六 Comme des Fleurs 〜花色の人生〜
( 二十一 話 )



 執務中、急に現れたカスカードはそれはそれは認めたくないものをいやいやながら、しかし肯定しなければならないと言うような葛藤のさなかとでも言いたげな顔をしていた。
 ――珍しい。――いや。
「スリジェがどうかしたか?」
「刺し違えてやろうかと思っていたのですが」
「物騒だな。首をはねるぞ」
「構いません。ただ……」
 いつもそうだ。カスカードはスリジェに関しては口を閉ざす。そう。ロザージュの時から。
「あの娘も、馬鹿ではないと知りました」
 どんな会話をしたのかは、ついに知りえなかった。



 さわさわと風が揺れる。疲れのとれた体の意識が浮上しつつ、現実と夢との境が曖昧な瞬間。ゆれているのは、私の前髪だった。
 ――アストルが、さらさらと弄んでいた。
「っ!!!!?」
 気持ちだけは飛び上がりたかったが、うめき声をあげただけで終わった……
「カスカードが褒めていたぞ」
「はぁ?」
「素直に受け止めておけ。――体は大丈夫か?」
「あんたさえいなければ」
「ひどい言いようだ」
 それでも、アストルは楽しそうだ。
「私が、生きていて、嬉しい?」
「ああ」
 ――そうだなと言って、アストルは私にキスをした。

 ……それだけでは終わらなかった……

 外だから!!!!



 なんだかんだと言いながら(もとより逃がしはしないが)、王妃陛下と言う地位に変わりのないスリジェは、なんだかんだと文句を言いながら隙あらば脱走しようとするので毎晩そんな余計な事を考える余力もないほどに責め立てることにしたがそれでももがいている。
 まぁ、馴染んで来たと思うべきか。
 ミストラルが消えた穴はきれいに跡形もなくふさがっていて、あの女神の手腕は本物だと認めざるを得ない。
 しかし、スリジェ――いや、まれ人の名と言うべきか、それはいまだわからないまま。
 ――ミストラルは知っていたのだろう。今になってもあの余裕とこちらを小ばかにした笑い顔が目に浮かぶ。
 ぎりと、知らず歯を噛みしめていたのか。そして、パリンと握っていたグラスが砕けた。――何個目だったか。忘れた。
 鋭く響いた破壊音に過敏に反応して、スリジェが目を覚ました。
 暗がりに、月明かりに照らされて。右手を血だらけにしている姿に驚いたのか、息を飲んでいる。
「起こしたか」
「手……手……」
「気にするな。グラスの変わりならいくらでもある――スリジェ、お前の変わりはいない」
「――よ、酔ってる、の?」
「そうだな」
 魔力に満ちたスリジェはこちらの魔力を与えることなく、むしろこちらの力の精度を磨いてくれている気がする。元まれ人効果だろうか?
 そうだ。
「――太陽の王は光の玉とまれ人をつき従え、人々を照らし導かん――」
「太陽王?」
「そうだ。俺のことだ」
「まれ人」
「お前のことだった。今でも、君は、ずっと、俺を――」




 いつものことだが、こちらがよくわからない話をアストルは一方的にする。しかも、そのままのしかかってきたかと思えば――
「ね、てるの?」
 意味不明だ。右手は血だらけだ。ちょ、ホラー。
 枕カバーを乱暴に取って、巻きつけてみた。シーツが汚れるよりましだと思う。っていうかこの世界手洗いだよね? ぞっとするわー
 そう言えばマリアージュで毎日変えていたシーツは、近くの川で見習いと売り上げの少ない子が洗っていると聞いた。
 私は、幸か不幸か最初からアストルがずっと指名してて、ずっとお金払ってて。
 ――助けて、くれたんだ?
 魂のままこの世界の贄になっていたら、どうなっていたのだろう。まさかあの幼女(自称女神)の遊び相手とかそんな洒落にならない……
 アストルの寝息が聞こえる。アストルが先に寝ているなんて、いつ以来だろう。いっつも、いっつも、私の意識が飛ばされるのが先な気が。
 よく見ると、疲れた顔をしていた。
 まぁ、そりゃぁ。忙しそうだよ。昼間は基本会わないし(さみしいとかじゃないから!!)、夜も遅いし。
 でも、この世界で私を私と認めてくれるのは、アストルと、クロワと、マリアージュのみんなと、あのおばあさんだけ。
 ――さみしい、よ。



