 ライドレンド、ティクレイヤ、そして、レランの腕の中でリィンティトが眠っていた。この次男がすべてを知る時は、きっと。
「――父上」
 長男は、すべてを見透かすような目をしていた。ぁあ、ごまかしはきかないのだと、思い直す。
「もう、いない」

 ――どうしてだ?

「いない?」
「そうだ」

「会うことはない」

 ――なぜ、なんだろうな。

「お母様は?」
 目を見開いて、震えていた。かすれる声に、言う。

「死んだ」

 ――俺の、せいなのか?

 部屋の中は沈黙した。
 ふっとよぎった考えが恐ろしく、ただ、自分で自分を傷つけることしかできない。

「……やだ」
 と、目を見張った。
「やだよぉ」
 否定的な言葉を忘れてしまったように、従うばかりだった長男の言葉。
 はじめて、理解した。
 独りじゃないと。
 まだ人の“死”を理解しきれないライドレンドとティクレイヤは困っていた。ただ“会えない”ことを悲しんでいた。
「あいたいよぉ」
「ああ」
「お母さん」「お母さまぁ」

 ――母親、か。まさか、な……

「ぅわぁ〜ん!」
「! ぁあー!」
 ティクレイヤの泣き声に、リィンティトも泣き出した。
「……ははっ」
 よろけるように、壁に背をつく。顔に当てた手、笑い出したいのか、泣き出したいのか。甘える体を叱咤して、立ち上がる。
 無表情で絶える息子と、泣きじゃくる娘を引き寄せた。

「――すまない」

 小さい小さいと、ずっと思っていた。だが、違う。

「……お父さま、泣いてるの……?」



 まるで、太陽を失くした世界のように城の中は静まり返っていた。しかし、それでも照らす太陽の光は変わらず、反射していた。
 喪にふす侍女と兵士を見送って、王の部屋の扉を開いた。
 広い寝台と、ゆりかご。重なり合って眠る親子の姿。まるで、隙間を埋めようとするように、繋がりが厚い。
 剣の腕を磨き、誰よりも忠誠を誓っていたのに、自分の力の及ぶ範囲など、定まっていたのだ。
 口惜しい。
 と、王が目を覚ました。しばらく、周囲の状況が理解できないと目の焦点が合わなかったが、こちらと目があってから、静かに笑いをこらえていた。
 くつくつと、かすれる声に、少しだけ冷や汗を流す。
 三人の子供の眠りの邪魔をしないように寝台からおりた王が、口を開く。
「こんな時でも、目覚めるものだな」
「――それが、望みなのでしょう」
 あの、小娘の。
「そうかもしれないな」
 寝台を振り返った王に背を向けて、続きの部屋に向かう。時間は、あるのだから。



 折り重なって眠っていたためか、どこか心地よかった。不安を埋める安心感とは違う、どこか支えられているという実感。
 驚くほどレピドライト王に似てきたライドレンド。昔、それこそ幸せに育ったリールを見ているかのようなティクレイヤ。そして、その色が引き継がれる事を一番恐れていたリィンティト。

 ――。

「リール」
 聞こえて、いるか?

「リール。お前にはもう会えないけれど――」

 この子達が、生きているから。

「約束は守ろう」



 それからも、エルカベイルの統治は続いた。
 王妃の不在は心に傷を残したが、二人の王子と、一人の王女の姿がその隙間を埋めていた。
 しかし、あの葬式の棺が空である事は、王とその側近にしか知らされていなかった。



 自分に時間があることを、普段どれほど意識して生きているだろうか。
 逆に、残りわずかだと知って生きる心中は、どのようなものだろうか。

 彩(いろどり)を失った世界は灰色で、色を失ったように淡々とすごしていた。時折、そっとライドが運んできた花々を眺め、石を剛速球でセイジュに投げつけるティクスの姿を見てみぬ振りをし、そして――
 何よりも驚いたのは、いつも抱かれていたリィンが廊下を這っていたことか。
 いや、子供が動き回るのは先の二人で知っていたが、まさか廊下をそのまま這うなど想像もつかなかった。
 驚いて立ち尽くしていると、おもしろいものでも見つけたように突進してくる。足にしがみつかれて……押したり、頭突きをしたり。
 ――何がしたいんだいったい……
 しまいには泣き出した。なんなんだいったい……
 抱き上げて視線を合わすと、少しだけ泣き止んだ。ほっと息をつくと笑った。つられて、微笑みかけていた。



 王が、突然馬を走らせてやってきた場所は、あまりにも死に場所でぴったりで、かつてないほど狼狽した。
「心配するな、後を追ったりしない」
 そういって、また一歩進む。王は、崖っぷちに立ち尽くしていた。海を眺めて、下を凝視して。
 ――ここから――
「………」
 ただ、少しだけ距離を取って立ち止まった。
 風の音、波の音。
 それならば、自分は必要ないのだ。

 ゆっくりと、レランは背を向けて森の中に消えた。
 カイルは、見下ろしていた視線を上げて空を見渡した。――泣いていた。

『私は――長く生きられない――のよ』

 どうして、忘れていたのだろうか。
 あの時、囁かれた言葉に、意味はあったのに。

「――リール、お前に――」




「行くぞ」
 馬を繋いである場所に現れた王はいつもの通りで、そう“あの頃”のようで。ゆっくりと、その場の雰囲気を壊さないように王都へ向かう。エルファンへ向かう。
 この、締め付けられるような感じはなんなのだろう。
 あれほど寄り添った二人の糸はそれでも、絡むことはなかったのだろうか。どこまでも平行線で、まるで役目を終えたと消えた小娘。
 ――なぜだ。

2010.09.23
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