家族 〜旅立ち〜

「お母様なら、絶対にいいって言ってくれるもん!」
「ティクス!」
「――あ……」
 鋭いライドレンド王子の声に、ティクレリヤ王女がはっと口を押さえる。みるみる、その瞳に涙がたまる。
 どうしたものかと、冷や汗が流れる。よもや、自分の娘に剣を向けたりはしないだろうが――
「ふ……ははっははは!」
 突然、王が笑い出す。誰もが、緊張に身を震わせた。リィンティト王子は、ひしっとライドレンド王子にしがみついていた。
「――だろうな」
 ひとしきり、自分だけ楽しそうに笑っていた王は言う。
「だが、次にこう言うぞ」
 立ち上がった王が、剣を引き抜いた。太陽の光に反射して、輝いている。
「――私に、剣で勝てたらね――」
 瞬間、その姿に重なったもの。レランには、リールの姿と声が、見え、また聞こえた。
「「「?」」」
 優しいだけじゃないと知る父親の変貌についていけない子供三人は意味がわからず呆然としていたが、次の王の言葉は聞こえたようだ。
「三人とも着替えて、中庭に来い」
 身を翻した王もまた、謁見室をあとにした。
 王子と王女をオークルに任せて、王のあとを追う。
「――よろしいのですか」
 すべてを背負う背に、問いかける。
「そのための試験だ」
 王は、自室の壁際にある剣を手に取った。
「再び、この剣で自分の子供と交えようとはな」
「あなたとあの小娘の子供です」
「どういう意味だ?」
「とっぴな事を言い出されても、ある程度は免疫があるということです」
 王は、再び楽しそうに笑った。




「――まだまだだな」
「――っ」
 うめくように、ライドレンドが声を漏らした。ティクレイヤの意識はすでになく。リィンティトは戦意を失っていた。
「まぁ。だからこそ、だな」
「父上……」
「さぁ、何をぼけっとしている。でかけるぞ」
「どこにですか」
 これ以上振り回す気かと、ライドレンドの声が力を失っていた。
「いいから来い。――墓参りだ」




「――ここは?」
 何もない崖っぷち。あるのは、視線の先に広がる海。
 似合いもしない白い花を、父が盛大に崖の下に広げた。風に乗って、落ちていく。
「リールの墓だ」
 父親の言う事の中で、一番意味がわからない一言だった。
「海に行けば会える」
 そんな言葉で、誤魔化そうとしたわけじゃない。



「いってきまーす!」
「いってらっしゃい」
「ぁあ、気が重い……」
「ちょっとカクウ! 遅いわよ!?」
「はいはい。ティクレイヤ王女……」


「父上、早く出発したいのですが」
「もう一人連れてくる事もできないのか?」
「……」
「ぁあ、王〜いったいなんですか〜」
「お前、話を聞いていないのか!?」
「ぎゃぁ!!? なんだよいきなり!!?」




 兄と姉はさっさと他国に旅立ってしまった。国を出て世界を見たいと言い出しただけに、姉の行動はすばやい。
 半分脅しのような笑顔で計画に参加したのだが、実際にどこに向かえばいいのだろう。
 答えは、ひとつだけだ。しかし、そこは――
「リィンティト王子」
「はい!」
「王が呼んでます」
「――はい」


「どうした? まぁ言い出したのはティクスのようだから、困惑するのも無理ないだろう」
 この父親に隠し事など、無駄だった。おろおろしていたのが馬鹿みたいで泣けてくる。
「急がなくても、いつでもいいぞ」
「父上」
「なんだ?」
「どこでも、いいのですか?」
「どういう意味だ?」
 意を決っしてその場所を告げると、父は驚いたように目を見開いた。そこまで驚かせたことに、自分も驚いてしまって、断られた時ように用意していた言葉が消えるように頭が真っ白になった。
 長い沈黙に、背筋が冷えていく。誰も、何も言わない。あとでオークルに、忙しい王の時間をどれだけさく気ですかと小言が漏れそうな気がした時、声が聞こえた。
「そうだな、それもそうだ」

