変化 〜言葉〜

 青い髪に金の目をした赤子は、すくすくと育っていた。
 それにあわせて――

「次の会議と、それから」
 護衛と共に前にもまして多忙さを極める執務をこなしていたエルディスの王子が執務室の扉を潜って、口をつぐんだ。
 部屋の中央に置かれた長椅子に沈むように寝そべる、人影。その隣にはゆりかご。
 疲れているのか、疲労の色が濃く現れている顔で王子妃は眠っていた。
 カイルも、レランも、その姿を見て余計な物音を一切立てないように口を閉じ、足音を消した。
 リールは、おそらく多少の事では目覚めないほど眠り込んでいた。
 と、突然。
「あーー!」
 これまで眠っていたライドレンドが、突然泣き出した。
 びくりと、あわてるように動きの止まるカイルとレラン。彼らが動きを止めてしまったのに比べて、リールの行動は早かった。
 がばりと起き上がり、子を抱き上げる。あやしながら、言う。
「ライド?」
 それでも疲れているのか、言葉が弱い。
 よいしょと、赤子を抱き上げて、リールが首を傾げる。それから何かを察したのか、あやす間に上半身をはだけ始めた。
 無言で、レランは背を向けて、カイルは足を進めた。
 お腹をすかしていたライドレンドは、一心に授乳を受けていたが、そのリールは眠そうだ。かくりと、頭が動く。
「おい?」
「……ん?」
 ライドレンドが飲みやすいようにその頭を支えながら、リールがだるそうに振り替える。
「ぁあ」
「珍しいな」
「うるさいのよ」
 侍女とか、乳母とか、っていうか王妃とか。
 それよりも、夜に泣き出す子供の相手をしていたいのに、外野がうるさすぎる。
 と、話をしながらもリールは今にも寝てしまいそうに傾いていく。
「大丈夫か?」
「……ねむい」
 と、扉が叩かれた。もちろん扉の隣にいたレランが開き、用件を伺う。ちらりと見えた兵士が心なしか、いや確実に青ざめていた。
 彼の用件はカイルを呼び出すもので、青ざめてしまったのは執務室にいたリールに気がついたからだろう。
 何かを怖れるようにあわてて去った兵士を残して、レランが話を伝える。
 それはそれは嫌そうに、カイルはリールの額に唇を落として、再び部屋を出た。そして訪れる、沈黙。
 ライドがゆっくりと腹を満たしていく。
 その執務室の中央にいる王子妃と赤子。そして定位置に戻りきれないレランが、妙に浮いていた。
「……こっちきたら?」
 何かを察したように静かにリールが声をかけた。レランが、定位置に戻りきれないほど気にかかる。それ。
 背を向けていたレランが揺れた。
 しばらくして、動き出す。長椅子に腰掛けたままのリールは、首だけ動かした。その動きを、追う。
 ライドレンドは、必死にその乳を飲んでいた。
 レランが、その様子を覗き込む。
 誰もが、最初にこうであった姿。
 小さい手、小さい姿、必死に、生きて――
「あー」
 口を離したライドレンドの背をリールが数回叩く。そして胸に抱き、レランに手渡した。
 反射的に受け取って、レランは途方にくれた。
「違う」
 支え方が違うと、リールが手を伸ばす。首と背、その体を抱えなおさせて、相変わらずそれように作られた服の前の紐を結びなおしている。
 言われるまま、というか動かされるままに腕を動かして、抱えなおす。
 すると落ち着いたのか、うとうとと赤子が眠りにつく。
 その様子を眺めていたレランが、気がつくと、リールも長椅子に突っ伏して寝ていた。
「……おい」
 しばらく、途方にくれていた。


