壱 La Danse des Fleurs 〜花の舞い〜
( 三 話 )


「フレーズ。まだ買うの?」
「うん。臨時収入があったの」
「まさかあの男じゃないでしょうね」
「なんでわかったの?」
「やっぱりか!! 親友とお金どっちが大事なのよ!!」
「お金かな」
「即答か!!」
「だって、スリジェも似たようなものじゃん」
「そうだけど……」
「ほらほらスリジェ、このレースかわいいよ〜」
「買わないから。もう今月のお小遣いは使っちゃったし」
「いつも思うけど。確かにあのお貴族様の払いに対して十分な報酬はもらってないと思うけど、それでももう少し自由にできるよね。毎月毎月いったい何にお金を使っているの?」
「自己満足よ」
「そうなんだ。あ、あっちもかわいい〜」
 話題がほかに移って、フレーズは再び店の中を物色しだした。片付けるのが大変だろうが、大口の客なのか店員は何も言わない。フレーズがちらかしたレースをとりあえずひとまとめにする。と、よく野に咲いている花に似た花をモチーフにしたショールが現れた。はっとして、ただ、頭をよぎった感情で頭がいっぱいで、それを見つめて、握りしめていた。
「やっぱり買っちゃいなよ」
 その様子を見た、フレーズが囁く。
「必要ないわ。私には」


 さて、娼館には「お食事」という仕組みがあって、簡単に言うと夕食を共にしてからマリアージュにやってくるのだ。夕飯代が浮くので女将はやっきになってこれを進めている。対していいものまかないに出さないくせに、守銭奴め。
 だけどこれまで、奴はその仕組みを利用することはなかった。のだが……


「どうした? ここの食事はとても人気だぞ」
 奴が留守して四日目。巷で人気で、予約待ちの食事処の個室を抑えた奴は、マリアージュから連行した私をまずは仕立屋で着替えさせてから連れてきた。どういうことだ!!
「ああ。服のことは気にするな。こちらで用意したものだ」
「ぇえサイズが無駄にぴったりなのが気になるところですが」
 とりあえず食べた食事はおいしかった。
 ことの顛末はこうだ。当たり前だが、私が逃亡を図ったことは彼にばれ、騎士が正面から堂々と私を連れ帰ったのも周知の事実だ。さて、やってきた彼はもみ手で迎えた女将に言う。
『私はこの三日間彼女の時間を買っているはずなのですが、幸いにして私の護衛が彼女を連れてくれたからよかったものの、ここは娼婦ひとり管理できないのですか?』
『それは、スリジェが勝手に!!?』
『ぇえですから、監督不行き届きですよね? 彼女と今から食事をしてきます』
『「お食事」は別料金だよ!!』
『今までの払いからすればおつりが来ると思うが』


「どこぞのお貴族様かと思えば、相場はしっかり把握していらっしゃるみたいよ」
 一連の流れをフレーズから聞き出し、わなわなと拳を震わせた。他人事のフレーズは心底楽しそうだ。
「面倒な……」
「え? でも食事はおいしかったんじゃないの?」
「そりゃぁ。まぁ。ごはんに罪はないし」
「明日もきっと「お食事」を共によ!」
「不吉な……」


 そして、フレーズの言葉は大当たりだ。
「どうぞ」
「あの」
「拒否権は許されておりません」
 変わらず身なりのいい騎士に馬車に入るよう強制されて、また仕立屋に向かう。着せ替え人形が終わりを告げる頃、彼が現れた。
「………」
「何をそんなに怒っている」
「迷惑よ」
 エスコートされて、馬車に乗り込み動き出す。
「今日は、違うところに行こう」
「あんたと一緒じゃどこだって同じよ」
 少しだけ浮かれていた彼は、さみしそうに目を細めた。嫌だ、その感情の変化が見て取れるようになっている自分が。
 連れてこられたのはオペラ座だった。しかも正面のボックス席。場所は王族向けの下。かなりのベストポジションだ。
「……」
 あんぐりと口を開けたまま、半ば引かれるように席に着く。演目の案内冊子を手渡された。
「気にいるといいのだが」
 支配人と会話していた奴が戻ってきた。支配人の興味津々な視線が痛い。まさか娼婦だと思わないだろう。馬子にも衣装だと自分で体験する羽目になると思わなかった。


 飲み物を断ってぼうっと冊子の文字を眺めていると、照明の灯が落とされてゆく。始まりを告げるオーケストラの音。そして――
「どうぞ」
 観劇中、ふと違和感を覚えつつも、途中休憩の時間になった。声にはっとして、違和感の正体は、拍手が禁止されていると言う決まりごとだと思い当たっていた私はおどろかされた。
「おどろかせたか。腹が減っただろう。軽く食べるといい」
 手渡されたお皿に、クッキーが乗っていた。確かに、普段なら夕食の時間だ。
「頂きます」
 なんで嬉しそうなのよ。
 劇の内容はありきたりの、敵同士で愛し合うカップルが生まれると言うものだった。逃げる男女。裏切り者を追いかける刺客。追い詰められて、逃げ場がないことを知る二人。そこに現れた、裏切りの裏切り者。やがて組織のひとつは壊滅し。二人は荒野を歩き続ける。愛するものと、共に――
 やっぱり素敵な舞台に拍手を送ることができないのは、不満だ。それは拍手を続ける間カーテンコールが続くお客様満足度の高いあの劇団を知っているからだろうか。
「スリジェ、食事に行こう」
 このあとちゃんと食事の用意までしているなんて、どんだけ用意周到なのよ。っていうかまるで――
 はたから見ればデートじゃないかと思い当たって、ぶんぶんと首をふった。違う、これはあくまでサービスの一環! そうよ! 夢を売るのが仕事よ!! 意味不明だ……
 私が売るのはあくまで「体」と「時間」それ以上でも、それ以下でもない。だから「心」は傾けられない。
 ボックスを出て出口に向かう途中、彼はまた別のイケメンに話しかけられていた。その時彼は心なしか舌打ちをして、ここで待っていてくれと影に押し込まれた。なんだいったい。そっと彼をうかがう。いつもと違う雰囲気、私の知らない空気。きらびやかに燃えるシャンデリアのろうそくの明かりがゆれる。私の横を通り過ぎる夫人の香水の匂い。お仕立てに身を包んだ紳士の声。しゃらりとゆれる装飾品。――別世界の余韻に気が狂いそう。
「……っ」
 一瞬、彼を呼ぼうとして思いとどまる。何をしているのだろう。自分の力で生きて行こうと誓ったのに、彼にすがりついてどうしろうというのだろう。
 違うでしょう。
 私は、ここで、生きていくのだ。これは客の望み。だから私は、客の望みを叶えてお金に変えるだけ。「体」と「時間」を売って。
 だから感情はいらない――
「すまない。遅くなって……スリジェ?」
「……なによ」
「いや……何かあったのか」
「何も」
 食事中話しかけてくる彼の言葉を――聞き流した。

2013.03.25
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