壱 La Danse des Fleurs 〜花の舞い〜
( 五 話 )


「おはよー」
 次に起きたのはもちろん昼間で、部屋の中には私しかいなかった。奴は仕事だろう。っていうか何してるのか知らない興味ない。
「っていうかなにこれ」
 なんだこの二日酔いに聞きそうなお茶のラインナップは。だいたい紙袋の他は手ぶらで来ただろう。どうして持ってきた!!! あの騎士か!! あの不機嫌な騎士に使いっ走りに行かせたのか!! きっとそうなんだな!! そのほうが面白そうだからそういうことに。完。


「おはよー」
「スリジェ。また遅かったわね」
「うん」
「そう言えば女将がとっときのお酒の瓶がないって嘆いてたけど、知らない?」
「知らない」
 昨日飲み干したけど知らない。っていうか三分の一はこぼした記憶がある。残りは飲まされたけどね!! 口移しで!! もちろん瓶は証拠隠滅したから、関係ない。
「どうかした?」
 何かの勢いを悟ったフレーズがちょっと引く。
「なんでもない」


 まかないのお昼を食べ、部屋に戻る。余談だが、商売用の部屋と個人の部屋は別だ。通常接待用の部屋はいくつかある部屋の中で、お客の払いによって場所が変わるのだが、私の場合は一番いい個室が毎晩あてがわれる。稼ぎの金額が変わらない限りそのままだろう。ちなみに個人部屋は新人のため逆に一番小さい。
 ごそごそと二重にした引き出しを開ける。前に読んだ漫画で、二重引き出しの中にガソリンかなんかしかけた主人公がいたなぁ……あれは悪役か? うん。あれは悪役だった。
 中身を確認して、再び引き出しを戻す。よし、ちゃんとある。握りしめた簪を磨いて、輝きを見つめる。
「スリジェ!!!」
 いきなり扉を叩かないでほしい……
「何よフレーズ!!」
「お客よっ」
「帰して」
「……即答か!!」
「なんでいるのよ!!」
 扉の向こうにいる人物は奴か。奴なのか。
「ずうずうしいわよ客のくせに!!!」
「残念だけど、女将を買収なんて容易いわよね」
「うるさいわよフレーズ!!! っていうか帰れ!!! 消えろ! 昼間から顔も見たくないわ!!!」
「夜ならいいのか……」
「上げ足を取るな!!!」
「元気そうだな」
「………やな予感」
「とりあえず出かけるぞ」
「えー」


 指定の仕立屋で着替えさせられた。だから、誰の趣味だと言いたくなる白いワンピースだった。化粧一式。自作より鏡の自分がきれいだった。当たり前だ。付属の白いつばの広い帽子。服に編みこまれたリボン。白い服なんて……嫌いになりそうだ。
「不機嫌だな」
「機嫌がよかったためしがあるとでも?」
「眠っている時は静かだな」
「当たり前でしょう!!」
 くすくすと業者が馬車の外で笑っている気がする。絶対、やり取りを面白がられている。
「まったく」
 がたがたとゆれる馬車の窓枠に肘をついて、外を見る。お昼を過ぎて夕方に向かう時間帯は光が赤みを帯び始めて、街並みと森の彩は、朝の透明感とは変わって暖かみを感じる。
「眠い」
「そうか。どこでも眠れるんだな」
「ほめてないでしょ」
「黙秘だ」
 顔をそらされた。むかつく。
 がたがたと馬車が進む。……なんか知ってる道。知ってる道。知ってる……
「どういうことよ」
「は?」
「なんでもない」
 気のせいかもしれないし……しれないし。そこだとは限らないし。
 ふっと、陰った。
「なにっ!?」
 距離が近いことに恐怖を覚える。しかし彼は、おどろいて、それでも止まらず窓にカーテンを引いた。
「……?」
 薄暗くなったので、カーテンを開けようとしたら手を取られた。
「しばらくの辛抱だ」
「馬車の中が好みなの?」
「なんの話をしている!?」


 子どもの声が、聞こえてきた。やっぱりあの孤児院の近くで――馬車が止まった。扉を開ける業者の姿に続いて、手を差し伸べられた。仕方ないので手を繋いでおりる――視線の先――
「リュスィオール様!」
 彼が門をくぐって中に入る。彼女が、走って彼に近づいてくる。その、彼女のうしろ。
 光景が直視できない。
「マルグリット、いかがですか?」
「リュスィオール様の支援のおかげで、雨漏りのあった建物はすべて補修または建て替えが行われています。感謝します」
 少しだけ離れたところの会話が、そっと聞こえてくる。そう、年季の入り、雨漏りがしそうだった建物は今や大工に囲まれて、運び込まれた木材で改修されている。壊れていた門も、荒れていた花壇も人の手が加わり、遊具もできあがっていた。孤児院の子どもたちに、今すぐ、本当に、必要なこと。私のお給料なんて、たかが知れた金額で。
 私の行為は、自己満足でしかなかったことを突きつけられた。いや、自己満足だったのだ。だから、あっているはずなのに。なのに。
 よろりと、あとずさる。
「あら……?」
 彼女と瓜二つの彼女が、私に気がついた。
「あなたは、いつも――」
 心が、崩壊する。
「スリジェ……?」
 彼もふり返る。どうした? と、言わんばかりだ。
「呼ばないで!!」
 その名で、私を――

 ぱたりと、涙がおちた。

 だめだ。もう。

 ここにはいられない。

「スリジェ!?」
 どこに向かっていたのかわからない。けれど、とにかく、走った。
 白いヒールの靴は早々に脱ぎ捨てて、馬車で追ってくるであろう彼を巻くために森に向かう。一直線だ。
「スリジェ!!」
 ――来た。不意打ちで距離を取ったにしても、彼のほうが早い。急がないと。
「!?」
 木の根につまずいて、前のめりに倒れる。手首にきた衝撃が痛い。涙が溢れてかすむ視界が歪む。そこに飛び込んできたのは、見覚えのある紫。
 とっさに掴んで、諦めることをあきらめて、立ちあがって走った。
「スリジェ!!!」
「いや!」
 森の中の鳥が飛び立つ、獣の足跡、ゆれるこもれび、聞こえる、水の音。
「―――っ」
 突然開けた視界。足を止める暇もなく体は投げ出された。

「きゃぁぁぁあああーーーーーー!」

 私は切り立った谷の下に、落ちた。

2013.04.13
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