第十壱火 森の長と森の人



「しかし、まさか花がいけてあることがこんなにも役に立つと思わなかったな」
「そーうね」
「窓は全快風が吹く、か」
「………」
「よくもまぁこんな所で眠れるよなぁお前」
「火谷一の術師の部屋に偵察送り込むほど馬鹿じゃないでしょ」
「……命知らずだな。まさしく」

 城中にいけられた花。赤、黄、青、紫、白、黒、橙。上げだせばきりがない。浮き彫りがされた花瓶。焼き物、ガラス。

―――すべて、“水”が監視を行なう城――

 感じる力、明確な意思。誰が、どこに、どこで何を。すれ違う人ですら。会話、集会。すべてが、一人の監視。吹き付ける風は絶えず、一箇所に留まることを許さない。吹き付け、吹き抜け。そして運ぶ。

「恐ろしくはない……だろうな」
「何が?」
 与えられた部屋で、火緒李(ほおり)は見た。こちらに背を向けていた絽火(ろか)が振り返って笑っているのを。
「で」
「ん?」
「何しに来たの?」
「………」
 寒い……おかしい、おかしいぞ。晴れているぞ今日は。いい天気だろいい天気。―――寒い……
「何か言え」
「いや!! 長が様子見てこいって」
「建前で?」
「……」

『まぁ、疑ってくるだろうけどね。心配なんだよ。私だって。』

 といった長の言葉のどこまでが本心か……

「ま、頑張れよ」

 それだけ言って質問に答えることなく、顔を引きつらせたままの火緒李は帰ってしまった。









「ただ今戻りました。“長”」
「おかえり樹木(じゅき)―――報告を」
「先にこちらを」
 ふところから取り出した赤。絽火に渡された弁償品。少し離れた森族の“長”でさえ、その輝きに目をみはる。
「火揺石(ひゆせき)? しかも、このように上等なものは見たことがない」
「陛下が王都にお呼びした火術師のものです」
「……それは、ずいぶんと他の種族は狼狽(ろうばい)しただろう」
「ええ、見ていて楽しいくらいに。それに、とても可愛らしい方でしたので」
「可愛い?」
「ええ、赤髪の……」

 とても気の強い女性でした。

「女ぁ!!?」
 驚愕したのは、“長”ではなかった。数人いた他の森族。

「はははは……それはまた、火谷の“長”も思い切ったことをする。――強いのか?」
「とても」
「そうか……」
 それきり、言葉を切った森族の“長”。
「……見てみたいものだな」
「連れてきましょうか」
「できるのか?」
 さすがの“長”も、息子の一言に驚いた。

「たぶん、彼女なら―――」

 私(修復者)を気づかった彼女なら。








「おはようございます」
「あ、久しぶり」
 朝早く、いい加減あきてきたがしかたなく鮗(このしろ)の所へ絽火が向かう途中。いつからつけていたんだお前? と、問いかけたくなるくらいいいタイミングで現れた森族の代表。
「えっと……樹木、さん?」
 それとも様?
「おきになさらず。種族の代表という立場からすれば、あなたと私の立場は同等です」
「呼び捨て?」
「かまいませんが」
「私も別に気にしない。で何か?」
「私の――森族の“長”が貴女に会いたいと」
「物好き?」
「そうですよ」
 いや、肯定していいのか? ふと絽火が首をかしげた瞬間。
「陛下には進言しておりますので、数日後には命が下るかと」
 絽火は勝手に城を抜け出して言い訳ではない。まして、他の種族のもとに行くなど。
「……根回しはばっちりなのね」
「ええ。ですが、貴女にお願いを」
「………」
 強制でしょ?





「どうするか――どう思う?」
「森族は……とても特殊(とくしゅ)ですから」
「火族と同じでな」
 今の王政下で、“中立”を保っている森族。ある意味で一番扱いにくい。
「敵となり味方となりうるもの」
「彼らはどちらにもつかないでしょう」
「本来、種族間の交流には関与しなかったが……」
 そこを、逆手に取られて今がある。
「陛下、彼女を、どう思われますか?」
「あの女か――?」







「森族の“長”がお前に会いたいそうだ」
「それで?」
「……」
 話は、聞いたのか。
「俺の護衛をしてもらう者が王都を離れるのはありえない」
 国王がどこかに訪問でもしない限り。
「だが行ってもらう、例外だ。パラは」
「パラは置いていきます」
「……大丈夫なのか?」
 連れて行ってもかまわない。必要と、あらば。
「私はパラの主です。必要とあれば召喚します。それに、こんなに長くこちらにパラをとどめているのは初めてだしって言うか――陛下」
 声が低くなって、少し引いた。
「私が、パラを召喚しているのであって、パラが私を召喚しているわけではないんですけど?」
 嗄(かる)よりも鮗のほうが、口調に礼がなくなっていくこの女術師が気に入らないようだ。






「どうぞ」
「………」
 って、言われてもねぇ……

 用意された馬車の前で樹木に手を出されて、絽火は久しぶりに困っていた。


「以外に、陛下の行動は早かったようで嬉しく思います。」
「あーーそう」
 相変わらず術服に黒いマントを来た絽火。樹木の促しで馬車は道を進み始めた。



「………」
 ガラガラと馬車が走り、ゆれる。椅子の対極に座った二人は各々好き勝手をしている。話をしているわけでもない。樹木は取り出した本を読んでいる。絽火にあたってはうとうとと睡眠……

―――!!!?

