第十六火 私にできる、事をする



ガターーン!!
 突然の事に、誰もが言葉を失った。
 驚愕(きょうがく)に震えたままの人々は立ち尽くした。

 混沌(こんとん)の闇。

 見えただろうか、この王都に向かいやってくる術師の姿が。
 目に入っただろうか、彼らの瞳に映る、交戦の意志を。

 森と水と地、風に囲まれた王都を取り囲む。風と水と地、その術師たちを。

 王都に住む人口を易々と超えた術師の、敵意を。

『――この国を、あるべき姿に!』

 簡単な話だった。




「陛下!」
「まったく、しでかしてくれる」
 これなら、まだ、あの赤髪の術師がかわいいものだ。
「人々を城に非難させろ! それから、」
 もう、城下を戦場にしないようにするには、遅すぎる。
「奴らを絶対にこの城に入れるな!」
 術師が、ヒトに術を持って攻撃する事はない、と、思いたい。


『城下の民に告ぐ!』

 空から、声が聞こえた。風の運ぶ声はとてもすんでいて、闇にとける。でも内容は、体に染み込まない。

『あるべき地位を取り戻すまでは、私に刃向かうものは殺す』



「っきゃーー!!?」
「なにっ!?」
 通りに響いた叫び声、人々は外を見て立ち止まる。浮かび上がった影はおぼろげだった。けれど、誰しもが、それが誰だかわかったみたいだった。
「なっ」
 そのあとに、空に浮かんだ光景。きっと、この周りの事。数千ものヒトの群れ、がしゃがしゃと耳障りな武器の音。おそらく、王都に向かっている。高い城からは、その様子がよく見えるはずだ。
「武器を持てないものは非難しろ!」
 遠くから、馬に乗った兵士の声がする。走り出す人々、ただ恐怖に駈られて。
 通りは、子を抱いて走る影、ヒトを蹴り飛ばして進む影。一目散に城に向かう人々。

 呆然と立ち尽くした絽火(ろか)に、ぶつかってゆくヒトもいた。

「はじまって、しまったの?」
 呆然と、後ろまで来ていた翠(すい)が言う。
「あれは誰?」
「あの方は飛針(ひしん)様」
「……?」
「飛晶(ひしょう)陛下の御父上です」
「はぁ?」
 “あれ”は、風族の“長”でしょう?
「どうしたら……」
 そうこうするうちに、矢が放たれた。開戦を告げるもの。
「ここは危ないわね。城に戻って」
「絽火、ちゃん?」
「パラ、国王をよろしくね!」
 ここにいない誰かに言伝をして、絽火は走り出した。
「まって!」
「いいから! 逃げて! 炎の刃よ、降りしきる雨を焼き払え!」
 外から飛んできた矢が消し炭となって消える。絽火の足下に転がる。矢が当たって絶命した命。
「――ひっ!?」
「早く! 死にたいの?!」
「ぁ……」
 叱咤(しった)されて、震え上がった体を無理やり城に向ける。翠は走り出した。

 もうすぐそこまで来ているはずだった。飛晶国王を王座から引きずり下ろそうとする術師たちが。
 そんなこと、絽火は知らない。




「陛下!」
「お前は西を!」
「はっ!」
 あわただしく、開戦の合図に動き出す城。まさか、こうも正面から来るとはな。飛晶は笑った。――いつまで、もつか。
 出陣の準備を。
 マントを翻して、飛晶は廊下の奥に向かった。


「鮗(このしろ)様!」
 国王と別れて、鮗は自分の部隊を率いて出陣しようとしていた。
「いそげ! 武器と馬の準備は」
「終わっております」
 走り出した鮗の足が、止まった。
「隊長?」
「――すぐ行く」
 ばたばたと兵士が走り去って、廊下に一人。外からの叫び声や叱咤の声や争いの言葉が、ひどく遠いものに聞こえる。

「どういうこと?」
 静かに、廊下に声が響く。はっきりとした言葉、声。燃える炎のように、触れてはならない声。
「あれは、陛下の御父上だ」
「……あれは、風の“長”よ」
 振り返って、見た。火術師は回廊の窓に腰掛けて、背を空に預けたように、見えた。
 その姿に、一瞬、息を飲んだ。
「っ飛針様だ」
「あっそう」
「前王陛下、那重(なじゅう)様のご意志」
「……つまり、娘の婿じゃなくて血のつながった孫に王位を譲った、と?」
「そうだ」
「で、怒り狂って攻めて来たと?」
「そんなところだ」
「……迷惑だわ」
 しかもご丁寧に、火族と森族以外すべてを味方につけて。
「隊長!」
 鮗が、絽火から目を離したのは一瞬。
「今行く。とにかくお前は――何っ!?」
 その場に、絽火はいなかった。



(なら、一番の狙いは国王?)
 一人、絽火は森に向かった。正面から来る武装した兵士など、囮(おとり)にすぎないはずだった。
(私なら、その間に城にもぐりこむわね)
 そこまでして、“王位”がほしいのだろうか、そうまでして“王座”がほしいのだろうか。
「――くだらない」

 風族の長(あの男)は自分の息子を殺してこの国を手に入れるのだろうか。




 前置きが何もなかったわけではない。誰もがこの事態を予想し得なかったわけではない。
 ただ、戸惑った。

「みなに告ぐ!」
 国王は、兵士達を見据えて言った。
「我が国に平和を!」
 迷いも、恐れも消して、立ち向かってくる敵を倒す。
 堂々と立った国王の姿に、誰もが迷いを捨てた。
 力強く、進む兵士達。
 国王は自分の馬の上で、もう空にはいない父親を振り返った。

 ――父上、私が、一度でも王位がほしいと申し上げたとでも?

