弐 Le Parfum Floral 〜花の香り〜
( 七 話 )


 花祭りも近づいてきたある日、ポワソンさんに連れられて仕立屋に向かった。
「もうてんてこ舞いで、これ以上はちょっと……」
 仕立屋は花祭りの踊りのためにドレスを新調する注文ですでにいっぱいだった。ちなみに、一番派手で、お金がかかっていて、作るのが大変なのは村長の娘のドレスらしい。あの娘の要望に応えるのは、大変だろうと変な同情心を覚えた。
「じゃ、この子に合いそうなのを頂戴」
 もう私のお古でいいわ言い出すかと思っていたのに、ポワソンさんは私のために一着ドレスを買ってくれた。
「ま。私も主人と出会ったのは花祭りだからね」
 それくらいはしてやると言う。うん。リュビが言うほど、私の扱いはひどくないわ。


 今日は安息日。教会での学びはない。ポワソンさんに連れられて町の広場を通ると、トンテンカンと、大工のおじさんが舞台を作っていた。舞台の他に飾りつけ、吹奏楽隊の場所。来賓席の準備と大忙した。
 花祭りの時期は村ごとに違い、周辺の村の村長が遊びに来る。数は少ないが、違う村通しのカップルもできあがる。
 さすが一大イベント。――「イベント」って何?
「何をぼけっとしているんだいヴィオレット! これを持っておくれ!!」
「はい」
 安息日だが、祭りの準備にだけは休めない。働く大工さんたちに村の奥様方が持ち回りで食事の準備をする。今日は、そのお手伝い。


「ねぇヴィオレット! 聞いた!!」
 次の日、最近は花祭りの衣装を自慢したくてしょうがなかったリュビが違う話をふってきた。
「何を?」
「それが! なんでも今王都の騎士様が村長の家にきているんですって!!」
「そうなの……」
 ふと、窓の外を見る。ひときわ高い少し褪せたこがね色の屋根は、村長さんのお屋敷の屋根だった。
 やっぱりかっこいいのかしら〜一目見てみたいわ〜と想像を膨らませるリュビは、楽しそうだ。


 変わらずトンテンカンと釘を打つ音が町に響き渡る。準備も大忙しだ。あえてまわり道をして、舞台の仕上がり具合の進みと、周りを飾る飾りを見て、自分の沈んだ気持ちを少しでも浮上させてから帰ろう。
 と、キャー! と黄色い悲鳴が聞こえた。耳が痛い。なぜ? 今日に限って町中の娘が殺到したのかと言いたくなるほど女ばかりいる。
「ああぁぁぁあヴィオレット! やっぱりヴィオレットも見にきたの!? やっぱりそうよね〜気になるわよねー」
「リュビ。なんの話?」
「ぇぇぇぇえ知らないの!? なんで知らないのにここにいるのよ!!」
「最近広場を見て帰るのが楽しいから」
 違う、彼を見にきたのだ。いつものように。でもいなかった。嫌われたのだろうか……?
「もう!!! あのね!! 聞いてなかったの!?」
「! ごめんなさい」
 ひとまず謝っておいたほうがいい。話が進むのが早いから。
「もう。騎士様が、今ここにいらしているんですって!!」
「今、ここに?」
 本当に、いたんだ。嘘じゃないとは思っていたけど、なんだか遠い人のようだったから。
「行くわよヴィオレット!!!」
「ぇえ!? 私はいいわよ!?」
「何言ってるの!!? またとない機会なのよ!!!」
「え? ええ!?」


「見えない、わね」
 周りはうるさいし。うるさいし。その騎士様とやらが動くたびに悲鳴があがるのだ。耳が。
「こっち行くわよ!!」
「はいはい」
 人垣をぬけて、先回りをするようにリュビが移動する。それがあっていればいいけど。……どうもツキはリュビにあった。人垣を避けて動き、隙間。それは偶然か、白いマントをひるがえした騎士様とやらと、目が合った。
「………?」
 隣のリュビは甲高い悲鳴を上げて、顔を手でおおっている。私は――
(え? なに!?)
 騎士様のおどろきと疑いの中に混じった、まるで射抜くような視線に、背筋が寒くなった。


 目が合った。目が合ったと激しく主張するリュビを置いて、急ぎ足で家に帰ってきた。恐怖に縛られた心臓の音がうるさい。ずるりと、足の力がぬける。
「な、ん……だった……の?」
 なぜ、あんなにも……そう。今にも切り捨てられそうな、憎いものでも見るような目を騎士様に向けられたのだろう。――恐ろしい。
「夕食……作らないと」
 気をおちつけて、切り替えて。そうしないとポワソンさんの機嫌が悪くなってしまう。今日は遅くなったからシチューみたいなので、いいや。パンはまだあったし。


 あれから数日。ふとした瞬間に、あの白いマントの騎士の射抜くような視線を思い出す。本当に、なんだったのだろう。
 おどろきと、疑い、そして――怒りがこもった。あの視線は。

 それは、予兆。


「たたたたた大変よ!!!」
「リュビ、なんだかみんな浮き足立っているけど、どうしたの?」
「それが王都の王子様が!!!!!」
「うん」
 一息に言い切って疲れそうだわ。
「花祭りを視察にくるんですって!!!」
「こんな田舎に、物好きね」
 苦笑した。本当なのだろうか。それでみんな浮き足立っているのね。でも一番浮き足立っているのは、リュビだ。今も、もう学びがはじまる時間で、牧師様が本を持って入ってきたことに気がついていない。
「しかもその王子様は未婚なのよ!!」
「リュビ。もう学びの時間なのだが」
「!?」
 まるで天国から地獄につき落とされたかのような絶望的な様子を表すかのように、さぁっと青ざめたリュビは恐る恐る振り返った。今日は、リュビの苦手な計算の時間が最初。
「宿題は終わっているのかな?」
 牧師様は、きれいに微笑んだ。


 例の王子様とやらを迎える準備で、もともと大詰めだった準備はさらに輪をかけて忙しそうだ。

 私は広場を通って帰るのは止めていた。あの場所に行くとなんだか、あの騎士様の視線を思い出す。今思い出すと、怖かった。
 彼の姿だけでも一目見たいと思ったが……なぜか今日はお医者様は休診になっていた。窓にはカーテンがかかり、誰もいないことが見て取れる。
(もう、前に見たいに――)
 笑いながら語り合うことはできないのだろうか。悲しい創造にぶるりと震えながら、早足で家に帰る。
 パンを買い忘れて、ポワソンさんに小言を言われた。


「まぁ一応。見られるようにはなったわね」
 花祭り当日、新調したドレスは朝焼けを薄くしたような橙色で、あまりない胸を強調するのはやめて鎖骨の下から布が広がっている。背中から腰までは茶色いリボンでポワソンさんが締め上げてくれて、細身の姿が強調されている。裾が長く回るとふわりと広がり下に向けて橙色が朱色に変わっている。袖口は折り返すと、中のレースが覗いて見える。髪は結い上げ、夜の名残と言いたげに藍色と水色と白い花で飾っている。お花はバトーさんが森で摘んできてくれた。
「いやぁ〜俺、似合うだろ?」
 勝手に部屋の中に入ってきたフラムお兄さんの自分自慢がはじまった。
「これなら、彼女も惚れ直すかな〜」
 ポワソンさんも一緒になってフラム兄さんを褒めちぎる。いつものことだけに、苦笑してしまった。

2013.05.14
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