四 Camps de Fleurs 〜花畑〜
( 十三 話 )



 ふっと、夜中に目が覚めた。直前に見ていた夢はこの世界の現実からはありないほど奇抜で、でも鮮明で。まるで本当にその世界が見えているかのような錯覚を起こしていた。
 なかなか寝付けず、次に目を覚ました時はとうに日は昇り、アストルは仕事に出ていると伝えられた。


「お前がアストルの宝物か――なるほどな」
 ただ過ぎ去ってゆく日々に疑問を覚えていた。けれど、それはこんな形で崩壊するなら、そのままでよかったと、壊れてから思う。
 壊れる前まではそこに不満を覚え、壊れてからは帰りたいと思う。
 ままならないまま。

 私はまだ、ロザージュと呼ばれたまま。

「あ、の」
 きょろと見渡しても、廊下には私と、目の前で道を塞ぐ男しかいない。金色の髪が光に反射していて、暗く深い紫色の瞳がこちらを見据えていた。
 寒気がした。
 たまらず踵を返そうとして、一気に距離を詰められて腕を取られた。思い切り引き寄せられて、その胸に飛び込んでいた。
「あれも、本当に面白いことをする」
「……」
 だれのことを、言っているのか。だけど。
「――っ」
 抵抗を塞ぐように、腕を上にねじられた。痛い。だけど唇をかみしめて、必死に声を我慢した。
 相手が、楽しそうに笑った。
「ひぅ!?」
 地に足が付かなくなるほど高く腕をあげられて、のどから出る言葉が意味を持たない。
「太陽の王は光の玉とまれ人をつき従え、人々を照らし導かん――奴は王になるつもりか」
「痛いっ!」
「うるさい!」
「――っぁ!?」
 払いのけるように、いらだちをぶつけるように床に叩きつけられた。
「王になるのはこの私だ!」
 ひゅうと、風が吹いた。男を中心に膨れ上がったそれは、まるで攻撃の対象を探しているようだった。
「……ぉ……ぅ?」
 話が、わからない。風が舞い上がって、息をするのが辛い。男が、こちらを見た。
「お前は――私の役に立ってもらう。まれ人よ」
 ふと、男がわらった。――それはどこかで、何かを思い出させるような。暗い、暗い、笑みだった。

 やはり私は、何かを忘れている。
 でも、それはいったい――

「オーストン様!」
 叫ぶように、声を荒げたカスカードが走り寄ってくる。
「ああお前か、ずいぶん根回しをしてくれたものだ。おかげで振り回された。答えは傍にあったと言うのに」
 風が方向を失ったように四散して、髪と洋服の裾がふわりと舞い上がって、落ちた。――今の、は?
「その方は主の客人です。手を放してください」
「確かにまれ人なら客だろう。――奴には渡さない。王位につくのはこの私だ!」
 いきなり狂ったように叫び出した男に腕を取られ引きずられる。抵抗すると、邪魔だと言わんばかりに、突き飛ばされた。
 意識が、消える――



「――」
 はっとして目を覚ます。――目覚めが悪い。
 ここは見覚えのある自室だ。自室として与えられた部屋だ。夢の中で見ていた夢は、思い出そうとして霧がはれるように消えてゆき、断片さえ形にならない。ひどく現実的で、どこか夢物語のようなそんな感覚。一所懸命追いかけているうち、夢を見る前の記憶が頭に浮かんできた。
 それは彼が私の名を呼ぶ声。そこまで考えてあの知らない男の暗い笑みを思い出した。
 私のことを「まれ人」と呼んだ、あの男のことを。
「確か……太陽の王、光の玉……まれ人……」
 これらが揃って……なんだっけ?
「ロザージュ!」
「アストル」
 部屋の中に飛び込んできた影にほっとする。結局私は、彼にすがるほか頼りがいない。
「気がついてよかった。――気分はどうだ?」
「……あの人は?」
 今思い出して、面影がどこか似ている。
「――兄は」
「お兄さん?」
 兄弟なんて、いたんだ。
「いや」
 歯切れが悪い。彼はそれ以上言ってくれるなと首を振る。
「アストル?」
「とにかく、気がついてよかった」
 質問は簡単にはぐらかされて、彼はまた、どこかに行ってしまった。

 再び。館は静寂に包まれていた。逃げ出すことを許さないように光る侍女の目に、護衛の監視。鍵のかけられた扉。
 ――何かが違う。

 思い出す必要があるのかもしれない。私は、いったいなんなのか。

「何をしていらっしゃるのですか」
「え、ええと……」
 落ち着かなくてうろうろと屋敷を徘徊……もとい部屋を抜け出して何か手がかりはないかと探し回っていたのだが。忘れていた。この人がいた。――監視?
「ええと……カ……」
 カスカードは彼に呼ばれている名前だ。家名。家名は、確か。
「クロワです。カスカード・クロワ」
 悟ったのかわかったのか、名前で呼ばれるのが嫌なのか相手が先に名のった。
「クロワさんは、何を」
「監視です」
 他に言いようはないのか。
「そうですか」
「どこかでかけたい場所でもありますか」
 ――知る場所などないことを知っているだろうに。
「そんなに私を責め立てて楽しいですか」
「……ええ」
 こいつ……。
「気がはれると思っていましたが。そうでもないですね」
 呟きは遠く、小さく、首を傾げた。
「あの?」
「部屋へ戻ってください。主が心配します」


