壱 La Danse des Fleurs 〜花の舞い〜
( 二 話 )


 と、思ったのだが……
 なんと女将はさらに袖の下をいただいたらしく、上機嫌で部屋にこもってなとあしらわれた。だから、一介の娼婦にいったいどれだけつぎ込んでるんだ奴は。
 これじゃ憂さ晴らしにもならない。
 そう思った私は――誰も部屋に来ないのをいいことに、窓から抜け出した。


 お店の稼ぎに対して見合わない賃金であったとしても、一応のお金はある。食事や衣服は支給されるが、もっと着飾りたい、上を目指したければ自分で購入する必要がある。幸か不幸かお客は奴だけなので、支給のドレスで間に合うし、扇情的な下着で気分を盛り上げてやる必要もない。今度やってみるか? なんて考えるのもあほらしい。けれどこれから行く場所を考えてふと、目に付いた下着屋に足を向けた。


 店員の勧めるままに白いベビードールを買った。さて、となるとこれは……きょろと、あたりを見渡した。
 明るく照らされた道に、呼び込みの女たちが増えていた。
 口の端をあげて、フレーズから聞き出した店に足を進めた。
 さて、と。
 ご婦人方が好みそうな青い装飾。にこやかに迎える男娼。肩に回された手の重みを感じながら、私はファヴォリと名付けられた店に入った。
 いかにも、お忍びの女性に配慮しましたと言いたげな店の中は、ほかの客とは顔をあわせなくて済むようになっていた。案内されるまま好みを聞かれ――なんでもいいと答えたところでとある部屋に入った。桃色で統一された部屋の中には、甘い香りが漂っている。誰も来ないことを確認して、例のベビードールに着替えてみた。うーん。
 しばらくして別の扉が開き、入ってきた男が一瞬目を見開いて――
バァン!!!
 私が入ってきた扉が荒々しく開かれた。ん? と顔を向けると屈強な騎士と、支配人らしき男がへこへこと頭を下げている。騎士は私を見て不愉快そうに舌打ちをして、とりあえず隣にいた男を殴ったあとに、着ていたマントをさっと私にかけて抱き上げた。
「へ?」
「行きますよ」
「ぇえ!? 人さらい!!」
 声を荒げ暴れようとしたのがわかったのか、また舌打ちをした騎士は言った。
「あなたの今夜も、明日も明後日もさらにそのあとの夜も主が買っている。勝手な行動は許されない」
 それは私にしか聞こえていなくて、私にしかわからなくて。怒りで、真っ白になった。
「ふざけないで!!!」
「ふざけてなどいない。事実だ。邪魔したな」
 まだへこへこと頭を下げる支配人と、昏倒したままの男娼。この迷路のような館を迷わず歩く男。
「ちょっと待って!!」
 ぎろりと、男が私を睨む。奴の睨みがいかに甘く、怒りを抑えたものだったのかとわかるくらい、怖い。
「……っ着替える!」
「断る。どうせ逃げる気だろう。変えのドレスならこちらで用意する」
 主が、と、彼は最後の言葉を苦々しげに吐いた。


 なんで知っているんだと言いたくなるように、細い路地や裏道を駆使して、騎士は私をマリアージュに連れ帰った。誰一人として会わず、助けを求めようにも相手の言い分が正しく、まして騎士のいうことと半裸の女のいうことじゃ重みが違いすぎる。
 って。
 再び扉を蹴り壊す勢いで開いた騎士は、おどろく女将に……あの顔。ちょっとしてやったり。ざまーみろ。
 なぜか騎士は迷わず私の商売部屋に向かい、私を寝台に下ろした。そのあとすっと視線を巡らせて、粗末な部屋だと感想を漏らした。そしてなぜか部屋の扉の隣に陣取った。ただし部屋の中。
「何してんのよ」
「大変不本意ですが、逃亡を図るなど非常事態に陥った場合、部屋の中での監視を義務付けられています」
「なんじゃそりゃ」
「なお、外にもおりますので再度逃亡しようものなら投獄の許可も得ています」
「ちょちょちょっと待ちなさいよ!! どうしてよ!!」
 あわてて怒鳴ると、騎士は冷ややかに言う。
「あなたは主が買ったのです」
「あげたのは時間と体よ!!」
 この視線は知っている。娼婦だと知って軽蔑する。その目だ。
「そうですか、では今はその時間です。お休みください。――の分際で、」
 最後はよく聞こえなかったけど。だいたいわかる。よくわかったのは、この騎士とは二度と、顔をあわせたくない。


