第十火 2385戦目



「……! あんた、また負けに来たわけ?」
 火緒李と呼んだ男に、絽火は思い立ったように声をかけた。
「今度こそ勝つ!!!」
「あのねぇ、あきらめってものを知れ。だいたい、私がに……二千……いくつだっけ?」
「二千三百八十四戦中・二千三百八十四勝だ!!」
「…………で?」
 自分の負けた数を律儀に数えているわけ?
「勝負だ!!」
「あんた……確か修行の途中じゃなかった? ってまさか途中で放り出されたわけ?」
「ぐが!!?」
「やっぱり」
「うるせぇ!」
「だいたい、なんだってここに?」
「ぁあ、洞窟から叩き出されて“長”の所に行ったら、王都にいるって言われたから」
「………」
 あの男……
「はっはっは! 修行の成果を見せてやる!」
「途中でレベルに達してないって放棄されたんでしょうが」
 聞こえていなかった。
「なんだ、怖気づいたのか?」
 ――冗談。
「結果のわかってる勝負なんて面倒。忙しいんだから邪魔しないで」

さっき寝てた人のセリフですかねぇーー

「だいたい、こんな所で物燃やしたら弁償よ?」
「はぁっ!!?」
「………」
「だったら、訓練場が空いているだろう?」
 言葉に驚いた二人は、同じタイミングで振り向いた。見慣れなかった“赤”が二つ並ぶと目を引く。
「王様?」
 絽火が見たのは、面白いものでも発見したように、さらにそれをどう利用しようか考えている性質の悪い国王だった。

「どこだ!!? 行くぞ絽火!」
「なんでよ」
「面白そうだな」
「………陛下?」
 嫌そうに国王を睨みつける絽火。しかし、まるで意味がない。
 そして、傍観し切れなかった国王が“負けに来た”の意味を知るのは数分後。






 ざわざわと、城の中はざわついていた。訓練場にいた兵士は皆訓練を中止させられて、中央にいる一組の“赤”を眺めていた。
 性質の違う二つの“赤”を。

「なんだってこんな事に……」
 火谷だけでなく、こんな所でもあれと勝負をしなければならないのだろうか。

「行くぞ絽火!」
「はいはい」

 始まりの合図はいつもの通り。

「しょうがないわね………」
 久しぶりに呼ぼう。
「―――リプラっ
「っっちょーーとまったぁ!!」
「!? ―――何?」
「セイズ・オブ・ファイア使用禁止」
「なんでよ」
「お前に武器なんか持たしたら勝てるわけねーだろ!!」
「……戦う前から負けているって自覚ある?」
「うるっせーこのでたらめ女!」
「なんですってこの惨敗男!」

 ぎゃぁぎゃあと、二人は騒ぎ出した。―――うるさいうえに騒がしい。

イタイですねぇ惨敗男。ま、事実だし。


「面白いな」
「この状況で楽しめておられるのは陛下だけだと思いますが」
「暇つぶしだ」
「………」
 なんで、不機嫌なんですか? 声の調子から受け取る印象。一番赤の二人がよく見える場所で、国王とその護衛は会話していた。


「……まあいいさ。―――リプライド! ――――こい、ソード・オブ・ファイア!

 前に聞いた詠唱の声に注意を向けると、火緒李と呼ばれた男の目の前に炎が燃え上がる。人の顔と同じくらいはあろうかという大きさの火球が揺れ上がり燃える。

ガバス!

 燃え上がった球体から剣の柄が見える。右手でつかみそして真横に引き抜いた。
 刃が赤いのか、燃え上がる炎で赤く見えるのかわからない。装飾といえば炎としかいえない剣が、切り裂いた空気。そして奇跡に火の粉が流れた。


―――チャキ
 火緒李が剣を構えて、絽火は背筋を伸ばした。

「「イグニション」」
 距離をとった二人の間に、二つの炎が生まれる。手のひらサイズの炎はぶつかり混ざり合う。完璧に混ざりきらず、赤と橙の炎が交互に揺れ動く―――


ふわぁぁぁ―――
 やさしく吹いた風に吹き消されそうにゆれる炎。

ふっ!
 燃え尽きて消えた瞬間が、合図だった。




ゴォ!
ファイアー・シールド!
 風を切って剣が切り裂く。燃え上がる炎を正面で受け止めた絽火は、さらに言った。
ファイアー・ボール!
「おそい!」
「――っ!?」
 火の玉が火緒李に向かう前に、ひらめく切っ先。剣をよけたが、絽火の髪が舞う。空中で燃え上がり静かにと灰とかす。
ブレイク・バースト!
ファイアー・グラウンド!
 二つの術がぶつかる。
ズザァァ――
 後ろに押し出された絽火を、火緒李が追う。
「もらっ」
イグニション!
 絽火を切り裂く予定の剣がはじけた光に宙を切る。目をくらませながらも火緒李は言う。
ファイアー・バースト!
タンッ! ドゴォンッ!
 火緒李の術が地面をえぐった。空中に逃げた絽火は再び炎を弾けさせた。
ファイアー・レイン!

