変化 〜命の森〜

「ねぇ、リールはシャフィアラに帰るのかしら?」
 嫌々ながら母親のお茶の相手をしていたカイルは、飲んでいたお茶を噴き出した。
「……は?」
 ぼたぼたとお茶を滴らせたまま、あわてて布を持っていた侍女の手から手拭を受け取りながら、カイルは呆然としていた。
「あら? 何を動転しているのカイル? で、あの子。どこで出産するの?」
「ぁあ、そういう意味ですか」
 いろいろなものを取り繕いながら、カイルが声を絞り出す。
「まったく、本人に聞きたかったのに!」
 で、いないから執務中の俺の所に乗り込んできて執務を邪魔した挙句お茶につき合わせているわけですか。
「どこに逃がしたのよ! まさかシャフィアラにもう連れて行ったの!?」
「そんなことしませんよ」
「そうよね。望んでも返してもらえなそうよね」
 母親の言葉が意味深すぎた。
「それでどこに行ったの?」
「……」
「エルカベイル、あなた本当に知らないの?」


「それで、えっと、リールさん?」
「なんですかループ王」
「僕は構いませんけど、大丈夫なんですか?」
 なんか、一人できたみたいですけど。馬で。
「平気よ」
「ならかまいませんけど」
 森の奥まで進んで、セレアの泉に足を浸す。この下にはクォーツがあるはずだった。
 手折ってきたメルトネンシスを遊ばせる。あの時、セイファート王がいたのだ。
 その様子を、何かを考え込むように見つめていたループが口を開いた。
「――知っています。記憶として」
「そんな事を聞くために来た訳じゃないわよ」
「はい。でも」
「?」
 途切れた声に、首だけ回してうしろを振り返る。うつむいたループ王は、手を強く握り締めていた。
「どうかしたの?」
「僕達は」
「本来であれば、人の歴史と聖魔獣の歴史は重なる事はない。それは王の代替わりが行われる瞬間だけ。なんて時に、産まれたのかしら」
 自分の存在を否定するような言葉を遮って、リールは言った。
「だけど、だからここに私がいるの」
 助けて、くれたの。あの昔に。一緒にいてくれた。支えてくれた。そして、消えてしまった。
「悲しい、寂しい。でもそれは、楽しくて嬉しかった事を否定するために使ってはいけないのよ」
 手を伸ばして、その手を取った。
「ごめんなさい。私は――あなた達を否定してしまった。苦しめているわ」
「いいえ。いいのです。わかるんです。前王の心は」
「そんな事忘れて、私に怒ればいいのに」
「そんな事できません」
「だから、嫌なのよ」
 それを、まるで利用したみたいで。
 口から突いて出た言葉は、戻らない。
「あのっ、会ってもらいたい親子がいるのですが」
 暗い空気を振り払おうと、ループが話題を変える。まだ産まれて間もない王に、気を使わせているとリールは心の中でため息をついた。
 例え、歴代の王の記憶があろうと、彼らが生まれてから生きた時間は短い。
 子供と、同じなのに。――って、
「親子? 会う?」
「ぇえ、きっと、喜んでもらえます」
 ちょっと待ってて下さいと言って、ループがぱたぱたと走り去る。お付の仕事だろうにと思いながら、それを見送る。
「で?」
 じろりと、距離のある木の裏を睨みつける。
「隠れてる気?」
「うるさい……」
「なんで逃げ腰なのよ。っていうか逃げるならもっと遠くに逃げなさいよ」
「セイファート王が……」
「いや、いないし」
 ずばっと、つっこんだ。
「………娘」
「何よ」
 はぁとため息をついてよってくる獣が、人型になった。どこか懐かしいと感じる切り裂き魔に、笑える。
「王は、知っていた」
「何を――どこまで、かしら」
「お前と、レピドライトの王のことだ」
「そう」
 ぼんやりと、遠くを見つめる。あの頃、あの時。すべてを、いやなんであっても、利用しなければならなかった。
 なぜそうせねばならないのか、なぜか、と疑問に問う事はしない。
 ただ自分のためにすべてを――

 ――ん……?

 はっとして、あの場所で成し遂げようとしていた言葉を四散させる。
「娘?」
「いつも……止めるのね」
 その言葉は、特定の誰かに、向けたものではなかった。
 伸ばした手を腹部に当てる。微笑んだのが、自分でもわかった。
 重ねた手が暖かいのは、きっと――
「娘……まさか」
 タキストが、慌てふためくように一歩足を引いた。
「聞いてないのね」
「会いたくもない」
「だからなんで出てきたのよ」
「それはセイファート王が……」
「が?」
「それは……」

『黙っておくのがいいだろうな』
『王……』
『お前が、それを言うとは思えない』
『……王』

 思い出すのは、四散する前の王との会話。あまりに一瞬の出来事で、あっという間だった。王とすごした日々は短すぎたのに、ただ散漫と人間に怒りを向けていた日々よりも長く感じる。

