変化 〜支えとなる〜

「リディ!」
「ウィア……」
 リディに会うの! と、アンダーニーファが楽しげに、輝かしい笑顔で宣言する。その様子を見ているのに、相手をするのにはもう疲れたと言うように、リンザインがうめく。頭に乗せた手、あちゃーと困り顔。
 振り返ったアンダーニーファの、むっとした顔。
「まぁまぁ、落ち着いてザイン。ウィア、かわいい顔がだいなしよ」
 ローゼリアリマが、よしよしとなだめるも、
「リディ〜!」
 止まらない。
「……わかったわ」
 城門の前まで来て、その人の多さに辟易する。もともと、ローゼリアリマは人ごみが苦手だ。
「ずいぶん向こうまでいっぱいだよ。割り込めないね」
 様子を見てきたシャジャスティがお手上げだと言うように両手をあげる。
「どうしたものかしら……」
「リディ!!」
「静かにしろ、ウィア」
「リディーー!」
 何を思ったか、だーっとウィアが走り出した。
「ウィア!?」
 そして三人は、予想外な光景を目にする。



「来客?」
「リディー!!!」
 どがんと、飛び込まれた。
「ウィア」
 すっぽりと抱き寄せて、扉の方向に目を走らせる。疲れたようなザインと、目を輝かせるローゼと、物珍しげに……あれは何かを盗って帰ろうと考えをめぐらせているシャスだ。
「リディ!」
「元気ね、ウィア」
 と、目を覚ましたのかライドが泣いた。よいしょっと抱き上げると、ウィアが目を丸くした。
「赤ちゃん!」
「そうよ」
「だっこ!」
「ん〜」
 必死で、手を伸ばしてくる。しゃがみこんでその手に預ける。右手はこっち、左手はこっちね。
「赤ちゃん!」
「あー!」
 驚いたのか、ライドが泣き止まない。しかしウィアもめげない。だが泣き止まない。
「あかちゃんーー」
 同時に泣き出した。
「ウィア」
 ローゼがライドを抱き上げて、あやす。その間に、ウィアが飛び込んできた。
「うわーん!」
「よしよし……」
 っていうか騒がし……
「この子、リーディルの?」
 ローゼがにこにこと笑うライドと、私と、それともう一人をそれぞれ見た。
「ライドレンドよ」
「ライド、レンド」
 ザインが、静かに繰り返した。ローゼは、ふふっと、笑った。
「おめでとう、リーディル」
「ありがとう」
 やり取りの間に、ウィアが顔を上げる。
「赤ちゃんー」
「そうよ。ウィア。あなたおばさんよ?」
「………やぁー」
 しばらくして意味がわかったのか、ウィアがほおをふくらませる。様子がおかしくて、笑った。一緒に、ローゼも笑った。
「それにしてもよく入ってこれたわね」
「ウィアのおかげだ」
 さすがに驚いたがなとザインが言う。
「でも、全部無視して門の中に突っ込んで行った時は冷や汗が出たわ」
 危ないったら、もう、行動が読めないもの。ローゼが心配したと言う。
「槍の下潜るっていう荒業に出るのは、リーの影響だよ」
「シャス? 何か持って帰ろうなんて、考えない事ね」
「……」
「門番が入れてくれたのね」
「はいったの〜!」
 それは、前に王妃に遊ばれ倒されたおかげなのか?
 視界の端で、客室の準備をレランに言いつけるカイルの姿を捉えながら、考える。
「でもひどいわリーディル。教えてくれてもいいのに」
 なんにも準備できていないと、ローゼが残念そうに、悔しそうに、する。
「来るなんて思わなかったもの」
 言うつもりがなかったわけじゃない。ただ、たぶん。怖かったのだ。そう、ひとつだけ――
「ひどいわ」
「ごめんなさい。ローゼ」
 静かに謝ると、ローゼは首をふる。でも、やっぱり少しだけ、恨めしいようだ。
「しかし、小さいね」
 タイミングを見計らったかのように、シャスがライドのほおをつつく。面白いのか、何度も。
「あー!」
 ライドがうめく。びくっと、シャスは手を引っ込めた。
「触るなって」
「嫌われたのー!」
 ローゼの冷ややかな言葉に、ウィアの止(とど)め。おいこらと、シャスがウィアを睨みつける。部屋の中を走って逃げるウィア、追いかけるシャス。
「部屋の準備が出来たぞ」
 戻ってきたレランの報告を告げるカイルの言葉に、ウィアが反応する。
「お部屋見たいー!」
「はいはい」
 ローゼがライドを私に手渡す。それから、ローゼとシャスとウィアが、レランの後ろに並ぶ。同時に、大臣に呼ばれたカイルも部屋を出る。
 うとうとと目を瞑るライドをゆりかごにおろして、私は腰を下ろした。
 閉じられた扉の内側に、ザイン。
 しばらく、ゆりかごを揺らす。完全に寝入ったライドの額にキスをして、顔を上げた。
「……大丈夫なのか?」
「わからない」
 ザインは、心配してくれている。その心遣いに、しかし確信のある言葉は出てこなかった。
「わからない」
 二度、繰り返す。
「まぁ、お前は特殊だからな。だから――」
 気遣う言葉を、静かに視線を送って制した。誰よりもよく、わかっている。心配も、一縷の望みも。願いと、願いも。
「話したのか?」
「まさか」
「そうか」
「こんなに、生きる予定じゃなかったのに」
「……幸せにな」
 後悔とは言わない言葉が口をついていた。そこに響いたザインの言葉に、驚いて反応が遅れる。
 次に言葉を発しようとした時、もうザインは部屋を出ようとしていて、ひらひらと手をふっていた。