 ふっと、絽火は顔をあげた。目が合う、二人。本を読んでいたはずの男と目が合うとは、つまり、
「ようこそ、森帯(りんよ)へ」
 ここは、森族の領域だ。


 窓にかかっていた布を少しだけ開くと、鮮やかな緑があとから後からついてくる。絽火が目をみはり、そしてそのまま見入った。
「美しいでしょう? ここは、一年中葉の落ちる事のない常緑樹の森です」
 かつてないほどの緑。その美しさに、言葉を失う。まるで、違う。炎と。重い、威圧感。確かにそこにあるという存在感。時間を、感じさせる木、木々。ほかに何もないほどの森。太い幹、はえる葉。
「きれい……」
 純粋な賛辞の言葉。樹木は驚きながらも頷いてくれた。


 そして、一段と大きな木の前で馬車は止まった。その木といえば、再び絽火から言葉を奪い去るにはぴったりだった。一本の木が、城の塔とさほど、むしろ変わらないほどの太さと大きさを持っている。階段がかけられ、入り口が作られている。どうやら、この中で森族は生活しているらしい。幾人か、上からこちらを窺(うかが)っている。再び馬車を降りる絽火に手を貸した樹木が、そのまま階段を上がっていく。いや、窺うならばならばむしろ、この領域に入った最初から――

「―――しまった」
 そんな光景を端に映しつつ、先の見えない木を見上げていた絽火が声をあげる。
「どうかしましたか?」
 何か、心配そうに樹木が言う。
「失敗した。パラを連れてくるんだった」
 絽火はまるで独り言のようにつぶやく。
「種獣を、ですか?」
「だって、ここの美しさを帰って伝えるには、私が知っている言葉では無理」
「………そう、深く考えなくてもいいと思いますが。森を見るのは初めてですか?」
 思い立ったように樹木は問いかける。
「火谷にも木はあるわ。でも、こんなに美しい森は見たことない。王都だって、王都に来る途中だって」
「そうですか……」
 いまだにしまったーと頭を抱える絽火を、どこか嬉しそうに見ながら、樹木は先を促した。



「っはーー」
 さっきから絽火は、まぬけな声をあげてばかりである。
「そこまで、珍しがられるとは思いませんでした」
「珍しいわよ」
 即座(そくざ)に、絽火は言い切った。
「……ぅわぁ……」
 角を曲がると、天井の広い廊下に出る。上から照らされる光のやわらかく、明るい事。窓の外には緑と、遠くに彩(いろどり)が見える。いくつか上がった階段、いっそう輝かしい光。

「こちらへ、“長”がお待ちです」
 新緑のマントに身をつつんだ術師が扉を開く――

「――っ!」
 眩しさに右腕で目をかばう――輝かしい太陽を感じながら、目を細めて前を見る。

 まぁ、予想はしてたわよ。だって、一度も他の術師と会いもしないのよ? すれ違わない。ここが“長”の住まいなら、確実に術師がたくさんいるはずだから。

 その部屋には、森族の“長”と、部屋一面を埋め尽くすように森術師がいた。

「………」
 足下には深緑の絨毯。足首をかすれて心地よい。窓のカーテンは開け放たれ、先に見える景色。一望できる森。
「絽火?」
「――はぃ!?」
 あぶ、危ない。帰って来られなくなるところだった。
「“長”はあちらですので」
「ええ」
 先を歩けって?

 左右を埋め尽くす森術師。絶えない警戒の視線。片手には武器を持つ者、盾を持つ者。

「………」
 ゆったりと椅子に腰掛けている“森帯の長”の前に来ると、ひざをついた。

「火谷の術師、絽火と申します」
「よく来たね」
 案外、言葉を返されるのは早かった。
「顔を上げろ。―――驚いただろう。本当は、樹木と三人だけでお茶にしようと思っていたのが、皆が強く反対するのでな。不自由かもしれない」
「………は?」
 なんか、こういうタイプの男を一人知ってるぞ。一人!
「火術師だというだけでここまで警戒する必要もないと思うが」
「“長”!! 何を言われますか! 相手は火の術師なのですよ!」
「だが、何もしていない。聞いただろう」
 彼女は森を見てなんと言った?

