第十参火 その炎に弾かれる



「陛下!!」
 馬を走らせて城に帰ると、息を切らせて鮗(このしろ)がやってくる。
「鮗」
「どちらまで! いったい何が!!」
 小さく二人は舌打ちした。もうすぐ鮗が帰ってくるだろうから、その前に帰ろうと飛ばしてきたのに。
「いや、のえに夜会に連れて行かれただけだ。大丈夫だ」
「のえ様に……この収穫祭の準備で忙しい時期になんという軽率な」
「収穫祭?」
 何のことかと言いたげに、絽火は問い返した。国王が体の位置を少しずらした。
「っ!!?」
「? 何よ?」
 思いがけず絽火のドレス姿を見て、不覚にも鮗は一瞬言葉を失った。
「ぁあそうだ。そのことで話があったんだ」
「いつの話?」
「言っておくが、数週間は前から話す予定だったんだ」
「言い訳はいいから」
「………ほとんど、お前が指定時間に来なかったせいなんだが?」
「忘れて」
「……いいだろう」


寛大ですねぇ国王陛下。私だったら、最初から絽火と付き合えなんて、死んでも御免ですよ〜
ぇええ゛!!? 殺してやるからありがたく思え!? いやいやいや、そんなお手を煩わせるわけには……は? 暇だから気にするな? しかも半分だけだからっって!! それは無理であるはずでーー……


「収穫祭があるから、お前にも外の見回りに行ってもらう予定だった」
「だった?」
 嫌な予感。
「その日は城にいるつもりだったが、のえのおかげでそれもすみそうにない」
「どうなさるおつもりですか?」
「知れたこと。どうせ、大通りを少し歩けば満足するだろう」
 どうせ、一般市民と同じ場所にいられないとか何とか言い出すのが関の山だ。
「それを護衛しろって?」
 以外にも、鮗の批判はなかった。―――ってマジ?

「そうだ、誰かのえを迎えに行ってくれ」
 勝手に出てきてしまった。探していると困る。ついでに、費用は出すからなんとかして長く留めておいてくれ。そう思い出したように、国王は言った。


ぁあ、あぶなかった。そうだ。どうも、国王様は従姉妹が苦手のようですね。


 怒り狂うことなく、むしろこっちが怪しく思うくらい、帰ってきたのえの機嫌は悪くなかった。
 ―――何を、企んでいる?

 いつもよりおとなしすぎるのえに、国王も城の兵士達ですら狼狽する。そんな日々が続いて、明日は収穫祭。
 “何が、起こるのだろうか?”
 不安に駆られたのは、国王とその護衛たち。



ヒュ―――ぱぁん!
 絽火の力で、空に白く花火が咲く。経費削減の対象であった花火の復活。
「――って、なんで私が」
 “働け”と、鮗の一言。
「そりゃぁね、得意だけどね!」
 そう言って、ひときわ大きな音が立った。

 さぁ、今日は収穫祭。奇しくも―――人々の記憶に残るものだった。


 わぁっと、城下の大通りには人々が集まっていた。屋台に踊り。舞台に活気。
 今年は例年並みに食物の収穫が行なわれ、人々は安心した冬を越せると沸き立っている。踊る娘、歩く夫婦。物売る男に歌う鳥。人通りは動いて、群集は絶えない。王都の端から端まで、人々の喜びが満ちていた。

 ここ、一点を除いて。
「きゃっ!」
「大丈夫か」
 ほぼ、棒読みである国王の声。
「なんなの!? あの子ども!!」
「………」
 走って横を通っただけだろ。
「狭いし」
「これだけ人がいればな」
「うるさいし」
「歌が聞こえるな」
「どういうことなの!? この騒々しさは!!」
「………」
 それは、活気だっている人々のことか?
 どちらかと言うと、無礼講(ぶれいこう)といった感じの祭りだ。優雅さを求めるのは無理だろう。だからこそ、この祭りを貴族達は嫌う。
 しかし、貴族達の娯楽にはこうやって素直に喜びを表現するものはない。何かした含みを持って、飾り立てられたものばかりだ。その点、この収穫祭はただ喜びと感謝がこめられている言ってしまえば単純なもの。
 まぁ、羽目を外しすぎる事もしばしばあるが。
 それが気に入らないのえの悪態だって、人々の喜びに掻き消えるくらいだ。