 そんなやり取りが二日続いて、三日目。今日はクロワが来ない。違う用事でもあるのだろうか。いないなら、都合がいい。
 どこに行けばいいのかすらわからないけど、ここにいてはいけない。
 もどかしくて、心がから回る。
「ロザージュ」
 背後から声をかけられて飛び上がった。
「……あ、あすとる?」
 なぜ真っ昼間にここに? しかもクロワも一緒だ。
「移動しましょう」
 いやな予感がした。
「……どこへ……」
「言っていませんでしたね。私の名はアストル・リュスイオール・ノワール。この国の第三王子です。第一王子である兄があなたに迷惑をかけるのなら、こちらにも考えがある」
 微笑んでいるのに、背筋がぞっとした。――知っている。この冷たい微笑みを。いつ? どこで?

 心臓が掴まれたように、鼓動が早い。もう少しで届きそうで、ひどく遠い。
 消えるように思い出す。
 呼ばれている。誰かが私を呼んでいる。
 でも、誰? なんて、呼んでいるの――?



「―! ――――! ――――――!」
 いくつもの言葉が、頭を翔けるように消えていく。待って、待ってお願い。教えて、思い出して。あなたは――
 黒い髪が翻って、赤く染まるような――

「ロザージュ?」
 アストルに声をかけられて、はっとした。
「どこか、具合でも?」
「え、いえ……」
 連れて行かれた王城は暗く、重苦しい雰囲気だった。進むたび纏わりつくような気配に身震いして、腕をさすった。
「――感じますか?」
 前を歩いていたが、ふり返ったアストルが、そっと囁いた。
「……ぇ? ――っ」
 気を取られていて、間近に見えるアストルの顔に悲鳴を飲み込んだ。
「やはりあなたは――人だ。濃い魔力を感じ取っている」
「ま、りょく?」
 かろうじて聞き取れた言葉。なんだ、そのファンタジー用語…………ファンタジー?
「伝えておきます。ロザージュ。わが王家「ノワール」は、魔術師の血を引く家系なのです」
 目を覗き込んで畳み掛けるような言葉に、思考がおぼつかない。引きずられるような足取りで支えられて、進みたくない足を進ませている。
「魔力……風?」
「ああ――あの「兄」は風を操るのが得意なのです。感情が高ぶると相手を攻撃するので、迷惑しているのですが」
「あなた、も?」
 ふふふと、アストルは楽しそうに笑った。
「それは、また今度。どうぞ、王が待っています」


「「それ」は――なぜだアストル」
 王座に座っていた王は、私を見るなりアストルに問いかけた。比例するように重くなった空気に息をするのも苦しい。海で魚が溺れるなら、こんな感じかしらと曖昧に考える。何を、魚が溺れるはずもない。
「陛下、彼女が苦しみます。肉体はただ人なのですから」
 ふっと、体が軽くなった。上から押さえつけられるような圧力がぬけて、膝から力がぬける。かくりと、前に倒れ込んだ。見計らっていたアストルに支えられた。
 周囲の空気が軽い。
「オーストンに聞いていませんか?」
「だから、兄を呼び捨てにするのは止めろと言っている」
「失礼しました。第一王子はどうされました?」
「さわがしいと思ったら、これか。お前がよく条件を飲んだものだと思ったが……」
 ひたと、再び国王が私を見た。目を逸らして床を見た。顔を上げないほうがいいような気がした。
「まぁいい。せいぜい、守りきることだな」
「ご心配には及びません」
「そうだろうな。――わが息子ながら、なぜ」
 国王の言葉は少し弱みを含み始め、聞こえなくなった。ぼんやりと足元を見つめていたら、アストルに腕を引かれた。
「行きましょう」




 廊下を歩くたびにすれ違う人が頭を下げる。どこか、そう現実味のない光景に……
「っち、もう嗅ぎ付けたか」
「アストル?」
 アストルが嫌そうに足を止めた。
「挨拶もなしですか、アストル。それでは困りましょう」
 影から男が出てき男は、髪も目も服も真っ黒だった。
「こちらは困りませんが。――仕方ありません。ロザージュ、一つ上の兄のミストラルです。兄上、こちらが」
「例のまれ人ですか」
「彼女はただ人ですが」
「そういうことにしておきましょうか」
 じろじろと品定めされた。話が見えないまま、アストルの影に隠れた。
「珍しいですねミストラル兄上。城にいるなんて」
「お前が来ると聞いたので……それに……」
 また視線がこちらに向かった。
「珍しいものが見られそうだ」
 楽しそうに笑って、黒ずくめの男はそのまま去った。
「面倒なことにならないと思いますが、気にしないで下さい」
「はぁ」
「あなたは、私が守ります」
 そっと引き寄せられて、なぜか背筋がぞっとした。だけど、すがりつける先は、それしかなかった。

2014.06.23
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