変化 〜よろこび〜

 ようやく目星をつけて、馬を走らせる。北の山にはもう使われていない孤児院があったはずだから、ねぐらにするには丁度よいのではないか、とレランが言った。
 薄暗い山の中を馬で走らせるも、満月だけは輝かしい。まるで、笑われているようだとふと思う。
 何もしてやれない。
 望まれていないのだから、当然だとも思うが、舌打ちをしている。
 舌打ちをしたい気分だというものでも、実際に隠す気はない。
 やがて、斜面の上、丘のようになった場所に、孤児院の屋根が見えてきた。


「遅い」
 一言、だった。
 切り株に座って、月の光を背に受けていた。一瞬、その姿に見ほれて動けなかった。――周りの惨状は無視した。
 ただひたすらまっすぐ歩いたので、なにかふみ心地の悪い物を何度も踏んでいたが、気に留めもしなかった。
 睨んでいた目が、いぶかしむ様にゆれた。ただ、その瞳から視線をそらす事はない。
 羽織っていたマントを外して、包み込むようにその肩にまわした。
 きょとんと、その顔がほうけた。その身に血を浴びながら、月光を背に佇んでいながら。
「なに?」
 疑問に思いながらも、拒絶することはない。自身の前で重ね合わせるように手を出したリールが問う。
「いや、冷やすとよくないと……聞いたことがあるのだが……」
 あとは、口を閉じてしまった。リールは一瞬睨みつけるように視線を送ったあと。次に驚いていた。そして、意外そうに言う。
「……気づいたの?」
「侍女長が教えてくれた」
 そうだ。忘れていた。何があってもいいように専門書を読んだ自分がいたはずなのに、いざ目の前にいる妻に何をしていいのかわからない。
 その言葉に納得したのか、リールは「ぁあ」と言葉を漏らした。
 様子に、これまで思い悩んできたものが止められない。
「ぅわっ」
 横向きに抱き上げて、手元に収める。月の光に消えてしまわないように、名の下に集わないように。
「どうしたの?」
 自分の行動を疑問に思ったのか、不思議そうに問いかけてくる。そういえば会うのは久しぶりだ。
 自分は忙しかったし、リールは視察を兼ねて他の領土に行っていた。
「……産んで、くれるのか?」
 そう、思ったのだ。侍女長に話を聞いた時から。誰よりも死を望んでいた、リールが。
 その顔が、驚いたように、目を見開いて絶句していた。何度か瞬いたあと、静かに笑った。
「呼ばれたの」
「呼ば、れた?」
 なんのことだかわからない。そうとう意味がわからないと言う顔をしていたのか、くすくすとリールが笑う。
「この馬鹿」
 細い……細い腕が首に回される。血に染まった服も、腕の細さも、その手が何をしてきたのか、すべては知らない。
 ただ、この目の前、今腕の中にいることが現実。
 耳元に、小さな囁きが聞こえた。自分で考えられるすべてを、与えてきたつもりだった。
 だからこそ。
「ちょっ……くるし」
 うめくような声にはっとわれにかえる。もてるすべての力を込めていたことを自覚してあわてて手を離す。
 地に下ろした瞬間、ほっと息をつくその姿を見て、何度もその身と赤子は大丈夫なのかと問いかけると。あわてすぎじゃないとあきれられた。


 一方その頃レランは、主と、不本意ながらその妻である小娘の再会を邪魔することのないように離れた場所の木の影にいた。
 そう、おそらく、彼の仕事はこれから岐路につく王子と、王子妃を護衛すればそれでよかった。はず。はずなのだが……
「ったっくよ〜人使いあれぇよなぁ」
「………」
 聞きなれすぎて、むしろ口を塞ぎたい声を無視したいができずに剣を引き抜いた。
「だいたい、どこに行ったのか追うだけでも大変なのに、夜だぜ? ないない」
 はぁとため息をつき、首をふる。しばらくすると、ぐしゃぐしゃと頭をかき乱し始めた。
「だいたい、俺が王子がどこにいったのかわかるわけないじゃねーかよ。生きた発見器じゃあるまいし」
「何をしている」
 その生きた発見器と自分で称したものの声が聞こえて、セイジュは凍りついた。ぎしぎしと音が鳴りそうな様子で振り返る。
 レランはため息をついた。よもや、同じ城内で働くものが邪魔になろうとは、今宵誰が想像しただろう?