「ねぇお母さん! あれなぁに?」
「あら? 何もないわよ?」
「赤かったよ!」
「まぁ、でも空は青いわね」
「本当だよ!! 赤い鳥さんがいたんだよ!!」
 そう言って、子どもが空を指した。


バサァァ――
「まったく、のんきなものだわ」
 子どもの視線に隠れるように、屋根の中央に移った絽火が言う。その伸ばされた左手にパラがとまった。通りを並ぶ家々や店の屋根伝いに、絽火は国王を追っている。護衛するために。
 鮗もいるはずだが、彼は他の場所にも行かないといけないそうで。
「―――はぁ。……?」
 国王とのえを追う黒い影を見つけて、絽火は口元を上げた。

 にやりと笑うのは、どうやら刺客だけでないらしい。


ぁあ、やだやだ。黒い人々より黒く笑うのがお似合いの主人公なんて、わたくしの神経はすり減るばかりですよ。もとより細いのに!
「あ、元気そうだな」なんて! さすが皆様! 嬉しいですねぇ。しかし、どうして呆れ気味なのでしょうか?
あ、大丈夫です! 生贄は別にいるんです! それこそ身代わりです!!

ぎゃーーわたくしの等身大抱き枕が!!



「……」
 ふと、吹いた風が完了を告げる。――ふふふっと、笑った。

 何が気に入らないって? 気に入るも何も、私は小父上様の計画に乗っただけ。なのに、今ではそれを通り越して憎らしい。
 何に? そんなもの、私のいない間にあの場所に居場所を見つけたあの女が気に入らないのが一番だわ。


うへぇ、嫉妬に狂った女が一人。さらに、放って置くと足あとを残すどころか消し炭にする女が一人。もっとこう、穏やかで自愛に満ちた女性はいないものですかねぇ〜あ、絽火が主人公でいる限り望めませんね!

うぎゃぁーー!! 炎と憎悪が追ってくるぅ〜〜〜……



「ねぇ、あっちの道を行きましょうよ!」
「あそこか……」
 明らかに裏路地。いくら王都でも、いや王都だからこそ。陰と陽がはっきりと分かれていくのかもしれない。敵と味方、奪うもの奪われたもの。
「っちょっと待て!」
 いっそう早足になるのえを追う。

 ―――こんなことで、俺をはめようとでも思っているのか?


「――のえ?」
 細い道、高い石の建物。
「こっちよ! 飛晶(ひしょう)!」
 声だけが聞こえる。風に乗って。
「こっち、こっち!」
 あちらから、こちらから。

 惑わしの風よ、吹き荒れろ。

ファイアーアロゥ!
 絽火が宙に左手で半月を描く、するとその左手に赤い炎の弓が、右手に、燃え上がった炎を中央に当てる。そんな細やかなしぐさを台無しにするように、国王の周りに現れた黒ずくめの男達を刺し貫いて、地に縛り付けた。

 歌うようにつむがれていた風の声が止む。

ばさぁっ
「「………」」
 無言で、絽火と国王は視線を交わした。そこに、パラが飛び火の粉が舞う。
ぐじゃぁ――
 崩れ落ちた黒のローブの者達。その下から現れたのは、どす黒い色をした土。
「泥人形」
 動かしていたのは、“風”。
「「………」」
 もう、何も言うことはなくなった絽火と国王だった。



「―――なんなのよ! あの女!?」
「あっけなかったな」
 水と地を混ぜて、風をまとわせた人形達。
「これも、駄目か」
パァン!!!
「「「!!!??」」」
 三人を守護していた、石が割れた。
 驚いて一瞬固まってしまった三人の前に、一陣の風が吹いた。
「のえ様! 早くこちらへ! 風の長がやはり最初の計画を実行すると仰いました。非難します。地堺(ちかい)様、流瀬(りゅうせ)様もこちらへ。御身をお運びいたします」
 現れた男は、銀の髪がまだゆれるまま言い切った。
「……その計画だけは、使ってほしくなかったわ」
「へぇ、さすが半分は王家の人間だな。情は捨てきれないか」
 ぎろりと、のえは地堺を睨んだ。睨まれたほうはどこ吹く風で、肩をすくめた。
 風と地は、本来は仲がいいとは言えない。地が欲して止まないものをもつ風。常に上を見て地を見向きもしない風。