 それから、騒ぎを聞きつけた王妃とウィアのやり取りに、国王とザインのやり取りに、なんだかもういろいろ。
 お祝いだと届く品も多く、人々がうれしそうに城下が活気付いている。
 アズラルも迷惑なぐらい産着を持ってきた。セナが言うには女の子用も同じくらいあるらしい。なのでユアが、絶対女の子も産んでくださいねと言う。
 言っておくけど、次も同じくらい作ったら困るわよと釘を刺すと。二人は目を見合わせてそそくさと立ち去ろうと動く。
 ちょっと待ちなさいと、止めるのに必死だ。
 夕食はこれがまた騒がしい。なんの騒ぎだろうか……
 珍しくお義父様も一緒で、しかも止めない。ウィアとシャスが一番悪い。誰よ、シャスにお酒出したの!?



 ローゼとウィアの質問攻めから開放されて、部屋に戻った時はもう寝台に倒れこんだ。
 話し込んでいる時に授乳を済ませていたライドは、今は静かに眠っている。
 寝台の真横のゆりかごに手を伸ばして、その頬に触れようとして、手を止めた。
 足音を立てずに、部屋の中に向かってくる気配。
「まだおきていたのか」
 驚いたように、カイルが言う。
「ウィアも、ローゼも、楽しかったみたいよ」
 だからこそ、いろいろと話をしてくれた。見てきたもの、楽しい事、明日の予定。
「よかったな」
 羽織っていた上着を長椅子の背にかけて、部屋の中のろうそくを消しながらカイルが寝台に向かってくる。
 中途半端に伸ばしていた手を取られる。唇が押し当てられて、むずがゆい。
 その手を離してくれたかと思えば、今度はライドに視線を向ける。心地よさそうに眠る息子に満足したのか私を見た。それからのしかかってくる。
「……」
 部屋の中は薄暗く。影となって表情がよく見えない。でも、わかる。
「大丈夫か?」
「……なにが?」
 一瞬の間が、すべてを物語っていた。あわさった、視線を先にそらしたのは、自分で――
 何も後ろ暗い事がないわけじゃ、ないので。
短く、ため息をつかれた。その手がほほに触れる。くすぐったい。
そう思いながらその手に手を添えた。
「無理をするな」
 誤魔化してるのは、百も承知だ。
 だからこそ、言わない。
 だけど言わなかった事を、後悔するかもしれない。後悔するのだ。いつも、言いたい事が多すぎて、言えないことが多すぎて。
 不安、で――
 不安?
「おかしいわね」
 自分で思ったことに自分で答えてしまう。心外そうにカイルがまゆをひそめるのを、違うと言って抑える。
 やはり、ため息をつかれた。
 言わない事は絶対に言わない。言わせない。そう、それでいいと言ったのだ。だから必要以上に、干渉しない。
 だが、時折、もどかしいのだろう。
 そんな時ほど、私は何も言わないと知っているから。
 だからため息をつくのか。と、抱き寄せられた。どこか、不安な事を悟られたのかと一瞬、あわてる。
 逃げ出せないくらい強く囲われて、顔を埋めた。伸ばした手で服の端を握り締める。
 驚くくらい安心して、暖かくて、ゆっくりと眠りに落ちていった。

 数時間後、泣き出した息子に叩き起こされた。



 ライドはまだまだ幼くて、抱き上げて散歩する時間も限られる。それに文句をいうつもりも、なかったのに。
「ローゼ?」
 自分の甥っ子を抱きしめて、ローゼが笑う。その隣でウィアがぴょこぴょこはねる。
「どういうこと?」
 何を言われたのか、よくわからない。
「だから、ライドは私」
「ウィアも!」
「私たちが見ているから、リーディルは外に行ってきて」
「あのねぇ」
「でないと干からびちゃうの!」
「カビが生えるんだろ」
「どっちも同じよ」
 冷ややかに話を聞き流しながら、ザインに視線を向ける。……なんだってぇえ?
「誰の悪影響だろうな」
 リンザインは、かなり遠い目をしていた。

 しかし、やっぱりというか。私でも手を焼く赤子の世話はあの面々には無理だったみたいだ。
 だーとなくローゼとウィアをあやしながら、ライドを眠らせた。
 気の済むまで騒いで、笑って。笑う。
 心を占める負の感情がいつしか、遠ざかる。
 誰が想像したのだろう。すがっていた名を捨てて、失ったものは多かった。けれど、幸せだと――

2009.09.15
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