五 Comme des Fleurs 〜花のように〜
( 十六 話 )



「孤児院に?」
「ええ、先日、ご迷惑をかけてしまったので。お詫びに……」
 どう、だろうか。外へ出るのは、難しいのだろうか。
 アストルが、考えている。こちらを見ていないので、疑われてはいないようだ。
「そうだな。――俺はいけないが、カスカードをつけよう」
「ありがとう、アストル」

 日程は、決まった。
 できたら、外で会いたい。でも、彼と会うには、どう……

 アストルの執務室を出て、うつむき加減で歩いていた、ふと、気配を感じて、顔を上げると――
「!?」
 そこに、いた。
「こんにちは、王妃陛下。ご機嫌麗しゅう?」
「第二、王子……ミストラル……さま?」
「おや、もうそれは返上しましたよ。あなたの夫……弟が便宜を図ってくれて、私は好きなだけ、趣味に没頭できる」
 だめ、ここは駄目。人が、見ている。アストルの監視が、いる。ああ、でも。だけど、どうか。
 そっと、彼に見えるように胸元に持ってきた指で自分を刺した。
「――私(まれ人)に、関係があることでも?」
「興味が、おありですか?」
 すっと、ミストラルは音もなく近づいてきた。距離が近い。
「そんなことは、大きな声で言わないほうがいいですよ。アストルが飛んでやってくる」
 そっと、耳にささやかれて、彼はすれ違う。
「ではっ、――!」
 彼は、行ってしまった。侍女の姿が見える。ふり返っては駄目。特別な何かを、悟られても駄目。ああだけど。こんなチャンス――

 神様は、いる。

 今ではないと、言うことか。



 落胆を悟られないように、表向き孤児院に向かうことが楽しみだと言うようにふるまっていた。そうでもして、気を保たないと、狂いそうだ。
「行ってらっしゃい。気を付けて。何かあればカスカードに」
「はい。行ってまいります」
 用意された馬車は前に乗ったことのあるもので、思い出させる。
 若くして孤児院を任されているマルグリットは、姉の前島 菫(まえじま すみれ)に瓜二つの容姿をしている。そして、分け隔てなく子らに接する孤児院の長なんて、本当に姉にそっくりだと、息を飲んだのだ。
 それは、罪滅ぼしか、いや自己満足だ。
 満足に資金が支給されない孤児院に、娼婦としての給金の大半を寄付していたなんて。
 それで、何か変わるものでもない。
 姉が事故にあった事実が、消える訳でもない。

「――陛下。――王妃陛下!」
 急に肩をゆさぶられて、はっと顔を上げた。いつの間にか握りしめて、かなりの力を込めていた両手は急に解放されてしびれるように痛みを訴えている。
「どうされました? 心配事でも?」
 クロワが、呆れて問いかけて来る。
「ぁ……アストルが、いない、か、ら。緊張してしまって」
「何を言いますか、ひとりで、通っていた――いえ。なんでもありません」
 ロザージュの知らない事実を呟きかけて、クロワは咳払いをした。
 彼は知らないのだろう。私が孤児院に寄付をしていたと言う事実しか。郵便受けに封筒に入れたお金を入れて、逃げるように去った桜の姿は、知らないのだろう。
 それは、マルグリットも彼らには言わなかったのか。

 ――そういう人だ。姉も――

「少し、休憩にしましょう」
 顔色が蒼白だと、クロワが心配するくらいだったらしい。

 孤児院の工事と一緒に、街道の整備も行われたと、クロワの説明をぼんやりと聞いていた。広がる花畑に足を向けて、しゃがみこむ。
 色とりどりの花の中に、混じって、ヴィオレット。
 この国は、一年を通して温かく、ずっと春と初夏をさまよっているような印象だ。このヴィオレットも、開花の時期がとても長い。
 ぶつりと、摘み取った。
 紫のヴィオレットだけ摘み取って戻ると、クロワの視線がその花に注がれていた。
「……駄目でしたか?」
「いえ。王妃陛下のすることであれば」
 アストルは、怒らない。その通りだ。



