未来 〜おかえり〜

 ここから見える景色を彩る三人が旅に出て、それからの事はあまり記憶にない。
 領土の事、民の事、そして国の事。たくさんの重みを感じながら、どこか、淡々としていた。
 定期的な報告の手紙、緑を称える森。そして海。
 時間というものは不思議で。
 どれほど時がたとうとも、あの瞬間が一番、大切だった。


「父上。ただいま戻りました」
 やはりと、言うべきか。約束の日、約束の時間に現れた長男は、決意を新たに挨拶をした。
 その目標は、母(はは)に捧げるのだろう。
 数年ぶりに会った息子の成長を感じながら、立ち上がった。玉座の階段を下りて、息子に向かい合う。
 立ち上がった息子と、目があった。
 その目にいつも宿っていた炎は、変わらない。
「おかえり」
 引き寄せて、抱きしめていた。
「はい」
 驚いて身を堅くした息子は、それでもどこか嬉しそうだった。


「おとーーーさまぁーー!!!」
 あの暴れっぷりはどうにもならないなと、もういさめる気にもならない。
 ライドレンドから離れて、駆け込んできたティクレイヤの体を抱き上げる。
「遅れてごめんなさい!」
「――いや、気にしていない」
 たゆたう金の髪がふわりとゆれ、青い瞳が丸くなった。
 満ち足りた、香り。
「あのねお父様!」
「どうした?」
 話したい事がありすぎて困るの、と、笑う。子供だと思っていたが、ずいぶん変わるものだと思う。
 背にまわされた腕はしっかりと力がこめられていて、本当に抱きつかれている。これは兄とは違うなと思ってふと見ると、ライドレンドが固まっていた。
「……ティクス?」
「なぁにお兄様?」
「いや……」
 変ねと、ティクレイヤが首を傾げた。
「変なお兄様」
 笑った。
「お父様! なんで笑うの!!?」
「いや、きれいになったな」
「――そうかしら?」
「ああ」
「嬉しい!」
 さらにしがみついてくるので、よしよしと頭を撫でていた。と、扉の向こうに見えたかの影。
 すとんと、ティクレイヤを床におろした。
 怪訝そうなティクレイヤが視線を向ける。その先。
 むすっと、機嫌の悪い次男。
「「………」」
 正面に来ても無言だ。なんと機嫌の悪い。これも反抗期か?
 まるで望んでいないのに強制的に城に戻されて不機嫌な、昔の自分と同じだ。
 面白くなって、いつもの通り頭をつかんでぐりぐりと撫で回した。
「だーー! 縮む!」
 ついでにわしゃわしゃと髪をかき回す。

『抱きしめてあげて』そう、リールが言ったのだ。

 小さい体を包むと、いやそうにもがく。
「おかえり」
「……」
 そういうと、ぴたりと動きが止まった。
「……ただいま」
 ふっと、笑って、肩にあごを乗せていた。それから、振り返ってランドレンドとティクレイヤの所まで進む。
 謁見室にいた兵士も、侍女もすべて、退室していた。
 三人とも引き寄せてみると、やっぱりリィンティトがもがき、ティクレイヤは抱きつき、ランドレンドは身を寄せた。
「墓参りに行くか」
 まだ子供だ。だが、もう子供ではない。