「お早く! のえ様!」
 三人は風に運ばれた。



「―――」
 気配が、消えた。
 首をかしげた絽火。
『主、油断するな』
「わかってる」
 違う、もしかして。これは、これは――?

ドォォォオオオン!!!

「「!?」」

 決して、王都の端ではない。むしろ中央に近い場所。

キャァァァーーー!!?
逃げろ! 逃げるんだ!
いやぁああーー
タスケテェ!!
あつい、熱いよぅ!!!

 朱に血の色を混ぜて、固めたようだ。

 赤黒い炎が立ち上った。



「ほ、のお?」
 認めたくなった。あの炎が自分の使う術と同じ炎であるなんて。燃え上がり人々を襲う炎を、あるべきものを灰とかすものを。
「うそ………」
「絽火!」
「っ!?」
「何が起きたっ!?」
「陛下!」
「遅い!」
「申し訳ありません。それが、火の手が城下の東から上がっております。追い風にあおられて勢いが増しております。早く、非難を」
「火、だと?」
 やってきた鮗の言葉に驚愕する。見上げれば、口元に手をあてて絽火が震えている。
『主、呆けるのはあとだ! あれを!』
「え?」
 この場に、相応しくないほど呆けた声をあげた絽火。
 見れば、炎の壁が立ち上っている。いつぞやの、長の術のように。
「………猿真似ね」
 一瞬にして気持ちを切り替えた絽火は、屋根を飛び越えて走りだした。

「待て絽火!」
「―――これは種族の問題よ! さっさと人々を非難させて!」
「なっ」
「陛下!」
 合流した嗄(かる)の声に、引き止められた。



 スタッと、屋根から絽火が落ち立つ。人々はほとんど非難したらしく、誰もいない。
 目の前に立ち上って、近づいてくるのは、火の壁。一歩一歩進んで、もう、目の前。まるで誘い込むかのように。壁の進みが止まった。

バチィ!!
「――っ!?」
 火に、炎に、拒絶されたのは初めてだった。弾かれた指、黒く焦げてにおい立つ皮膚。
 伸ばした腕のローブが一瞬にして灰とかした。

「………なんで?」
 ひとつ、涙が流れた。
 それは、自分の不甲斐なさか、それとも、火の神への―――

「ぅわぁぁああん!」
「―――何事!?」
「おかぁさんーー!」
「って子ども!?」

なんつーありがちな展開ですかねぇ〜〜うんうん。

「こっち来ないで!
「ふ……?」
「泣かないで。大丈夫」
 空へ、視線を。
「……赤い鳥さん?」
 パラが舞い降りて、子どもを誘導する。――あの時の子、ね。

ごぉっ
 いっそう、火が強く燃え上がった。

「――――」
 “許さない”。そう、口が動いた。
 振り返って睨みつけるその視線、炎の勢いで舞い上がる赤い髪。

 弾かれた腕を、再び火の壁に突き入れる。



「そううまく行くかな?」
 炎は、風によって力を増した。風によって炎を捻じ曲げた。
 風の混じった炎は、その風で絽火を攻撃した。

「さぁどうする? 炎の女」
 風の長は呟いた。



 これは、火。例え誰に操られようとも。
 伸ばした手が弾かれる事なく、その腕に自分の炎をまとって絽火は壁に突き刺した。

「……ぐ……」
 まるで意識が飛ばされるよう。燃え上がる炎と一緒にかき回されるような意識。
 空気を得て燃える炎ではない。空気を与えられて燃える炎。

 ―――泣いている。

炎よ、我に手をかせ永遠に!!!