「……」
 もしかして、ここに来てからの会話って、筒抜け? そう思い樹木を睨むと、ごまかす様に笑われた。

「森族の長様」
「何かな、火術師――絽火」
「気にしないようにしますので、本題を」
「そうか。本題?」
「……私を、呼びつけたのは……?」
 わざわざ呼んだのはいったいなんで?
「ぁあ、いや、見てみたかったのだ」
「それだけかよ」
 この世の中、変人はいっぱいいる。この方は“長”と同類だ。誓ってもいい。
「そうだな、それだけだ」
 呆れて地が出た私に対して、特別怒るわけでもなく森帯の長は言う。もちろん、周りには緊張が走った。

「小娘……礼をわきまえろ!!」
「――ぁ、やば! ごめ、申し訳ありま」
 頭を下げようとあたふたしていると、声をかけられた。
「やめよ。誰であれ意味なく呼び出されれば困惑しようぞ」
「“長”! そのような問題ではありません!! この小娘は、よりにもよって“長”に礼を欠いたのですぞ!!」
「少し黙れ――いや、場所を変えよう」
「………」
 どこでもいーし。邪魔が入らなければ。

「外に、お茶を――食事を、用意させているのでな」






「いただきまーす」
「はいどうぞ」
 にっこりと微笑む女性。どうやら、“奥方様”。森族の慌てふためきようを一喝し私を外に連れ出した森帯の“長”の妻。樹木を連れて三人。木の中をぬけて、広葉樹の森。色とりどりの葉が足下で鳴る。舞う。ふり積もる。目の前に舞い散った葉をつかむと、おそらく目的地だろう所に、人影が見えた。
「お名前は?」
 ためらうことなくお茶を口にして、出された軽食に手を伸ばしていた絽火は、ふと女性を見た。
「絽火です」
「そう、……私は葉木(はぎ)よ」
「葉木……様」
「いやだわ“様”だなんて! 本当に樹木の言った通りかわいらしい方。こんな娘がほしかったわ」
「葉木……」
 森帯の“長”がうめいた。
「まぁ、だって息子は――誰に似たのかかわいさのかけらもないわ」
「母上……」
「………親子?」
 目の前の三人は。言われれば似ているよな。
「ゆっくりしていってね」
 そう言って奥方は立ち去った。

「まったく、母上も……」
 初めて感情的な樹木の声に、絽火は驚いた。
「どうかされました?」
「いいえ――“長”」
「何かね」
 ゆったりとお茶を口にしていた“長”は絽火を見た。

「興味があるのは火谷ですか?」

「………」
 ほんの少しだけ上げられた眉と、笑みの消えた口元。――十分だ。
「そうだな」
「なぜ、ここは中立を?」
「矢継ぎ早だな。もう少し慎重にくるのかと思った」
「たぬき合戦がしたいなら“長”同士でどうぞ」
「そうだな……そんな機会があればの話だな」
「会いたいなら会わせますよ。火谷の“長”に」
「そんなことできるはずもないだろう」
「どうとでもなります。火谷が見たいなら私が案内しますし、こちらに連れてくる事も」
 呆けたように親子は私を凝視する。
「ただ、すぐには無理ですね」
 今が一段落したら。それは、おわかりでしょう? 絽火は、にやりと笑った。

「今でない“今”。先の未来で」

 その声は透き通って、森をざわめかした。







「面白い娘だ」
「そうでしょう」
「まさか、火谷の“長”に会えると思うか?」
「彼女は、できないことは言わないはずです」
「案内すると」
「陛下が呼び出したのは、火谷一の火術師」
「不思議な娘だ。あれを育てたのが火谷の“長”ならば、火谷は王についたままだろう」
「………」
「いずれにせよ動き出した。どうなるか、見届けるのも一興だな」

 森は中立。では、中立とは何か。種族はみな、王に付く者ではなかったか――?




「たーだいまー?」
「おかえり」
「ぅわあ!! 何よ誰よ!!?」
「…………」





はいはいこんばんは皆様! よく寝ておいでですか? え゛!!? わたくし?
いやぁ、安眠ですよ。最近はとてもよく眠れているので、むしろねぼ……

いえいえ! なんでもないですよ!

いやぁ面白い事になってますねぇ〜ぁあ、その場にいて突っ込めなかったのが悔やまれる。

誰です!! わたくしの目覚ましを止めたのは!!!

そんな器用な事できるか!!? ですよねぇーー

ああ安眠。いい言葉ですよねぇ。そうそういい夢を見ていたはずなんです。たしか、赤い髪と、燃え上がる炎と焼死体が……


さて、では皆様おやすみなさい。


目次 11.5
2006.11.28