 遠くに、同じく聞きなれた叫び声がこだまして耳に入る。
「……」
 幸福感に浸っている所に、無粋すぎると目を開けた。すると相手も同じように目を開けていたので、至近距離でその目を見つけようとしてそらされた。
「なぜそらす」
「なんとなく」
 唇を離して問いかければ、しれっと言ってのける。
「夜は冷える。もう帰るぞ」
「いいけど」
 あっさりとその身を抱き上げて、馬のところまで進む。馬の背に乗せて、その後ろにまたがる。
 横向きと言うあまりない状況で馬に乗るリールの体を支えて、とどめる。この腕が牢のようだと苦笑する。いつの間に、とも思う。
 飛び立って、戻って、消えて、帰って、その繰り返し。
 なんだと見上げてくる視線に口付けを返して、馬を走らせた。
 城の中で狂喜乱舞する様子が、そろそろありありと浮かんできた。


「ぎゃーーー!!!?」
 同情の余地なし、と言う言葉は、この場合のためにあるものだと頭の中で納得する。振り上げた剣先から、脱兎のごとく逃げる影。
「なぜ逃げる?」
「逃げるなと!!?」
 倒れた木のうしろから、声がする。そっちか、と、レランは標的を確認した。


「あなた!! あーーなーーたぁ!!!!」
 いつもは、廊下を走るなと率先して言うはずの王妃が、夜の城内をドレス姿で大またに走っていた。
「フレア、いったい何事かね」
「いったい何事ではありませんわ!!」
「じゃぁ、何事かね」
 国王は、ことの詳細を聞いていたのだが、この場合妻のしゃべりに任せたままにするほうが得策だと、長い月日の中で学んでいた。
「私(わたくし)の玩具(おもちゃ)が!!」
「孫といってやりなさい」
 そうきたかと、国王はため息をついた。


 とくん、とくんと、聞こえる音に身を任せる。ただ静かに鼓動する音。なんど、聞いてきたのだろう。
 なんど、この身を預けて、そして――
「どうした?」
 ちょっと意識がはずれるだけで、問いかけてくる。このすばやさ。
「なんでも」
 そっと、手を伸ばして腹部に当てた。
 聞こえたあの声は、そう。本当なのだ。うそでも、間違いでもない。私を、呼ぶ声。
 “また”ね。まだだから。
 ふっと、ぬくもりが加わった。腹部に当てていた手に重なる手。見上げると本人はいたって平然と、前を向いているつもりらしい。
 笑ってしまう。


 最後の断末魔を聞き遂げてから、ふとわれに返る。嫌な予感に駆られた、というのが正しい。
 足元でひくひくと手を伸ばす男を無視して、足早に戻る。その場所。
 誰も、いなかった。
 いや、いたのは、うめき声を上げるまでに回復した山賊たち。
「ぅらぁぁああ!」
 立ち上がって剣を突きつけてくる男の剣を弾き飛ばして、顔面を殴り飛ばして昏倒させた。
「うへっ容赦ねぇなぁ」
 この男のほうが、しぶとい。
 ゆらりと、自分でも何かを背負っているのは自覚して振り返るとひぃっという悲鳴が聞こえた。
 遠くで、こちらを伺っていた山賊の一人が気絶した。
「一人も残さず縛り上げろ」
「はいいぃ!!」

 王子の命を受けて手伝いに来た自分ともう一人の隊の者と山賊を引っ立てて城に戻る頃には、朝になっていた。


 何かの気配を感じて目覚めて、首を右に回して見るとそこにいたのは王妃だった。
 ベッドの端にひじを着いてこっちを見ている。絨毯の上に直接座っているのだが、今回は誰も何も言わない。いえない。
「よく眠れて? リール?」
 笑顔が何かを含んでいるようで警戒した。
「何を身構えているの? ほらほら、おきたおきた。朝食が遅くなってしまうでしょう」
「な」
「ほら、だってあなた。子がいるのよ。侍女長がおしえてくれたわ〜もう。もっと早く教えてと頂戴。びっくりしたじゃない」
「カ」
「そうそう。カイルなら今山賊を引っ立ててきたレランの元に言ってるわ。とっても、不機嫌な顔して」
「だ」
「だから私があとを任せてもらっているの。光栄でしょう?」
 にこにこと、王妃は笑顔だ。口を開くたびに先回りされてしまったリールは、一度深呼吸した。そして言う。
「王妃様が待っているのは玩具の間違いでしょう」
「まぁリール。否定はしないけどそれだけじゃないわ」
「……」
 何を言っても無駄かと、リールは遠い目をしていた。


