変化 〜祝福の欠片〜

 あきらかに休みが増えている。暇な時間が。ぼけっとしている時間でも出没するので、邪魔だと言う……言わないが、仕事あるはずでしょう。
 なのでお義父様に問い詰めてみた。すると何を言い出すのか老後の人生設計について相談された。
 そんなの、自分で考えてよ。


 なんでもカクウがきているとかで、挨拶された。元気そうねというと、なんとも嫌そうな顔をした。
 王子にいじめられるので助けてください〜って、なんで私がと言い切ると。そうですよねとかなり真剣に納得された。
 どういう意味よ? ぇえ?


 時々、やっぱりループ王の所に遊びに行く。黙って行ったり、一緒だったり。いろいろ。
 ひとりで行くよりは、一緒に来たほうがループ王も安心するみたいで。また来て下さい。二人で。と、別れ際に強調するようになった。
 タキストは相変わらずで、あの子獣たちは見る見る大きくなっていく。
 クレイス湖は変わらず水面(みなも)を湛(たた)えていて、足を浸すと心地よい。
 ループ王は行為でクォーツを持って帰るかと言ってくれたが、断った。それは、ひとつあればそれでいい。


 おだやかさと、ままならなさと、変化していく。
 ある日、気に入らない事があったから、きれた。いらいらして、仕方ない。
 ……すると真剣に謝ってきた上で、馬上にいる。ゆっくりと進む馬――ソワール。
 穏やかな風が首筋を通り抜ける。左右の景色が変わる。
 眠い。

 目が覚めた時は座っていた。どうやら目的地なのか。さわさわと枝葉が頭の上で揺れている。木陰を通り抜ける風も手伝って、心地よい。
 前に回された腕と、背にあたる暖かさ。ゆっくりと後ろを振り返って――顔が近づいてきた。
「リール」
 呼ばれているのは私。けれどひどく曖昧で。現実を認識するには時間がかかる。私を、思い出すには。
 道のりは長く果てしなく。まだこれから先に、続いている。
 どこを、歩いていくのだろう。
「リール。何を考えている」
 ゆっくりと触れ合うように口付けを受けていたが、ほとんど上の空だった。かなり機嫌が悪そうだ。
「んっ」
 現実に意識を引き戻すかのようにかき回される。かき乱されて――また寝ていた。


「……おい」
 はぁとため息をついて、力のぬけた体を抱きしめた。
 それが普段の姿と言うならば、そうだとは言えない。だがどこが違うのかと聞かれれば――
 こてと、寝にくいのかその頭が落ちてくる。苦笑して支え、ぼんやりと鳥の声に耳を傾けた。
 考えても考えても考えても――少しだけ、考えるのをやめた。
 これから来るであろう物を、歓迎するために。



「あなた!? リールをどこに隠したの!?」
「……隠してないが」
「カイルもいないのよ! まったくあの子! あなた! カイルはあなたが育てたんでしょう!?」
「いや、お前が産んだはずだろう」


「うひょう!?」
 鼻歌を歌いつつ廊下を歩いていて、背後から飛来したものに体をねじって避ける。
 さらに遠くまで進んで、壁に突き刺さったものの深いこと。
(あたらなくてよかったー)
 太陽がまぶしいと言うように、手の甲で額をぬぐっている。
 セイジュの思考回路は幼児なみだった。
「そのようだな」
 その背後から、低い低い静かな声。
 びきしと固まったセイジュは、かたこととしか動けない人形のように首を何度か動かした。
 うしろを、見るために。
「ぎゃーーー!!?」
 レランの手に短剣は余っていた。

「う〜んなんだか見慣れてきたなー」
「久しぶりでしょう」
「いや、別に懐かしい光景でもないと思うよ」
 ないないと手を振る。その間も、耐えることなく断末魔。
「助けなくていいの?」
「見慣れてますから」
 さくっと、オークルはカクウの言葉に答えた。
「っていうか王子いないしー」
「最近は、時間をきっちりと守っておりますから」
「時間外労働に属するって?」
「はい」
「それって、僕の仕事はどうなっちゃうの?」
「相応の報酬を貰っていて何を言いますか」
「そうだけどさー」
 はっとして、二人は横に避ける。オークルは左に、カクウは右に。その生まれた間を、短剣が通り抜けて行った。
「……」
「なんていうか、平和だよね」
 おそらく、一人を除いて。
「死ぬーーー!!?」
 よく通る声に、答える声はなかった。