 先ほど二人で歩いていた廊下を、今度は一人で歩く。かなり足早に。用事を告げた兵士を青ざめさせつつ、用事を済ませ。そして帰りにすれ違う兵士を青ざめさせ。
 基本は機嫌がいいだけに、手に負えなかったりする。
 息も切らすことなく戻ってきたカイルが、部屋に入り、固まった。
 途方にくれていたレランが、本気で助けを求めるように振り返った。
「……いや、おろせばいいだろう」
 カイルは、伸ばした指でゆりかごを示した。
 そしてカイルはレランをさくっと無視し、リールをゆすった。
「リール、」
「んー」
 うっとうしそうにその腕を払ったリール。しかもそのまま向きを変えたかと思うと、すぐに寝息が聞こえ始めた。
「………」
 はぁと、カイルはため息をついた。仕方ないと言うように抱き上げて、続きの間に連れて行く。
 そのうしろから、ゆりかごを引きずったレランが続いた。もちろん、ライドレンドは抱えあげたままだった。

 それから、執務室に主が戻った。


 近い話声にふと目が覚めた。
 が、だるいというか、中途半端に目が覚めてしまった残念な感じがする。
 首を回すと、ゆりかごの中にライドレンドがいた。
 ほっと、息をつく。それから、部屋の外からもれる声に耳を傾けた。

「何を言い出すかと思えば」
「ま、頃合だろう」
「……」
「わかっている。だが、そうなる事は確実だ」
 いくら引き伸ばそうと、いつか、という言葉は、今と同じだ。

「……?」
 さっぱり話が見えない。まぁいいかと扉を離れる。と、
「あー!」
 ぁあ、とがっくりと頭を落とす。
「どうしたの? ライド」
 愛しくないといえば、嘘だ。だがどこかで――
 疲れているのか、危険な思考に囚われる。簡単だ。あの島で、やろうとしたことよりも、もっと。
 例えば、この抱き上げた手の力を、抜いてしまえば――
「リール? ここにいたのか」
「王?」
 はっと、顔を上げる。閉ざされていた扉が開いて、空気が混じる。ほっと、息をついた。
「ずいぶん疲れた顔をして。大丈夫か? あの息子が不甲斐ないから苦労をかけて」
「父上」
 わざとらしい嘆き、王ははぁとため息までついてやれやれと手を振っている。後ろから聞こえてきた、抗議するような声を無視して。
「そうだろう。こんな所に押し込んで。気も滅入ると言うものだ」
「それは――」
「だいたい、ずっと城に引きこもったままじゃないか。らしくない。アイラなどさっさとまいて外に出なさい」
「……そうですか」
 逃亡を手引きする国王なんて、いいのか?
「ほらほら〜ライドレンド〜おじいちゃんですよ〜」
 すっと、カルバートはライドレンドを抱き上げた。リールが反射的に伸ばした手を彷徨わせる。
「だれがおじいちゃんだ」
「うるさいぞ息子よ。だいたい、お前が不甲斐ないせいだろう」
 そう言って、国王は再び孫に微笑みかける。
「見た目はカイルそっくりだな。困ったものだな」
「どういう意味ですか」
「うるさいぞ息子よ」
「そう思いますよね」
 同意したリールにあわてたのか、カイルが言う。
「赤ん坊だ」
 確かに、しかし。
「だからこそねぇ」
「リール」
 攻め立てるように、睨みつけられた。
「ぉお、大変だぞリール」
 国王は楽しそうに笑っている。一緒に笑った。いつの間にか、ライドレンドも笑っていた。
「まだ、海にも行っていないだろう」
 はっと、視線を上げた。そこには、穏やかに笑う国王が、いた。