 大きな衝撃音と共に、燃え上がっていた炎が四散した。



「な、どうして!?」
 のえが叫んだ。
 どうして、小父上様の風の力でも及ばないの!?
「さすが、本場か」
 くくくと、地堺が笑う。
 衝撃によって、弾かれて消えた風集石(ふしゅうせき)が、細かい粒となって長のほおを切り裂いた。
「楽しませてくれるな、飛晶」
 風の長が囁(ささや)いた。



「――今のは」
 忘れもしない、あの男の。
「……絽火」
 地をゆらす衝撃に怯える馬をなだめて、壁の末端に向かった。
「「陛下!」」



 風の力が四散して、火の粉が消えながら舞い落ちて来る。

 それこそ、雪のように。ちりちりと髪を焦がして、そして、心を。

 まるでくすぶった炎。燃え上がる勢いはむしろ増していく。



「火族!」
「火族だ!」
 突然消えた炎、いぶかしんだ人々が舞い戻ってくる。無残にも、絽火の目の前から先。王都を覆う城壁の中の東の地区は燃えて消えた。ほぼ壊滅。あの活気たった屋台も、舞台も。道ですらない。瓦礫の山。燃えカス。
 灰となった場所と、まるで燃えることなかった場所の境界に、絽火は立っていた。ただ独り。動けないまま。

「――お前が!」
 燃やしたのか!
「お前が!」
「火族が!」
 いつの間にか、囲まれている。空を揺るがすほどの憎悪に満ちた声。
がっ!
「―――え?」
 額に、当たった焼け石。――熱い。
がっががっ!!
 動けない。
 幾億もの声が、絽火をその場に打ち付ける。

 よくも、家とを、家族を、子を、そして楽しみを――

 “火”を扱うのは、皮肉にも火族だけだ。
 城に来た火族の女の噂は、すでに人々に広まっていた。そして、誰が見てもわかる。赤い髪と深い赤の目。それが火族。

「何をしている!」
 鋭い声が、人々の憎しみをかき消した。
 「国王」とあちらこちらから声がする。
 それでも動かない。絽火。ただ、前を見てもいない。その目に映るのは――

「何をした!」
 ただならない事態に、国王は馬から下りて叫んだ。
「王様!」
「あの女を殺して!」
「な、に?」
「俺達の家を奪った!」
「家族を焼いた!」
「―――誰も、死んではいないわ」
「なんだと!」
「はじめて、絽火は言った」
「早く、助けて……」
 瓦礫の上に、火が燃え上がる。
「なななんだ!」
「あそこに、女性が。子どもも」
 おなかの中に。
「あっちも、向こうも」
 いち早く動いた鮗が瓦礫をどかせば、まるで燃える炎の中にいたとは思えない女性が、丸くなっている姿で現れた。
「なんだとぉ!」
「手伝ってくれ!」
 驚きあわてふためる人々を押しのけて、鮗は兵士に、人々に呼びかけた。はじめこそ驚いていた人々もしだいに、家族を、子どもを、助け出した。
 安堵の息が漏れる。泣き声、号泣。

 ゆっくりと、立ち尽くす絽火に、国王は近づいた。まるでそこだけ、時が止まったように動かない。
 ただ、絽火の口だけが動いていた。
「――い」
「なんだ?」
「許さない」
 ずっと、絽火は呟いていた。人々にかき消されていた、小さな声。

「――許さない。ファイアを、あんなふうに利用するなんて――」

 そこまで呟いて、倒れるように絽火は気を失った。

「――おいっ! おい絽火!」
『やめよ。主はもう限界だ』
「何があった」
『知れたこと』
「何?」
『“風”は時に火に力を与える。しかし、時に、その炎は、火の支配を超える。聞こえなかったか? 荒れ狂う炎の泣き声が』
 そして、“風”の陰謀が。

 人々は、炎を畏怖した。

 こうやって、絽火の立場を悪化させるのが目的だったのか。



 まるで命をあらわした炎のように、瓦礫の上で燃えていた炎が風にかき消された。




なんだか、ようやく物語が進んだ(動き出した)ような気がする火女ですこんばんは。
このペースで行けば、2007年中に終わるかなぁ〜〜……


目次
2007.03.03