「アズラル様」
「なんだ? イーザス」
「ここのところ注文品の納品が遅れて……」
「アズラル様!」
 どがんと、扉が開いた。両手が塞がった双子の姉妹。セナとユアが現れる。
「新しい布を分捕ってまいりましたわ!」
 姉の言う事は非情だ。
「「とってもやわらかいんです」」
「よ!」
「わ!」
 イーザスは、避けた。まぁいいかと首をふる。どちらにしても、彼の主が納品に遅れようと気にはしないだろう。
 それでも一応、声だけはかけておかなければと義務感にかられるイーザスだった。
 目の前では、すでに赤子一人では着きれないほどの洋服が出来上がっていた。
 ……まだ性別もわからないというのに……
 ため息をつきそうになる反面、同じように楽しみにしているのも事実だと、イーザスは窓の外を仰いだ。



「遊びに行くの!」
 唐突だった。
「……なんのこと?」
 冷や汗が流れているような錯覚は、現実だ。
「リディに会うの!」
「……ザインを説得してきなさい」
 ローゼリアは、止めなかった。

「遊びに行くの!」
「……ローゼリア!!」
 ザインは、叫び声をあげた。今の一言にこめられた思いとしては、なんで止めないんだ!? だろうか。
「遊びに行くの〜!」
「いやいや、あのなぁ」
「行くの〜!」
「………」
 がっくりと、リンザインは頭を落とす。
「あのな、アンダーニーファ」
「ウィア!」
「あのな、ウィア」
「うん!」
 輝かしい笑顔で、アンダーニーファが答える。
 ……。
 再び、リンザインは頭を抱えた。
「行くの!!」
 答えてくれないのに不満を覚えたのか、力強い口調でウィアが断言する。ほっておけば、おそらく、一人ででかけるだろう。
「……はぁ」
「ザインも行くの〜!」
「わかった」
「ほんとっ!?」
 うれしそうに、うれしそうに笑う。どこかで、昔の表情と重なる。
 そうか、今は、笑って、いるのか――と。昔は、笑っていたとか。今も、笑っているだろうと。
「リディ驚くの!」
「そうだな」
 だけど、たぶんもっと驚くだろうよ。ウィア。



「嫌な予感がする」
「はぁっ!?」
 突然目を見開いたかと思えば不吉な事を言ってのける。いきなり何を言い出すのかと慌てふためくと、呆れた視線で見上げてくる。
「たいした事じゃないわ」
「何をばかな」
 そういいながら抱えあげる。城に帰って医者に――
「だから! そうじゃなくて!」
 何か言っている言葉も耳に入らず――唇が塞がれた。
「……」
 抱えあげた腕に力を入れて、引き寄せる力に手をかした。
 時間にして数秒。静かに離れようとするものを追いかけた。もがき始めたので押さえつけた。
「だっ!?」
 思い切り髪を後ろにひかれた。
「ぬけるだろう」
 やんわりとその手をはずす。
「人の話を聞け」
「聞いてるだろう」
「どこが」
 おい、ため息をつきたいのはこっちだ。
「――ぁ」
「なんだ!?」
「うるさい」
 そこまで嫌そうに冷ややかに視線を送るな。
 リールの手が、膨らみを持つ腹部に触れる。ゆっくりと撫でていたかと思えば、顔を上げた。
「動いた?」
「俺に聞くな」
 疑問に答えながら、リールは信じられないと言うようにお腹に手を当てている。その手に手を重ねてみても、何も。
 しばらくそのまま、そして笑う。
「戻るか」
「いや」
「………」
 そこは、いつものやり取りだった。困らせる気か、本気か。まさか。
 抱き上げて、視線を高く上げる。森の中は静かで、鳥の声と、日差ししかない。傍で草を食むソワールも距離をおいて、向こう。
 何を見ているのかと問われるのは、無粋だった。
 ほとんど同時だった。再び唇が重ねるように距離をつめたのは――



「ねぇ! ねぇ!」
「聞こえている。……ドリーム」
「赤ちゃん!」
「………」
 また唐突な言葉に、ノルラド王は頭を抱えた。この黒龍の王という娘が、朱の瞳を輝かせて、黒い髪が揺れるくらい力強く、言うのだ。
 しかも、要点だけすぎるので、話の流れがつかめない。
「見れない!!」
 自分には娘はいないし、女の姉妹もいない。しかし、人型でこの城の中に入り浸る小娘の姿に、城内の人々は最初こそ目を丸くしていたが、いまでは茶菓子が出てくる。
 あの時、護衛をしていた一人が壁際で笑いをかみ殺していた。
「いったい、なんの話だ」
 いつもあわてて、もといあきらめてやってくるこの娘のお付の様子を見ていて、子の娘の扱い方を学んだ。
 王となって、まさか、獣王という存在と関わると重いもしなかった。オブシディアンは、神殿の地下に追いやったのだから。
 そこにあるものは、手の内にあるものだと、操れるものだと思っていた。
 それがどうだ。精神体から体を得た娘は、暇を見てはこの城の中に現れる。
「リールの赤ちゃん!」
「……」
 子供は、子供に興味を持つのか?

2009.09.15
Back   Menu   Next