 一瞬。降り注ぐ炎に火緒李が顔を下に向けた。そこを見計らって空中で回転した絽火は、そのままかかとを火緒李の肩に振り下ろした。

ダァンッ!!
「だぁ!」
 右の肩にかかった力に逆らえなくて、火緒李は仰向けに倒れるように後ろに倒れた。
すとっ!
 火緒李の頭の上、顔を覗き込むように着地した絽火。そして、
ひゅ―――ザシュッ!
 弾け跳んだ火剣が火緒李の首筋をかすめて地面に刺さった。

 誰が見ても、勝敗は明らか。

あれま〜〜お強いことで。っち! つまんねぇーーな〜〜
すべては二人の間で燃え上がった炎が消えた一瞬。ものの数分。


「久しぶりね。二千三百八十五勝」
 絽火は剣の柄に手をかけて声をかける。それから火緒李を見て言った。笑顔で。

いやな笑みだ。

「―――で、あんた」
 ざ―――っと火緒李の顔から血の気が引いた。
「まさか、これだけのために来たわけ?」
「あ、そうだ。“長”から預かり物」
 と思いきやぽんと手を打って、火緒李は手紙を取り出した。しかし、絽火の足に胸倉を抑えられていて、起き上がれない。
「あの〜〜絽火さん?」
 いい加減で立ち上がりたいんですけど……
 言葉を無視して、絽火は封筒を破った。

 確かに、“長”からの手紙だった。

やぁ絽火。元気だろうね。君がいなくなってからこっちは静かだよ。静か過ぎるくらいに。
 どうしようもないから、誰かでからかおうか迷っていたら。ねぇ。うるさいのが修行を中断せざるを得なくてねぇ。レベルが低いから。彼。まだ、谷での事は任せられないね。
 で、開閉一番「絽火はどこだ!?」だからねぇ。どうやら、また輝かしい二千敗記録を更新したいみたいだったから。ついでに手紙を持たせてみたよ。
 あ、まだ燃やさないでね。一応最後まで読んでからにしなさい絽火。普通、人は前書きってものを書くのだよ。そして本題。前書きまで読んで燃やしてしまったら、意味がないだろう?

 さて、そろそろ怒りが頂点に上がってきたかな。ああ、本題? 火緒李だったらいくらでも殺してしまってかまわないから。

 じゃぁねえ絽火。



「何書いてあんだ?」
 いつの間にか絽火の足下から抜け出した火緒李が、横から覗き込む。
燃えろ
 一瞬にして絽火の手の中で灰になる紙。完全に燃え尽きる前に炎を手で握り締めて、絽火は言った。
「ねぇ」
「?」
「一回死んできて」
「―――っ!!!? ぎゃぁ!!?」
 反論を叫ぶ間もなく、黒こげ物体が転がった。

―――普通、一回死んだら生き返れませんってのーー

「………」
 憤慨して訓練場を去る女のあとに、黒焦げの男が転がっていた。

「―――あ、忘れてた。」
 と、絽火が帰ってくる。
「ちょっと!」
ドガ!
うわ、いやな音が。
「でぎゃ!?」
「全部、埋めといてね」
「は?」
 ぼこぼこな周り。火緒李が地面に向かって術をはなったせい。

確かに、光を遮断するには適切かもしれませんけーどねぇーー

「一緒に埋まってきていいから」
 満面の笑みで、絽火は歩き去った。
「ま、また負けた……」
 ガクっと、男は力尽きた。






「なんだったんだ?」
「さぁ?」
 もっともな疑問が、訓練場にいた兵士達に広まった。



そうして、笑い話になっていく(完)。


あとがき
え?終わりませんよ。もちろん。
ちょっと綺麗にまとめてみたくなっただけ。(どの辺が綺麗なんだよ……)


目次
2006.10.26