「こんにちは」
「王妃陛下!」
 マルグリットは、先触れを受けていたのか丁寧に出迎えてくれた。子どもらは知らなかったのか、首を傾げていながらも、アストルはー? と聞いて来る。覚えて、いるのだろう。彼が王であることは、子どもらは知らない。
 アストルがいないと知って、子らは個々に遊び始めた。私は、マルグリットと少し、お茶を飲んで。せっかくなので、新しい孤児院を案内してもらうことにした。
 途中で、クロワが子どもに捕まって、広場で遊ばれている。そんな姿は、はじめて見る。マルグリットも、誰かに呼ばれたようで、私は、アストルが言っていた祈りの場に行くとクロワに伝えて、クロワが誰もいないことを確認して、ひとりで入ることを許された。


 祭壇に、向かって、祈ることは――


「熱心ですね。王妃陛下。いや、今はロザージュとお呼びしたほうがいいですか?」
 背後から、声がした。まさかと、ふり返って、その姿を見た。
「……わた、しは。前島 桜と申します。教えて下さい。まれ人が、もとの世界へ帰る方法を」
 彼、ミストラルは、驚くようにセットされた人形のように驚いた。
「アストルを裏切るか。やはり面白いことを考えてくれる。まれ人よ」
「お願いします。私は、帰らないと」
 帰らないと、いけない。逃げ続けても、逃げたいけれど、でも。
「まれ人が、この国に呼ばれる時は、必ず王の代替わりが行われます。なぜ、まれ人が呼ばれるのかはまだわかっていない。ですが、これまでこの国に来たまれ人は、一部の例外を除いて皆、同じ道を辿ります」
 足音もなく、ミストラルは私に近づいて来る。
「――死ぬのですよ」
 アストルとは質の違う笑みで、闇より深く、囁いて来る。威圧されるように足がすくみ、がくりと体勢が崩れる。支えられる。
 伸ばされた腕が当然のように胸を揉む。
「―――っ」
 アストルとは、違う。
「例外があると申したでしょう?」
 彼は、とてもとても、楽しそうだ。
「太陽王の持つ光の玉は、まれ人の願いを叶えるほどの力を有しているらしい」
「ら、しい?」
「ああ、すみません。何せ元の世界に帰りたがったまれ人の例はほとんどないんです。皆一様に、この国に救いを得て滞在したと文献には記してあるので」
 ――推測だが。私以外にもこの国に呼ばれたまれ人は、もとの世界で逃げ出したくなるようなことがあったのだろう。
「一部の例外ですが、光の玉に触れたまれ人の姿が、この国から消え。当時の王はそれはそれは血眼になって捜したようです。まぁ見つからず、国は傾き。次のまれ人が呼ばれ王は替わりましたが」
 くすくすと、楽しそうに笑う。
「それ以来。光の玉は王のもとで厳重に封印されることになりました。まれ人を従えた王だけが、その恩恵に授かるのです。あなたも見たでしょう? あの、光を」
 それは、アストルがオーストンを刺殺した時の光のことだろうか。恐怖を思い出して、青ざめると、ミストラルはそれだと言うように頷いた。
「もっとも、玉を得たからまれ人を得たのか、まれ人を得たから玉を従えるのかは、わかっておりませんが」
 くくくと、研究のしがいがあると、ミストラスは笑う。
「その、玉は、どこに……」
「さて、王が保管していますよ」
「あなたなら、見ることができるのでしょう?」
「おやおや、敏い王妃陛下だ」
 確かに、今のアストルなら簡単だろうと、呟く。
「でも、私にアストルに殺されろと言うのですか?」
「生きる希望がないなら、来世に期待したらどう? で、す、……か」
 だんだん自信がなくなって、声が小さくなった。そう、見えたのだ。まるで、死にたがっているように。
 彼はアストルとは違って、無理を、しているようだったから。
「――おしゃべりが過ぎましたね」
 一瞬にして、彼の顔から表情が消えた。まずいことを言ったのだと、後悔しても、遅すぎて……
「まっ」
 背を向ける彼に、声を荒げそうになり、ふり返った彼に制された。
「ここで焦ってはいけない。アストルに悟られますよ」
「でも……」
「またお会いしましょう――王妃陛下」
 彼の姿が、影に溶けるように、消えた――
 驚いて顔を上げると、扉が開かれた。
「王妃陛下、そろそろ――」
 きょと、と、目を丸くした。子ども達にずいぶん遊ばれたのだろう。クロワはいつものきっちりした感じではなく、疲れてだいぶぼろぼろだった。
「楽しまれたんですか?」
「――これだから子どもは」
 問いかけると、苦々しく吐き捨てられた。
 あなたも、子どもだったのにと、言いかけてやめた。

2014.11.23
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