六 Comme des Fleurs 〜花色の人生〜
( 十九 話 )



「――死ぬな!!」と、彼は言った。

 彼は知っているんだ。
 本当は、死んだのは、桜(わたし)であると――


「ねぇ。あれ菫さんじゃない?」
 あいの言葉にふり返って見ると、クスランブル交差点の向こう側の歩道を右から左に向かって歩くあの姿。
「え? あ、ほんとだ! おねーちゃーん!」
 私は、少し先にある横断歩道の手前の手すりを乗り越えて、車道に出た。
 姉はこちらに苦笑して、青に変わった横断歩道を――
「桜!!!」
 声が、聞こえた。
 派手なブレーキ音に耳を疑った。ふり返ると、最後に見えたのは、強い、光――



「桜! さくら!!」
 姉の声が聞こえる。黒髪を赤に染めて、倒れているのは私だ。
 渚と、あいが青ざめて近づいて来る。

 周囲に集まる人々、遠くから聞こえるサイレン。

 倒れているのは、私だった。


***


 まれ人には、魔力を持つものなら見ればわかると、書物に書いてあった。
 見れば、すぐに分かった。
 スリジェは、魂だけの存在だった。周囲の魔力を吸収して、人と変わりない存在を得ていた。
 しかし、魔力の薄い町中では、その存在はいずれ消えるだろうと、毎日通い魔力を与えた。――ずいぶんな扱いを受けたが。

 まれ人を見つけてしまった。
 王になれと、言うことか。

 はじめは、そんなどす黒い感情から、この娘を利用するつもりだった。
 だが、途中から気がついた。玉を手に入れた時、真実を知った。彼女は、いやまれ人は、他次元からやってくる、罪人なのだ。
 ここで罪を償い、そして、消える――世界の贄となって魔力の根源の贄になる。

 別世界の幸せから飛ばされて、この世界で贄になる前まで、時間を潰す様に人生のやり直しを要求されている。

 その、途中。贄になる過程で、まれ人として過ごすだけなのだ。
 そして、まれ人が通る道が多次元と繋がり、この次元とは違う場所から膨大なエネルギーが流れ込んでくる。それを玉は吸収し、魔力と成す。
 それを使役すれば、この次元の魔術師より強い力を得る。
 まれ人は多次元とこの次元の仲介となり、微弱ながら道をつなげ続ける。しかし本人には魔力がないためその力はとりこめず、すべて、玉に、また、玉を制御するこの身の力となる。

 その身、無くして、魂だけの存在となっても。
 罪人として、まだ、罪を償わせる気か。
 いったい、どれほどの罪を、この娘は犯したのだろう。

 それも、覚えていないのかと、低く、笑っていた――

「ミストラル!? お前か!!?」
 真っ先に睨みつけた兄を、壁際に追い込んで締め上げる。
「おお怖い。どうしたアストル?」
「ふざけるな!! お前以外に、誰が!!?」
 言いかけて……気がついた。
「――スリジェか」
「敏い弟を持って、俺は本当に幸せさ。その通りだよアストル。すべて、彼女が望んだことだ」
 そう。「前島 桜」が。その言葉をミストラルは飲み込んだ。
「いつ、からだ」
「さぁ? 女は怖い存在だ」
「ミストラル」
「――彼女が足しげく孤児院に通っていた理由を、お前は知らないのだろうな」
「それは……まさか、それが彼女の償いなのか?」
「本人はそのつもりだろう。――ただの自己満足に過ぎないのに」
「それを、言ってはいないだろうな」
「さて……どうだったか」
 思わず、殴り飛ばした。
「陛下!?」
 クロワがおどろいている。
「面白いねぇ。アストル。あのまれ人はいてもいなくても、本当に面白い」
 くすくすと笑いながら顔を拭うミストラル。それを睨み付けて、アストルは再びミストラルの胸ぐらを掴み上げた。
「どうしたら手に入る?」
「取り戻す気かい? 酔狂だねぇ」
「いたほうが面白くなると思わないのか」
「……思うねぇ」
 楽しそうに、ミストラルは笑った。そして、言う。
「『一度、帰して差し上げましたでしょう』王妃陛下」
「お前とは本当に気が合わないな」


***


 姉と、あいと、渚の声。どこか冷静な姉の婚約者の声が、救急車を呼んでいる。
 もう遅い。私はここにいる――死んでいるのだ。
 あの体には、帰れない。

 なら、どうして、私はここに?

『こんにちは』
「ぅわぁ!?」
『もう困るわ。あなたみたいなののせいで、ゆっくり休めもしない』
「誰よこのピンクでツインテールでセーラー服でなぜか二頭身!? の小さいのは!?」
『ああ別に、私のことはどうでもいいのよ。あなたはイレギュラーだし』
「ちょちょちょちょっと!? 勝手に話進めないでよ!? 誰がイレギュラーよ!!?」
『あなた』
「だから、なんでよ」
『えー? なんで私が』
「……お願いします女神さま」
『あら〜そんなほめないでよ〜笑顔が素敵な世界一可愛い女の子だなんて』
「言ってない……いえ、その通りです。女神さま」
『え? 何雑音?』
「素敵ーさいこー! かわいいー!!」
 なぜに……っ
『そうそれがね。人の恋路を邪魔する女には、鉄槌おー! みたいな』
「……あのー頭の弱い愚かなこのわたくしめに、もう少しわかりやすく……」
『そうよね愚か者!』
 ……いらっ
『本当、姉に嫉妬して左右も見ないで道路に飛び込んで跳ねられるなんて、迷惑だわ』
「嫉妬……」
『してたでしょう?』
 ぐ……
 あの日、菫に桜のマフラーを奪われて、不満を覚えたのは事実だ。だけど。
「だけどっ!」
『別に死ねとは思っていない? そうよ、死んだのはあなた』
「だから、どうして」
『望んだのはあなた。叶えるのが私の仕事』
「この疫病神」
『そうよ? 私は、』
 ピンクの髪をした、一見ラブリーな女の子は、口が裂けるように笑った。
『異分子を、外へ』
 ぞっと、した。
『私の世界を乱す者は、いらないの』

 ――お前は、誰だ?

「わ、たしは……」
 サクラ? 桜? さくら? スリジェ? ヴィオレット? ロザージュ? それとも――
 それとも。だぁれ?

 女神の顔が、わら、


 ゴォンと、すべてを吹き飛ばすような轟音がとどろいた。
 驚く女神の顔に、予想外と書いてあったことだけをよく覚えている。

「――スリジェ!!!」

『やだ、イケメン……』
「あれが好みなの?」
 のちに判明したことだが、ミストラルのことだった。ちょっと、ほっとしなんて、言わないし!!!

「って、アストル?」
 ――なんで。

『さぁ。取引ね』

 ピンク髪の幼女(自称女神)が、わら、った――

2016.04.25
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