家族 〜王の子供達〜

 いなくなった影を探して、さ迷っていた。
 もう、見つからないと知っていた。
 ただ、別の場所が開けていた。信じられないが、代わりというには無理がありすぎて。
 しかし、忘れられるかといえば、そんな事はない。
 輝いていたのだ。
 灰色の世界の一部を、彩るほどには。



「父上」
 長男は見れば見るほど自分に似ているため、いじめやすかった。自分も父親にされた仕打ちを考えれば、納得がいく。
 最近は面倒ごとを誰かに押し付ける手腕を身につけていた。

「お父様!」
 型破りな母の噂を拾い集めた長女は、あまりに奔放で相手をするのは大変そうだった。だが放っておいた。
 なにかあってもなくてもセイジュが被害をこうむるだけだ。

「……」
 年子の二人とは五年以上歳の離れた末っ子は、どうやら反抗期だ。すれ違っても挨拶もしない。
「いででででっ! 縮む!!」
 頭を上から押さえつけると、嫌がる。
「ごめんなさい!」
 それでも抑え続けていると反泣きで謝ってくる。


 繋ぎとめたつもりだったのに、支えられているのは自分ではないか。
 結局、どこにも、繋ぎとめる事などできはしなかったのだ。



「将来が楽しみですな」
「――は?」
「ライドレンド王子ですよ。あなたに似て政務の腕も確かです」
 確かに、行き届いた教育以上の成果を為している。
「そうだな」
 ライドレンドといえば、リールにはよくなついているが、自分に対してはどこか一線を引かれたような態度が常だった。
 確かに、昔から厳しく接していたかもしれない。しかし、あの気質は。
「そこら辺は、リールを引き継いだのだろうな」
「は? 王ではなく?」
 大臣は意味がわからないと首を傾げた。
「俺には真似できないさ」
 あの、ただひとつを追い求め、すべてを引き換えたにする行動を。
 壁際で、レランの気配が何か言いたそうに揺らいでいた気がする。



「――剣を?」
「はい!」
 特に祖母に甘やかされてきた長女は、剣を求めた。言い出すだろうと想定していたが、いざ求められると不思議な気分だ。覚えてどうする気だろうか。
「身を守るためか、意味なく人を殺すためか」と問うと、軽率な事を言ってごめんなさいと泣き出した。
 あとで、ご息女になぜあそこまで厳しく問うたのですか? と、大臣に責められた。
 そんなつもりじゃなかったのだが……
 リールの剣の腕に助けられた事もある。しかし、その腕は本当に必要だったのだろうか。本当はもっと、ただの町娘として笑う生もあったのではないだろうか。
 ――愚問か。
 すべてを含めて、あのリールに出会ったのだから。なにかひとつでも違えば、道は違ったのだから。
 それから、レランの稽古の厳しさにぼろぼろになりながらも、ティクレイヤは一度も不満を言わなかった。



 優秀で将来を期待された兄と、自分主張をほぼ通す行動力を持つ姉、の下にいる末って子はどちらかといえば凡庸だった。
 何も求められていないといえば、簡単だった。
 長男の、次の国王となるべく期待。王女の、最終的に求められる政治的地位。過度な期待が悪となって降り注ぐ事もない。
 くわえて、特に秀でたものはなかった。
 才能がないわけではないが、どれも人並みで。華やかな上二人にいつも押しのけられているようだった。
 だからと言って、ひいきしたつもりはない。


「王、手紙が届きましたよ」
「ああ」
 数ヶ月前、旅に出たいと三人が謁見室で言い出した。どう考えてもそれはティクレイヤの希望で、ライドレンドはどちらかというと自分を外で試してみたいと考えていたようだし、リィンティトはほぼ巻き込まれていた。
 定期的に送られてくる三通の手紙。
 薄っぺらい一通目はほぼ真っ白だ。――セイジュにまともな報告を求めても無駄だ。
 やけに分厚い二通目の半分は愚痴だ。――カクウの愚痴は長すぎる。
 時々で厚みを変える三通目は、他と違っていた。――レランから見たリィンティトの変化は目覚しく、あの島の事を考える。
 あの島に住む。かつて世界に名をはせた一族を。

 あのあと、まるで計ったかのようにやってきたリンザインは、すべてを知っているような顔をしていた。
 そういえば、あの家の中で見た“大人”は、自滅した当主だけだった。のだ。
 リールが行った作り変えは、それ以前のものには効果がないのだと。解毒の時間よりも取り込むほうが早いのだと。
 そこに、当の本人も、含まれていたのだと。
 憤りに相手に八つ当たりをしそうになった時、それはおきた。
 急にむせこんだと思えば口元に当てた指の間から滲んだ赤黒い液体。落ち着いて考えれば、どこかやせ細ったその体。
 いっそすがすがしいと、リンザインは自分で言っていた。
 もう、あの島で過去の薬師は求められないのだと。解毒の進んだ島にエアリアスは必要ないと。
『二重の意味で復讐を遂げた。だから、過去の残像は消えなくては』
 消えゆくように城を後にしたリンザインは、やはりどこかで――

「リィンティト王子の様子はいかがですか?」
「あ、ああ」
 オークルも、やはりリィンの様子が一番気になるらしい。
 母親の存在を覚えていないリィンが向かったのはシャフィアラ、今、細々と薬草から薬を作って売る二人の女性の家。ローゼリアリマと、ウィエア・アンダーニーファの元。
 シャジャスティは外へ、他国の医術を学びにでているらしい。
「薬師になるのだろうな」
 母親の面影を探して。
「わが国の王子は勤勉ですから」
「お前、なにか含んでないか?」
「そう聞こえるのなら自覚があるのでしょう。王」
 楽しみですねと、言われ、頷いていた。他に楽しみがないと、はっきり言えそうだった。


 崖っぷちから眺める海は、広大で。波の叩きつける音が風に混じる。
 世界は広すぎて、ここから見える景色は変わらない。きっと、変わったのは自分だ。
「……きれいだな」
 どんな気持ちで、花を海に放り投げるのだろうか。
「――これは未練だな」
 墓標を立てたと言ったら、笑うだろう。
 刻まれた名前を隠すように、淡い色合いの花を乗せる。何もこんなにいらないだろうと思うほど大きな花束をオークルに渡された時は驚いたが。
 今はその香りが心強い。
「花を愛でる趣味があったとは思えないがな」
 大体、植物の区別が食べられるか食べられないか、毒草か薬草かという選択肢で分けられていたのだから。
「――言われた事の半分もできていないな」
 いつしか、笑っていた。
 うれしくて――悲しくて。

 いつの間にか、鎖につながれていたのは、自分だった。
 鍵をかけていたはずの鎖は、粉々に砕けて、消えてしまった。

「かなわないな」

2010.09.25
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