変化 〜予感〜

 泣いて主張する赤子の抱き方が違うと文句を言い、泣き声で何を求めているのかわかるようになった頃、それは起きた。

「は? 戴冠式? 誰の?」
「…………」
 はっきり聞き返すと、心外だというようにその顔がゆがんだ。
「別に認めていない」
「あっそう」


「はっはっはリーディール! 次は戴冠式か! どれだけ派手にしても問題ないということだな!!」
「あるから」
「ないという」
「うるさい」
「きゃー! リーディール様!」
「笑いましたわ!」
「微笑みましたわ!」
「「将来有望ですわ〜」」
「ああそう」
 双子が、ゆりかごをのぞいてうっとりと見つめている。最近、ずっとこれだ。
 なんだろう。これ。
「ライドレンドの分も任せておけ。私に間違いはない!」
「きゃ〜! 目を開けましたわ〜」
「きゃ〜こっち見た〜」
「そこだけ別にする気はないけど」
 っていうかあんた達、はしゃぎすぎよ。

「ぁあリール、仮縫いは終わったのか?」
「まだ構想中ですけど」
「そうか。あの男の頭はずいぶん詰まっているんだな」
「そうみたいですね」
 ライドレンドを抱き上げて城中散歩する。それは日課。一度無断で森に行ったらすがりつかれた。乳母と城中の侍女に。
 だからしかたない。
 夢でも見ているのか、むにむにと小さく声を上げるライドを腕に抱き、廊下を進む。左には国王。
 王位の継承。
 いつかとは思った。ただ、今だとは。……いつでも、同じか。
「意外だったか?」
 何を思ったのか聞いてくる。どちらかというと、ドッキリ作戦が成功したというような、楽しそうな声音で。
「意外よ」
 ふいに、腕の中のライドが、重みを増したように思う。あれもこれもと天秤の秤には乗せられない。
 こぼれて、落ちてしまいそうで。
「脅すつもりじゃなかったんだぞ? それに、大半はカイルに押しつければいいのだから」
「そのつもりよ」
 言われなくても。
 互いに共犯者の笑みを交わして、歩を進めた。


 数日後にアズラルが持ってきたのは、何を思ったのか緑色の服だった。
 淡い緑は、柔らかかった。
「………」
「手触りがいいだろう」
「そうね」
 胸元に刺繍。袖口にのぞくレースに向かうように広がって長い袖。
 足が絡むのではないかと思うほど長いスカート。それでも布地が多いからかふわりと広がる。
「これに王は真緑で完璧だ!」
「それってどうなのよ」
 声に、出た。
「完璧だ!」
「殴っていい?」
「痛いだろう」
「当たり前よ!」
 ぐーだし。
「リーディール様!」
「ライドレンド王子もおそろいですの!」
「ふっ……男物などつまらんが、赤子ならば別……」
「かわいいわね」
「そーなんです!」
「刺繍頑張っちゃいました!」
「レースも編んじゃいました!」
「相変わらず、器用よね」
 そこら辺だけ。
 わいわい話す女三人、おいてけぼりアズラル。だがめげない。なぜなら、彼の目には映っていないから。
「……ふっ……これこそ私の力作第二万三ぜん」
「あー!」
「ちょっと! あんたが騒ぐからライドが起きちゃったじゃないのよ!」
「……すまん」





「王子妃様、王子妃様」
「はい?」
 二度呼ばれて、いったい何事だと振り返る。そう呼ばれて、そうあるように望まれている。
 だけど、本当はあれもこれもいらない。ひとつでいい。
 用件を確認した兵士を見送って、息をついた。
 私の根本を、支えるものは――
「リール?」
 壁を支えにしようかと思った所だった。
 背後から抱きしめられたので顔を上げて右手を伸ばした。こちらを見る金の目が私を心配していた。
「もう一度」
「リール」
 満足して、身を寄せて目を閉じた。
「少しだけ」
「いつまででも」
 そう言ったカイルの手が、ライドレンドの頬に伸びる。眠る赤子は、かわいいもので――


「ぉぃっ……おいっ」
「なんだ」
「あれなんだよ。いいのかよ」
「ほぉ?」
 こっそりひっそりばっちり丸見えで、セイジュがレランに問いかける。
 レランは、あえてそらしていたものに視線を向けた。
「言いたいことがあるなら伝えに行けばいいだろう。私は止めないぞ」
「俺に死線を越えてこいと!?」
「戻ってこなくていいぞ」
「一方通行!?」
「そうだ」
 あらまぁと、微笑む侍女、道を変える兵士、青ざめる大臣。
 見ていない。
 あの小娘にも、慣れというものは存在していて。慣らしたのはほかならぬ王子で。
「でもよー昼間ああやっていちゃついてるから夜」
 話を始めようとしたセイジュの真横を鋭い何かが通り過ぎて、一転に集中した力が石の支柱にひびを作った。
「……」
 かくかくかくと、セイジュは首を振った。
「あら、いたの?」
 その手に光る短剣が、なぜか増えている。いち、に……ご?
「的になりに来たんだろう」
 邪魔をしないように。だが支えるように手を添えて、背後から抱きしめたままのカイル。
「そうなの」
 続く言葉を知っていたセイジュは、しかし、レランの足払いを食らった。
「なら、問題ないわね」
「ぎゃーーー!」
 久しぶりに断末魔が響いたと、うわさになったとか。



「ねぇ〜」
「なんだ。言っておくが、出かけないからな」
「ぶー」
「なんだそんなに不満そうな顔をして」
「べー」
 少しだけ、リンザインがいらだつ。
「ウィア? どこに行ったの?」
「ここだアリマ」
「まあ、いた。何しがみついてるの」
 リンザインの邪魔をするかのように、足にしがみつくアンダーニーファ。
「ぶー」
「かわいい顔がだいなしよ」
「つまんないー」
「ザインで遊んでもつまらないわよ」
「おい」
「ぷー。ザインのバーカーぁ」
「てめぇ」
 さらに、リンザインがいらだつ。
「もうザイン。相手にしないのよ。子供を」
 一瞬、間が開いた。そして言う。
「ひどいのー」
「案外ひどいよな」
「え?」
 意味がわからないとローゼリアリマが問い返す。しょぼーんと、アンダーニーファは逆にリンザインの足に力を込めてしがみつく。
「ザイン兄、客が来てるけど……なになになに? どしたん?」
 ひょこっと顔を出したシャジャスティが、むしろ楽しげだ。
「いや。とにかくアンダーニーファ。まかり間違っても駄目だ」
「え? 俺も行きたいんだけど」
 どいつもこいつも……リンザインは低くうめいた。
「とりあえず保留だ。いいな!」
 やった。これでまたリーに会えるわよと。ローゼリアリマが笑った。

2010.01.03
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