「?」
 固まってしまったタキストを覗き込んで、リールは疑問を感じたままだった。

「すみません遅くなってしまって!」
 そこにパタパタと走ってくる姿。ループ王だ。
「ぁあ、いいえ別に」
 そんなに待ってないです。話し相手も――いない。
(逃げるのだけは早いわよね。相変わらず)
 それで自分に濡れ衣がかかったのだ。――あ、思い出していらつく。
「本当にすみません。彼らを」
 荒い息を整えながら、ループは自分のうしろを振り返った。
「ふきゃ!」
「ぅわっ!?」
 瞬間、目の前が真っ白く染まった。突然目の前に降ってきたのが、ルチルクォーツの子獣でも大きいほうだということまで、考える事ができた。
バッシャーン!
 音が、間をあかずふたつ聞こえた。
「………」
 しばらく、時が止まったかのようにあたりは静寂に包まれた。
 ループと、子獣の母親は、全身の毛を逆立てて固まってしまった。頭に浮かんだ一言は、「まずい、殺される」だろうか。
「っ!? リリリリリール!!? さん!!?」
 慌てふためいて水辺を覗き込むループと、呆然と固まったままの母親が岸の上にいた。それと、森の端からそっと覗く、気配。ぴょこっと、耳が見える。
「ぷはっ!?」
「リリリールさん!!?」
「――ぁあ」
 ぽたぽたところがぼたぼたと髪から水を滴らせて、リールはループのいる岸辺を振り返った。
「で、この子は」
 その手が、よいしょと子獣を抱えあげる。その子獣が心なしどころか見るからに震えているのは、寒いからではないだろう。
「元気そうね」
「くー」
「怒ってないから」
 なんでそうどいつもこいつも私がいつもそんなに怒っているように見えるわけ?
 子獣を岸にあげて、自分も水から上がる。天候はよいとはいえ、寒い。
「ぁあ、まったく」
 着ていた服の上着を脱いで、絞り上げる。おろおろと子獣が慌てふためき、その母親も。それと――?
「なにあれ?」
 ぴょこっと、耳が動いた。それに顔も。一匹? いや――
「申し訳ありません!!」
「うわっ!?」
 突然人型となった母親――女性の声に驚く。あの時、まっすぐに向かってきた母親だと思うと、喜ばしい。
「気にしないで」
「そういうわけには、とにかく乾かしていただかないと」
「あれは?」
 話を遮って、森の端を示す。すると頭が消える。
「え? ――あれは、」
 母親の顔が、みるみる険しくなる。何事かと思うと、動いた。
「あなた! 子供達をお願いしたはずですのに!!」
「いや、それがなぁ……」
 現れたのは、同じく人型のルチルクォーツだ。親子か。あなた! と怒る母親にうなだれる父親といった所らしい。
 それと――
「キュー!」「ぴゃー!」「みょ〜?」
 三匹の子獣が現れた。
「ちっさ」
「ぴやっ!?」
 一匹を抱えあげると耳をぴくぴくと動かした。それに、
「きゅー!」「みゃー!」
 二匹も足元から上ろうとがんばってくる。いやいや、危ないから。
「くー!」
 一番でかい子獣がぼくもーという感じで飛びついてきた。ぐらりと揺れた。危ないと反射的に思うが、自分でも意外に思うくらい反応が鈍かった。
 緩やかに、景色が動く。自分が、倒れる――
 突然背後から支えられて、上半身を起こしまたまま足元だけ崩れたような格好になる。何かを察したまま振り返ると、目が逸らされた。
 気まずくはないのだが、微妙な沈黙が降りる。
「タキスト」
 身の毛を逆立てて焦ったループ王が、ほっとしたように、声をかける。お付は基本的には王の傍にいるはずなのだから。
「きゃー!? 何をしているの!?」
 今の今まで言い争っていた母親が父親そっちのけで助けに来てくれた。その間に再びタキストは消えていた。
「すみません、ごめんなさい。あなた達。ほら」
「くー」
 一番大きい子獣が、擦り寄ってきた。子供は、言語を介すのはまだ先になるはずだ。
 掌を押すように鼻を押し付けてくる。滑らせて頭を撫でながら、言う。
「覚えているから」
 あの時、消え行く命だったもの。セイファート王が言っていた。

『生まれたばかりや歳のいかない子獣が、次々と息絶えている。このまま行けば確実に我らは滅びる。先(せん)の戦いで、ルチルクォーツ(われら)の数は半減した』

 だけど、今。
「ぐきゃっ!?」
 三匹の子獣がいっしょーと言いたげに大きい子獣を潰す。
「こらっ!?」
 母親は大変そうだ。一匹一匹引き剥がしている。
 わかっている。こうやって命が繋がれていく。新しい王の力で。
 だけど、どこかで考えていた。彼らが行き絶えても、ラーリ様が生き残る方法を。
「っ!? ぇ!? あの!!?」
 突然、母親とループ王が慌てふためく。ぁあ、泣いているなとどこかで自覚する。
「どうしました!? なにか気に入らない事でもっ!!?」
「いいえ」
 ねぇラーリ様。とてもうれしいの。けどあなたがいないことが――悲しい。
「ごめんなさい。別に、無礼だとかそういうことじゃないから」
 ごしごしと涙を拭いて、立ち上がった。
「ありがとう」
 静かに、微笑んだ自分がいた。


2009.03.21
Back   Menu   Next



ここにきて、久しぶりにこの話は恋愛だったと思い出しました。
恋愛とか欠片もなかったしね!!途中とか!!
友にこれって、恋愛に分類していいの?ってきいちゃったしね!!
あ、編題は「約束編」です。いつもながらこの編題を考えるのが楽しくてしかたない。
今回はいつになくがんばりました。レラン活躍してるし、聖魔獣もでてきたし、カイルは相変わらずだし……がんばったんだよ!!


Back   Menu   Next