弐 Le Parfum Floral 〜花の香り〜
( 八 話 )


 お祭りは二部構成で、昼間は踊り続け、夜も踊り続ける。とリュビが言っていた。説明をかなり省かれた気がする。
 細かく言うと、昼間はみんなで輪になって踊って、夜は二人で手を取って踊りあう。屋台がひしめき合うのは昼間。
 でも食い倒れれるほどお小遣いなんて……
「おや。かわいくなったね」
「バトーおじさん」
「ほら、どうぞ」
「これ」
 布の袋の中には、そこそこの小銭が入っていた。
「今日くらいは屋台で食べておいで、いつも温かい食事をありがとう」
「ありがとう! バトーさん!!」
 嬉しさのあまり抱きついた。おじさんが嬉しそうにしている。
「さぁ。ポワソンにばれる前に行きなさい」
「いってきます!」
 心が、温かくなった。


「リュビ〜」
「ヴィオレット! どうしたのそれ? いつもの時代遅れのポワソンさんのお古じゃないんだ」
「ほめてないわね」
「てへ〜」
 そう言って笑うリュビは薄い布を重ねあわせた華やかなドレスを着ていた。青と白が折り重なって、さわやかだ。
 町は人ごみと喜びと活気と羽目を外した大人で溢れていた。とりあえずお酒に飲まれた大人の傍には近寄らないで、広場に向かうことにした。
 慣れた様子で進むリュビのあとを追いかける。
「わぁ」
「なーに?」
 声を上げたけど、人ごみに掻き消えそう。舞台にはここぞとばかりに生花が飾ってある。大量に飾ってある。あんなにある。
「すごい!」
「見てたんじゃないの?」
「完成までは見てないわ。興ざめでしょう」
 まさか騎士が怖くてこなかったとは言えない。
 人垣が輪になって踊る。舞う。翻る。たえない音楽にゆれる。屋台でお菓子を買って、食べ歩く。
「はい」
「あれ? いつの間に?」
 甘い甘いお菓子を差し出すと、目をぱちくりさせるリュビ。
「騎士様を見すぎよ」
「あれ、王子様でしょう!!!」
 遠い舞台の上の来賓席に、きっとリュビの言う王子様がいるのだろう。あの白い騎士だけはなんとなくわかるけど、他はよく見えないわね。
「ん〜、おいしいわね〜」
「ちょっとヴィオレット!!!!」
「なによいったい……」
「見て! 王子様が立ったわ!!?」
「……どれ……?」
 ごめんなさい。見えないわ。


 町の様子を眺めて、ちょこちょこ遊んで、二人で出し物を冷やかして回った。日が暮れたらリュビは誘われているとかで、恋人と踊りに行った。広場の中心で踊るリュビに目が行く。ちょっと羨ましい。私も、彼と――踊りたかったなぁ。こっそり見ていないで、花祭りで踊ってほしいと言えばよかったのだ。そうすれば会話の口実にもなったはずで――
「ヴィオレット」
「!? はい!?」
 声におどろいてふり返ると、目の前にあの彼がいた。今日はお医者様のよく着る白衣の格好ではなくて、フラム兄さんと同じ、首元まできっちり覆った詰襟で、上下揃ったその服と、姿に、見惚れて声も出ない。彼は、ふっと笑った。
「踊りましょう」
「え? ……ぇえ!」
 誘われて、おどろいた。だけどリュビに当てつけられたのか……手を取――
「こんばんは」
 別の声が、聞こえた。それはまるで引き寄せられるかのように昔から、知っていたように耳に慣れたものだった。
「だれ――?」
 それはあの白い騎士を連れた、リュビが言うところの王子様だった。


 私に差し出された彼の手をぽいっと捨てるように王子様は私の目の前に現れた。
「一曲お相手を」
「え、ええと?」
 彼の背後が騒がしい。来賓席をおりると予想もしてなかったと言う態度で、慌ててこちらに向かってくる村長。私に伸ばされた手に悲鳴を上げる娘たち。おどろきに苦笑する彼。私は困ったように彼を見上げた。そのうしろで、なんとか体裁を整えた村長が懇願している。頼むからと。確かにこれが王宮の王子様なら、機嫌を損ねれば村の存亡にかかわるのかもしれない。え? そんなに重大なこと、どうして私?
 覚悟を決めて顔を彼に向ける。
 影が、重なる。
「あなたは……?」

 だれ?

 と、反論は聞かないと、手を引かれた。困惑しているのは見て取れるだろうに、なぜ?引きずられるように踊りの中に混じる。踊るって、ええっと。
 あ、足が追いつかない。
「落ち着いて。私に合わせて下さればいいです」
 ぇえと、ええと、確か……ステップを思い出すより曲の流れのほうが早い。彼の声が聞こえても焦る。だけど彼のリードは巧みで、ステップを思い出してきた。余裕が出て来て周りを見渡すと、彼がこちらを見ていた。私、さっき――
「………」
 彼を見ていて、今目の前にいる王子様がどんな表情で私を見ているのか見逃した。
「彼は恋人ですか?」
「え?」
 いきなり話をふられておどろいた。間違って彼の足を踏んだのにあわてつつふりかえると、視界の端に心配そうな表情の彼が映った。
「恋人……」
 素敵な言葉に、未来に思いをはせる。そうなれるなら、そうなりたい。そんな未来を想像して、頬が熱くなる。どんな顔をしているのだろう、私は。はっとしてうつむいた。
「許さない」
「え? えっ!?」
 なんでしょうか!? 今何か。何か聞こえてきた言葉に顔を上げる。
「すみません。途中になってしまいますが、ここまでです」
「え? あ、はい」
 彼から手を離れて、立ち去る。なんだか背筋を通りぬけるものが感じながらも、ふり返らなかった。

 それが、最後。だと思った。だけど次に会った時、彼はこう言った。

「ずっと探していました――私の愛する人」

2013.05.14
Back Menu Next