「外出許可が出た」
 いつにもまして、クロワは要点しか言わない。
「……私、行きたいと思う場所があるほどこの国のこと知らない」
 アストルのことも。続けそうになった言葉に自分で驚く。動揺を打ち消す様に咳払いをした。
「――案内します王妃陛下」
「……急に敬われると逆に怖い」
 だから!! 睨むのはやめて!!



 クロワは町を案内してくれた。図書館だとか神殿だとか重要そうな場所から、広場とか市場とか活気のある場所まで。
 最後に、孤児院に行くかと聞かれて首を振った。あそこは、ただの自己満足だ。――見るのは辛い。
 だけど馬の足をクロワがその方向に進めるから、新手の嫌がらせかと思えば――
「…………?」
 すとんと、花畑の端っこに下ろされた。
「摘んで帰りますか? いつかのように」
 目の前で咲く、ヴィオレット。

 ――泣いた。




 心が冷えて行くように寒さを覚えた頃には、辺りは真っ暗で、いつの間に準備したのかクロワが焚火に火を点けていた。
 気をきかせたのかなんなのか、涙が枯れる頃にハンカチを差し出してきたクロワ。
 焚火から少し離れたところは真っ暗で、月明かりによってぼんやりと輪郭だけ映し出されるような? 余計に怖い。
「あの、帰らなくて、いいの?」
「もう遅いです。冷えますが風をひくほどでもないでしょう」
 そう言ってマントをこちらに投げ渡し、湿らせたハンカチを別に差し出した。
 ――気遣われている。泣き顔をアストルに見られたくない気持ちが伝わったのだろうか。
「ありがとう」
「いいえ――ただ」
「ただ?」
「陛下があらぬ誤解をした場合は弁解の余地を」
「いきなり首を切るようなことはしないでしょう?」
 ちょっと!? なんで黙るのよ!!?

 ――星空が瞬いて、囁き声が聞こえるような静寂に、火がはぜる音が聞こえる。
 ここには、今。私一人。「前島 桜」が一人――




「桜。さくら」
 夢を見ていた。遠く、白く。暖かい。――そして、もう戻れない。
 どんなに、望んでも。
「桜。心配しないで」
 ぼんやりとした輪郭の白い塊が、姉の姿を形作る。
「あなたは、今。「――」でしょう?」




 目覚めると近くに川があると教えられて、用を足しに行くのと顔を洗いに散歩する。
 こんな時に誘拐されるとか、よくある話よね〜とか、ぼんやり考えながら顔を洗って、立ち上がりかけた、その時。
 急に後ろから抱きしめられた。
「!?」
「――スリジェ」
 アストルだった。――本気でびっくりした。
「よかった。カスカードを八つ裂きにして切り刻み直して樽に入れて転がそうかと」
 だから、
「だから、物騒なのよ。それに私は、私は桜」
「サクラ?」
「意地張ってもしょうがないって、クロワが教えてくれたの。お手柄よ?」
 最大級にほめている、はず?
「……なんで不機嫌?」
「いや、あいつの手柄だと思うと、やはり一度鞭打ちに」
「止めなさいって!?」
 それも受け入れると思うけど!? そうじゃなくて!!
 ため息をついて、体ごとアストルにむき直した。コツンと、その胸に頭を寄せる。
「――いつも、これまでも。ありがとう」
「スリジェ」
 違う。私――
「私は、桜」
「サ、クラ?」
 発音は二十点。でも、いい。
「――はい!」
 私は、笑顔で彼の顔を見上げていた――




秘めたるその花の名は

――その花の名を、あなたは知る――

2016.04.25
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