「で?」
 王子は相変わらず、不機嫌だった。
「たすけて〜」
 なぜか山賊と一緒に引っ立てられているセイジュも縛られていた。
「牢に入れてきます」
 最初にセイジュを引きずっていく、レラン。
「ぎゃーーー!!?」
「騒がしい」
「たいちょ〜」
 セイジュの隊の副隊長ががっくりと頭を落とした。
「大変そうですね。手伝いましょう」
 くすくす楽しそうに笑いながら、オークルが通りかかる。
「助かる」
 レランはあっさり頷いた。
「おまえらっ!? 王子と一緒にやさしさも置いてきたのか!!?」
「本人に聞こえる前で言わなくてもいいでしょうに」
 オークルがため息をついた横で、
「同感だな」
 すかさずカイルが突っ込んだ。
「ぎゃーー!?」
「楽しそうよね」
「リール、何をしている」
 あきれた声に、カイルが声をかける。心なしか、あわてているように思える。
「あれ。どうにかして」
 心配しているのか睨んでいるのか傍目からはわからないカイルの視線に臆することなく、リールは自分の背の向こうを指した。
「リーールーー!!?」
 カイルがさくっとリールをレランの背の後ろに隠した瞬間、王妃の目がこちらを見つめた。
「エルカベイル! リールは!?」
「母上がしつこいので逃げたのでは?」
「どこに!!?」
「知りません」
「まぁあなた、知らないの。知らないというの?」
 ずかずかと王妃が近づいてくる。はぁとため息をついたカイルが歩を進めるとと、王妃の足が止まった。
「だいたい、すぐに母上に見つかりそうな場所にいるわけがないでしょう」
「そうなのよね。でもあの子が逃げるところなんて、あなたの近く以外に思い浮かばないわ」
「ですから、逃げたのでしょう」
「もう! 話すことが山ほどあるのに!!」
 ぁあもうと声を荒げて、王妃は王子妃を探すべく城の中に戻っていった。
「ったく」
 邪魔ばっかりだとカイルが髪をぐしゃりと握った、その後ろに。
「ぁあ、リール。やはりここか。元気なのはいいことだが、ほどほどにな」
「ご心配をおかけしました」
 なぜかレランの背後を取るように現れたエルディス国王。
「まぁそこまで心配してはいなかったが。元気そうでなによりだ。そうだ、湯治にでも出かけるか」
 いい提案だと言いたげに、にこにこと笑顔の国王にリールが言う。
「陛下と二人で?」
「よくわかっているじゃないか」
「父上」
 リールが次に口を開く前に振り返ったカイルの声がほとんど呪いのようだった。
「なんだ、父親を呪うな。なぁリール」
「そうですね。父親が呪われないといいですね」
「……嫌味か」
「そう聞こえるのか」
「そう聞こえるみたいですね。陛下――は?」
 にっこりと会話していたのだが、というか背後から突然国王が現れたのには驚いたが――じゃなくて。
「父上」
「まったく、いつまでやってるんだ。朝食もまだだろう」
 国王は抱き上げたリールをカイルに手渡してから、またあとでなとリールに声をかけてから城に戻っていった。
 しばらく、リールがカイルを見上げて、カイルはリールを見下ろしていた。それから、カイルは縛られて転がされているものに背を向けた。
 さっきまで壁にしていたレランに言う。
「連れて行け」
「はい」と返事が二つ。それと、
「おれもーーー!!?」
 いまだに縛られたままのセイジュ。
 話は振り出しに戻った。



「聞こえた?」
「はい?」
 突然、抱きついてきた王の体を支えると、ささやかれるように、まるで、言葉にするのももったいないというようにかすかな声で王が言う。
「声は、届くんだ」
「タイム王?」
 その知識以上に持て余る体で、精一杯生きる。
「声は届くんだ!!」
 嬉しそうに笑う。その表情に安堵して笑う。
 結局、なんの話だか王は教えてくれなかった。王は、その時が着たら、おしえてもらえるよという意味深な言葉を残したまま嬉しそうに空に手を伸ばしていた。

2009.03.21
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