 だけど朝になっても、まだ騎士はいた。
「なんでいるのよ」
「あと一時間で交代の時間です」
「昼間はあげてないわ!!」
 騎士は、本当に哀れなものを見るように、見るのも耐え難い敵を見るように、いっそ殺したいと言うように視線を私に向けて、言った。
「この三日間のあなたの時間はすべて、主のものです」
 殺しても殺し足りないと言いたげな気迫に、息をするのを忘れていた。


「………?」
 はっと目が覚めた時、もう日は高く昇っていた。がばりと起き上がる。殺されそうな殺気に意識を飛ばしたのだと思い出して、身を抱いた。恐怖に、身がすくんでいた。
 確認したが、やはり騎士はいない。静まり返っている。昼間の娼館は皆体を休めるか、買い物に出ていて、娼婦同士で足の引っ張り合いが起きない限り静かだ。
 私は実はまだこの娼館では新人だが、稼ぎのおかげで昼間の雑用は免除されている。いつもは、食堂で食事をむさぼる時間だ。そのあとまた寝て、ごろごろして過ごす。
 とりあえずベビードールを洗濯用の籠に放り投げて、かなりのお気に入りだった昨夜のドレスが消えた洋服箪笥からワンピースを引っぱりだして着替える。
 そっと扉を開けて除くと、案の定。
 そこには先輩娼婦に迫られる騎士が、二人いた。


「ねぇ。こんなところにいないで、もっと楽しいことしましょう?」
「ね?」
 何が「ね?」だ。こいつら昨日は客がいなかったのか。それで身なりのいい騎士から仲間を誘おうと言う魂胆だろう。手口が分かる自分って……
 しかしいち早く扉が開いたことを察した騎士は、私の前に跪いた。
「……」
 あのさ。なんなのよ。
「スリジェ!! なんなのよあんた!」
「私が聞きたいわお姉さま」
 先輩は全部お姉さまだ。
「まったく、一番の稼ぎだからって、娼館に騎士を配備するなんて普通じゃないね!!」
 落ちないとわかったら今度は私を糾弾ですか、はいはい。
「お姉さま方〜!」
 と、向こうからフレーズがやってくる。
「なんだいフレーズ。この―――!」
 かっとなって、突き飛ばした。
「なにすんだい!?」
「言っていいことと悪いことの区別もつかないんですか!!」
「はっ! あんたに言われたくないね!!」
 怒りに任せて、掴みあう――

「はいはい。落ち着きましょう」

 手を打って、昼間ではありえない男の声に、ふと我に返る。お姉さまも同じだったみたいで、「あ、あら。お見苦しいところを」「ほ、本当ね。やだわー」なんて言いながら脱兎のごとく消えた。
「フレーズ!! 塩よ塩!! 叩きつけてやる!!」
「おおおおちついてスリジェ」
 どうどうと、フレーズがなだめてくる。その瞳が、気にしないでと物語っていた。
「だけどっ!! ……わかった」
「ありがとうスリジェ。ところでこの騎士さんたちはどうしたの? 女将が確か〜いつものお客さんがしばらく来られないけど、とにかく長く時間を買うって支払いを済ませたって言ってたけど」
「最低だわ」
「今からドレスに付ける装飾のレースを買いに行く予定だから一緒に来ないかな? って思ったけど、無理そうね」
「行くわ」
「いいの? なんか睨んでるよ?」
「知らないわよ!」
「困ります」
 騎士のひとりが声を上げた。
「うるさい!! 私の自由を帰せ!!」

2013.03.18
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