 海に面した崖っぷちで、ただ口を閉ざしていた。
「――父上。母上は――」
 ライドレンドが、重く口を開いた。
「死んだら、海になりたいとさ」
 母と、父に、会えたのだろうか。一生さ迷えという呪いの言葉を、知っていたはずじゃないか。
『どこにいても、見守ってあげるから』
 それは、二人の子供のためか、それとも、自分のためか。
 あんなに苦しんでいたのに、望んだ。幸せそうに。
「えいっ!」
 手向けの花を、ティクレイヤが盛大に放り投げた。色とりどりの花々は、崖下に向かって落ちていった。
 驚いて、息子二人と目を見開いた。しかし、その驚き方は、違ったんだ。
「ティクス、いきなり何するんだ!」
 ライドレンドが怒鳴ったため、ティクレイヤがむっとしたように振り返った。
「だって、お母様海にいるんでしょう!」
 こぼれた涙がちって、光に反射した。
「……あいたいよぉ」
「――っ」
 泣き声に、ライドレンドが息を飲んだ。
 一歩、リィンティトが足を進めた。
「姉上はわがままだよ」
「なによっ!」
 リィンティトが抱えていたのは、“見慣れた”小瓶だった。
 弧を描いて遠ざかる小瓶の中身が、光に反射して輝いていた。
「――覚えている事が、思い出せない」
 言葉は、消えていった。
「話しかけてもらった記憶も、微笑まれた顔も、曖昧で」
 はっと、した。色を失ってすべてが灰色だと思い込んだ世界で、この子たちに、どれだけ心を傾けていただろうか。
「リィンティト」
 呼びかけると、悲しそうに笑った。
「名前の由来を、聞いたんだ」
 その名にこめられた、意味を。
 過去に縛るように、未来を生み出すように。
「だから、薬師になるんだ」
「なまいき」
「でっ!? なにすんだよ怪力!!」
「失礼ね!」
 呆気に取られている間に、下二人が言い争う。だんだん内容がくだらない事へと発展していき……髪を引っ張り合っている。
 しばらく、止める気も起きず二人を見ていた。
 長男も呆れているのか、隣で呆然としていた。それを見て、こちらの視線に気がついたのか目があって、同時に噴出した。
 声をあげて笑いあっていると、リィンティトの髪を容赦なくつかんで睨みを聞かせているティクレイヤと目があった。
「ティクス、そろそろ放してあげなさい。かわいそうだから」
「……わかったわお父様」
「二重人格」
「なんか言った!?」
「まぁまぁティクス」
「お兄様は黙ってて!」
「末っ子はいじめやすいんだから、その辺にしておきなさい」
「常々思っていたけれど、私よりお兄様のほうがひどいわ!」
「どういうことだ」
「どっちもどっちだから」
 さすが、末っ子はよくわかっている。
「なんですって!?」
「なんだって?」
「ぎゃーー!」
 一人でもかなわないのに、その上二人にすごまれた末っ子が泣きだした。
 楽しそうだなと傍観する。その世界。――気がついた。
「こんのーー!」
「かいりきーーー!」
 風が吹いて、髪を撫でていく。どこかに引っかかっていたのか、花びらが舞い上がって海に向かって舞っていく。
 その、色。
 花々の色。空の色。森の緑。太陽の光。そして――三人の声。

 世界を、彩るのは。

「……そうか」
 笑っていることを自覚していた。空を見上げて、呼びかけた。

 約束は、守ろう。

「お前達、いつまでじゃれあっている。置いていくぞ?」
「ぇえ!?」
 いち早い反応を示したティクスの手は、ライドの頬を引っ張っていた。
「へっ」
 地面にへばりついて重圧から逃げようとしていたリィンは間抜け顔だ。
「はっ?」
 してやられたと、ライドは何かに気がついた。
「父上!」
「お父様!」
「ぇええ!?」
 慌てて立ち上がる三人に背を向けて、歩き出す。
 今日の夕食の時間はきっと、騒がしくも楽しいものになるだろう。




「………」
 久しぶりに見た衝撃の光景に、もう声をかけるまでもないかと口を閉ざした。
 目覚めなかったとしても、許されるものだと思っていた。
 そして、そうあってもいいのではないかと考える自分の考えが、ずいぶん変化した事を自覚する。
「……」
 しかし、王は目覚めた。
 そして、視線をめぐらせていた。
 四人で眠っていた所で狭さを感じない広さの寝台。この特注品は、あの小娘の希望だった。
 最初は、何を言い出すのだとあきれたものだが。
 王が、静かにティクレイヤ様の腕を避けている。
「目覚めるものだな」
 静かに、頭を下げた。
「――いや、これでいい」
 とても楽しそうな王が、印象的だった。
 その、満ち足りた表情が、とても印象的だった。だから、自分も嬉しかったのだ。無表情ではない王と共にいることが――

2010.09.26
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