 そして――

「陛下! 王子!」
「久しぶりの船旅だが、頼んだぞ」
「任せてください!」
「海路は、渦は問題ないのか」
「それが王妃様が言ったとおり、徐々に消えています!」
 と、高らかに宣言した船長の動きが止まる。
「――そうか」
 言葉は静か過ぎて、波の音が聞こえてきた。
「さすが、だな」
 遠くを見ている父親の目には何が映っているのだろう。噂に聞く四獣王か、今は亡き母か。
 ループ王は、こっそり遊びに行くと嬉しそうに迎えてくれる。よくわからないけど、彼のお付きにいつも警戒されている。
 理由を問うと、あの娘の子――と。
 人づてに聞いた話に、母が懸け橋だったと言われた。利用されたとも。
 どちらでも構わなかった。笑う肖像画の母を見て、ただ、会いたいと思った。それは父がこっそり描かせたもので、忍び込んでいつも眺めている背中越しに、母の姿を見ていた。
「何をぼうっとしている」
「ぅわあ!?」
 突然小突かれて足が後ろに引く。さっきの遠い目はどこに消えたのか、平然と前を向くその姿。
「なんでもないです!」
「そうか」
 といいながら髪を掻き回される。
「やめてください」
 止まらない。
「やーめーてください!」
 がしっと、抱きしめられた。
「お父さん?」
「――小さいな」
 怒った。
「冗談だ、ほら、出港するぞ」
「言われなくても!」
 下ろされた橋を渡って船に乗り込む。振り返ると父はレランと何か話していた。
 なんでレランなのだろう。てっきり、彼は一番上の兄のライドレンドと行くものだと思っていた。
 挨拶を済ませたレランが船に乗り込んできて、跳ね橋が畳まれる。覗き込んで、お父さんと目があった。
 ――微笑んで、いた。
 息を飲んでいるまに、どんどんどんどん船は遠ざかっていく。
 何かにせかされるように、声を張り上げた。
「いってきます!」
 お父さんが驚いたように――見える。声が聞こえたからだろうか。その手が、振られた。全力で振りかえす。
 ずっ、と、体を支えていた左手がすべった。
「リィンティト王子!」
 後ろからレランに捕まれて驚いた。
「――あれ?」
「振りすぎです」
「ごめんなさい」
 もう父は、豆粒より小さい。そして、ゆれた。広い広い海の上、船に揺られている。
(お母さん)
 もっと、知りたかった。



「ライドレンドはアストリッド、ティクレイヤがニクロケイル、リィンティトはシャフィアラ」
 遠い過去の日を思い浮かべる。孤独な島、たゆたう水、暑い砂漠、すべて、傍らにいた存在。
『ちょっと! 遅いわよ!』
 はっとして、目の前を見た。振り返っても変わらない。
「変わったものだな」
 そうでもないと、笑うだろうか。



「暑い」
 入口に入ったとはいえ、まだまだ底は深い。階段というには大きすぎる石段をひとつずつ下る。冷えた風と熱い空気が混じって生温い。
「あついですねーぁあやだやだ、暑いし、砂まみれだし、何より熱いし」
「少し黙れ暑苦しい」
「ライドレンド王子、自分で言ったことでしょう」
「お前の存在の方が暑苦しい」
「その口の悪さは遺伝ですか? そうですか」
「なんだその諦めた態度は」
「なにか正してほしかったんですか? 無理ですから」
「何を正す必要がある」
「ぇえ知ってますよ。そういって平気で人を虐げる存在を」
「趣味じゃないのか? 母上が言っていたぞ」
「それこそ信じないで下さい」
「お前を信じるくらいなら少しくらい正しさが欠落していても問題ない」
「王子ーどこで教育方針を見失ったんですか〜」
「お前はいまだに父上のことを王子と呼ぶのか?」
「時々」
「怒られないのか?」
「本人に聞こえなければいいんですよ」
「なるほど」
「そうですよ〜あっはっはー」
「帰ったら父上に報告することがひとつ増えた」
「ぎゃーーー!?」
『騒がしいのね!』
「でーたぁぁーー」
『失礼ね!』
「オブシディアン王?」
『ドリーム! 聞いてないの?』
「伺ってます」
『さっきっからもう、石段下りながらうるさいわよ。声が響くんだから』
「申し訳ありません」
 頭に響いて来る声に答える。
『ねぇ早くして!』
「急ぐぞ」
「はいはい」