 馬車に乗り込む間際に渡されたのは白い花の花束で、ふわりと優しい香りが漂った。
 かごの中で眠るライドは、時々小さく声を立てる。
 それを興味深そうに眺める、カイルの姿。腕にかかる重さが、半分になる。
 圧し掛かっていた。
 奇妙な気分だった。うれしい、かなしい、違う、わからない。
 でもまさか、自分が。
 母と父もこうだったのだろうか。私が、産まれて――
 彼らは、地位が低かったのだ。あの島の、あの薬師の、一族の中で。
 この髪と瞳の色が、父と母の支えとなったのだろうか。
 話でしか知らない祖母は、喜んだのだろう。
 違う、そうじゃない。
 ただ喜んでくれたんだ。それが例え、黒髪で黒目の子でも、同じように。ただ、そうであっただけ。
 だから両親は、悲しんでいた。いずれ負うであろう責務を。
 できることなら、関わらないでほしいと。私を遠ざけたのだ。すべてから。
 だけど私は、あの地位にいて何もできなかった。安穏とした生活がすべてで、今にして思えば、あれだけの事がどれだけ、大変な事だったのかよくわかる。
 そして、あの日。
 地位を持っていたのだ。いずれ当主となるだけの地位を。なのに、私は知らなかった。知らされなかった。
 利用する方法も、誰かを蹴落とす方法も。
 それが、父と母(ふたり)が望んだ姿だったから。
 だけど、だけど。本当は――私は、血に汚れても助けたかった。
「この子は」
「なんだ?」
 慎重に進む馬車の中で抱き上げたわが子の寝顔が、とても穏やかで。今なら、両親が望んだ理由がわかる。
 例え、自身の命と引き換えても――
 だけど、ねぇ。
 そんな事をしても、子供(わたし)はうれしくないよ。
 私は、両親(ふたり)に生きてほしかったの。
「……リール」
 向かい側に座っていたカイルがこちら側に、隣に腰を下ろす。
 ライドレンドを抱き上げたまま、支えられた。抱きしめられた。こらえきれず、嗚咽が漏れる。
 そうだ。どこかで心が軋むような音を立てていた。なぜかは、よくわからなくて、ただ、苦しくて。
 名について文句を言おうと、時折心配しているのか嫌がらせなのかわからない行動をとろうと、嬉しそうに、心待ちにしていたと祝福する王妃。
 ただ静かに、いつも遠くで見ているという印象をつけようとしつつ失敗していて、やっぱり楽しそうに、嬉しそうに声をかける国王。
 そこにいるのは、私の父と母でないという事実がただ、受け入れられない。
 喜んでくれるはずだから。嬉しそうに、楽しそうに。
 本当は、誰よりも、誰よりも一番、喜ばせたい二人なのに――



 海は穏やかで、白い花が吸い込まれてゆく。
 私の鳴き声に目を覚ましたライドが腕の中で笑う。小さい手を伸ばして、楽しそうに。
 このあと浜辺に下りて、海を見よう。そう思いながら、足が動かない。
 波の音が、変わらない。あの頃から。なにも。
 青い海が嫌いだった。父と母の血を吸っても青い海が嫌いだった。だけど――
 ライドの青銀の髪を撫でて、受け継いだもととなった人物に目を向ける。
「なんだ?」
 手を伸ばしても、その昔よく引っ張るのに便利な、後ろで結ばれていた髪はもうない。ざっくり切ったおかげか、短いほうが気楽でいいと伸ばす気はないらしい。代わりに私が伸ばし始めた髪はもう、肩口など軽く越えている。
『何を言う。青は嫌いじゃないだろうに』
 そう言ったのは、アズラルだ。
「嫌いよ」
「ぇえ!?」
「うそよ」
 ぎゅっとライドを抱きしめて。その髪に口付けをする。するとなぜか不機嫌になるのだが。いつも呆れてしまう。
 青い海、青い空。見つめてくる瞳は金色で、赤子と同じ色をした瞳がこっちを見てくれる。
 不満そうに、何を嫉妬しているのかと、ため息をつく。
 そっと身を寄せて、そっと口を寄せて、耳元に囁いた。

 大好きよ。

2009.09.15
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お久しぶりでーす。なんとか、半年放置って事にはならずにすみました。かなり間が空いたことは事実ですね。

さてドリームとノルラド王を出してみました。元気です新四獣王。っていうか出さないつもりだったのですが……なーんて口走ったらとある友に超怒られました。

ぁあ、まさか旅で砂吐きそうになるなんて思いもしませんでした。


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