 だが飛晶が王である。それは事実。




「うまくやっている」
「当然だ」
 風の“長”の声に、地の“長”が言う。何を当たり前な事を、と。
「息子達に抜かりない。お主こそ」
「心配されるいわれがないな」
「……これから息子を殺しに行く親の言葉とは思えないな」
 そう言った地族の長の前から、風族の長の姿が消えた。

「殺しに行く」それが今更、なんだというのだろうか。

 かつて、目の前で義父の首をへし折ってやろうかと思った日はもう久しい。
 徐々に弱っていく義父。自分で手を下す必要もなかった。だからこそ、安心していのだとしたら、失態だ。
『もう長くはない』
 あの日、寝台に横たわった義父の瞳だけは、昔と変わらなかった。私を警戒したまま言ったのだった。
『義父上』
 心に浮かんでいたのは、人が死を迎える瞬間。
『お前には、渡さない。何も』
『なんのことですか?』
 その時は、戯言(ざれごと)と聞き捨てた。なのに――

『陛下の遺言は―――飛晶様に王位をお継がせになることです――』

 なんのために、あの世間知らずの王女に取り入ったのかわからない。

「王座(そこ)を返してもらうぞ、飛晶」




 絽火は一人、走っていた。周りは暗く、よく見えない。なのに、その足取りに迷いはない。

 今なら、わかる気がする。

 『火術師を一人――“火谷”で一番の術師を』
 『お前には俺の護衛をしてもらう』

 不可解な“長”の行動の意味が。
 そして、城の中の人々の行為が。
 すべてここに、つながっているとしら?

「ここに、来てもらおうかしら?」

 森の一角に、炎が燃え上がった。

「術師は、人の輪の中には、入れないのよ」
 呟きが、火の粉と一緒に空に舞った。




「おやまぁ」
「“長”?」
「さすが、還火(かんか)が選んだだけはあるということか」

 城に向かわせた術師たちは囮――自分が城内に入るための抜け穴に向かう少数の連れ達。

「なぜ、そこを知っている?」




 燃え上がった炎は、祝いの夜に囲む炎に似ていた。
 絽火の背丈を軽く越え、空に、空に。
 円形に広がった場所、周りの木々を炎がゆらす。

 暗い夜を、絽火を照らし、爆(は)ぜる。
 薪もないのに燃え上がった炎が、空に消える。高く高く高く燃え上がる。
 勢いが強すぎて、到底近づけない。

 そんな炎の真横に、立つのは火術師。
 その頬と髪と瞳を、紅く染めて。

「何をしにきたのか――」
「わからないの?」
 火の爆ぜる音が止んだ。
 問に問を返して、絽火はその顔を上げた。
 炎はすぐ傍で勢いよく燃えているのに、まるでそこに何もないかのように、静まり返った。

 絽火は動かない。
 例え、目の前に森族と雷族を除いた面々がいたとしても。

 その瞳は、どこを見ているのか。

 と、低い声がした。だんだんと大きくなり、絽火が眉をひそめる。
 どうやら、男は笑っているようだ。

「お前が“あの”火谷の術師か!」
 嘲笑が、森に響き渡る。
「だとしたら?」
「自分の力を過信しないうちに――消えろ」
 絶対的な権力を持つ者の声――命令。
「嫌よ」
「おかしな事だ、お前になんの利点がある」
「何も。でもそれが、本来のあるべき姿」
 すべての術師は、“国王”に従う。
 すべての種族は、国家のためにある。
 そう定めなければ、人間は未知の力に畏怖するから。
「そんな大昔の決まりごとを」
「でも私は――それでよかったと思うわ」
「ほぉ?」
「……久しぶりなの。本当に本当の力を、思う存分使えるのは、ね」
「若い者は、年長者の意見を聞くべきだろう」
 これが、最後だ。
「忠告は、私が尊敬できる人から聞いているわ」
 何事もほどほどにね、絽火。それは、“真”に必要な時のためだから。
「……」
 風の“長”は、自分の後ろに立つ武装した者達に視線を送った。
 黒の甲冑に身を包んだ者、黒のローブに身を包んだ者達が、一歩進み出る。
「もとより、会話ができると思っていないわ。風族の“長”」
「残念だ。もっと聞き分けの良いものならば――そこをどいてもらおうか」
「嫌」
「……では死ね」

「誰に向かって言っているのかしら!!?」

 絽火が腕を振り上げる。
 それに答えるように、いっそう高く、炎が輝いて燃え上がった。




燃える炎→イメージはキャンプファイヤーの豪華版。
表現の限界が・・・

目次
2007.06.24