「静かですね」
「そうだな」
「どうぞ、少し休まれてはいかがですか」
「……そんな時間か?」
 お茶と一緒に用意されたサンドイッチに、どうやら昼の時間を越えていることをさとる。
「そう――ですね食べる人も減ったので料理長が泣きますよ」
「そうだな」
「それにしても一度に三人も出して、よかったのですか?」
「さぁな」
 ただ、きっとそうなっただろうと思うだけだ。ペンを置いて窓の外を見る。最初の記憶は、城の中で、次が、城の外で、町で、エルディスで。
 そして、一変する。
 景色を彩るのは空でも、建物でもない。ただそこにいるひとりの人で。一度として同じ景色はなかった。
 くるくると移り変わる早さは自然にも負けず、一瞬のことだった。
 その中心にいたひとりが、二人になって、三人になって、四人に増えた時はもう笑いを通り越して呆れていた。
 まぁそう言っては怒られたが。思えばいつも自分のせいにされていた気がするんだが、なぜだ?
「オークル」
「どうしました王」
「夕食は食堂で食べると料理長に伝えておいてくれ」
「喜びますよ」
「そうだな」
 久しぶりだな。



「ねぇ。遅いわよ」
「あなたの荷物が多いんですよティクレイヤ様」
「あなたがそう呼んだら私が私だってばれちゃうじゃない。だーかーら! リアエル? レイヤ?」
「レイヤ様?」
「む……やっぱり、ティクスにする」
「ティクス様?」
「だ、か、ら。あなたが“様”なんて呼んだら、私がいい所の出だってばれるでしょ!」
 当たり前だ、四大大国エルディスの第一王女なのだから。
「ティクス嬢?」
「普通に呼んでよ!」
「無理ですよ。第一、王にそんな呼び方をしたとばれた時、どうしてくれるんですか?」
「勝手に呼んだって言う」
「………。あなたは私に王に殺されろと?」
「う〜〜ん? そうなのかしら?」
「はぁ、まったく。あなたは確かに王とリールさんの血を引いていますね。確実に」
「ねぇ! なんでお母様はそうやって名で呼ぶのよ!」
「それは、あの方はまた違った意味で敬意を払う方ですから」
 だって、様なんてつけて呼べば止めろと言う。エルカベイル王はそれが気に入らないらしい。しかし、王妃であるリールさんの命令(?)に逆らったら逆らったで王に睨まれる。
 ……どうしろというのだ、いったい。
「? なによそれ」
「あの王と結婚した人ですよ。僕からしてみれば尊敬に値しますよ」
「ふぅん。お父様って、そんなに嫌な奴なのね」
「ぇえ、嫌な奴ですよ」
 王。実の娘になんて言われようなんですか?
「ふぅん。伝えとくわ」
「――それは、やめていただけませんか?」
 やはり、あの王とリールさんの子だ……。
「気が向いたらね」



 巡り巡れ世界。流れ渡れ世界を。きっと心は、続いていくのだから。
 空も海も繋がって、いつまでも見守っているのだから。


「だぁれあなた? 私知ってる!」
「は?」
「だってリディだもん!」
「はぁ?」
 意味がわからない……かろうじて年上だろうと思われる女性は、楽しそうに笑っていた。
「アロマー! あーろーまーぁぁぁ!」
「ウィア! 騒がしいわ……よ?」
「リディなの!」
 続いて出てきた女性が、私と目をあわせて息をのんだ。
「リーの……ライドレンド王子……?」
 それは違うと思いながらも、そのほかに思いつかないと怪訝な女性の言葉に、答える。
「兄です」
「うそぉ」
 驚いて声もない女性は、そして泣き出した。
「!?」
「えっぇえ!?」
 最初に大騒ぎした女がとても驚いている。
「アロマ?! なんで!?」
 こちらが聞きたい……
「アロマ!? アロマごめんなさい! 今度からちゃんとお勉強の時間は守るからー!」
 それも違う気がする。
「ウィア、ごまかしてたのね」
「あ〜え?」
 え? じゃねぇ。
「さぁお客様に部屋を用意して来て!」
「はいー!」
 逃げるように一人が走り去る。そして――
「驚かせてごめんなさい。私はローゼリアリマ。アロマでかまいません。お久しぶりです。レランさん。それにあなたは」
「リィンティドです」
「よろしく、リィン」
 それは、どこかなつかしく――何かを思い出させるほど暖かかった。

「きゃーーーぁぁぁ!」

 遠くで、どこか楽しそうな悲鳴が聞こえた。
「ウィア……」
 がっくりと額に手を当てるアロマさん。
「あの子はウィエア・アンダーニーファ。ウィアよ」
 泣き顔を笑い顔に変えて、ローゼリアリマが笑った。

 ねぇリー、私達ができることなら、なんだってするわ。

2010.09.24
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